「…それでだ、相沢」

「はい?なんですか?」

先導する俺にだけ聴こえるように、暦先生が話し掛けてくる。

「お前、何かやらかしたのか?」

そう言って暦先生は俺に真剣な表情を向ける。

「いや、やらかしたって言うか、何て言うか…」

この街に来ていろいろとあった訳だから、心当たりもないわけではないからな…。

「いやな、ほとんどの教師の人間がお前の事を知っていたから聞いてみたんだがな。

 お前、今生徒会とかといろいろモメてるそうじゃないか。中心人物だという話だが」

「いや、中心人物だかどうかは知りませんけど…」

そう言って、訝しげな視線を暦先生に向ける。

「生徒会の事だけじゃなく、さ。入学以来一度も登校してこなかった生徒が登校してきてみればお前と親しげだったり。

 無口で周りから敬遠されてた生徒が久し振りに会話をするようになった原因がお前だったり。

 しまいには問題児だとされていた生徒がお前のお陰で問題を起こさなくなったりと、言われたもんでな」

そう言って、暦先生が訝しげにこちらを見る。

「…お前、転校してきて四ヶ月でここまで知名度が高いのは、逆に異常だぞ?」

「いや、まぁ好きでそうなった訳じゃないんですけどね…」

そう言って苦笑を浮べる。

すると、暦先生も半ば諦めた、というような笑顔を向けてきた。

「ま、いろいろあったんだろうな、お前だし。だがまぁ、気をつけな」

そう言って、再び真剣な顔に戻す。

「目立つ奴は叩かれやすい。特にこの学校は生徒会の力が大きいようだ」

「…ま、なるようになりますよ」

恐らく久瀬の事を言ってるんだろう。

確かあいつの親はどっかのお偉いさんだという話だしな。

佐祐理さんに聞いた話だけど。

「ふっ…。ま、そういうんなら大丈夫だね。でまぁ、話は変わるが…」

暦先生はそう言うと、チラリと後ろの集団を見た。

俺もそれを見て後ろを見る。

後ろでは、佐祐理さんや舞が混じって音夢やことりと楽しげなトークを繰り広げていた。

「久し振りに会って、どうだった?」

ちょっとイヤらしげな笑顔で、暦先生が俺に聞く。

「何が言いたいのかは分かりませんが、みんな元気そうで良かったですよ」

そう言って笑顔を向ける。

「ま、そうだな…。だがなぁ、初めの頃はいろいろ問題だったんだよ」

そう言って、一つ溜息をつく。

「いろいろ?」

「あぁ。一月、二月あたりはな、みんなどこか無理しているというか、なんと言うか…。

 あの朝倉や杉並も、時々どこか寂しげな顔をしていたんだよ、あれでも。どっかの誰かが一度も連絡寄越さないもんだからな」

そう言って、俺を見る。

「いや、何て言うか。いろいろと大変だったんですよ、これでも」

「ま、それは分かったんだがねぇ。待つ側のほうとしてはやっぱり連絡来ないのは辛いものがあるのさ」

そう言ってから暦先生はまたイヤらしい笑みを浮かべる。

「だがま、見事再会を果たせた訳だから、大丈夫だな」

「何がどう大丈夫なのかは知りませんけど」

「ウチのことりもそうだけど、水越や朝倉も結構参ってたからな。頑張れよ」

爽やかな笑顔で暦先生は肩を叩く。

「何をどう頑張れと・・・」

誰にも聴かれないよう、口の中で呟いた。













「…っとまぁここが体育館で、こっちの通路を行くとさっき案内した運動部の部室への近道になる、と」

「へぇ〜、かなり大きいわね…」

「あぁ、なんでもウチの学校は『文武両道・才色兼備・焼肉定食』がモットーらしいからな」

「そうなんですかぁ〜」

「…いや、ゴメン、最後のは嘘です」

「相手を間違えたわね、相沢…」

隣の眞子から、慰めの言葉がかかる。

「あら〜、相沢くん、嘘ついたんですねぇ〜。ダメですよぉ〜」

萌先輩に普通に諭される、17歳の春だった。




一頻り校内の案内を終えた俺達は、香里達との合流の為、学食へと出向いた。

一応ここが、最後のご案内ポイントとなっている。

「へぇー、ここも大きいですねぇ」

「あぁ。なにせ生徒数が多いからな」

「確かに、結構な人数ですね」

「ま、風見も生徒数で言えば多いだろう?」

「そうですね」

音夢と話をしながら食堂へと入っていく。

中には、これから部活のもの、家に帰っても暇なもの、委員会やら何やらでやる事がある者などが居て、かなり賑わっていた。

そんな中、食堂の一角を占める女子多数の団体さんを発見した。

「おっ、あっちだな」

そう言って、その団体に近づいていく。

すると、頭の左右を大きなリボンで止めている少女がこちらに気付き、手を振って思い切り駆けてくる。

「おにいちゃ〜んっ!」

「TPOをもっとわきまえろっ!」

食堂中に響き渡る声とその危険かつ甘美な響きに、男女とも食堂中の生徒がこちらに注目する。

だが、そんな事もおかまいなしにさくらは思いっきり俺に抱きつこうとして


ビシィッ!!


