「―――趣味が悪いな、ばあさん。盗み聞きか?」

「おや、言わなかったかい?『私は枯れない桜、アンタ達の夢そのもの』だって」

突然の再会に、嬉しかったり恥かしかったりで、そんなへらず口を叩いた。

ばあさんはそう言って笑ってから、また唐突に桜と共に舞っていった。






「――何をしに来たんだ、ばあさん」

「多分、嬉しかったんだよ。お兄ちゃんが、忘れていなかったから」

さっきのばあさんのように、さくらが微笑む。

「きっとね、おばあちゃんにとっても、お兄ちゃんはピーターパンだったんだよ」

「頼むから、そんなこっぱずかしい事言うな」

やっぱりテレ隠しにそんな事を言いながら、頬を掻く。

面と向かってそんな事言えるさくらは、やはり強敵だった。




「そういや、純一は今何してるんだろうな」

「うにゃ〜。多分寝てるんじゃないかな?」

相変わらず桜に背を預けて、さくらに尋ねる。

「ふ〜ん、そうか」

軽く返事をした時、唐突に声が聴こえた。



『あさ〜、あさだよ〜。朝ご飯食べて学校行くよ〜』



「うにょっ!?なにこれっ!!」

「あぁ…。これは、その…」


突然、酷く霞んでいく世界の中で、最後に呟いた。


「――――眠くなる目覚ましだ」









『あさ〜、あさだよ〜。朝ご飯食べてがっ』

パチッ

枕元の目覚ましを叩いて止める。

「………ふぁ。なんつ〜しまりの無い終わり方だ」

夢の終わり方について、ひどく考えさせられた。

実際そんな考えている訳じゃないが。

「んーっ」

両手を頭の上に上げて、背伸びする。

そのまま手を降ろして枕元の目覚ましを取る。

時刻は5時35分。

「ふぅ、まだ寒いなさすがに」

バサッと布団を足で押しのけながら呟く。

ベットを降りて、すぐにクローゼットへ向かう。

『ピッ』

中のワードロープの金属パネルに指をつけ、喋る。

「CODE:開けゴマ」

エアーの排出音と共にワードロープが開く。

一番右側の、いろいろ防具とか入ってるワードロープ。

そこから重りつきのベスト、ポケットの多いジャケット、重りのリストバンドなどなどを取る。

「うぅっ…、流石に寒い」

服を着替えながらそんな事を言う。

こういう時は何故独り言が出てしまうんだろう。

「自分で決めた事とは言え、なんでこんな事…」

ぶつぶつ言いながら着替えていく。

ザイロンのズボンを履き終えて、机の上のカバンを取る。

中からベレッタとグロックを取り、装着。

グロックはホルスターに従い足、ベレッタは腰の右後ろ。

一緒に9パラの弾丸をプラスチックケースに入れてジャケットのポケットに仕舞う。

最後にカバンから取り出したファイティングナイフをズボンの右太股辺りにある大きなポケットに入れて固定。

一目見て気に入ったグローブをつけて、準備完了。

「さてさて、いきますか…」

重いブーツを背中に背負って、俺は部屋を出て行った。










「はっ、はっ、はっ、はっ」

荒く息を吐きながら、テンポ良く走る。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

垂れてくる汗を首に巻いたタオルで拭きながら、走る。

「はっ、はっ、はっ、はっ」

住宅街を抜け、丘を駆け上がる。

「はっ…、はぁ…、はぁぁ…」

走るのを止め、歩きながら深呼吸。

「はぁぁ…、はぁぁ…。ふぅ〜」

ゆっくり歩きながら深呼吸して、落ち着いた頃に立ち止まる。

立ち止まった場所は、木に囲まれた丘の林だった。

「ふぅ。喉かわいた…」

首のタオルで汗を拭きながら、途中コンビニで買ったペットボトルのジュースを少しだけ飲む。

「んくっ…、はぁ。っと、とっとと確認して帰るか」

林の少し開けた所まで歩いて、さっさと始める。

尻の部分にあるベレッタをホルスターから抜き、ジャケットの左腕のポケットに入れておいたサイレンサーを取り出す。

ベレッタにくるくると取り付けて、次は標的の準備。

「ったって、的になりそうなのは木しかねぇよなぁ」

当然辺りには木しかないので、その木を的にするしかない。

辺りの中から、一番太い木にナイフでキズを丸くつける。

「……うわ、切れすぎ。危ねぇな、このナイフ」

スパッと言うような感じで生木を傷つけたナイフに驚きながら、専用カバーに入れて再びズボンに仕舞う。

その木から、10Mほど離れて、ベレッタを構える。

「多分、大丈夫だと思うけど…」

