「は、はぁ。そ、そうなんですかね…」
「あ、別に下宿とかでもいいんですけれどね。そちらでも素敵ですし」
あぁ、秋子さんは掃除・洗濯・裁縫万能、着物の着付けもばっちりできるし、テニスもこなすスーパー女性管理人さんの世代なんですか。
管理人と聞くとどっかの臭そうな変態オヤジとか、東大目指して何浪もしてる自分じゃ冴えないと思ってる美人所ばかりを虜にするメガネ男とかが浮かぶ俺とは違いますね。
まぁ、確かに秋子さんはどことなくスーパー女性管理人な感じがしないでもないですけど。
「それで、姉さんからそんなお話を聞きまして、それならウチを、と思いまして」
「は、はぁ…。随分と思い切った事をしますねぇ…」
「えぇ。ですが突然学生寮の管理人になる事なんて、祐一さんがこの四ヶ月でしてきた事に比べたらまだまだですよ♪」
「ぐっ……」
なかなか、否定できない事をサラッと言ってくださる。
「あうぅー?」
「うぐぅ?」
お前等の事だ、お前等。
そりゃ、身寄りが無いって言ってこの家で引き取ることできませんかねぇ〜、なんて話に比べたら軽いものかもしれない。
ていうか、絶対軽いよな。
「それで、私が立候補したもので、すぐに作業に取り掛かったんです。全て姉さん達任せになってしまいましたけどね…」
そこまで言うと、秋子さんは頬に手を当ててほぅ、と溜息をつく。
「本当は、私もいろいろとお手伝いしたかったんですけれど。お義兄さんと姉さんに押し切られてしまいまして」
「……母さんはともかく、父さんは変な所で頑固ですからね」
「お前が言うか、お前が」
呆れたように言ったら、純一にツッコまれた。
まぁ、そこらへんは多少自覚はしているので反論できない。
「ですから、そういう訳で今日からウチは『水瀬寮』になったんです」
「はぁ、さいですか…」
「はい。学校や国や教育委員会のほうとも折り合いはついてますので、心配しないでくださいね」
まぁ、計画書に書いてあった一文で、そこらへんは汲み取れる。
だが、寮になった秘密は解き明かせたが、また一つ疑問点が浮上してきた。
「なんで祐一の両親、そんな事知ってたんかね?」
俺の疑問を、純一が言葉に出してくれた。
俺はもちろん今日までそんな事知らなかったから連絡してる訳もなく。
ここ最近連絡は取ってないしなぁ。
「こっちに来た俺達だったら一ヶ月前から知ってはいたけどよ、祐一の両親の連絡先は知らないしな」
「そうか。純一や音夢、さくらならウチの両親の連絡先知ってるかもと思ったんだが、連絡先知らなかったのか」
「まぁ、家族同然の付き合いはしてたが、親と子の関係みたいなもんだったしな。
それに、ウチの両親がお前の両親の連絡先知ってるから、その必要もないだろ。お前だってウチの両親の連絡先知らないだろ?」
「言われてみればそうだな」
純一の言葉に、俺は頷く。
確かにその通りだよなぁ。
プルルルルルルッ
再び思案に暮れた時、水瀬家の電話が鳴った。
「あら、ちょっと待っててくださいね」
ソファーから立ち上がり、秋子さんが電話へと歩み寄る。
四回ほど鳴った所で秋子さんが子機を取り上げて電話を受けた。
「はい、もしもし水瀬です――あぁっ。先日はどうも――いえいえ、そんな事ありませんよ。――はい、では代わりますね?」
笑顔で会話をして、秋子さんはそのまま子機を持ってこちらに歩いてきた。
「え〜と、音夢さん。お電話ですよ?」
にっこり微笑みながら、秋子さんは音夢へ子機を手渡した。
「へっ?…私、ですか?」
「えぇ。そうです」
ハテナ顔の音夢に対して、変わらない笑顔で秋子さんは言う。
というか、なんでこの家に音夢宛の電話がかかってくるんだ?
