「つ、壷…、壷が……。じ、自沈…。そっちは…。古の…、お、俺を踏み台にっ!!」

ガバッと身を起こしてすぐに自分の身体を調べる。

幸い、スカートを履いているなんて事は無かった。

「はぁ…、全くヤレヤレだぜ」

「一体どんな夢を見ればそんな寝言を言えるのよ…」

クールに決めようと思った所へ、背後から鋭いツッコミが入った。

「おっ、香里。なにしてんだ」

「いえ、別に何も…」

はぁ、額を押さえて香里は溜息をついた。









「うぐぅ、祐一君大丈夫?」

「まぁ、大した事はない」

面の皮の厚さには自信があるからな。

比喩ではなく。

「とりあえず、膝枕サンキュ、香里」

「な、何突然言い出すのよ…」

「いや、して貰ったのは事実だからな。礼を言ったまでだ」

「そ、そう。わかったわ」

香里はそう言うと、プイッと顔を背けた。

まぁそれはいいとして。

どうやら五分程度気絶していたらしい(外野の面々によると)。

「で、その犯人の音夢は?」

「犯人ってね。元々相沢君が悪いんでしょ?」

「いや、まぁそうなんだが」

「えっとね、音夢さんはあっち」

香里に咎められながらあゆの指差した方向を見ると、音夢が正座していた。

その前にはさくらがいる。

「…なにやってんだ?あれ」

「流石に気絶させたのはやりすぎだって言う事でね。芳乃先生監督の元教育的指導って所かしら」

「はぁ。今更そんな事したって、あいつの投擲攻撃が治まる訳じゃないし…」

「それでも、反省を促すには十分だって事で、芳乃先生がね」

俺の話を少し冷めた目で俺を見ながら、香里が説明してくれる。

しかし、なんであんなリビングの隅っこに移動する必要があるんだ…。

「ま、いいか。とりあえず無事生還した事を報告してくるか」

「大丈夫よ。それよりもうそろそろ夕食よ」

「…いや、何が大丈夫なんだよ」

俺がそう聞くと、香里はソファーから立ち上がり


「言葉通りよ」


と言い捨てて食堂へ向かった。



「いや、わからないから聞いてるんだが…」

「うぐぅ…」

「お前には聞いてない」

「うぐっ、ひどいよ…」






結局、お説教されていた音夢としていたさくらに夕食の事を伝える事で俺は無事生還をアピール。

そのままあゆと四人で食堂に入る。



「………いや、これやりすぎだろ」

「賑やかで楽しいじゃないですか」

食堂に入ってまず飾り付けに突っ込むと、側に居た秋子さんに返された。

「やはり歓迎パーティーですからね。これぐらいはしないと」

「にしても、これはさすがに…」

「そうですか?どこか変ですか?」

「いや、なんていうか。…なぁ、あゆ」

「うぐ、え〜っと…どうかな?音夢ちゃん」

「ほえ?あっ、えぇ、その…。ねぇ、さくら」

「うん。パーティーというより舞踏会って感じだね」

俺→あゆ→音夢と廻って、最後のさくらでようやく結論が出た。

「あらあら、舞踏会もパーティーじゃないですか?」

「うぅ〜ん…、びみょ〜にコンセプトが違うのでわ?」

「あら〜、そうでしたか。失敗しちゃいましたね」

俺の答えに秋子さんは『てへっ☆』と舌をペロッと出して言う。

ピンピロリロリーン

俺的水瀬秋子萌えLVが1あがった!

