「ったく…、マズイよなぁあの顔は」

食堂で朝食を食べ終わり、部屋で服を着替えてベットに寝転がる。

どうにも今朝の天野が頭から離れずにいる。

「それはそれで、またいいのかもしれんが…」

そんな事を考えながら、欠伸を一つ噛み殺す。

「ふぁ…、ちょっと、寝とくか…」

携帯をテーブルの上に置いて、とっとと眠ってしまう事にした。










ピリリリリリッ

ピリリリリリッ

「……ん……あぁ。んだよったく」

もそもそと布団から起き上がり、携帯の置いてあるテーブルの上を見る。

発信者は『アー○ムのオッサン』

「ふぁ…、どんぐらい寝てたんだ俺」

一人呟いてから携帯を開き、通話ボタンを押す。

「はい、相沢です」

『やぁ、相沢君。今朝話したアー○ムの山本だ』

「あっ、はい。おはようございます」

『あぁ。もう君の指定した寮の前に機材と共に居るんだが、出て来れるか?』

「あっ、はい。わかりました、すぐに行きます」

『そうしてくれると助かるよ。それじゃあ』

そう言って、電話は切れる。

パタッ

携帯を閉じて、背面液晶で時刻を確認する。

「うわっ、もう一時か」

どうやらかなり寝ていたようだ。

すぐにベットから降り、服装を正してから玄関へと向かった。



「おい、これは何事だ」

玄関に向かってすぐ、杉並に問われた。

「いや、まぁイロイロとあるんだ」

「ほぅ、お前は何か知っているわけか。大人しく吐いてみる気はないか?」

「悪いが、な」

厭らしい笑みを浮かべながらにじり寄ってくる杉並をスルーして、玄関を抜ける。

と、そこにはトラック数台と作業員と思われる方々。

そして、秋子さんと話をしているスーツを着た少し中年太り気味のオッサンが居た。

「あ、祐一さん」

「ども、すいません。遅くなりました」

「いや、気にしないでくれ。こちらも少し準備が遅れたのでね」

秋子さんと話をしていたオッサンは、そう言って満面の笑顔をこちらに向けた。

「君が祐一君だね。電話で話をしたが、私がアー○ムの山本だ」

「あ、はい。相沢祐一です」

差し出された手を握り、挨拶を返す。

「まぁ、もしかしたら長い付き合いになるかもしれんから、よろしくな」

山本さんは、そう言ってニヤリと目を細めて笑った。

その言葉通り、まるで人の事を観察するように目を細めて笑う。

一瞬、肌が粟立ち背筋を冷たいものが流れる。

このオッサンにはどう足掻いても勝てない。

それを痛いほど肌で感じた一瞬だった。

「余り、そうなりたくはないですけど…」

「ははっ、多少の経験はあるようだ。うん、将来有望だな、君は」

強がりでそう返すと、山本さんは軽く笑いながらそう言って俺に笑いかけた。

このオッサンの狸親父っぷりはウチの父さんに匹敵するかもしれない。

「では、そういうことで早速作業に移ってもよろしいかな?水瀬さん」

「はい、よろしくお願いします」

山本さんは横の秋子さんに確認して、俺の手を離して後ろのトラックへと向かっていった。

その行動をぼーっと見ていたら、すぐさま山本さんが数人の作業員と大きな機材を持って近づいてくる。

「一応、いろいろな確認もありますので、二人にも同席して頂きたいんだが、よろしいかな?」

「えぇ、私はかまいません」

「あ、俺も大丈夫っす」

「そうか。では地下室まで案内を頼みます」

俺達の同席を確認して、山本さんに促されてから俺達は水瀬寮の地下へと向かっていった。

途中、先ほど会った杉並に

「お前、一体なにしたんだ?」

と問われたが、自称・ニヒルな笑みだけを返して、その場を後にした。







かーん、かーん、かーん

どるるるるるる

「怒羅〜っ!もっと気合入れて動きやがれ豚野郎っ!!」

『ウィーッッッッスッ!!』

かーん、かーん、かーん

どうるるるるる

ウイィィィィィィン

「おらぁぁぁぁっ!!うたえぇ、野郎どもぉぉぉっ!!」

『起て祖国のこ〜らよ 栄えある日はこぬ〜』

「いや…、なんでフランス国家なんだよ。しかも和訳だし」

「ヨーロッパには建築職人が多いですからねぇ」

「それはあまり関係ないのでわ…」

場の熱に当てられずに、ユルいトークを交わす。

俺達に、出番はない。








ドルドルと騒がしい作業音を立てながら、作業は続く。

山本さんは俺達の前で設計図のようなものを持って指示を出している。

「……暇ですね」

「そうですねぇ」

俺と秋子さんはその後姿を見ながら、地下に置いてあったパイプ椅子に腰掛けていた。

目の前で、壁が立てかけられ、どんどんと作業が進んでいく。

「……暇、ですねぇ」

「えぇ、そうですねぇ」

秋子さんと同じやり取りを何度も繰り返す。

それしかやる事がなかった。

