「い、入口の前で騒いでてもしょうがないですから、入りましょうか…」

天野の声に従って、とりあえず家に入る事にした。



ガチャ



「た…、ただいま〜」

パタパタパタ

「あらあら、お帰りなさい。みなさんでいらっしゃったんですね」

ふつ〜に、いつもの笑顔で秋子さんが出迎えてくれた。

あんまりにも普通なんで、かなり拍子抜けしてしまう。

が、とりあえず訊くべき事は聞いとかないと。

「あの、秋子さ―」

「祐一さん」

俺が口が開くのを待っていたかのように、秋子さんが割り込んでくる。

「えっ?あ、はい。な、なんでしょうか?」

「とりあえず、みなさんを居間にお通ししたほうがよろしいかと。お話はその後ゆっくり」

俺の後ろに並ぶ面々を見ながら秋子さんは和やかに言う。

「…あっ、そ、そうですねぇ」

「では、脱いだ靴はこちらのロッカーに、それぞれ名前が書いてありますから、間違えないように入れてくださいね?

 ロッカーの中にはそれぞれスリッパが入ってますから、そちらを履いて居間まで来てくださいね。
 
 あっ、来客の方は反対側のロッカーを使ってくださいね。そちらにもスリッパが入ってますから」

秋子さんはにっこりとそれだけ言うと、またパタパタと奥へと消えていった。

「………と、とりあえず上がるか」

「……みなさんに、ご説明しながら向かったほうがよろしいかと」

「そ、そうだなぁ」

天野の言葉に頷きながら、いそいそと靴を脱ぎ始めた。













自分の名前が貼ってあるロッカーに靴を入れ、入っていたスリッパに履き替えながら廊下をパタパタを移動する。

「…居間までの距離が明らかに伸びてるなぁ」

「うぐぅ、遅刻しそうな時とかは大変だねっ」

「もっと他に気にするべき所があるだろう、ゴマンと」

うぐぅの斜め上を行く回答にこめかみを押さえながら居間へと歩いていく。

「でも、入口のすぐ側に二階への階段がありましたね」

「あぁ、あそこは変わってないみたいだな」

天野の言葉に頷いて、居間への扉を開ける。



ガチャ



「………ひろっ」

「うわぁ〜っ!ひっろ〜いっ!!」

余りの居間の広さに驚いていると、真琴が後ろから飛び出して中へと入っていった。

「あらあら、余りはしゃがないでね、真琴」

居間に置いてあるテーブルにお茶を並べながら、駆け寄ってきた真琴に秋子さんが注意を促した。

「うんっ!うわ〜っ、でっかいいすーっ!」

「ソファーって言うんだそれは」

はしゃいでソファーに飛び乗る真琴に近づきながら頭を掻く。

「しっかし、どうしたんですか?これ」

「えぇ。買ったんですよ」

秋子さんが当然の答えをソファーに座りながら答えた。

「本当はもっと大きいのがあればよかったんですけど…」

四・五人は座れそうなソファーを見てほぅ、と溜息をつく。

「いや…、十分ですよ…」

そのソファーの対面にある同じソファーに腰かける。

「あっ、みんなもとりあえず座っちゃえよ」

居間に入ってきて辺りを見渡していた面々に声をかけて、とりあえず着席するよう促す。

「はい、お茶も用意しておきましたから、みなさんで召し上がってくださいね」

こちらへ近づいてくる面々に向かって、やはり秋子さんは微笑んだ。







全員ソファーに座って落ち着いた所で、俺が秋子さんに話し掛ける。

「あの〜、秋子さん」

「はい、なんですか?」

俺の声に反応して隣に座ってクッキーをポロポロ溢している真琴を天野に任せて、秋子さんはこちらを向いた。

「…おい、秋子さんって、お前の叔母さんのはずだよな?」

「あぁ、ウチの母親の妹だ」

「ウチのクラスの水瀬さんの母親なんだよな」

「あぁ。まるで姉妹みたいだがな」

「あら、どうかしましたか?」

隣の純一とコソコソと話をしていて、秋子さんに声をかけられた。

っつ〜か声かけたのこっちからじゃないか。

「あぁ、すいません」

「いえいえ」

俺が謝ると、にっこりと微笑む。

「……可愛いな」

「………子持ちには見えないよな」

「…あぁ」

「祐一さん?」

秋子さんの笑顔についてまた純一とコソコソしてしまった。

「あぁ、度々すいません。…えっと、それで」

「はい、説明のほうでしたよね?」

俺がコクッと頷くと、秋子さんが一枚の紙を『どこからか』取り出した。

「…どこから出したんですか?」

「はい?ここですけど」

そう言って、エプロンのポケットを指差す。

エプロンの下に見える少し短めのスカートから覗く生足ふとももが柔らかそうで良い感じ。

「っじゃなくってっ!」

「はい?…どうかしましたか?」

俺の突然の叫びにキョトンとする秋子さん。

そんな顔も良い感じ。

いや、そこから離れようぜ俺。

「…いえ、なんでもないです。それより、なんですか?それ」

「えぇ。計画書ですよ」

実の叔母にときめいた心を誤魔化して計画書と呼ばれた紙を受け取る。

「え〜っと…、『水瀬家を基本構造はそのままに改造しちゃおう計画』?」

「えぇ。義兄さんです」