音夢はとりあえず受話器を秋子さんから受け取り、通話ボタンを押す。
「はい、お電話変わりました、音夢で―――、へっ?おっ、お父さんっ!?」
「はぁぁっ!?」
「なっ、何ぃっ!?」
「うにゃぁっ!?おじさんっ!?」
突然の音夢の発言に、俺達は驚いて思わず大声をあげた。
あ、あのおじさんが自ら電話をかけるとは…。
驚愕に固まる俺達を無視して、音夢は電話と会話を繰り広げる。
「えっ?うん、元気――。あっ、うん。――あ、お母さん?音夢です」
「こ、今度は母さんかよ…」
「というか、今向こうは夜中の12時前後じゃないのか?」
部屋にある時計を見て呟く。
今の時刻はそれによると昼の二時。
ニューヨークと日本では時差がマイナス14時間のはずだから、深夜12時前後という事になる。
「えっ?うん、ちゃんと着いたよ――。うん、じゃ、変わるね」
音夢はそう言って、苦笑しながら受話器を純一に差し出す。
純一は憮然とした態度で受話器を受け取ると、耳に当てた。
「はい、純い――。ったく、いきなり大声出すな母さん。―あぁ、今祐一と一緒に居る」
「いや、んな余計な事言わないでいいから」
純一の発言にダメ出し。
「―あぁ、分かってるっての。―あぁ、その後ろで唸ってるオッサン黙らせろ」
「お父さん、半ば強引に電話代わられましたからねぇ」
「親子揃って女に弱いのか、はたまた…」
「はたまた、なんですか?兄さん」
音夢がものっ凄い笑顔で聞いてくる。
こういう時はスルーするに限る。
「―ん。まぁ大丈夫だ。――あぁ?いや、別にいいから。―うん、じゃ、変わる」
一通り話し終わったのか?今度は受話器が俺に廻ってきた。
それを無言で受け取り、耳に当てる。
「…はい、もしもし」
『あっ!祐一っ!?久し振り〜!』
唐突にでかい声で向こうから挨拶が繰り出された。
「お、お久し振りです、香澄さん」
電話の相手は、純一達の母親である香澄さんだった。
『えぇ!そっちはどう?元気?』
「はい、至って元気ですよ」
『そっ、良かったわ〜。ウチの人もね、心配してたのよ』
「あぁ、そうなんですか…。どうもすいません」
『いやいや、いいのよ。それより、ウチの子達よろしくね』
「えぇ。よろしくされました」
『そっ!じゃぁついでに音夢の事も今後よろしくお願いしとこうかしら?』
「ブッ!!」
突然の爆弾発言に、思いっきり噴出す。
『あらあら、そんな敏感に反応しちゃって。もう実はそのつもりだったのかなぁ〜?』
「ちょ、ちょっと香澄さんっ!?」
ニヤァ〜っとした厭らしい笑みを浮かべた香澄さんが頭に浮かんだ。
「ど、どうかしました?兄さん」
「い、いや…。な、何でもない何でもない」
受話器のマイクを手で押さえながら顔を寄せてくる音夢に向かって開いている手を振る。
ちょっと、今はまともにあいつの顔は見れないかもしれない。
『ま、そのつもりだったら私としては嬉しいんだけどねぇ〜』
「…あ、あのですねぇ、香澄さん」
未だにからかい続ける香澄さんに声のトーンを下げて言う。
『あらあら、そんな怒っちゃ嫌よ〜!お姉さん泣いちゃうわよ?』
「誰がお姉さんだ…」
『ん〜?何か言ったかしらぁ〜?』
「…いえ、ナンデモナイデスヨ」
受話器からドスの聞いた声が聴こえる。
隣の純一にも聞こえないくらいの声が、何故わざわざマイクを押さえた電話の向こうの貴女に聴こえるんですか?