いや、実の叔母に萌えるのもどうかと思うんですけどね。

「何だか、不穏な空気を感じるのですが…」

「お兄ちゃん、顔がデレデレしてるよ」

「うぐぅ、ダメだよ祐一君っ!秋子さんはおば」

「あゆちゃん?何か?」

音夢とさくらの突っ込みに合わせてあゆが何か言おうとしたが、秋子さんの笑顔に封じられた。

「う、うぐっ。ななな、なんでもないよっ秋子さんっ!」

「そうですか。みなさんもうお食事をしてますから、早くいらしてくださいね」

あゆの慌てふためいた様を見て秋子さんはニコッと笑ってからみんなが集まるテーブルへと歩いていった。

「……いいか、秋子さんだけは怒らせちゃイカンぞ」

俺が音夢とさくらに確認すると、二人は無言で頷く。

「う、うぐぅ…。や、やっぱり『オバサン』はダメなんだ」

「あぁ…。どちらの意味の『オバサン』でもダメだろうな」

あゆの言葉に俺が頷く。

意味は違えど語感が同じだと、即『死』が待っているようだ。






「立食テーブルに行くと、何故か名雪が居た」

「誰に言ってるの?祐一」

「独り言だ、気にするな」

名雪に返事をしてから、テーブルに置いてある小皿と箸を取る。

両方ともコンビニかどこかで売っている使い捨てのものだった。

「お母さんがね、後片付けの事とか考えるとこういうののほうがいいんじゃないかって」

「なるほどな。使い捨てだったらどんだけあっても捨てるだけだもんな」

「うん」

洗う手間とかを考えると確かにこちらのほうが面倒くさくないな。

「で、お前はいつ帰って来た」

「え?う〜ん、5時頃かな?」

「そうなのか。全然気づかなかったぞ」

「だって祐一、お部屋の引越ししてたでしょ?」

「……おぉ、確かに」

一瞬の思案の後ポンッと手を打って答える。

「うん。私帰ってきてすぐお母さんのお手伝い始めたから、会わなかったんだよ」

「なるほどな。で、お前が手伝ったと言うことは、このテーブルはお前の仕業か」

「うん、そうだよ〜」

言葉の意味を深く考えず、名雪はあっさりと肯定した。

これが真琴やあゆなら突っ込んでくる所なんだけどなぁ。

「さすが名雪、見事ないちごずくし」

「う〜ん、テーブルの1/3分ぐらいしかないから、づくしじゃないよ」

「いや、素で答えられても困るんだがな…」

さすがに天然ボケの名雪に人工のボケをしろと言うのも酷らしい。

というか、突っ込む所なんだけどな、本当は。

なんてくだらない事を考えながら一番手前の皿に盛られた肉を取る。

ガブッ

「…うむ、ブラックペッパーが効いていてかなりうまい。香草の使い方も素晴らしい!」

「祐一。それじゃお料理評論家の人みたいだよ」

俺としては、バックに大波をザザーンと背負いたかったんだがな。

「でもこれ、マジでうまいな」

「うん、今日の料理はお母さん、かなりはりきってたから」

「そっか。普段からあんだけうまいんだもんな、気合入れたら更に美味くなるのは当然だな」

「うん。でも……」

俺の言葉に相槌を打ちながらそう言って、名雪は一転して深く沈んだ表情を見せる。

「でも……?でも、なんだよ」

「う、うん……。ほら、あそこ…」

俺の問いに今だ沈んだ顔のまま、名雪は食堂の一角を指差す。


―――ソコには、『死』が充満していた。


もう、見るも無残というか、凄まじい情景が広がっている。

テーブルの上に置かれた、トースト。

香ばしそうに見えるその焼き加減は、あの状況では食虫植物が出す甘い香りと同質のものにしか見えない。

そして、おそらく自家製かと思われるクラッカー。

本物のクラッカー職人が土下座して教えを請いそうなソレも、檻の中に入っている松坂牛だった。

そして、その後ろに控えた―――。


『ジャム・フェスティバル』


―――そんな、立て札。


そして――。



