「チャー・シュー・メーンッ!!」

ドッボーンッ

「阿呆、暴れるなそこ」

「何おうっ!でっかい風呂を見たら飛び込むのが常識だろうが!」

「朝倉の常識は俺達の非常識だと判る一コマだな、相沢」

「あぁ、全くだ」

そんなこんなで、入浴だ。








「で?あの憂鬱な味を忘れる事はできたのか?お前等」

「いや…、それはだな…」

「言うな、相沢。思い出すだけで憂鬱になる」

二人はそう言うと、湯船に浸かりながらはぁ〜と溜息をつく。

「しがし、あの味は反則だな」

「全くだ。大佐に報告するべきかどうか迷ったぞ」

「いや、大佐に報告するかどうかは知らんが。あの味はなかなか忘れられないからな」

「躁鬱病の治療に役立つかもしれん」

「躁状態が無くなって鬱状態が続くだけだろ」

なかなか酷い感想だが、確かに的を射ていた。

あの味を味わった俺、名雪、香里は思い出しただけで憂鬱になれるからな。

ある種、興奮状態を抑制させる効果があるかもしれん。

トラウマになるのがタマにキズだが。

「それで。久し振りの再会を祝したパーティーはどうだった?相沢」

「あぁ。まぁみんな、なんとなく相変わらずって感じだったな」

そんな事言いながら、学校で暦先生に言われた言葉を思い出す。

「まぁ、それは祐一と再会出来たから。なんだと思うがな、俺は」

「そこらへんは暦先生にも言われたんだけどな。随分と心配をかけちまったらしいな」

「何、気にする事もないだろ。勝手に心配していたのはこちらなんだから」

「……なんか杉並が比較的マトモな事を言ったぞ」

「あぁ、びっくりだな」

ザパァ!