実射に対して一抹の不安を覚えながら、銃を片手で構える。


ピャーン、ピャーン、ピャーン


炸裂音とサイレンサーを通過する際の音が出て、弾は的に当たる。

とりあえず、ある程度狙い通りに的に当たった。

「……思ったよりは、消音できたな」

辺りに響くような炸裂音が出なかったのに安心した。

まぁ、それなりに大きな音は出たが、辺りに民家も無いし大丈夫だと思う。

もう一度構え、今度は両手で打つ。


ビシッ、ビシッ、ビシッ


ベレッタから薬莢が飛び出し、発射された弾は的に当たる。

弾倉に込められた弾を全て撃ち終えたのを確認して、マガジンキャッチを押して弾倉を取り出す。

ジャケットのポケットからプラスチックケースを取り出して、9ミリパラベラムを込めていく。

カチャ、と弾倉を再びベレッタに込め、スライドさせて薬室に一発入ったのを確認。

安全装置をかけてサイレンサーを外し、それぞれポケットとホルスターに仕舞う。


次にズボンをめくり、足からグロックを取り出す。

そして的に向かって構える。

「……サイレンサーが無いから、どうかな」

銃を構えながら一人ぼやき、トリガーに指をかける。


パーンッ!パーンッ!パーンッ!


バササササッ

響いた炸裂音に、遠くに停まっていたと思われる鳥達が羽ばたいて飛んでいく。


パーンッ!パーンッ!パーンッ!


内心マズったと思いながら的目掛けてグロックを撃つ。

全弾撃ち終えたのを確認してから、同じように弾倉を取り出し、弾を込める。

「どっか安心して射撃訓練できる場所、ねぇかなぁ」

あるわけない事をぼやきながら弾を込めて、弾倉をグロックに込める。

安全装置をかけてホルスターに仕舞ってから、標的となった的に近づいた。

「うわ…、見事にボロボロ」

犯人は自分なわけだが。

金属の塊は全て木の中で止まっていて、貫通には至っていない。

「………逃げるか」

言うや否や、その場から思いっきり逃げた。


カサッ

進行方向から聞こえる足音に、思わず息を潜める。

(って、まるで逃亡者じゃないか)

そんな自分に心の中で突っ込みを入れるが、いかんせんあのボロボロな木の事もあり、そのまま息を殺す。

カサッカサッカサッ

足音は徐々にこちらに近づいてくる。

丘への一本道だから、脇の林以外に逃げ道ナシ。

よって、林の中に身を潜める事にした。

(……本当に、まるっきり犯罪者だな)

そうは思うが、なぜかわくわくしてくる。

なんだか知らないけれど楽しんでるのは事実だ。

カサッカサッカサッ

「はぁ…、はぁ…」

進行方向から、足音と共に荒い息遣いが聴こえる。

「はぁ…、ふぅ…。遠い、です、ね…」

なんとなくその声に聞き覚えが無きにしも非ず。

(いや、ていうか知り合いっぽいなぁ)

そんな事を考えても、身を潜める。

知り合いだった場合はどうやって驚かすかを計画中。

カサッカサッカサッ

「はぁ…、こんな朝早く、に。何を、してるんで、しょう」

独り言を言いながら、驚かす対象はどんどん近づいてくる。

(あぁ〜、天野の家って、近くだったっけ…)

どんどん近づいてくる驚かす対象―――天野美汐を、じっと眺める。

(しかし…、何故カーディガン)

まだ寒いという事もあり、その服装なのだろうが。

ピンクのカーディガンを上着にして、天野はこちらに歩いてくる。

下は何故かミニスカートだし。

(寒いなら寒いでズボン履けよ)

学校の制服もそうだが、何故寒いとわかっているのに寒そうなミニスカートなのだろうか。

なんかど〜でもいい事を考えていたら、目標が目の前までやってきた。

「はぁ…、こんな朝早く、何してるんでしょう、相沢さん…」

(お、俺かよっ!?)

突然出てきた自分の名前に驚きつつも、大人しく目の前を過ぎるのを待つ。

カサッカサッ

天野はなんとなく荒い息遣いで、目の前を通り過ぎた。

(よしっ、ビックリ計画β。ミッション・スタートだっ!!)

心の中で気合を入れて、林の中から出る。

そのまま足音を殺しながら天野の後ろに近づく。

そ〜っと、そ〜っと…。

――あと3メートル

――あと2メートル

――1メートル…。

パキッ!

手を伸ばせば届く場所まで近づいた時、足元で音が鳴った。

「っ!?」

その音に反応して、天野はビクッと身体を震わせて勢い良く振り向く。

(ヤバイッ!!ミッション失敗かっ!?)

ここで失敗したとあっては、大佐に申し訳が立たない!

