「―――っとまぁ、こういう事らしい」

電話でのやり取りでいろいろと判った事を適当にみんなに説明する。

「じゃぁ、やっぱりみんなで一緒に生活するって事なんですかぁ〜!」

俺の説明を正しく聞いていた美春が目をキラキラさせながら聞いてくる。

「あ、あぁ。そういう事になるな」

美春の雰囲気に少し気圧されながら返事を返す。

なんつ〜か、凄く嬉しそうだ。

「わ〜いっ!これで音夢先輩や相沢先輩と一つ屋根の下」

「おい。何不穏な空気を出した発言をしてんだお前は」

「いやですねぃ〜。別に深い意味はありませんよぉ〜(多分)」

どことなく淫猥な視線をこちらに向けながら美春が言う。

こういう時のコイツは頭の中がアレだから危険だ。

「そういう事ですから、今日からよろしくお願いしますね」

秋子さんが優しく微笑んでぺこりと頭を下げる。

みんなそれにつられ、思い思いに頭を下げながら挨拶を交わした。

「あぅー、展開が急すぎてわけわかんないわよぅ」

「うぐぅ、ボクも…」

「まぁ、一緒に暮らす家族が増えるって事だ」

「簡単に言ってしまえばそういう事ですね」

なんだか頭を悩ませてるあゆと真琴に簡潔に天野と説明をする。

だが、さすがにそれぐらいは判っていたようだ。

「そっ、そういう事いってるんじゃないわよぅっ!」

「うぐっ、ボクが言いたいのは、なんでこんな話になっちゃうんだろうって事なんだけど…」

「………それは、まぁ」

「なぁ………」

二人の言葉に天野とアイコンタクトを交わした後に秋子さんを見る。

「あらあら、私の顔になにかついてますか?」

「いっ、いえっ!?」

「え、えぇ!相変わらず20代にしか見えない若々しい方だなぁ、と」

「あらあら、美汐ちゃん。おだてても何もでませんよ」

頬に手を当てて笑う秋子さんは、天野の言葉に上機嫌になった。






「それでは、早速なんですが…」

紅茶を飲みながらのまったりタイムを続行中だった時、秋子さんが突然立ち上がり大きな紙を後ろの収納から取り出した。

パラッと、その紙をテーブルの上に広げる。

紅茶の入っているカップを倒さないように注意しながら、みんなでテーブルの上の紙を眺める。

「これは…、図面?」

「はい。増築したこの家の図面です」

秋子さんの言う通り、紙には家の絵と、内部構造が書かれたものがあった。

「とりあえず説明しますね。今、みなさんがいるこの部屋がここ、リビングです」

秋子さんは指で図面を指し示しながら俺達に説明する。

「それで、今祐一さん達の部屋があるのがここ、仮に中央の1、2、3部屋としますね」

指で指し示しながら、秋子さんが言う。

「それで、ここがお風呂場、隣が脱衣所です」

「へぇ、随分広くなってますねぇ」

「えぇ。やはり男湯と女湯に分けるのが一番でしょうから」

秋子さんの言う通り、お風呂場は二つに別れているようだ。

それぞれ結構な大きなになっている。

ちなみに脱衣所の隣はトイレになっているようだ。

リビングから一番近いトイレはここになる。

「で、次はみなさんが寝泊りする部屋ですが…」

秋子さんはそう言いながらペラリと紙をめくる。

「この部屋にある、あそこの扉を抜けますと、もう寮のスペースになります」

秋子さんが指し示す所を見る。

丁度リビングの真中辺りに、結構大きい扉がついていた。

「あちらから入って、通路の左側に個室が四部屋と個人で洗濯したい時のランドリールームがあります」

扉を開けて一番手前の部屋がランドリールームになっているようだ。

「そして、その部屋の手前にあるエレベータで二階に上がってから五部屋。これも個室ですね」

一階、二階共にトイレは完備されているようだった。

「二階からもこの母屋部分に直接来れる事になってます。その場合は今の祐一さんの部屋の脇に出るわけですけど」

「ふむ…、なるほど」

「そしてこちらの二階個室の反対側にはベランダがありまして、こちらに洗濯物などを干せるようになってます」

