中の様子を伺いながら、美坂姉妹が玄関をくぐる。
「失礼しますっ!○○引越しセンターですっ!!」
「ひやぁぁっ!」
無表情な顔からいきなり出た大声に、栞が思い切りびびっていた。
「では、お願いしますね」
『よろしくお願いしますっ!!』
荷物を持った無表情の団体さんが一斉に玄関を上がる。
「二階部屋の方はこっちの階段から上がってください」
秋子さんの指示通りに動き、団体さんがそれぞれ移動する。
「あっ、秋子さん」
「はい、なんですか?祐一さん」
引越し業者と寮に今後暮らすみんながドタバタと移動をしている所で、俺が秋子さんに話しかける。
「あの、俺の荷物ってどうなってるんでしょう?」
「あぁ、はい。多分一緒に来ていると思いますよ」
秋子さんはそう言って、一人の無表情を呼んだ。
「あの、『祐一』と名前の振られた荷物はどちらでしょうか?」
「はい、今お持ちします」
その人は簡単にそれだけ言うと外へと飛び出していった。
「やはり、来ていたみたいですね」
「みたいですねぇ」
軽くそんなやり取りをしていると、再び業者さんが入って来た。
「こちらが、その荷物になります」
そう言って指し示した先には、ダンボール箱が三つと…。
「…俺、こんなクローゼット持ってましたっけ?」
「さぁ…、私は送った覚えはありませんけど…」
180cmは高さがあるであろう黒いワードロープが三つあった。
「こちらは、どこに運べばいいでしょうか?」
先頭に居るダンボールを抱えた無表情が無表情に訊いてくる。
「あ、あぁ。とりあえずこっちにお願いします」
俺は他にも荷物があるので、とりあえず自分の部屋に運ぶ事にした。
「片付けまでしてもらってすいません…」
「仕事ですから」
俺のお礼の言葉にも、彼等は無表情に答える。
別に、本の整理なんてもんは自分で出来るんだが、サービスみたいなもんか。
「こちらのクローゼットはどちらに?」
声のした方向を見ると、先ほどの黒いワードロープを抱えた業者さんが居た。
一つを三人で持ってるから、合計9人。
全員無表情だ。
「えっと…。それ、俺のですか?」
「そう書いてありましたが?」
業者さんはそう言うと、一枚の紙を取り出した。
そこには、
『相沢 祐一 殿』
と、もの凄い達筆で書かれた紙があった。
「…じ、じいさんかコレ」
突然現れた俺の荷物がじいさんからの贈り物だとは思わなかった。
とりあえずどこに置くのがいいか探すか…。
部屋の隅、ダメ。
真中も嫌。
クローゼットの前もダメ…。
「じゃぁ、こっちのウォークインクローゼットの中に入りますか?」
収納スペースが少し減ってしまうがしょうがない。
今更送り返すのもどうかと思うし。
という訳で、邪魔にならなさそうなウォークインクローゼットの中に突っ込む事に決めた。
「はい、高さも大丈夫ですね。では申し訳ありませんが、このパイプを取り外させて貰います」
業者さんはそう言うとウォークインクローゼットの中に備え付けられたハンガーラックと思われるパイプをガコンと外す。
そこへ、ワードロープを持った業者さんがゾロゾロとウォークインクローゼットへと侵入。
一つずつ、ワードロープを置いて行った。
すっげぇど真ん中に。
「あとこちらが洋服の入っていると思われるキャビネットですが…」
「……ワードロープを少し動かして空いた所に入れてください」
業者さんに指示を出して様子を見守る。
それにしても、このクローゼット大きいなぁ。
なんて考えていたら、業者さんが中からゾロゾロと出てきた。
すると、何故かウォークインクローゼットの壁にハンガーがかけられていた。
見るとジャンパーやジャケットなどの冬物。
「…何故?」
「壁にフックがついてありましたので、そちらにかけさせて頂きました」
「あぁ、そですか…」
無表情に答える業者さん。
チラリと後ろを見ると、ベット際の壁に学校の制服やらコートがかけられていた。
「…そこまでするのか?」
「壁にフックが」
「あぁ、そうですか」
業者さんの説明が終わる前に納得を示す。
余りにもサービス精神が旺盛かと思われる。
「では、これで失礼します」
「はい、どうもありがとうございました」
無表情の団体さんが脱帽して頭を下げるのを見送ってから、部屋のドアを閉めた。
振り返って部屋を見渡す。
部屋に入って正面に出窓。
あと一番端の部屋だからか、左側にも窓がついていた。
入って正面にあるのは机。
その上には…。
「あれ?パソコン?」
何故かデクストップパソコンが置いてあった。
とりあえず机に近づく。
「…全部、終わってるのか」
コンセントやら回線やら配線は全て整えられていた。
いつでもインターネットが出来るワケか。
「本当に、サービス精神旺盛だなオイ」
無表情な顔でここまでのアフターケアは逆に怖いものがあるが。