『っと、それじゃぁいい加減変われって煩い人たちが居るから、代わるわね』
「えっ?あっ、はい。…人達?」
唐突な発言に思わず頷いてから気付いた。
人達ってなんだよ、人達って。
すげぇ嫌な予感しかしないのは気のせいであってほしい。
受話器からは向こう側でぎゃーぎゃーと騒いでいる声が聴こえる。
……確かに相手は複数のようだ。
向こう側で騒ぎも収まった頃、受話器から声が聴こえてきた。
『よう、久し振りだなバカ息子』
「てめぇ、久し振りの挨拶がいきなりそれか。クソ親父」
実の父親の、久し振りの挨拶が暴言だった。
《えっ、えぇ〜〜〜〜っ!!!》
「うわっ!いきなりうるさいぞお前等っ!」
俺の発言に反応して、突然回りから声があがる。
『ふっ、どうやらそっちで上手くいっとるようだな』
「まぁ、それもあるが、初音のみんなもいるしな」
『おぉ、そういえばそうだったな』
コイツ、知ってて言ってるんだろうなぁ絶対。
「で、どうした?父さん」
『何、久し振りに息子の声を聴こうと思った気まぐれな親心というものだ』
「つ〜か、なんで朝倉さん達と一緒に居るんだよ」
『何でと言われてもな。お前に言わなかったか?先に海外に出張していた朝倉達の手伝いに行くと』
「…そんな重要な事聞いてねぇよ」
一応、これで何故ウチの親が純一達の親と一緒に居るのかは判明したが…。
「いや、つ〜か今そっち夜中だろ?明日の仕事は?というか何故夜中に一緒に居る?」
『確かに夜中だ。明日の仕事は休みだ。何故一緒に居るかと聞かれれば会社が用意した住居が隣同士だからだ』
俺の質問に、律儀に一つずつ答える。
「はぁ…。んで?母さんも一緒に居るんだろ?」
『あぁ。さっきから代われ代われと煩いからな。今変わる。…お〜い、祐利絵。祐一だぞ〜』
父さんはそう言うと、何やら遠くへ呼びかける。
どうせ自分が代われなかったからスネたんだろう。
『ドタドタドタ…、早く代わって!』
『おっ、おいっ!』
電話の向こうでは、何やらドタバタと急がしそうだ。
『も、もしもしっ!もしもしっ!!』
バタついてたのが大人しくなったと思ったら、ちゃんと声が聴こえるようになった。
「…あ、あぁ。もしもし?俺」
『きゃぁぁぁぁぁぁぁっ!!祐ちゃ〜〜〜〜んっ!!』
「ぐわっ!!」
余りの大声に、受話器を離す。
『祐ちゃ〜〜〜んっ!!元気っ!!ねぇ元気ぃっ!?』
だが、受話器を離しても声は十分聴こえてきた。
「…相変わらず凄いな、祐利絵さん」
「……そ、そうだなぁ」
純一が冷や汗を流して俺を見る。
まぁ、こういう時の母さんのテンションはやたら凄い。
『ねぇ〜っ!?ちょっと、祐ちゃ〜〜〜んっ??』
「あっ、あぁ…。元気、元気だよ」
少しテンションが下がってきたであろう頃に、受話器を耳に当てなおして返事をする。
『そっか〜、よかったぁ〜!ねぇ、秋子達とは仲良くやってる?』
「ん?あぁ、問題無いよ。良くして貰ってる」
『ふ〜ん、そっか。秋子の事だから心配はしてなかったけどね』
「あぁ、実の母親より家庭料理を食べさせて貰ってるからなぁ」
「あらあら、ダメですよそんな事言っては」
『うぅっ…、祐ちゃん祐利絵の事嫌いなのねぇ〜』
俺の発言に秋子さんが咎めるように、母さんは拗ねるように反応する。
とりあえず、ぶりっこっぽく反応している母さんはスルー。
「あはは、半分は冗談ですよ、秋子さん」
「ふふっ、でも姉さんが怒りますよ?そんな事言っては」
『こら〜っ!母親の事放っておいて秋子と話をしてるなぁ!』
「ね?」
「まぁ、こういう人ですからねぇ」
「そうですねぇ」
『ちょっと!聞いてるの祐ちゃん!』
「はいはい、どうした母さん」