「洗濯物は朝の内に洗濯機に入れておいて頂ければ私が昼に干しますから」

「あの…、自分で干したい場合はどうすれば…」

そこで、鷺澤さんが手を挙げて質問をする。

「うぐぅ、ボク自分で洗濯物とかした事ないよ…」

「あうーっ、私もだ…」

お前等はお子様だからそれでいいんだよ。

「そうですね…。その場合は早朝に洗濯してご自分で干すしかないかしら」

「あっ、そうですね。わかりました」

秋子さんの答えにあっさりと納得して、鷺澤さんが手を下ろす。

そこで、今度は俺が手を挙げる。

「はい、なんですか?」

「えっとですね、濡れた布団のシーツなども洗濯できますか?」

「えぇ、一応できますが…」

「じゃぁ、他人に見られたくないようなものはどこに干せば…?」

「そうですね…。その場合、ご自分のお部屋になってしまうかと」

「ふむ…。だってよ、純一」

「ブッ!」

挙げていた手でそのまま純一の肩をポンと叩く。

横では紅茶を噴出す純一と、そんな純一を見ながら顔を赤くしている鷺澤さんが居た。

その光景を秋子さんは「あらあら」なんて言って眺めていた。

「基本的に毎日シーツは取り替えますから、ご自分で洗濯をする心配はありませんからね」

「いや、でも恥ずかしい…、ってそういう事じゃなくてですね」

「あら、違いましたか?」

秋子さんはにこにことしながら純一と会話をする。

周りでは思いっきり顔を赤くした女子面々が顔を俯かせていた。

一人、音夢だけはもの凄いハテナ顔だったが。

「では、次の説明をさせて頂きますね」

「はい、もう次いってください…」

「ふふっ、少しいじめすぎちゃいましたね」

純一のか弱い言葉に、秋子さんが笑ってそんな反応を示した。

流石、大人の女・秋子さんだ。

「では、次に地下室の説明です」

「ち、地下室、ですか?」

「はい、地下室です」

音夢の微妙な反応に秋子さんははっきりと答える。

最初の母屋の図面に戻して、指差す。

「この二階への階段の下に、地下室に入る扉があるんです」

「へぇ、気づかなかったな」

「ちゃんと見ればわかりますよ」

そう言って、秋子さんはその下を指差す。

「この地下室は、一応運動ができるスペースという事になってます。まぁただの広い空間なんですけれどね」

「ふむ。レクリエーションルームという訳だな」

「そういう事ですね」

杉並の言葉に秋子さんが同意する。

「一応冷暖房、床暖房は備え付けられてあります。あとここには非常食も置いてありますから、一種のシェルターと考えて頂いても結構です」

「シェルター、か。一応、ここの強度はどれぐらいですか?」

「そうですねぇ…。確か戦術核クラス数発が直撃しても大丈夫だという夢のような説明をされましたが」

「……そんなシェルター逆に怖いですね。密閉されて窒息死してしまいそうだ」

「ちゃんと酸素が作れるようになってますから大丈夫ですよ」

「酸素ボンベがあるんじゃなくて酸素が作れるんですかっ!」

「えぇ。大丈夫です」

「まるで宇宙に浮かぶコロニーだな…」

「ご希望とあれば、人工太陽もどうにかしますよ?」

どんどん危ない方向に話がいきそうなので、ここいらで切り上げる。

「そ、それより。寮の個室の間取りはどうなってるんでしょうか?」

「あらあら、忘れてました」

秋子さんはそう言いきってから、また図面をペラリとめくって寮部分に戻した。

「これが個室の間取り図です。全ての部屋がこれと同じになっていますから」

「どれどれっと…」

間取りを見ると床暖房のフローリングが12畳、ベット、机と椅子、冷蔵庫、洗面台にシャワールーム、ウォークインクローゼットとなっている。

「うわ…、すげぇ豪華な部屋」

「一応シャワーがついてますが、お風呂はなるべくこちらにあるものを使ってくださいね。個室になりますからご自分でお掃除して頂く事になりますので」

