「いや、マジですまんかった。悪ふざけしすぎた。本当にごめん」

「本当です…。今回のは本当に酷いです」

朝っぱらの公園で、とにかく天野に頭を下げていた。




「大体、何故あんな事を思いつくんですか」

「そ、それはだな…。驚かしたら面白いんじゃないかと…」

「……女性を泣かせるなんて、最低です」

「本当、悪かった。弁解の余地も無い…」

未だに目が少し赤い天野に、とにかく頭を下げる。

天野はこちらを見ようともせず、顔を背けて俺が買ってきたHOTの紅茶を飲んでいた。

「いたずらにしても度が過ぎます」

「いや。は、反省してますです、はい…」

やっとこちらを見てくれたと思ったら、思いっきり冷たい目で睨まれた。

「普段から相沢さんのいたずらは経験してましたが、今日のような最低な事はもうしないでください」

「いや、そ、そこまで怒らなくても…」

「あ、相沢さんは判ってないんですっ!?私がどれだけあの時心配したか…」

「はっ…?」

「はっ!?」

俺が呆けていると、天野はハッと自分の口を押さえて再びそっぽを向いた。

「あ、あの時…。そ、その…。丘に行った相沢さんが、わ、私を拘束していた人に、その…」

「……背中の銃で撃たれたんじゃないかって?」

「は、はい…」

天野はそう言って、思いっきり俯く。

「いや、お前…。そりゃ、ドラマか何かじゃないんだからさ…」

「そ、その時はそう考えるしか出来なかったんですっ!?」

「はっ、はい、すいません…」

余りの天野の剣幕に気圧されて、思わず平謝り。

天野はハッとしてからコホンと咳払いをして、再び話し出す。

「で、ですから…。今日のような、その…。し、心配させるようないたずらは、や、辞めてください」

「あ、あぁ…。わ、わかった」

天野にそう返事をして、天野の紅茶と一緒に買ってきたコーヒーを飲む。

そんな俺の姿に、天野は眉を寄せてこちらを睨む。

「本当に、反省なさっているんですか?」

「あ、あぁっ!もちろんだっ!天地天命に誓って俺は反省しているっ!」

「普段の言動から考えますと、そう言った大げさな物の言い方の時には動揺している時が多いと」

「な、何を言ってるんだみっしー。そんな訳ないだろ」

「嘘ですね」

どうにか取り繕うとした俺をばっさりと天野が切り捨てる。

「はぁ…。もういいです、半ば諦めてますから」

天野はそう言って、思いっきり俺の目の前で溜息をついた。

そんなあからさまな態度にちょっとカチンと来た俺は、やっぱり仕返しをする事にした。

「天野、その…。本当に、すまん」

「いえ、それはもういいですから…」

「いや、それじゃ俺の気がすまないんだ。天野はそんなに俺の事を心配してくれたのに…」

「えっ?あっ、相沢さん…」

俺はそう言いながら、天野の手を取る。

「ごめんな、天野…。心配、させて…」

「いっ、いえ…。そんな、事…」

「天野…」

「えっ?きゃっ!」

天野を呼びながら、天野の手を引っ張り抱き寄せる。

ちなみにここは、公共の公園である。

犬の散歩をしているおじいさんやウォーキングをしている中年夫婦なんかが結構居る。

「あっ、相沢さんっ!こ、困ります…」

そう言った天野は俺の腕の中で、潤んだ目で上目遣いに見つめてくる。

自分でやっておいてなんだが、凄いドキドキしてしまった。

いや、普段から可愛いとは思っていたが、ここまでとは…。

「あ、天野…」

「あ、相沢、さん…」

そっと天野の頬に掌を置いて、こちらを向かせる。

「そ、その…、こ、困ります。わ、私…」

「天野…」

わたわたする天野の頬に、手を置いて。


「あ、相沢、さん……」

「天野…」

ゆっくりと近づく、お互いの顔。

天野は大人しく、顎を上に向け瞳を閉じる。

それを確認してから、俺は…。


むにゅ〜〜〜っ。


っと、ほっぺたを引っ張った。

「ふ、ふえっ!あ、あいさはひゃん!」

「ほっほ〜、天野のほっぺはよく伸びるのぉ〜」

「ひゃ!ひゃめへふらはい!」

天野は突然の事態に顔を真っ赤にしながら手をわたわたさせて暴れだした。

暴れだしたもので、とりあえずほっぺを摘んでいた手を放す。

「もっ、もうっ!?やめてくださいっ!」

「いやぁ、すまんすまん。つい、な」

「も、もう…」

自分の頬が熱いのを意識しながら、天野の頭を撫でる。

撫でられている天野は少し膨れながら、大人しく撫でられるままだった。


―――ピリリリリッ


突然、ジャケットのポケットの一つから電子音が鳴る。

「おっ、電話だ」