が、待つだけとか、見てるだけとか言うのは耐えられないわけで。

「……ちょっと、トイレいってきます」

「はい、わかりました」

秋子さんにそう伝えて席を立ち、山本さんに一言二言伝えてから工事をしている部屋を出て行った。







「ふぅ〜、耳に残る工事音だな…」

トイレで用を足してから、飲み物を取りに食堂へ行く。

途中で、ことりにエンカウントした。

「あ、相沢君。こんちわ」

「おう、こんちわ」

「これから昼食ですか?」

「いや、飲み物だけ貰おうと思ってな」

「ダメだよ?ちゃんとご飯も食べないと」

「まぁ、そうだな」

「じゃ、用意してありますから、食べて下さい」

「なに?昼飯はことりが作ったのか?」

「いや、ちょっと手伝っただけです」

ことりははにかんだ笑顔を浮べて、俺を食堂へ先導するように進んでいった。







「はい、どうぞ」

コトリと置かれたのは、白いご飯と味噌汁。

そして、豚の生姜焼きとカットレタスとスライスオニオンの混ざったもの。

その横には厚焼き玉子とカットされたトマト。

「……どこかの定食メニューみたいだ」

そんな感想をつい言葉に出していた。

「いいから、食べてみてください」

ことりは俺の感想ににこにこして答えながら促す。

「あ、あぁ。いただきます」

手を合わせて、ことりを拝む。

「私に手を合わせてどうするんですか」

「いや、なんとなく」

苦笑いを浮べることりにしれっと答えてから、ご飯を食べ始める。

ガツガツガツガツッ

「んぐっ…、あむ…っ、うぐうぐ」

「そ、そんなに慌てて食べなくても、ご飯は逃げませんよ」

「んむっ…、飯は…っむ、逃げる…はむ、もんだ」

額にでっかい汗を貼り付けたことりに言いたい事を伝えながら口に運ぶ。

食事=戦闘時間なんてのは、昔から今も変わらない。

昔は父さんやじいさん、純一と。

今は、舞、真琴、北川と。

昼食時のバトルを思い出しながら口に運んだ生姜焼きを噛み締める。

つい最近、北川に奪い取られた思い切って頼んだ学食のトンカツ定食の事を思い出した。

「……おのれ、北川」

ソースのかかったとんかつの上にからしを乗せて、いざ食べようとした所を一枚攫っていった北川。

しかも真中、一番大きな部分。

「許すまじ、北川…」

その時の屈辱を思い出すと、俄然スピードが上がる。

トップスピードに乗って、一気に皿の上を空にしてやった。

「……ふぅ、ごっそさん。うまかったぞ」

「はい、お粗末様でした」

ことりは嬉しそうに返事をすると、空の食器が乗っているトレーを運ぼうとする。

「いや、こんぐらいは自分でやるって」

「いえ、今日は私の当番ですから。お茶でも飲んでてください」

ことりはやんわりと拒否して、トレーをさっさか運んでいってしまった。

ことりが台所に消えて数秒すると、そちらから歌が聴こえてくる。

言わずもがな、ことりだ。

「…お言葉に甘えるとするか」

ことりの好意に従って、ゆっくりと食後の一時を楽しむ事にした。







「それにしても、相沢君が変わってなくて安心しました」

「そうか?これでも色々と変わったような気もするんだが」

洗い物が終わったことりと、二人でまったりお茶を飲む。

「変わってませんよ。そういう所とか」

「むぅ、そう言うんならそうなのかも」

「そうですよ」

楽しい一時をエンジョイしながらチラリと壁にかかった時計を見る。

時刻は二時を少し周った所だった。

「あーっ!!しまった、やべぇっ!!」

「わぁっ!」

思わず大声を出して立ち上がった俺に、ことりが驚く。

「ど、どうかしました?」

「いや、実は今地下の工事をしててな。それの立会いを秋子さんと二人でしてたんだが」

「あっ、そうだったんだ」

「あぁ。それで、トイレ言ってくるって出て行って一時間…」

「……う〜ん。それはマズイですねぇ」

「あぁ。そういう訳で、悪いが地下世界へ戻らせてもらう」

「モグラさんじゃないんですから」

苦笑いを浮べることりにシュタッと手を挙げて別れを告げる。

「じゃ、私も部屋に戻ろうかな」

「そうか。食堂の電気は消していけよ」

「分かってますよ」

そのまま食堂を出て行こうとした時、目の前で扉がバーンッと開かれた。

「うおぉっ!」

「ぅわぁっ!」

突然の大きな音に、今度は二人して驚く。


「あーっ!!やって見つけたーっ!!」


でかい音出して開いた扉の向こうには、俺を指差してでかい声あげる真琴がいた。

「お前な、あまりでかい音出すなって!」

「そ、そんな事はどうでもいいのよぅっ!」

「どうでも良くないだろ。ことりが驚いて目が飛び出たじゃないか」

「目なんか飛び出ないですよ…」