―――――パンを咥えたまま憂鬱そうな顔で呆けている杉並と純一。



「………クリティカル・ヒットだな、あの顔は」

「うん……。多分、今日はもう笑えないよ…」

名雪の言葉は、まさに的を射ていた。







「アレをダイレクトに食べると、気の滅入り方が尋常じゃないからな…」

「お母さんも、アレさえなければいいんだけど、ね」

憂鬱そうにパンを咀嚼する二人から遠ざかるように、俺と名雪は違うテーブルへと向かった。

といっても、ほんのちょびっと歩いただけだが。

なんせ立食パーティーだからな。

「あっ、相沢君」

「よう、ことり。…って、こっちの主催は萌先輩と眞子だな」

「あはは、その通りですよ」

「わぁ〜、鍋だよ祐一」

名雪の言う通り、テーブルの上には鍋が置いてあった。

その下には『高火力!』と銘打たれたガスコンロ。

「あら〜、相沢くん。いらっしゃいませ〜」

「いや、いらっしゃいませって、萌先輩…」

「まぁ、この席はお姉ちゃんの独壇場みたいなものだからね」

俺の言葉に、鍋をじっと見ながら眞子が答える。

「あ、それではもう大丈夫だと思いますので、眞子ちゃん。蓋を外してください〜」

「うん、わかったわ」

萌先輩に言われるまま、眞子はその鍋にされていた蓋に手を伸ばす。

「萌先輩、この鍋はなんの鍋なんですか?」

「本日は眞子ちゃんのリクエストにお答えしたんですよ〜」

「眞子のリクエスト…?という事は…」

そう言いながら、チラリと眞子の顔を見る。

……眞子は目をキラキラさせ、目にお星様を流しまくっていた。

「はい〜。本日は、鴨の南蛮鍋なんですよ〜」

「うふふ〜。鴨〜、鴨〜」

眞子は何だかわからない歌を歌いながらフタをパカッと持ち上げる。

その光景に、同席していた名雪とことりが少し引き気味だったのは言うまでも無い。

そして湯気の中から現れたのは、まさに鴨南蛮。

長ネギや白菜、セリ、豆腐と鍋のお約束の中で、一際存在感を出している鴨。

しかも、薄切りされた鴨肉の他に、つくねにされたものまであった。

「うおっ、こりゃ〜うまそうだぁ〜」

「本日の鴨は、商店街のお肉屋さんがたまたま仕入れていた料亭御用達の京鴨のお肉なんですよ〜」

「うふふ〜、鴨〜鴨〜」

萌先輩の説明が入る中、早速眞子が鴨と長ネギ、つくねを自分のとんすいに入れ、食べる。

パクッ

「…はぁぁ〜、やっぱり鴨は最高ねぇ〜」

もの凄く幸せそうに食べながら、眞子は流れ星を瞳に走らせ呟いた。

その顔が、まさに至福そのもの。

「…私達も、食べましょうか」

「うん、そうだね〜」

ことりの言葉に従うように、名雪が同時に箸を伸ばす。

「はい〜。もうどんどん食べて大丈夫ですよ〜」

萌先輩もそんな事を言いながら、鍋に箸を伸ばしていた。

「俺も食べるか…。あっ、ことり。ちょっと取ってくれ」

「はい、わかりました」

ことりは俺の言葉に頷いて、とんすいの中に鴨と長ネギ、豆腐を入れて差し出してくる。

少しだけダシが入っているのがポイントだ。

「おっ、ありがとう。んじゃ、いただきます」

「はい、どうぞ」

「作ったのはことりじゃないだろ」

「もう、細かいことは気にしないんですよ」

いたずらっぽく笑うことりを見ながら、早速鴨を食べる。

「……うぉっ、マジ旨い」

「でしょ?やっぱ鴨最高よね?」

「本当、凄くおいしい」

「おダシもあっさりしてて凄いおいしいね〜」

「今日は眞子ちゃんと二人で、頑張っておダシを調節したのでバッチリですね〜」

みな口々に出てくるのはそんな感想ばかり。

実際、口を開けばおいしいしか出てこなかった。

「鍋を一通り食べた後は、このダシを使ってうどんよ」

「なにぃっ!なんて魅力的な…。鴨鍋、恐るべし」

「鍋の中で煮えた鴨肉から出たダシも混ざって、またこれがおいしいのよねぇ〜」