「何をっ!お前達俺をそんな目で見ていたのかっ!」

「出会い頭にマウントポジションを取り合うような相手だからな」

「それより前隠せ。見えてるから」

「おっと、これは失敬」

ザパァ

立ち上がっていた杉並が、前を隠しながら湯船へと再び浸かる。

「ふぅ。でだ、相沢。お前、いろいろやらかしたらしいな?」

「……一体どこで情報を仕入れるんだお前は?」

「廊下を歩く生徒に『相沢について教えてくれ』と聞いたらいろいろ教えてくれたぞ」

「一躍有名人だな、祐一」

「全く、困ったもんだな」

「それでだ。曰く『やさしい先輩』から始まり『キレると怖い』やら『たまに奇行をする』などの話があるが?」

「いや、お前奇行ってなんだよ奇行って」

「北川と言ったか。彼と二人でコント中、突然ドロップキックをしたり、学校の中庭に突然巨大かまくらを作ったり、いろいろしたらしいじゃないか」

「…バカ?お前」

「いや、事実なんだけどな…。否定のしようもない」

「放課後や昼休みになると突然叫ぶらしいではないか。それも十分奇行の範疇だぞ」

「た、確かに…」

こちらの街に来てからの四ヶ月、奇行を行っていないと言う事はあり得なかった。

って、自分でも納得できるのが哀しい。

「まぁ後は問題児を更正させただの、生徒会とやり合ってるだのといった事も聞いたが」

「他にはどんなのがあるんだ?」

「極めつけはこれだな。転校してきてすぐに開かれた伝統行事である生徒会主催の舞踏会をメチャクチャにしたと」

「いや、それは俺じゃない。俺が関係ないわけじゃないが」

実際にメチャクチャにしてしまったのは舞だ。

「だがまぁ絡んでいるのは事実か。ならばそれはお前の仕業だ、相沢」

「いや、まぁ確かに…。原因は俺にないとは言えんけどな」

「祐一、お前そんな事ばかりやってたのか。杉並よりタチが悪いぞ」

「仕方なくだ仕方なくっ!好き好んでトラブルを起こす杉並と一緒にするなっ!」

「お前達、本人が目の前に居ると言うのにそう言うか。中々やるな」

杉並がそう言った途端、三つ巴のにらみ合いが開始された。

何故か三人ともニヤニヤとした睨みだったが。

「とまぁ、冗談はこれぐらいにしといて」

「なんだ、冗談だったのか?」

「俺としてはここでマウントの一つや二つ取っておこうかと思っていたんだがな」

純一の場を戻すような発言に、俺と杉並がやはりニヤニヤしながら答える。

「いや、もうそこから離れよう。いい加減話を先に進めたい。第一かったるい」

「まぁ、それは同意だな」

「うむ、全くだ」

疲れたように言う純一に、二人であっさりと同意する。

ここで、やはり純一が一つ溜息を溢した。



「で?結局杉並は何を言いたいんだ?」

「いや、俺としてはお前がこの街で行ってきた事を調べた結果報告をしたまでだが」

「ただの報告かよ」

拍子抜けする杉並の答えに、純一がぼやく。

「まぁそう言うな。なかなかこういう話は重要だぞ」

「まぁ、確かにな」

「祐一がこの街の人間にどう思われているのかははっきりと判ったな」

「うむ。相沢はこの街では『奇行少年』と言う事だ」

甚だ心外な事だが、他にどんな評価があるのかが判らん。

よって、今日から俺は『奇行少年』という不名誉な称号が与えられた。



「そう言えば相沢。お前、商店街で年端もいかない少女を攫ったという噂が」

「あれは違うっ!アレは空腹で倒れた真琴を俺が家に抱えて帰って介抱してやっただけだっ!」

「半分ぐらいは事実なのかよ。つ〜か真琴ってさくらと似たような髪型の子か。居候っつってたな」

「ふむ、攫った挙句自分が居なければ生きていけないように調教したわけか。鬼畜だな、相沢」

「だからぁ〜っ!違うんだっつってんだろぉがぁぁぁぁっ!!」

『奇行少年』の他にも、『外道少年』の称号も近々与えられそうだ。






入浴を済ませ、眠る前にリビングへ入る。

目的は風呂上りのこーしーぎゅーにゅーだ。

「あっ!相沢せんぱーいっ!」

リビングに入ってそのまま食堂へ向かおうとした所で、わんこに声をかけられた。

「お風呂あがりですか?相沢先輩」

「あぁ。これからコーヒー牛乳でも飲もうかと思っていた所だ」

「奇遇ですねぃ。私もお風呂あがりのバナナ牛乳を飲もうかと〜」

「……風呂上りにそんな甘いもん飲むのか、お前」

「大丈夫ですよっ!寝る前に歯磨きしますからっ!」

「いや、そういう問題でもないんだがな…」

美春と会話をしながら食堂へと入る。

中は、綺麗に清掃された後だった。

「仕事が速いなぁ、みんな…」

「そりゃ、みんなでおかたずけしましたからねぇ〜!」

なぜか美春は楽しそうにくるくると回りながら移動する。

その回転する髪から甘酸っぱいような、なんだか女の子の香りが、こう…。