「えっ?」

俺はそう言いながら天野から手を放し、携帯を取り出す。

発信主は、水瀬家。

「あっ、ご飯かな…?」

独り言を言いながら、電話を開く。

なんとなく横からひんやりしたものを感じて、そちらを見ると。

「………」

「あ…。わ、悪い。ちょっと待っててくれ」

冷たい視線を送ってくる天野にそう言ってから、俺は通話ボタンを押した。


「はい、祐一です」

『あっ、祐一さんですか?秋子です』

やはり、と言うか。

電話は秋子さんからだった。

『今どちらにいらっしゃるんですか?』

「えぇっと、公園です。なんとなく早起きしてしまったもので、散歩してたんです」

横に居る天野に視線を走らせながら言う。

それを聞いて、天野は何故か眉を寄せた。

『あら、そうだったんですか。朝食の準備をしていたら、音夢ちゃんが慌てて来たものだから』

「へ?音夢が?」

『えぇ。部屋まで起こしに行ったけれど、居ないもので慌ててしまって』

「お、起こしに来たんですか?音夢が?」

『えぇ、そうなんですよ』

ふふっと笑いながら秋子さんが言う。

俺とのやり取りを横から聞いていた天野が、いつの間にか俺の携帯に自分の耳を寄せていた。

「そ、それじゃ…。そろそろ、帰りますよ」

『あら、いいんですか?もう散歩は』

「え、えぇ。もう楽しみましたか、ら…」

俺がそう言った途端、目の前をふわりといい香りが通過して、顔の真横に来る。

背中を、上半身をぎゅっと締め付ける、心地良い圧迫感。

胸には柔らかく、暖かい感触。

携帯を当てていない耳には、『もう、おしまいですか?』という甘い囁き。


――――身体全体を、天野に包まれた。


「―――すいません、もう少しゆっくりして帰ります」

『そうですか。ではゆっくりして帰ってきてくださいね』

「はい、すいません」

『いえ。家に帰ると真琴達のお世話をしてくれますから。たまにはそうしてくれると安心しますよ』

「わ、わかりました。でわ」

『はい。また後ほど』

そう言って、携帯を切り、ポケットに仕舞う。


――――空いた手で、天野の身体を抱き締めた。


「んっ……」

「知らなかったな…。こんな積極的だとは」

「………軽蔑、しますか?」

「いや…」

返事代わりに、天野の身体を一瞬、強く抱き寄せる。

「ぁん…。こんなの、ずるいですよね。一人で抜け駆けして、相沢さんとこうしてる…」

「あぁ…。ずるいかもな。でも…」

言いながら、天野の首筋に唇をちゅっ、と当てる。

「ふっ!…はっ」

「……それだったら、俺のほうが何倍も、だ」

「…自覚は、あるんですね」

「まぁ…、一応、な」

「では、早々にどなたかに決められてはいかがですか?」

「……それが出来れば苦労はしない」

「本当に…、酷い人ですね」

「まぁ、な。でも…」

再び首筋に唇を当て、キスをしてからやさしく吸う。

「はっ…。やっ、痕が…、ついてしまいます、よ…」

「…今、誰か一人に決めたら、みんなどうなる?」

「………確かに、大変ですね。相沢さんも、選ばれた方も」

「みんな祝ってくれはするだろうが、関係は今までどおりってわけにはいかないだろ?」

「えぇ…。そう考えるのが、妥当ですね」

天野は身体の位置を動かし、俺の太股を跨いで上に座り、完全に身体の正面をこちらに向ける。

「……この格好は、マズイだろ」

「さぁ…、どうでしょうね」

そう言う天野は、顔を真っ赤にしながら俺を潤んだ瞳で見つめて微笑む。

「相沢さんが…、我慢すればいいんですよ」

「お前には、倫理観や貞操に対する危機感はないのか…」

「ありますよ。ですが、相沢さん相手には関係無いでしょう?」

「……俺には倫理観は無い、と?」

「他にどのように聴こえましたか?」

いたずらっぽく天野は笑って、そのまま俺の頬に口付けをしてくる。


「……このまま、溺れてしまいそうです」


耳元でそう呟いてから、俺がしたのと同じように天野は首筋に唇を寄せた。

ちゅっ、という音と共に、首筋を吸われる。

「はっ…。ちょ、痕になるって、お前」

「お返し、ですよ」

ふふっ、と色っぽく笑う天野は、本当に可愛かった。

「………参った。本当に溺れてしまいそうだ」

天野の身体を強く抱き締め、首筋にキスをする。

「はっ…ん。相沢、さん…」

「心臓が、破裂しそうだ……」

「それは、私も同じですよ」

俺の頬にキスをしてから、天野はそう言って抱き締めてくる。

「こういう事、慣れているんですか…」