「う〜ん、凄くおいしそうですねぇ」

「私、このお鍋好きかも」

魅力満載な鍋に、俺達は一通り食べ終えた後、更にうどんまでおいしく食べるのであった。








「ふぅ〜、旨かったなぁ。鴨鍋」

「そうだね。あの味はなかなか食べられるものじゃないですよ」

程よく膨れたお腹をさすりながら、ことりとデザートが置かれているというテーブルまで移動する。

そのテーブルは、大盛況だった。

「うぐっ、うぐっ」

「あう〜、やっぱり肉まんよね〜」

「この舌触り、とろける感じ。もうやみつきですよねっ」

「うにゃぁ、やっぱりお菓子はお饅頭だよね」

「うにゃ〜」

「あう♪バナナは至高の逸品ですよぉ〜」

上からうぐぅ、あうぅ、えうぅにうにゃ〜、加えてわんこだ。

「……あの喰いっぷりは、凄いな」

「ちょっと、食べ過ぎじゃないかと思うけど」

「まぁ…。止めたって止まらないんだろうな、ほれ」

俺はそう言いながら、顎である方向を指し示す。

「し、栞…。そんなに食べると、お腹壊すわよっ」

「ほら、真琴。そんなにポロポロ溢さないでください!」

「あ、あの、えっと、さくらさん。その、お饅頭ばっかり食べてると…。あっ、美春ちゃんも…」

「あらあら、みんな一杯食べるわね」

食べまくってる人間の脇で、なんとか抑えさせようと奮闘する人間が居た(約一名を除く)。

「芳乃さんと美春ちゃんを止めるのは、相沢君か朝倉兄妹じゃないと無理ですよ」

「いや、あいつは俺達でも止められない事があるからな」

「う、そうだったんだ。大変ですねぇそれは」

「あぁ、全くだな」

俺達はそんな話をしながら、勝手に身体が迂回して元来た道に戻っていった。

あのテーブルに、あのメンバーに並びたくはなかった。







「あれ?相沢。デザートはどうしたのよ?」

「あぁ。飢えた野獣の生息する危険区域だったもんでな。緊急回避してきた所だ」

「はぁ〜、大変ですね〜相沢くん」

「いや、シャレになんない状況だったもんな、ことり」

「あ、あはは。まぁ当たらずとも遠からず、という事で」

なんだかよく分からない会話をしながら、鍋テーブルに置かれていた椅子に腰かける。

「あっ、兄さん。こちらにいたんですか」

「おっ?どうかしたか音夢」

横からかけられた声に反応する。

「いえ。もうみなさんお食事を終えたようですから、ジュースを持ってきたんですよ」

「あ〜。ありがとう、音夢」

「いえいえ」

音夢が差し出したトレーの上にあるジュースを取り、ことりが音夢に礼を言う。

「あっ、あたしグレープフルーツ」

「はいはい、わかってるわよ眞子。萌先輩はどちらにしますか?」

「そうですね〜。オレンジジュースをお願いしますね〜」

「はい、どうぞ。兄さんはジンジャエールね」

「おう、サンキュ」

それぞれにジュースが行き渡り、音夢が椅子を引いて座る。

「そう言えば、純一達はどうした?」

「えぇ。部屋で休むと言って、出て行きましたよ。凄く憂鬱そうな顔してましたけど」

なんでだろ〜、と言いながら音夢が小首を傾げる。

まぁ、世の中には知らないほうがいい事もあるさ。

「それにしても、こんだけ大掛かりな事したら、後片付けが大変だな。さすがに」

「そうですねぇ〜。私もこの土鍋セットを洗わなくてはいけませんし」

「あっ、それは私も手伝うよ」

「じゃぁ私達はごみの片付けとかですね」

「そうですね。多分そろそろお開きの時間でしょうし、ごみ袋とか用意しておきましょうか?」

言うや否や、音夢達は立ち上がりテーブルを離れる。

「……俺は?」

「相沢君は、あっちの人達を止めてくれればいいですよ」

ことりはそう言って獣の巣を指差して歩いていく。




「………いや、すげぇ貧乏クジじゃないか?それは」



俺の呟きは、誰にも聞かれる事は無かった。







ねくすと。