杉並みたいな事を考えながら素早く振り向く天野の横に身体を動かし、天野を後ろから押さえる。

「きゃふっ!?」

「声を出すな…」

身体を後ろから押さえられ、思わず大声を出そうとした天野の口を左手で塞いでしまった。

(うわっ!これじゃ変態じゃねぇか!)

だがここで大声を出されても困るわけで。

そして…。

カチャ

「っ!?」

何故か右手にはベレッタが握られ、天野の背中に突きつけていた。


「………」

目の前で天野は、小刻みに震える。

(いや…、どうする、この状況)

いろんな意味で修羅場だった。

ゴクリ、と天野が生唾を飲み込むのがわかる。

その口を押さえた手には、天野の口から零れる熱い息がかかる。

(うわ…、やわらけぇ。いい匂い…)

後ろから片手で胸に抱くような体勢で、天野の柔らかさと香りが頭の奥を刺激する。

なんとなくこのままでいたい気もするが、そうもいかない。

(さて…、どうするか)

この異常事態にも関わらず、俺の脳味噌は変に冷静だった。

(そうだな…。予定通りミッションβで行こう)

ちなみにミッションαやΣなんてものは無い。

つまり、思いつきの行動だ。

左手を口から離し、今度は天野の首に手を置く。

「ひゃぁ…」

首を触られた所為か、天野がそんな声をあげる。

思わず身悶えしてしまいそうになるのをぐっ、と堪えて口を開く。

「……何故こんな所に居る」

声を普段よりかなり落とし、出来るだけ冷たさを感じさせるように喋る。

それは俺の頭の中のス○ーク像だった。

「………」

天野は無言で小刻みに震える。

「…言えば開放する」

右手と左手はそのままに、腰をかがめて天野の耳元に話すようにする。

(うわ、天野の香りが…)

頭の中ではこんな事考えながら。

「…し、知り合い、が。この、先に」

天野はたどたどしく、震える声で話し出す。

「……知り合い?この先はただの丘のはずだ」

「い、いえ…。今朝、知り合いが、こちらに来るのを…」

(あぁ…、走ってるのを見られたのか?)

冷静に考えながら、天野の香りを楽しむ。

「け、今朝…、新聞を取りに、そ、外へ出て…。その時、に、こちらへ、は、走っていくのを、見かけて…」

「……続けろ」

天野の震える声を聴きながら、俺は冷たい声を出して先を促す。

(やべぇ…。俺ってまさか、凄いサディストなんじゃねぇか…?)

震える天野の声が可愛いとか、そんな事ばっか考えている自分を鑑みる。


――――――サディスト以外の、何物でもないかもしれん。


人をいじめるの大好きだし。


「そ、それで…、その姿を見て、へ、部屋へ戻った時に…。そ、その…、大きな、パーン、という、音が…」

「………チッ」

「っ!?」

俺が撃った銃声が聞こえていたという事に舌打ちをした時、天野がビクッと震えた。

天野はその後、少しずつ顔を横へ向けようとする。

「動くな。動けば…」

こちらを見ようとする天野に銃を突きつけて止まらせる。

「っ!?」

天野は背中に突きつけられた銃に驚き、またビクッと震える。

「ま、まさか。さ、先ほどの、お、音は…」

天野がそう言った事に対して、考える。

(え〜と…、さっきの銃声は俺だと天野は思ってる。まぁそれは当たりで…。いや、でも…)

俺がさらに考えようとした時、また天野が口を開いた。

「ま、まさか…。そ、その背中のものを、相沢さんに…」

その言葉に、ついピクッと反応してしまった。

それが更に、天野の誤解を生む。

「そ、そうなんですねっ!?そ、その銃で貴方は、相沢さんを…、あ、相沢さんを…」

誤解が誤解を生み、天野の頭の中では俺が俺に殺された事になったようだ。

「い、いや、ちょ、ちょっと待てっ!?ご、誤解だっ!」

身体を思い切り震えさせる天野に、つい慌てた声で俺は答える。

「えっ!?あ、あぁ…」

「あっ!え、えっと…、そ、その…」

声で悟られたと思った俺は、両手を離し、天野から離れる。

それと同時に天野は振り返り、しっかりと俺の顔を見る。

「ほ、ほら…。え、えぇっと、スマン」

とりあえず、悪ふざけが過ぎたと思い、大人しく頭を下げる。

天野は俺が頭を下げても反応せず、ぼうっとしていた。

「お、お〜い…、あまの〜。ミッシー?美汐ちゃ〜ん?」

天野の顔の前で手を振ると、ビクッと身体を震わせて、口を開いた。

「……………ふ」

「……ふ?」



「ふ…、ふぇ…。ふぇ、ふぇぇぇぇ…」



「そ、そう来るか天野っ!?」

突然泣きながらペタンと地べたに座り込んだ天野に、思わず突っ込んでしまった。





ねくすと。