額に音夢の掌底が決まった。

「………。」

「………。」

「………。」

「………痛い。」

音夢に掌底を決められた額を押さえて、さくら呟く。

「あっ、わわっ!ごめんっ!つい、なんとなくっ!」

自分の行動が把握できずに、音夢が一人でわたわたと慌てだした。

「……今のは巧かった」

後ろから、舞のそんな評価が聴こえてきた。

「う〜、音夢ちゃんひどいよぉ〜」

「う、うぅ、ご、ごめんねぇさくら」

額を押さえてうめくさくらに、音夢が謝罪をする。

「おい、音夢。素に戻ってるぞ…」

小声でボソッと音夢にだけ聴こえるように言う。

その声にハッとした音夢は、いつもの――裏モード――音夢に戻った。

「ほ、本当にごめんなさい、さくらちゃん」

そのまんま、改めて謝りなおす。

「うにゃ〜、まぁいいよっ。それよりお兄ちゃん、一緒にご飯たべよ〜っ!」

さくらはそう言いながら、俺の手をガッシリと掴んで自分が元居た席へと引っ張っていく。

「お、おいっ。引っ張るなってのっ!」

「いいからいいから〜」





「よっ、祐一。随分と注目を集めたな」

ニヤニヤよ笑みを浮かべながら、純一がCランチを食べながら話かけてくる。

「ったく、お前も止めろっての」

「いや、実は俺も先にここについた時やられたからな」

そう言ってかったるそうに肩をすぼめる。

「お兄ちゃんの隣も〜ら―――」

そう言いながら席につこうとするさくらを気にする事無く、音夢が着席する。

「――あら、さくらちゃん。どうかしたの?」

ジト目で睨んでくるさくらに、平然と笑顔で音夢が問い掛ける。

「じゃ、ボクこっち!」

フイ、と顔を動かした後、音速でさくらが俺の対面に着席した。

「っつ〜か、俺買ってきてないんだけど」

「あ、じゃぁみなさんの分は佐祐理が代わりに買ってきましょうか?」

さくらの隣に腰かけた佐祐理さんがそう言って席を立とうとする。

が、さらに隣の舞がそれを押し止める。

「……私が行く」

そういって舞が席を立って受付へ行こうとする。

「おっ、待て舞。…音夢、何が食べたい」

「えっ、私ですか…?えっと、ホットドックがあったら、それでお願いします」

「だとさ、舞」

「……わかった」

舞はそれを聞くと、しゅびっとサムズアップして受付へと進もうとする。

「おっ、おい舞!俺と佐祐理さんのは…」

「……分かってる」

慌てて押し止めようとする俺の言葉に、舞はそう言いながらくるりとこちらを向いた。

「……牛丼特盛り、玉付き」

びゅしっとサムズアップしてから、舞はスタスタと人ごみに消えていった。

「ふ、ふえぇ〜、佐祐理はそんなに食べれませんよ…」

「……無理そうだったら、舞が残りを食べてくれますよ」

「なんつ〜か、漢らしいな、あの人…」

純一の舞に対する第一印象は『漢らしい』で決定した。






「しっかしまぁ、ここに居るの俺の学内での知り合いほとんどじゃないか…?」

ズラーっと机に着いているメンバーを見渡す。

隣の音夢、純一はもちろん、佐祐理さんに舞、さくら、天野、真琴、眞子に萌先輩、香里に栞に美春にことりに暦先生、あゆと最後に鷺澤さん。

「…あれ?杉並はどうした?」

ご案内メンバーに居たはずの杉並が居ない事に気付き、隣の純一に訊く。

「あぁ…、消えた」

平然と、とんでもない事を言ってのけやがった。

「き…、消えたって、お前…」

「に、兄さん!なんで早く言わないんですかっ!」

「いや、気付いたら消えていたんだ」

凄い剣幕で言う音夢に、かったるそうに返事を返す。

「あぁんっ、もうっ!大変な事になっちゃったじゃないですかぁ!」

そう言って、音夢はガタッと席を立つ。

「暦先生、美春、ことり、眞子っ!」

離れた場所に座っていた面々に、音夢は大声で呼びかける。

呼びかけられた四人は、珍しい音夢の大声に何事かとこちらを振り返る。

「どうした〜?朝倉」

「杉並君がっ、失踪したらしいですっ!」