「ああぁぁ〜〜〜っ!それは違うっ!違うぞぉ〜っ!」

「わわわっ!相沢先輩どうしたんですかぁ〜っ!」

美春を女として意識してしまいそうな自分の脳内に大声で警告する。

その様を見て美春は手をわたわたさせながら思いっきり慌てだした。

その慌てながら近づいた美春から香る甘く切ないほのかな淡い淡白であり芳醇な熟成された甘い果実のような…。

「うおぉぉぉぉぉっ!!俺の頭が北川電波にパイルダー・オンッ!!」

「うわぁ〜んっ!相沢先輩が壊れちゃいましたぁ〜っ!!」

再び頭を抱えながら悶え苦しむ俺、アンド美春。

俺はとりあえず美春の側から思いっきり離れ、壁に背をつけて呼吸を整える。

「お…、恐るべし。美春の乙女コスモ。いや、わんこ座の美春っ!」

荒くなった息を整えながらズビシッ!と美春を指差す。

「あっ、わんこ座って大犬座の事ですか?子犬座の事ですか?」

「いや、どちらでもいいんだがな…」

俺の唐突な話から更に斜め上を行く美春の返しに、俺のほうが困ってしまった。

「つ〜か大犬座とか子犬座とか知らんし」

「ダメですねぃ〜。大犬座と子犬座は冬に見られる星座だったりして、似たような名前ですけどそれぞれ違う神話があるんですよ〜っ!」

「いや、興味ないからどうでもいいという事だ。それより俺はコーヒー牛乳が飲みたいんだ」

美春の星座話をスルーして何事も無かったように食堂に新しく設置された冷蔵庫を開ける。

中にはきちんとコーヒー牛乳やらフルーツ牛乳が入っている。

もちろん冷蔵庫の中身が外から見えるようになっている業務用仕様だ。

その中からコーヒー牛乳とバナナ牛乳と書かれたパックを取り出す。

「ほれ、バナナだ」

後ろから冷蔵庫の中を覗き込んで来ていた美春にバナナ牛乳を手渡す。

「あわっ!…えと、その、どうもです」

振り向いた先に思っていた以上接近した美春がいてドキリとしたが、動揺を見せないようにして手渡す。

美春もそれは同じらしく、俺からわたわたとパックを受け取って、何か落ち着きが無かった。

「……ビンだったら立ったまま飲むんだがなぁ」

「あっ、そうですねぇ。パックだとグイッと飲むなんて事できないですねぇー!」

何気なく会話を切り出して、食堂の椅子に座る。

俺と同じようにして、美春は対面の席に座った。

そのまま二人でプスッとストローを刺してチューチュー飲む。

「……やっぱ、こう、味気ないような気がしないか?パックだと」

「う〜ん、やっぱそうですねぇ〜。昔ながらのビンだったらグイッ、プハ〜ッて感じで飲めるんですが」

「だよなぁ…。今度秋子さんに言ってみるかな」

「じゃぁその時はついでにチョコバナナも冷蔵庫に置いて頂けるように言ってくれませんかねぇ!」

「いや、それはいらないから」

そんな取り止めの無い会話をしながら飲む。

だが、やはりパックの飲み物。

ストローから吸い出す時はどうしても無口になってしまう。

で、一旦会話が止まってしまうと次の会話が切り出しにくいわけで。

妙な空気の中、二人でストローをチューチュー吸っていた。




コーヒー牛乳も無くなり、ズルズルとストローをいつまでも吸っていた俺から会話を切り出す事にした。

「………美春はさ」

「っはい?なんですか?」

今だストローをチューチュー吸って飲んでいた美春が口からストローを放して問い掛ける。

「いや。風呂場で純一達と話をしてな。俺が連絡しなかった所為で随分と心配かけたらしいな」

「そうですねぇー!先輩方はそれはもう心配してましたよ!二月ほどはなんとなく暗かったんですからーっ!」

「うっ、そうか…。それはすまなかったな」

「い、いえっ…。み、美春に謝られても、その…」

美春はそう言うと、再びチューチューとストローを吸う。

なんだか、非常に微妙な雰囲気になってしまった。

「それで…、美春は?」

「……はっ、はいぃ?」

俺がそう聞くと、美春はストローをポロッと口から溢して聞いてくる。

「いや、その…。美春も、心配したか?」

「えっ、あ、はい、あ、いえっ、えと、その……」

「あぁ…、悪い、今のナシ。今のナシな、マジ」

慌てふためく美春を見ていたら、どうしても自分の言った台詞が恥かしくなって席を立つ。

「そ、それじゃ、俺寝るわ…。おやすみ」

なんだかもじもじしている美春を見ていられなくなり、言ってリビングへと向かう。

「あ、えと、相沢先輩っ!」

後ろからの声に、やっぱり振り向いてしまう。

「えと、その…。み、美春も、心配、してました、けど…」

赤い顔をして、もじもじしながら美春が答える。

「けど、その…。こちらに来て、先輩に逢えましたから。だから、だから、えっと、その…」

段々わたわたしながら、美春が次の言葉を考える。

それがなんだか可笑しくて、つい笑ってしまった。