後ろのことりが苦笑いを浮べながら突っ込みを入れてくる。

それを無視して、真琴は突然俺に掴みかかった。

「あうーっ!!やっぱりー!」

「こ、こらっ!お前、苦しいだろうがっ!」

襟首を掴まれて強制的に前屈みにされたのを振りほどき、真琴から離れる。

「うるさいっ!真琴は怒ってるんだからぁっ!」

「はぁ?なんで突然俺が真琴に怒られなきゃいかん…」

俺はそこまで言って、真琴の後ろに視線を走らせる。

そこに居たのは、真っ赤な顔をして肩で息をする天野。

「ま…、真琴。ちょ、ちょっと…、話を…」

「お、おい。いや、ちょっと待て、真琴。落ち着いて話を…」

「あうーっ!真琴は十分落ち着いてるもんっ!!だいたい祐一がキ」

「おらぁぁっ!!」

天野と俺の言葉を無視して暴走を続ける真琴を思いっきり抱えあげ、リビングへと飛び出す。

「こ、ことり。それじゃ、火の元の確認よろしくなっ!」

「えっ?あ、はい。わかりました」

「あうーっ!離しなさいよーっ!この色情」

「お前は少し黙ってろっ!ちょっと俺の部屋まで来いっ!じゃぁな、ことり!」

「な、なんだか分からないけど、頑張ってね」

「おらっ!大人しくしろっ!天野も来てくれっ!」

「は…、は、はい」

「あうーっ!離しなさいよーっ!このエロガッパーっ!」

「うるさいっ!キツネ女っ!」

「あうーっ!真琴は真琴だもんっ!」

ことりに背中を見送られながら、真琴を抱え上げて俺は自室へとダッシュへ逃げ込んだ。










「嫌だ」

「どうして?」

「どうしても」

「なんで?」

「なんでも」

「じゃぁ、どうすればいいのよぅ!」

「諦めればいいんだ」

俺の顔の目の前に立って真琴ががなる。

原因は――――。


「美汐にはしたのに真琴にはできないって事っ!?」


―――という事らしい。

「お前な、そういう事じゃなくてだな…、天野もそこで赤くなるなっての」

「あっ…。す、すいません」

相変わらず顔を赤くしながら天野が頭を下げてくる。

「いや、そんな謝るような事でもないが…」

どうも、天野を見ていると照れくさくなってしまう。

なんだかお互いぎこちないやり取りで場が妙な雰囲気を醸し出す。

と、やはりこういう時のお約束。

「あうーっ!真琴を無視しないでよぅーっ!」

真琴がドタバタと騒いで雰囲気をぶっこわす。

こめかみを無意識に押さえ、真琴を見やる。

「別に、無視してる訳じゃないだろうが」

「あぅー、だって…」

「ったく…。あのなぁ、真琴」

しょぼんと目の前で落ち込んだ真琴を引き寄せて、頭を撫でる。

「別にお前が嫌いとか、そういう訳じゃないんだよ」

「ぁぅ…、でも」

「でも、じゃない。俺はお前の事は好きだ。それじゃダメなのか?」

「…ダメじゃない」

「そうか。じゃぁ、さっきみたいな無茶な我が儘を言わないでくれ。な?」

「ぁぅ…、ごめんなさい」

真琴はそう言うと、ひしっ、と俺にしがみついてきた。

「でも、美汐が羨ましいんだもん。真琴だって、祐一の事好きだもん」

「真琴…」

「だから、羨ましいんだもん。ぁぅ…、何言ってるかわかんなくなっちゃった」

真琴はテレたように笑って俺から離れる。

「だから、美汐ばっかはずるい。真琴も、祐一と一緒に居ても、いいよね?」

「………居てもらわないと、俺が困る」

「あ…。えへへ、うんっ、ありがとっ」

笑顔でそう言って、真琴はドアへと駆け出す。

「おっ、おい。真琴」

「真琴、お昼寝してくるっ!美汐、またあとでねっ!」

「えぇ。お休みなさい、真琴」

「うんっ、おやすみっ!」

真琴は天野とそんなやり取りをして、バタンとドアを閉めていった。

「……慌しい奴だな、全く」

「ふふっ、きっと恥かしかったんですよ」

天野はそう言って、どことなく妹を見守る姉―――香里の栞を見る時―――のような表情を浮べて微笑む。






その顔をぼーっと見ていたら、ふと天野がこちらを向いた。

「相沢さん。そう言えば…」

「ん?なんだ」

「いえ…、真琴が相沢さんを探している途中、秋子さんが何やら真琴とお話をしていたんですが」

秋子さん。

その名前を聞いて、何故今まで忘れていたのか自分を思いっきり責める。

そして、何故真琴はそんな重要な事を言わないんだと理不尽に責めてみた。

だが、もう後の祭り。

顔から血の気がどんどん失せていくのを感じながらガバッと立ち上がる。

「あ、相沢さん??」

「わっ…、わすれてたぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」

「きゃぁっ!」

天野の悲鳴を背中に受けながら、俺は猛ダッシュで部屋を飛び出した。





ねくすと。