声をかけてきた暦先生はその返事に血相を変えて立ち上がる。

「イカンッ!何か起こる前に捜し出すぞっ!」

「音夢っ!どれぐらい前に消えたのっ!」

「兄さん、どうなんですかっ!」

「あ、あぁ…。多分三十分ぐらい前じゃないか?」

「あさくらぁ!お前知ってたんなら何故もっと早く…、あぁもう!いいから探すぞっ!」

「はいぃっ!」

暦先生の号令に、元・風紀委員会と中央委員会、対杉並用決戦兵器が立ち上がり、純一を引き摺って食堂を飛び出していった。




「な、なんで俺まで行く必要があるっ!」

「兄さんが教えなかったのが悪いんですよぉっ!」

「俺かっ!俺のせいなのかぁ〜っ!!」



「…頑張ってこいよぉ〜」

事情を全く知らない人間がほとんどポカーンとしている中、一人引き摺られていった純一にエールを送った。

「多分、見つけられないと思うけどねぇ〜」

「まぁ、そういう事だな」

さくらの言葉に、机の下からずるずると出てきた杉並が答えた。

「えっ、あ、あの…」

突然下から現れた杉並に驚いて、鷺澤さんが声をどもらせる。

「よぅ、杉並」

「よう、同志相沢」

杉並はそう挨拶をすると、純一が座っていた席にどっかりと腰を降ろした。

「いやぁ〜、下は狭かった。おっと、鷺澤さんの隣は流石にまずいかな?」

「えっ?いえ、別に私は気にしませんが…」

鷺澤さんはそう返事をしながら、純一が出て行った食堂の入り口をチラチラと見る。

「まぁ、あ〜なったら三十分は帰って来れそうも無いな…」

「うむ、あの俺へと向けられる彼女達の熱意には凄まじいものがあるからな」

そんな事を言いながら、純一がいた席から音夢の居た席へと移動する。

「して、相沢。目の前のご令嬢方はどなただ?」

そう言って、目の前の舞と佐祐理さんを見る。

「あぁ、彼女は倉田佐祐理さん。で、こっちのが舞」

「ど、どうもはじめましてー、倉田佐祐理です」

「……川澄舞」

軽い苦笑を浮べながら佐祐理さんは挨拶をして、舞は一旦牛丼(佐祐理さんの分)を食べている手を止めて挨拶をしてから、また黙々と食べ始めた。

「ほぅ…、またニューキャラクターか。なかなかやるな、相沢」

「舞のほうは俺が昔この街に遊びに来てた頃に知り合った人間だ」

杉並の言葉に反応を示さず、俺はそう答えた。

すると、目の前でジュースを飲んでいたさくらがピクッと反応する。

「…お兄ちゃん、記憶が戻ったの?」

どことなく心配そうな目で、さくら俺にそう言った。

「ん?…あぁ、この街に来てから、な」

「うん、そっか、そうだよね」

そう言って、さくらはどことなく寂しそうな、でも嬉しそうな笑顔で笑った。

なんとなくそんな暗めの話題になったからだろうか、さくらが少し沈んだように見える。

「ったく、何を心配してるのか知らんが、大丈夫だ」

そう言って、対面のさくらの頭に手を伸ばして頭を撫でる。

「うにゃ…、うんっ」

一瞬動揺を見せるが、さくらが笑顔になると、俺は頭に置いていた手を離した。

「えへへへ…」

なんか嬉しそうなさくらの笑顔に、佐祐理さんが笑顔を向ける。

「あははー、可愛いですねぇ〜。祐一さんの妹さんですかー?」

「ぶっ」

佐祐理さんの言葉に思いっきり俺は噴出した。

「ちっ、違う違う!俺に妹なんていないって!」

「ふえ〜、そうなんですかぁ〜?」

「う〜ん、お兄ちゃんとボク、似てないと思うんだけどなぁ〜」

「ていうか、似ていたら怖いだろうが」

「いや、朝倉兄妹ともそうだが、どことなく似ていると思うぞ、芳乃嬢は」

そんな怖い事を、杉並はうんうんと頷いて答えた。

「いや、まぁ似てる似てないはどうでもいいとして、こいつは芳乃さくらって言って、俺の幼馴染で同い年だ」

「はえー…、そうだったんですかぁ〜」

俺の答えに、軽く佐祐理さんが驚く。

まぁ、いきなり俺の妹だと思ってた人間が俺と同い年だと分かればそりゃ驚くだろう。