いい加減いじめるのも可哀相なので反応する。
『なんだか最近そういう所がお父さんに似てきたわねぇ〜』
「何を突然失敬な事を言ってるんだあんたは」
あの男と一緒にされるのは流石に心外だ。
「でも、似ていると思いますよ?」
「あ、秋子さんまで…。か、母さんの所為で秋子さんにまで父さんに似てるなんて言われたじゃねぇか!」
『でもそっくりよ?』
「ぐぁっ…」
『っとまぁ、こんな話はどうでもいいのよっ!』
「いや、俺的には今後の人生における最重要課題なのだが…」
タイトルは『どうすれば親父に似ずにダンディー中年になれるか』である。
『で、本題なんだけどさ。秋子の家、寮になったじゃない?』
「なったっていうか、母さん達がしたんだろうが」
『もうっ!いちいち細かい所で口を挟まないのっ!』
「ハイ、スイマセンデシタ」
母さんと俺の会話を聞かれて秋子さんにくすくすと笑われた。
ちょっと、切ない。
『で、続けるわよ?そこに一応私達、というかウチの家族と朝倉一家の知り合いは入れる事にしたのよ』
「…そりゃまた、なんで?」
『だってホラ、ウチは別として、音夢ちゃんや純一、それに他の子達って初音島から出た事ないでしょ?
今回こっちの学校に交換交流に来る事が決まった時に、香澄の所に連絡が来たらしいのよ、鷺澤さんの親御さんから』
「へぇ、何て?」
『ん?ほら、ウチや香澄夫婦は仕事で初音から出たりよくしてるからさ、そっちの街はどうなのか〜、とか、いろいろと相談されたんだって。
まぁ、曲がりなりにも香澄の息子と鷺澤さんの大事な一人娘のお付き合いを認めて貰っている手前、しっかりと対応しないとって事で私達にも話が来たワケ。
ほら、昔から秋子の所に遊びに行ってたじゃない?私達。それを香澄達は知ってるからさ、たまたま街が同じだーって事でそこから今回の計画が始まったワケ』
「…なに、今回の事に関してはウチの両親に純一達の両親、それと鷺澤さんの親御さんも噛んでたワケ?」
「えっ!?…お父様達、ですか?」
俺の発言に、鷺澤さんが驚く。
『ううん、違う違う』
けれど母さんは一瞬で否定した。
『後水越さんの親御さんと、あとは白河先生も噛んでるわよ』
予想を上回る答えを更に出してきたが。
「はっ!?水越の所と暦先生も?」
『そうよ。やっぱり、親御さんとしては心配なのよ。年頃の娘達が自分の元を離れるっていうのは』
「はぁ…、娘を持つ親ってのはそういうもんなのかねぇ」
『私はわからないわねぇ。子供は祐ちゃんしかいないし』
「まぁ、娘の為に頼れるものは頼りたいと思う気持ちは分かりますねぇ」
「へぇ〜、そういうもんですか」
「えぇ。そういうものですよ、親っていうのは」
『そ〜そ〜、そういうものなのよ』
「アンタついさっきわかんねぇって言ったばかりじゃねぇかよ」
『も〜、細かい事は気にしないのっ!』
全然細かい事じゃないと思うのだが。
『でね?そういう訳だから、初音に居る親御さん達を心配させる事がないように、しっかり護ってあげないとダメだからねっ!?』
「って、俺の役目かよそれっ!?」
『ん〜、鷺澤さんの所は純一が居るからいいけど、後は全部祐ちゃんの担当。男の子なんだから護ってあげないとダメよっ!?』
「…へいへい、わかりました。わかりましたよ」
アンタは『白馬の王子様症候群』かとツッコミたい所を堪えて気の無い返事を返す。
『わかればよろしい。じゃ、純一に代わって』
「あいあい」
俺はまたもや気の無い返事を返して、純一に受話器を突き出す。
「代われってさ」
「あぁ」
短いやり取りの後、受話器を手渡して紅茶を飲む。
「……はぁ、疲れた」
テンション高い時の母さんの相手をするのは酷く疲れる。
