「―――――っと、こんなもんだ」

『いやぁ、親父も随分頑張ったみたいだなぁ。はっはっはっ』

「その取り繕うような空笑いはやめろ」

クローゼットの中身のラインナップに、さすがの父さんも引き気味だった。








『送り返す事もできんしなぁ、そこまでされると』

「まぁなぁ…。良かれと思ってしてくれてるって言うのはもの凄く伝わってくるからな」

『そんだけされるとな…』

天然でこう余計な事をしてくれるから、タチが悪いんだ。

『ま、諦めて保管しておけ。持っているだけなら問題無いだろう』

「そうだな。まぁこの事はもう諦めてるからいいよ」

『諦めるしかないしな』

とりあえず、そういう事らしい。

「じゃ、まぁあんま長電話すると悪いから、切るよ」

『おいおい、その携帯はウチで買ったやつだぞ?』

「いや、だからよ。携帯で国際電話なんて、高いだろ?」

『まぁ、普通よりは高いだろうな』

「そういう事だ。じゃ、おやすみ父さん」

『あぁ〜、そっちは夜か。母さんはまだ寝てるから、俺ももう一眠りするか』

「そうしとけ。じゃ、母さんによろしく」

『あぁ。何かあったらまた連絡しろよ』

「はいよ、んじゃ」

ピッ

携帯を切り、パタンと折りたたんでテーブルの上に置く。

「……う〜ん、10時半、か」

机の上に置いてある目覚ましを手にとって、時間の確認をした。

そういえば、明日からいろいろとやる事があるんだった。

「目覚まし、五時半頃にしておくか」

目覚ましを普段よりも早くセットして、ベットに置く。

ベットから降り、電気を消して、少し早い気もするが寝ることにした。

「……さてさて、いざ夢の世界へ、ってか」

一人、ぼやきながら深く意識を沈めていった。




















深々と桜が舞っている。


驚くほどゆったりと。


音も無く。


天使の羽のような花弁の散り様は、まるで永遠を思わせる―――。





「…………」

ふと、懐かしさと奇妙な違和感を覚える。

雪のように降り積もった桜の花弁を踏みしめながら、歩いていく。

周囲を見渡してみても、狂ったように桜が舞いつづけるだけ。

「…………」

フラフラと、歩だけが進む。

まるで、―――導かれるように。



「…………」

余りの非現実感に言葉を失う。

舞い散る桜の中、一際大きな夢の桜。

そこに、一人の少女が。


―――――いつかの時のように


幻想的な景色の中、立っていた。


―――――まるで、舞い降りた天使か、悪魔。


「おはよう……、夢の世界へようこそ」


狂ったように、桜が舞い、散り、朽ち、またその養分を吸い咲き誇る桜。


―――――少しだけ違う、同じ世界。







「よう、さくら」

「うにゃ〜。なんで普通に返す〜」

俺の返事に、さくらは少し困ったような笑みで笑いかける。

「紛い物の魔女じゃ、本物の魔女には勝てないって事だ」

「紛い物って、ひどくない?」

「そのまんまだろうが」

舞い散る桜を見渡しながら、答える。

「しかし、また懐かしい風景を」

ほんの少しだけ違う、初音島の景色を眺めてから空を見上げる。


――――月は、何よりも高く、丸く、輝く


一枚の風景画を見ているような錯覚に陥りながら、足場を踏みしめる。

「これは、『ボク達』の夢の景色。夢の舞台。いつも側にあって、いつでも遠くに見える」

歌うようなその声に身を委ねながら、歩みを進め、一際大きい桜に背中を預ける。

「ばあさんは、いつでも元気なんだな」

「うん。夢の島の魔女は、いつまでもここに居るんだよ」

俺の隣に腰掛けて、さくらが歌う。


――――眩暈がしそうな、儚い情景。


「あ………」

現実感を取り戻すように、さくらの手を握る。