「掃除せずに放置してカビだらけになったら大変ですからね」

「えぇ、そういう事です」

「問題は相沢達男が掃除するかどうかでしょ」

「しないな」

「うむ」

「相沢さん達はシャワールームは封印ですね…」

「天野…、封印する事はないだろ」

「そうでもしないと使うと思いますから」

しれっと天野はそう答えて紅茶を飲む。

その姿がやけにおばさん臭く見えた。

「………何か?」

「イエ、何でもありませんよ」

勘付かれて目線をすぐ逸らしたがダメだった。

あぁ、横顔に思いっきり突き刺さるような冷たい視線が。

「一応、これで説明は以上です。何か他にご質問はありますか?」

秋子さんの言葉に、みなフルフルと首を振る。

「では、そういう事で次は部屋割りを決めましょう」

秋子さんはそう言って、名簿のようなものを取り出す。

「あっ、そうでした。祐一さん」

「あっ、はい?なんでしょうか?」

突然呼ばれた俺は、一瞬何かと身構えてしまった。

「あぁ、別に大した事ではないですから」

「そ、そうですか」

「えぇ。ただ、ちょっとお部屋の移動をさせて頂いただけです」

「………は?」

あっさりとした返答に、思わず目が点になってしまった。

「いえ、ですから。今までのお部屋を移動して、こちらの寮のほうにしただけですから」

「…誰が?」

「祐一さんが」

「何故?」

「ほら、真琴とあゆちゃんが今同じ部屋じゃないですか?」

「……あぁ、なるほど」

「そういう事ですから」

「そういう事だったら全然かまいませんよ」

「はい、祐一さんならそう言うと思ってましたので」

秋子さんと俺はそう言って頷く。

それから秋子さんは真琴とあゆに向き直った。

「そういう事ですから、どちらか部屋を移動してね?」

「あっ、そっか!ボク達が同じ部屋だったから祐一君移動したんだねっ!」

「さっきそう言ったじゃないか」

今更のように気付いたあゆにとりあえず突っ込む。

あゆはうぐぅと唸って沈黙した。

「じゃぁ、あゆが部屋移動しなさいよねっ!あの部屋に先に住んでたのは真琴なんだからっ!」

「うんっ!じゃぁボクが祐一君の部屋に移動するよっ!」

あゆはそう言うと早速と言ったようにソファーを立ち上がりリビングをバタバタと飛び出していった。

「…なんていうか、せわしないなぁあいつ」

「祐一の部屋…?祐一の部屋、ゆういち…っ!あうーっ!ちょっと待ちなさいあゆあゆっ!!」

俺が独り言を呟いていると、真琴が大声を出しながらあゆと同じようにリビングをバタバタと飛び出していった。

「……あいつら、もう少し落ち着けっての」

「ふふっ、引越しみたいで楽しいんでしょうね」

「あぁ〜、その気持ちは確かに判りますね」

「そうですね。私もこちらのお宅に泊めて頂く時は少しわくわくしてしまいますから」

「天野が、わくわくねぇ…」

じと〜っと訝しげに「わくわくする」と言っていた天野を見る。

こう、なんていうか、わくわくしているイメージが湧かない。

「わ、私だってたまにはそういう時もあるんですよ…」

天野はすっごい恥かしそうにそう言ってプイッと横を向く。

「はははっ、まぁ確かにそういう事もあるだろうさぁ」

「……人の事をジト目で見た後でそんな爽やかに言われても」

今度は俺がジト目で見られる番だった。

横では音夢指導による部屋割りが大体完成したようだ。

ツンツンと、音夢が肩を突付いてくる。

「おう、なんだ」

「祐兄さんは、どちらの部屋がご希望ですか?」

「ん?そうだなぁ〜。なるべく入口に近くて、端っこのほうがいいな」

「端っこ、ですか?」

「あぁ。俺は学校でも窓際か壁際じゃないと落ち着かないタイプなんだ」

「まるでゴキブリだな」

「杉並にだけは言われたくないな」

「ぐはぁっ!!」

俺の返しに杉並がオーバーリアクションをする。

「では、こちらの部屋でいいですよね?」