「あっ!な、なんで笑うんですかそこでっ!」

「い、いや、つい、な…」

「な、なんでですかーっ!もーっ!」

「いやいや、言いたい事は判ったから。そう怒るなって」

「あっえっ?…あっ、は、はい」

「じゃ、おやすみ、美春」

「はっ、はい!おやすみなさい、相沢先輩っ!」

最後は相変わらずの元気な声で、美春とお休みの挨拶を交わした。










カチャッ

「いや、なんつーか、どうなんだろうなぁさっきのは」

部屋に戻って自問自答してみる。

よくよく考えてみれば、もの凄く恥ずかしい事を口走っていたのではないか?お互い。

「んー、それはそれでまたいいような…。い、いや、ダメだろやっぱ…」

髪の毛をわしゃわしゃとしながらベットに向かって歩く。

その途中、部屋の真中に置かれたコタツ兼ちゃぶ台なテーブルの上に置手紙と何かがあるのを発見。

「ん…?携帯?」

テーブルの上に置かれたのは、携帯電話。

しかも海外でも使えるという有名っぽいメーカーのものだった。

それと置手紙を持ってベットへ移動。

寝転がりながら置手紙を読む事にした。

『祐一さんへ

      今日はいろいろと慌しかったので渡すのを忘れてました。
    お義兄さんからこちらの携帯電話を渡しておいてくれとの事です。
  なんでも、何かの時にはそちらの携帯電話から連絡をして欲しいとの事です。

  では、おやすみなさい

                                    秋子より』

「くぅ…。か、可愛すぎるぞ秋子さん…」

なんていうか、文面とか文字とかからそこはかとなく乙女コスモの残り香が感じられる。

これが実の叔母でなければ、一秒了承で襲い掛かってしまいそうな勢いだ。

「って、なんかさっきからこんな事ばっか…」

変な思考を振り払うように頭を振って、携帯電話を改めて見る。

携帯電話の形は、今流行りの二つ折りのタイプだった。

二つ折りのタイプは壊れやすいような印象があるが、実際はそんな変わらないらしい。

まぁ、壊れる時は壊れるんだろうけど。

パカッと携帯を開いて、とりあえず電話帳を調べる。

今まで携帯は持っていなかったが、これぐらいの基本操作が出来ないほど機械オンチではない。

「え〜と…、父さん、母さんは既に入っているわけか」

なんとも用意周到な事だ。

その中から父さんを選んで早速電話をかける。

ピルルルルルッ

ピルルルルルッ

ピルル…

『…Hello?』

「ぐーてんたーく、クソ親父」

凄く眠そうな声で電話に出た父さんに挨拶代わりの暴言を吐く。

『なんだ、お前か…。って、まだ9時前じゃねぇかよ…』

「あんた何時に寝たんだよ。つ〜か何時まで家族会議してたんだ?」

『あ〜?…まぁ、5時間は寝れたか』

「電話切ったのがそっちで0時半だとして、三時間半も会議してたのか」

『いや、会議は一時間で終わったんだがな。その後祐利絵と』

「あぁ〜っ!!聞きたくない聞きたくないっ!つ〜か実の息子にんな事言うなっ!」

『はっ、何を今更…。ガキが出来るメカニズムを知らん年でもないだろうが』

「そういう問題じゃなくてだな……」

どうしてウチの親はこんなヤツなんだろう、と本気で考えてしまった。

『それで?なんか用か祐一』

「あぁ。…あの、だな。荷物が届いたんだよ、荷物」

『ほぉ〜、早かったな』

「早かったなじゃねぇだろうが全く…」

悪気も何も無い父さんの態度に、頭を掻き毟りたくなってくる。

「なんであんなもん送ってくるんだよじいさんはっ!?えぇっ!?」

『まぁほら、それは親父だからな。孫のピンチに手を差し伸べないなんて事出来るわけがねぇじゃねぇか』

「いや、その余計なお節介の所為で逆にピンチな気もするんだがな」

寝転がって、クローゼットの方向を見ながら話す。

『別に大丈夫だろ。無闇やたらに発砲しなけりゃいい。それに何もしていないのに警察がお前の部屋に踏み込んだりしてくるのか?』

「いや、そりゃ踏み込んできたりはしないだろうけどよ…」

『だろ。別に見つからなければいいんだよ、んなもんは』

「何か犯罪指南みたいな事を実の息子に言うんじゃねぇっての」

『罪ってのはバレなきゃ罪じゃねぇんだ。いくら人を殺したってな。ま、これは本人の心の問題を度外視した話だけどな』

「いや、だからそういう事を言ってるわけじゃなくてだな」

『あぁ、判ってる判ってる。とりあえず、クローゼットの中身を教えてくれ』

「教えてくれって、知らなかったのか?父さん」

『いや、自動小銃は俺が選んだもんだけどな。後は全部親父だ』

「そ、そうなのか…。じゃ、ちょっと待っててくれ」




俺はじいさんの危険すぎる思考に溜息をつきながら、クローゼットへと入っていった。





ねくすと。