これについていける父さんは、こういう時だけ尊敬できる。
「ふふっ、お疲れ様です」
俺の言葉を聞いて秋子さんが微笑みながら空になったティーカップに紅茶を注いだ。
「あっ、ありがとうございます」
一言礼を言ってから、再び紅茶を口に含んでフーッと息を吐く。
「ねぇ、相沢」
疲れをほぐすようにしていると反対側のソファーの端っこから、眞子が声をかけてきた。
「んー?なんだ、眞子」
「さっきさ、ウチの親がどうとかいってたじゃない?」
「ん?あぁその話か」
眞子の隣でくーっと寝ている萌先輩を視界の隅に入れつつ眞子に話す。
「いや、今回お前達がこっちに来るって話、やっぱり親御さんは心配だったらしくてな。
それで、こっちに俺の親戚や俺自体が居るって知って、頼ってきたらしいんだ。
まぁそれ自体は問題無いんだがな、ついでにみんなで共同生活してしまえば更に心配は無くなると、考えたんですよね?」
後半は、秋子さんに問い掛けるように話す。
「えぇ。大体そんな所ですね」
俺の意見を肯定して、秋子さんは微笑む。
「で、だ。この水瀬家を寮にするのを考えたのが親御さん達なら、この寮に来るのを決めたのも親御さん達だって事。
つまり、この寮にお前達が住むという事を、随分と前からウチの両親も含めてほとんどの親御さんは知っていたという事だ」
「はぁ…、知らぬは本人ばかりなりって奴ね。みんな慌てて損しちゃったじゃない」
眞子はぷくっとどことなく膨れて紅茶を飲む。
「まぁ、心配だったんだろうな」
「それはありがたいんだけどねぇ。なんで秘密にしてたのかな?」
「そうですねぇ。お姉ちゃんだったらいくらでも説明する事も出来たのに」
眞子の言葉に、ことりが同意する。
確かに暦先生だったらいくらでも説明する事は出来ただろう。
だが、あえて説明しなかったのは…。
「『面白くなりそうだからだ』」
俺の発言に、ことりと眞子が目を点にする。
それを気にする事無く紅茶を一口飲んでから言葉を続けた。
「ウチの親父がよく言う台詞だ。今回の事、秘密にしようって言うのは恐らく親父が言い出した事に違いない」
「…随分と、自信満々に断定するわね」
俺の台詞に眞子が呆気に取られる。
「まぁ、俺の親父だからな…」
「なるほどね…」
「あはは…」
それだけであっさりと納得されるのも哀しすぎる。
そこへ、肩をツンツンと突付かれた。
「ん?」
「あ、あの…、兄さん。代わってって…」
横を見ると、音夢が何故か真っ赤な顔でこちらに受話器を差し出す。
その上気した顔と上目遣いは明らかに反則だ。
「…分かった」
心の内の動揺を見せないよう、俺は受話器を受け取る。
俺が受話器を受け取ると、音夢は慌てて顔を正面に向けて紅茶を一気に呷った。
「…どうかしたのか?」
「大方、電話で何か言われたんだろう…」
俺の疑問に、純一がどことなく悟った顔で答える。
まぁ、ウチの親だしな…。
「…はい、もしもし」
『おう、愚息』
「なんだ、バカ親父か。母さんは?」
話し出しからかなり好調な親子の会話だった。
『あぁ、今は香澄や朝倉と子供の事について話をしている』
「…なんだ、それは」
『いや、さくらと音夢で選ぶならどちらをお前に嫁がせるかという話だ』
「ブッ!?」
だ、だからか。
あの音夢の異常なまでの反応は。
その発言を受け、音夢の隣のさくらを見る。
「っ!?」
…アイツも何か言われたのか。
俺と目が合った瞬間ズバッと勢い良く顔を逸らしやがった。
その際両側の髪が音夢の後頭部にビシッとヒットしていたがお互いそれどころではないらしい。
「おい…、二人に何を言ったんだアンタ達」
『いや、なに。ただハッパをだな』
「そういう余計な世話するんじゃねぇって!!」