そんな杉並を笑顔でスルーした音夢の提示した部屋は二階の一番入口側、ランドリールームの真上だった。

「そこ余ってたわけ?」

「えぇ。なんとなく、ランドリールームの真上というのはイメージ的に、という事ですね」

「一応全室防音などにしてあるんですけれど、やはり音などのイメージはついて回りますからねぇ」

「そうなんですよねぇ〜」

秋子さんとなんか主婦のようなトークをする音夢。

というか音夢は、裏モードで日々過ごしていくのだろうか…。

俺達の気が休まらないような気がしないでもない。

いや、逆に裏のほうが大人しい部分はあるから安心かも。

「ちなみに、ランドリールームの隣の部屋は杉並君です」

「なるほど…」

多分、強制的にやられたんだろうなぁ。

「じゃ、杉並の隣という超危険地帯には誰が?」

「兄さんに決まってます」

「………漢だな、純一」

「何も言うな…」

天上を二人で見上げながら会話を交わす。

何かが目から零れ落ちそうだったから。

だって男の子だもん。

「そのお隣が鷺澤さんで、鷺澤さんの隣は水越先輩です」

「鷺澤さんは判るが、なんで萌先輩…?」

俺的には、音夢や眞子、さくらが居たほうが良いと思うんだが。

「はぁ。何でも、『隣で何があっても寝れるだろう』という事です」

――――なるほど、納得。

「……防音の部屋なのに隣に音が漏れるほどの事をするのか、純一」

「もう、否定するのも面倒になってきた…」

「じゅ、純一君。そこはちゃんと否定したほうが…」

こめかみを押さえて俯く純一を、顔を真っ赤にしながら鷺澤さんが袖を引っ張り主張する。

まぁ、二人には純一の部屋で『いたす』という選択肢は無いだろう。

隣がアレだし。

「チィッ、資金源になりそうなもめぎょっ!」

「オイ、そこの産業廃棄物。土に埋めるぞ」

下唇を噛み締めて悔しそうにする杉並の顔に、純一の拳がめり込んでいた。

鷺澤さんは例によって顔を赤くして俯いていた。

判ってないのは、音夢だけ。





「では、部屋割りはこれでいいんですね?」

名簿に振られた部屋番号を確認しながら秋子さんが聞く。

「はい、みんなで健闘した結果そうなりました」

音夢は笑顔でそう言って秋子さんの言葉にこくりと頷いた。

「はい、わかりました。では後は引越し屋さんを」

秋子さんが言いかけた時、


り〜ん、ご〜ん


という謎な音が聴こえてきた。

「あら、丁度良かったですね」

秋子さんは笑顔でそう言って、リビングに置いてある小さい収納からハンコを取り出した。

「…今の、チャイムですか?」

「えぇ。一応カメラもついてるんですよ」

この家は本当にどこかの豪邸みたいになってますね。

「見てみますか?」

「是非」

秋子さんの誘いにまんまと乗り、俺は秋子さんの手招きに従いインターホンへと寄っていった。

「あっ、ボクもみる〜っ!」

後ろからさくらもやってくる。

それにふふっ、と笑って秋子さんはインターホンの何かスイッチを押す。

「はい、どなたですか?」

すると暗くなっていた画面がパッと外の風景を映す。

『あの…、美坂ですけど…』

モニターに映ったのは、少し不安気な香里と、後ろをチラチラと見る栞。

その後ろには、ズラーッと白い作業着と白い帽子を被って梱包された荷物を持つ方々が並んでいた。

「はいはい、それじゃ少々お待ちくださいね」

秋子さんはそれだけ言うとピッとスイッチを押して画面を切る。

そのままこちらに振り返った。

「では、みなさん。引越し業者の方々がいらっしゃいましたので、ご自分の部屋へと案内してくださいね」

秋子さんはそう言うと、パタパタとリビングを出て行った。



「業者の人、凄い多かったな…」

「うん…。後ろをチラチラ気にする気持ちも判るね…」

「あぁ…、あの画は怖かったな」

「うん…、夢に出そうだったね」

さくらと二人で、無表情に荷物を持つ業者さん達を思い出していた。




ねくすと。