「で、親の事情でアメリカに飛んで大学卒業した後、研究辞めて教師なんかやってる見た目は子供、頭脳は大人な奴だ」

「名探偵?」

「ふえ〜、凄いですねぇ〜」

さくらの合の手をスルーして、佐祐理さんは純粋に驚いていた。

「多分、三年生の理数系の授業を受け持つ事もあると思うから、その時はよろしくねー」

「あ、はいー。よろしくお願いしますねー」

スルーされた事を気にも止めず、さくらは嬉しそうに言った。

まぁ、知り合いが増えたほうがいろいろと助かるだろうし、嬉しいだろう。





「…何でここに居るんでしょうか?杉並君」

笑顔で凄みながら、音夢は隣に座る杉並を睨む。

「いや何、探索も終わったのでな、大人しく帰って来たまでだ」

「はぁ…、何か仕掛けたりはしてないんでしょうねぇ?」

「ま、初日だからな。イベント事が無い限りはそうやらんさ」

「イベントがあったらやるんかい」

「何を当然な事を言っている?」

ダメだ…、こいつと会話をすると頭が痛くなってくる。

「はぁ…、普通はイベントがあってもそんな事しないんですよ」

そう溜息をつきながら、音夢はこめかみを押さえた。

と、突然

―――ふらっ

とテーブルに手をつく。

「お、おい、音夢?」

「あっ…、だ、大丈夫ですよ」

よたよたと体勢を整えながら、音夢が両手を振って答える。

俺は席を立ち上がって、音夢の顔色を伺う。

そこで、ついさくらに視線を送る。

「………」

さくらは心配そうな視線を送り、俺の視線に気付くと首を横に振った。

そこで、再び音夢に視線を戻す。

どことなく、頬が少し赤い気がする。

「お前、もしかして熱あるんじゃないのか?」

「だ、大丈夫だよ、祐兄さん。ただちょっと、走り回って疲れちゃっただけだって」

俺の言葉に両手を振りながら後ろへ後ずさる。

「いいから、おでこ出せ」

「だ、大丈夫だって!」

さらに逃げようとする音夢の手を掴まえる。

「あっ!」

そのまんま引っ張って


ゴチッ


額に自分の額を当てた。

「はうっ」

ちょっと痛そうな音夢の声を気にしつつ、カウントを始める。

「や、やめてよ……兄さん、みんな見てる…」

至近距離まで近づいた音夢の吐息が顔にかかる。

キス寸前の格好になった俺達に視線が集まるが、なんとか気にせずにカウントを続ける。

「…もぅ」

拗ねた声をあげる音夢を無視して、更にカウントを続ける。



「…別に、熱があるわけじゃないみたいだな」

「だからそう言ったじゃないですかぁ…もぅ」

前髪をいじくりながら、音夢が拗ねた声で呟く。

「お前は具合が悪くても無理する事があるからな」

「もぉ、そんな子供じゃないんですよぉ?」

「だったら具合悪い時にはちゃんと具合悪いって言え。突然倒れられても困るんだよ」

そんな事を言いながら、音夢から顔を背ける。

と、そこで目が合ってなんとなく目を逸らす天野や栞やらが見えた。

「……なんだよ」

「いえ、別に……」

「別に、なんでもないですよー…」

目を伏せられたりあからさまに背けられたり、こっちとしては気になってしょうがない。

クルッと顔を違う方向に向けて、佐祐理さん達を見る。

「…なんだよ、舞」

「………別に」

そう言って、箸を咥えてそっぽを向く。

「うにゃ〜、お兄ちゃん。あんまりそれは外ではしないほうがいいよ〜」

さくらにそんな事言われて、つい顔が赤くなってしまった。

「ばっ…、お前、俺はただ熱を測ってただけだっての」

俺はそう言って、音夢に同意を求める。

「えっ?…え、えぇ。そ、そう。それだけ、ですから」

なんとなく顔を赤くさせて、音夢はそう言ってからそっぽを向いた。

「あうーっ、ゆういちーっ!」

ガタッと突然立ち上がって、真琴がそのまま突っ込んできた。

「ぐはっ!なぜにっ!」

体当たりを喰らいながら、訊いてみる。

「…自業自得ね」

そんな香里の冷たい声が聴こえた気がした。







ねくすと。