平然と答えるバカ親父に怒鳴る。
『はっはっ、そんなに恥かしがるなマイ・サンよ』
「気持ち悪い言い方するなっての…」
叩いても暖簾に腕押しなバカ親父に、俺の気勢は削がれっぱなしだ。
『でまぁ、そろそろ電話も切るぞ。どうやらこれから家族会議らしいのでな』
「……また、変な事を議題に持ち出すんじゃねぇっての」
『まぁ、これが親の楽しみってものだ』
「そういうもんかねぇ」
『そういうもんだ。で、とりあえず言わないとイカン事がある』
唐突に声のトーンが変わり、父さんが真面目な喋り方をする。
それに反応して、自然と俺も気を引き締める。
「なんだよ、父さん」
『…孫の顔は、まだ見たくはないからな』
「過労で死んでしまえクソ親父っ!!」
雰囲気ぶち壊しの台詞に思いっきりキレる。
『なにをっ!?俺は真剣に言ってるんだ!まだこの年で「おじいちゃん」なんて呼ばれたかねぇんだよっ!!』
「あ〜はいはい、わかったわかった。精々気をつけるよ」
『あっ!テメェこのクソガキっ!親父様に対してその呆れたような言葉は何だ!?』
「実際呆れてるんだよ」
『…今月、仕送りナシな』
「ごめんなさい親父様」
親父の最終兵器に屈服して両手をあげる。
『まぁ、仕送りったって送ってるのはウチじゃなくて親父達「相沢」だけどな』
俺がへつらった後でこんな事言いやがる親父様を頃したい今日この頃。
「まぁ、そこらへんはどうでもいい。他に何かある?」
『いや、一応そんな所だ。まぁ気が向いたらまた連絡する。あっ、そうそう…』
「今度はなんだよ…」
軽くこめかみを押さえながら続きを待つ。
『いや…、お前にプレゼントをな、贈っといた。今日にはそちらに届くはずだ』
「はっ?プレゼント?」
親父の突然の親父らしくない発言に驚く。
『…お前な。そんなに驚くような事か?』
「あぁ…。親父らしくない発言なもんでな。正直驚いてた所だ」
『まぁ、気持ちは分からないでもないがな』
「自分で言うか、それ…」
自覚あっての発言だったらしい。
これだからこのオッサンの相手は困る。
楽しくって仕方がない。
「で?プレゼントってなんだ?」
『ん?あぁ。祐利絵がな、祐一とメールしたいからとパソコンをお前にプレゼントしたそうだ。
それで、俺からはこの間お前「かっけぇよなぁ、使ってみてぇ欲しい」って言ってたヤツを送っといた』
「……は?なんだそれ?」
『いや、祐利絵がなぁ。俺も何か送ってやれって言うもんでな。仕方無しにだな』
「いやいや、そうじゃなくって!パソコンはいいから、俺が言ってたっつ〜モノは何なんだ!」
『…なんだお前、覚えてなかったのか』
「あぁ、悪いが全く」
『フム…、マズイな…』
俺の覚えてない発言に、親父が難色を示す。
「おっ、おい、マズイって何だよ…」
『いや、まぁ大丈夫だろう。なんとかなる』
「なんとかってなんだよなんとかって…」
『そんな心配するなって。親父に送るよう頼んどいただけだから』
「余計に心配になっちまうじゃねぇかよっ!」
じいさんが絡むとロクな事にならんのは、昔っから身に染みてるからな。
『じゃ、そういう事で、頑張れよ』
「あっ!てめぇ!ちょっと待てって!」
『ははははっ!じゃぁなぁ!』
ガチャ!
「あっ、こらっ!待てって…。チッ、切りやがった」
ツーツー言っている電話を切り、秋子さんに渡す。
「あっ、電話有難う御座いました」
「いえいえ」
秋子さんはそれを受け取ると、とことこと充電器にまた差込み、戻ってくる。
ふと、時計を見ると14:30。
単純計算で大体30分も電話をしていた事になる。
「…長電話だな」
一人でそんな事囀ってから、俺は背もたれに体を沈ませた。