恐らく計画のタイトルの事を言っているんだろう。

「ネーミングセンスの無さは親譲りだったのねぇ」

「うるさいぞ、マコピー」

「真琴、人の親御さんを馬鹿にするもんじゃありませんよ」

「…あうぅ〜、ごめん」

俺の言葉に怒りを表そうとした所を秋子さんに押さえ込まれ、真琴はそのまま謝る。

とりあえずそんな真琴を無視して計画書を読み進める事にした。

「えーと…、『全室クローゼット、冷暖房、床暖房、光ケーブル回線常備の快適なお部屋をあなたに』?」

「まるで新築マンションの謳い文句だな」

「うるさい…『敷金・礼金・管理費無しの―』やる気あんのかこらぁっ!」

「あぁっ!破くな破くなっ!!」

思わず紙を破こうとする手を純一に止められた。

「す、すまん…」

「適当に、読み進めていけばいいんですよ」

秋子さんがにっこりとやたら毒の入った言葉を吐いた。

まぁそれは賢い判断だ。

という訳で、重要だと思われる文章だけを読む。

「じゃ、改めて…『維持費、生活費は寮生の学費から月々引かれる。尚、国からの支給もあるのでそこらへんは気にしない事』」

「はぁ、国からも支払われるのか」

「というか、この文章俺達が読むこと前提で書かれてるじゃねぇか」

「そういう事ですね」

秋子さんの答えを聞いて更に読み進める。

「『芳乃さくらについては給料からの天引きとする。』まぁ、当たり前だな」

「うにゃっ!お給料減っちゃうのっ!」

「他に研究とかで稼いでるんだから少しぐらいは我慢しろっての。喰う寝る所が揃ってるんだからよ」

「う〜、まぁそれもそうだねぇ」

「教師ってそんなに稼げないもんなのか…?」

「うんっ、とっても安いんだよ!!」

「…次いくぞ、次」

さくらと純一の会話に割り込んで大人しくさせる。

「『寮での生活は好きにローカルルールを設定する事。』」

「ローカルルールって、なんですか?」

「まぁ、身内の中での決まりごとみたいなもんだ」

天野の問いにさらっと答えて次。

「『料理については各自当番を決めて秋子さんの手伝いをする事。尚、朝倉音夢についてはその限りではない』」

「そんな事、本当に書いてあるんでしょうか?祐兄さん」

ソファーの一番端から音夢が殺気を飛ばしてくる。

「い、いや…。ほれ、これ」

震える手を留めながら、音夢に問題の一文を見せる。

「……どうやら、本当みたいですね」

ぷっくりと膨れながら音夢が紙を返してくる。

…父さん、いろんな意味で覚悟しといたほうがいいみたいだな。

そんな事考えながら次を見る。

「『個人の部屋以外の掃除なども秋子さんと各自協力して行う事。尚、男は手伝うと余計汚くなるので自分の部屋だけ掃除してろ。』」

「なんか、凄い言われようだな俺達」

「だがまぁ、間違ってはいないな」

「否定しようぜ、杉並」

「否定できる要素が無いからな」

「『洗濯物などは個人的に秋子さんに頼む事。風呂場は男湯と女湯で分かれているから安心しろ。』」

「これは、助かりますねぇ」

「そうですねぇ〜」

ことりと萌先輩が頷く。

「女の子にはいろいろとあるんですよ。洗濯物などは特に」

「そう言えば、俺が洗濯する時は絶対音夢は洗濯しないよな」

「当然の事ですよ。当然」

「俺の洗濯物って、いつもみんなとは別に洗ってたんですか?」

「えぇ、当然ですから」

任せっきりだった事で分からなかった事が初めて判明した。

「で、次は?」

「ん。『寮の備品については秋子さんが調達するが、個人が使用する分は各自負担する事。』まぁ当然か」

「他、もっと重要な事はないわけ?」

「ん〜?ちょっと待っとけよ…」

眞子にせかされて一通り流し読みする。

「…後はまぁ当然の事、例えば門限を設定する事とか、秋子さんの指示に従う事とか、そういうのが書いてあるだけだな」

「えぇ。それぐらいなものでしょう」

にっこり笑って秋子さんが俺の後を続ける。

「そういう事ですから、みなさんお願いしますね」

「いやいや、ちょっと待ってくださいよ…」

締めに入ろうとした秋子さんを慌てて止める。

「はい?なんですか?」

「いや、一番重要な所が書いてないんですけど…」

「一番重要な所?」

俺の言葉に、秋子さんはハテナ顔で反応する。

「…結局、なんで寮になったんですか?」

「あらあら、そう言えばそうでしたねぇ」

何故かほぅ、と溜息をついて一息吸う。

実ははぐらかそうとか考えてた?

俺が怒りそうな理由なのか?

「な、なんなんですか?秋子さん…」

「実はですね、祐一さん…」

真剣な表情で俺を見つめる秋子さん。

ゴク、と誰から固唾を飲む音が聞こえた。

「じ、実は…?」

「えぇ、実は………」

―――長い。

前フリにしては長い。

だが秋子さんは、表情を変えずじっと俺を見る。

やがて、秋子さんがゆっくりと口を開いた。






「学生寮って、いろんなドラマが巻き起こりそうじゃないですか♪」






あまりの答えに、開いた口が塞がらなかった。





ねくすと。