そんな事を考えて左を見ると、ベットが置いてある。
布団も既に敷いてあった。
「……いや、流石にコレは秋子さんだろ」
一瞬またよからぬ事を考えるが、首を振って否定。
そのまま左に視線を走らせると、小さな冷蔵庫があった。
「なるほど…。本当にただの保存用だな」
カチャ、と開けて中を見ると、500ミリのペットボトルが5、6本程度しか入らなさそうな大きさだ。
上のほうにスイッチがついていて、どうやら冷蔵と温蔵の両方が出来るようになっているらしい。
「最近こういう冷蔵庫結構みかけるよなぁ」
ド○.キ○ーテとかにあるな、うん。
くだらない事を考えながらパタンと冷蔵庫を閉める。
冷蔵庫からほどよい距離にあるのが、スチールの骨組みとプラスチックパネルのテーブルだった。
その脇には邪魔にならない位置に二人から三人掛けのソファーが置いてある。
床にはカーペットとクッションがあり、なかなか良い感じだ。
「…流石、秋子さんか」
その一言で全て片付けてしまうのはどうかと思うが、リビングのインテリアなどを考えると納得。
秋子さんはどちらかと言うと和風よりこういった雰囲気が好きなようだ。
ソファーまで移動してそんな事を考える。
それからそのまま前を見ると先ほどのウォークインクローゼット。
入口入って右側に扉があるからクローゼットの反対側の部屋のでっぱりは恐らくシャワールームと洗面台だろう。
クローゼット部分もそれなりにせり出して入るが、部屋が圧迫される感じはしない。
うむ、なかなかいい部屋だ。
「こう、改めて見ると、豪華な部屋だな」
学生寮にあるまじき豪華さだ。
「……とりあえず、ワードロープの中身を確認するか」
一体いくらかかったんだろうとか、そんな事を考えていたら寒気がしてきたので違う事をする事にした。
宣言通りにクローゼットを開け、中に入る。
目の前にはクローゼットの闇に溶け込んだ黒い縦長の箱が三つ、立っていた。
その取っ手があると思われる中心に手をかける。
スルッ
「…あれ?」
自分の手に何も取っ掛かりが無いのを確認して、もう一度手をかける。
スルッ
「……取っ手がねぇじゃねぇかよ」
ワードロープの扉と思われる場所をベタベタと触りながらあるはずの取っ手を探す。
コツンッ
「あ?なんだこれ」
指先に、なんとなく金属の感触があった。
そこを良く見ると、うっすらとその部分が部屋からの光で光っている。
「ん〜?なんだこりゃ」
俺がその金属の中心に指を置くと、『ピッ』なんて言う機械音が鳴った。
すると、そのワードロープの扉がパッと光る。
「うおぉぉぉっ!!」
ガンッ
「〜〜〜〜っ!!」
あんまり驚いたもんで、後頭部をクローゼットの壁にぶつけた。
ぶつけた部分を手で押さえながらもう一度見る。
ワードロープの左側に、金属パネルのようなものと、そのパネルに何か紙が貼り付けてあった。
パシッ
その紙を思い切りはがす。
「なんだこりゃ…。取り扱い説明書?」
そこには、このワードロープの開け方が事細かに書いてあった。
「え〜っと…。『金属パネルの上に指一本を置いて…』」
書かれている通りに先ほどの金属パネルに指を置く。
「『CODE:べろにかと発言』って、この発言はいろんな意味でマズイのでわっ!?」
俺が自分でも不可解な発言をしていると、またもや『ピッ』とワードロープから機械音が出た。
それと同時に、『プシュー』なんてエアーが抜ける音と共に、ワードロープの扉がスススーッと開く。
「おっ、おおお…」
開いていくと同時にワードロープの中から恐らく照明のものだろう青白い光が漏れてくる。
そんなどっかのSF映画みたいな光景を息を飲んで見守っていると、完全に扉が開いた。
開いた扉は曲線を描いてワードロープの横にピッタリと収まった。
「…で、何が入ってるんだこれ」
恐る恐る、といった感じで中を覗き見る。
端から見たらかなり腰が引けてるかもしれない。
「…な、なんだこれ」
中を覗きこんで見えたのは、壁にかかったモノ。
思わず、頭を中に突っ込んで見る。
「な、なんでこんなもんが…」
中のモノを確認して、震える手で壁にかかっている中の一つを手に取る。
この重量感、このフォルム、どこかで見たことがある。
いや、もしかしたら過去に使った事があるかもしれない。
だが、過去に使ったとしたら、どこで使ったんだろう…。
そう考えて、一つ思い当たった。
「…じいさんトコの別荘だ」
確かサンフランシスコだかグァムだか行った時に使った事が。
手に持ったモノがかかっていた所に貼ってあるプレートを見て、やはりそうだと思い当たった。
初めての時は肩がもげるかと思ったアレだ。
そのプレートにはこう書いてある。
『Beretta M92FS』
「なんでこんなもん送ってきやがったんだぁぁぁぁっ!!」
破天荒すぎる実の祖父の所業に、思わず頭を抱えて叫んでしまった。