握り返された暖かさで、夢の中の現実を呼び起こす。

「えへへ…。ラブ〜♪」

「抱きつくのはやめろっ!!」

思いっきり膝に乗っかろうとしていたさくらの両肩を押し留める。

「うにゃ〜、残念無念」

「……手は繋いどくから、それで我慢しろ」

いくら夢の世界でも、こっちの事情ってものもある。

さっきから幻想的な風景に参っていると言うのに、これ以上何かされてはたまらん。

「じゃぁ、お兄ちゃん。お話して」

「お話って…、一体何を話せばいいんだか」

唐突なさくらの言葉に、難色を示す。

「こっちの街に来てからの、お話」

「あぁ…、そういう事か」

その話に、少し思考を巡回させた所で、切り出す。

「こんな事、言うべき事じゃないんだがな。俺もお前に聞きたい事があるし」

「うにゃ?なになに?」

「いや…。とりあえず、俺が話してからだ」

そう一区切り置いてから、とつとつと話す。



誕生日を迎えられないと言われた、少女の話。


その少女に最も近く、それゆえ少女を拒絶した姉の話。



過去の温もりを忘れられず、人と化した狐の話。


過去に狐と心を触れ合わせ、哀しみに耐え切れず他人を拒絶した少女の話。



自身と戦いつづけた、自身の奇跡を拒絶した少女の話。


その少女に幸せの希望を見る、辛い過去に囚われた少女の話。



幼い頃の想いを忘れず、ただ一人の少年を想い続けた少女の話。


その少女と少年の近くに居た、少年の過去を知る優しい女性の話。



――――そして。


少年への想いを忘れず、死の淵で生きていた少女の話。





「――――似てる、ね」

一つ一つ話した後、さくらが言った言葉はソレだった。

「……似てるって?」

俺の問いかけに、さくらはふわりと立ち上がり、桜の上を舞う。


「本物の夢が見れる――花は一年中枯れず、奇跡が起き、人の力を超えた者が現れる夢」


「ピーターパンの世界のような、夢の島――ネバーランド」


大きく手を広げながら、笑顔でくるくるとサクラが舞う。


「そして――ネバーランドに居た、ピーターパンと子供達」








「……それにしては、余りにも辛い夢の島だな」

歌うように言うさくらに、苦笑を向けながら俺が聞く。

「それでも、願えば叶う。事実、お兄ちゃん達はそれを体験している」

「まぁ…、確かに、な」

「真摯な想いが無ければ、叶うものも叶わない。想いの強さが、魔法の仕組みだから」

さくらは歌いながら、再び俺の隣に腰掛ける。

「でも…。この街に、初音島みたいなばあさんの桜はないと思うぞ」

「別に、桜じゃなくてもいいんじゃないかな?」

「は…?なんでだ?」

「だって、みんなの願いが見れて、困っている人に集められる魔法だったら、他のものでも大丈夫なはず」

「………確か、ばあさんもそんな事言ってたな」

さくらの言葉に、去年夢の中で出会ったばあさんの言葉を思い出した。

「そう。だから、その魔法があるなら、どんなものでも大丈夫」

「でもなぁ…。初音島みたいな大きな桜は―――」

そこまで考えて、思い出す。


――――過去の景色の中に、『枯れない桜』を見た。


「―――あった。あったんだ、ここにも。『枯れない桜』が」

一際高く、大きい『ソレ』は、確かに『枯れない桜』を思い起こさせる。

「What?桜があったの?」

「違う。『枯れない桜』があったんだ。桜じゃないが、『枯れない桜』が」

そこまで言って、気付く。

「…でもアレは、昔切り倒されたんだがな」

「えっ?切り倒されちゃったの?」

「あっ、あぁ…。ほら、さっき話した、あゆの事故で…」

「あっ…。そっか、その木がそうなんだね…」

俺の言葉に少し沈んだ表情を伺わせ、上目遣いでこちらを見る。

「……あのな。お前がそんな顔するんじゃねぇっての」