「阿呆。他の人間とここまでした事は無い」

「では、その手前までは?」

「いや、まぁ…。成り行き上、軽く抱き締める程度なら…」

「そうやって、女性を口説き落としていくんですね、相沢さんは」

「言い方はアレだが、間違ってはいないかもしれん。全くもって不本意ながらな」

そう言って、天野の頬にキスをして、きゅっと抱き締める。

「んっ…。私はてっきり故意でしているものかと思ってましたが」

「……半分半分、て所だな」

「はぁ…、男性というのは、そういうものなんでしょうか」

「どうなんだろうな…。純一は、ちゃんと一人の相手を見つけたけど」

「では、相沢さんが問題なんですね…。女性を食い物にするごくつぶし」

「いつ、俺がお前達を食い物にした。どちらかと言うと食い物を奢っているほうが」

「そ、それは…。そうですね、どちらかと言うと食い物にされてますね」

「そう言われると、また別の面で哀しいわけだが」

「本当の事ですから…。それに、相沢さんにそんな機用な真似はできません」

「ぐぁ…、断言しやがった」

「事実ですから…。んっ…」

天野はそう言って、再び首筋に口付けをして、強く吸う。


ちろっ


「ふっ!…お、おい天野」

「……雑誌で、見ました。こうすると喜ぶ、と」

「阿呆、喜ぶじゃなくて悦楽の悦と書いて悦ぶだそれは」

そうは言いながら、俺も天野の首筋に唇を這わせる。

「んっ…はっ、ぁ…。あ、相沢、さん…」



その声に、理性の理性の箍がハズレそうになる。



「あ…、あま、の。これ以上は、マズイ」

「んっ…、そう思うんでしたら、離してください」

「あ、あぁ…。悪い」

天野に言われた通り、背中に回していた手を放す。

すると、少し寂しそうにしながら、天野は膝の上から降りて、俺の隣に座った。








「はぁ…、なにやってるんでしょう、私」

「今更だな、そんな事…」

軽く深呼吸してから、天野はそう言って自分の顔を両手で塞ぐ。

「あぁ…、自分の行動が信じられません」

「いや…。そこまで言う事はないんじゃ」

「こんなに状況に流されやすいとは、思いませんでした…」

「それは俺もだな…」

そんな事言いながら、天野の手をぎゅっと握る。

「あっ…」

「ま、まぁ、その…。なんていうか、あれだ。天野だけの所為じゃないから…」

「それはそうですが」

「そ、そこであっさりと認めるのか」

「はい。流されてしまった相沢さんも悪いんです」

天野はそう言って、握った手を握り返してくる。

「こんなこと、本当はいけないのに…」

握った手を、強く、握り締める。






「……相沢、さん。貴方が、好きです」






俺の目をしっかり見つめ、天野は言葉に出して、初めて自分の想いを伝えてきた。







「……理由なんて、わかりません。ただ、貴方が好きなんです」

「天野…」

「……卑怯、ですよね。こんな時に、こんな事言うなんて。返ってくる答えが、判っている時に、こんな事するなんて」

天野はそう言って、俺の手を両手で包む。

「でも、今しか。今しかなかったんです。相沢さんが、私だけを見てくれる、今しか…」

両手で包んだ俺の手を、自分の胸元に引き寄せる。

「私だけを見て欲しい、とは言いません。ただ、私を、私の事を、しっかりと見て下さい」

瞳を潤ませて、天野が俺を見つめる。

「それだけで、いいんです…。それだけで、私は幸せになれますから」

瞳から涙を溢しながら、そう言って天野は柔らかく微笑んだ。

包まれていた手をほどき、俺は両手で天野を抱き寄せる。

「……天野の事、嫌いじゃない」

「…素直に、好きとは言えないんですか?」

耳元で、可笑しそうに天野が言う。

「そんな恥ずかしい事、言えるか」

「……全く、仕方ありませんね」

そう言って、俺の腕から離れる。

「結局、明確なお返事は頂けませんでしたか」

「ぬぅ…。天野って、時々いい性格になるよな」

「それは、相手が相沢さんですから」

しれっとそう冷たさを装って言い放つ。

だが、また再び笑顔に戻る。

「あぅ…。ダメですね、こんなの初めて」

「普段の天野からは想像も出来ないにやけ面だな」

天野はそれを聞くと、頬を膨らませて怒りをアピールする。

だが、またすぐ笑顔に戻る。

「……もう、いいです。諦めましたから」

そう言って、再び俺の手を取る。

「私は、そういう相沢さんが好きですから」

「……なんか、凄く恥ずかしい事言ってるな」

何故か可笑しくなって、二人でテレながら笑った。






ねくすと。