しょうがない、といった風を装い、さくらの頭をくしゃくしゃと掻く。

「うにゃにゃ!いきなりなに〜っ!」

「なんとなくだ、なんとなく」

「うにゃ〜。ボクとしては嬉しいからいいんだけど…」

一頻りさくらの頭を撫でてから、再び話に戻る。

「それで。切り倒されたから、初音島みたいな事にはならないと思うんだが…」

「うーん、ボクもそれはよくわかんないなぁ。その木もおばあちゃんの魔法かわからないし」

「まぁ、それもそうだ」

「でも、もしそれがおばあちゃんの木だったら。いくつかの仮説は浮かび上がるね」

「へぇ。どんな?」

興味を引くさくらの言葉に尋ねる。

「うん。例えば、その木が切り倒される前までは、人の願いを集めて、願いを叶えていた。でも、切り倒された時点で新しく願いを叶える事はできなくなる」

「…新しくって事は、その前まで叶えていた願いはどうなるんだ?」

「うん、多分それは叶える事が出来る。人の力を超えた者になりたい人は、その夢は叶えられて力を持つ」

「でも、切り倒されたわけだろ?その時点でその力は消えるんじゃないか?音夢達みたいに」

「うん。でも、その木は死んだ…『枯れた』訳じゃないから」

「切り倒されて、それでも願いを叶えるのか?」

「それは、わからないよ。『枯れない桜』なんて世界のどこでも見た事ないし。ボクが研究してたような普通の植物じゃないしね」

「そっか、魔法だもんな。『枯れない桜』は」

「そう、魔法だから。何が起こっても、何が出来ても不思議じゃない」

そう言って、背中の桜を見つめる。

さらさらと歌う桜は、ただ優しくそこに佇んでいるだけ。

「じゃぁ、何故俺の回りでだけそんな奇跡が起こった?」

「う〜ん、それはなんとなく、だけど。おばあちゃんの力を引き継いでいたからじゃないかな?」

「ばあさんの…力?」

「そう、おばあちゃんの力」

俺にはそんなものに心当たりは無い。

だが、さくらが言葉を続ける。

「大きな力を望まず、泣いている人を元気づけられるお菓子を出せる力。多分、お兄ちゃんも持っているはずだよ」

「は…?純一じゃあるまいし。俺にはそんな事できんぞ?」

「ううん、出来るんだよ。だって――」

さくらはそう言って、俺を見て微笑む。


「―――お兄ちゃんの夢にも、『枯れない桜』が存在するから」


そう言って微笑んださくらは、夢で見たばあさんに見えた。




「――全てのきっかけになる者は、必ず必要、か」

「うにょ?なにそれ?」

「いや…。『枯れない桜』が枯れた時、夢で見たばあさんが俺達にそう言ったんだ」

「俺達って…、お兄ちゃんと、純一お兄ちゃん?」



「あぁ…。必要だったのはばあさんの力を引き継いだ人間。俺はばあさんに全てのきっかけって言われた人間。なら、それだけで夢の島に行ける」



「………夢の島、ネバーランド。夢を叶え、奇跡を起こし、人の力を超えた者が現れる」



「そして、夢が叶った。奇跡は起きた。―――そして、みんな夢の島から巣立っていく」



「お兄ちゃんがピーターパン、ならボクはティンカーベル?」

「サイズと言い、似非魔法使いと言い、妥当な線だな」

「What!?なにそれ!!」

「いや、まぁ気にするな」

そう言って逃げを打つ。

表情をコロコロと変えるさくらを見ていると、やはり、夢のばあさんを思い出す。

「なぁ、さくら」

「うん?なに?」

再び笑顔になって、さくらは顔をこちらに向ける。


「―――ばあさんの桜は、咲いてるか?」


俺の言葉を受けて、さくらと―――さくらの後ろの桜から現れたさくらが。



「―――言っただろ?『また春に、逢いましょう』って」


「―――――枯れない桜は、今は満開だわさ」




そう言って、満面の笑みで、微笑んだ。




ねくすと。