「…しっかし、アレだな」

「どうかした?相沢君」

横を歩く香里に、俺の独り言が聞かれていたようだ。

「いや…、ほら」

そういって振り返ると、あゆの隣を音夢と一緒に楽しそうに歩くさくらが見えた。

「あゆって、背、高かったんだな。音夢や眞子とそう変わらないし…」

「芳乃先生の隣を歩けば、誰だってそう見えるわよ…」

確かに、あいつは反則なぐらいの小ささだ。

「…栞って、あゆより身長あったよな」

「えぇ。胸のほうは小さかったはずだけどね」

「聞きたくない聞きたくないっ!」

この姉妹、本当に仲直りしたんだろうな…。









「と、これで二年生の教室のある三階は終わりよ。次は一年生の教室がある二階か、三年生の教室がある四階があるけど、どうする?」

「とりあえず、四階に行くか」

ゾロゾロとついてくる集団を見ながら呟いた。

「まぁ、それが妥当かしらね」

そう言って、階段に差し掛かった所で、ふと聞き覚えのある声が響いた。





「あ〜っ!!音〜夢せーんぱーい」






「えっ?美春?」

後ろを歩く集団の中から、ひょっこり音夢が飛び出した。

「あっ!朝倉先輩もいるんですね〜っ!まっててくださ〜いっ!」

そんな声が聴こえた後、下り階段を駆け上がる音が聴こえた。

「よぉ〜っとと、到着でーすっ!音夢先輩、朝倉先輩こんにちわっ!」

「美春、階段は駆け上がっちゃダメですよ?」

「あっ、えへへ。すいません、音夢先輩」

「相変わらずわんこだな、美春」

どうやら後ろの音夢達が、わんこに遭遇したようだ。

「…また、知り合い?」

「あぁ、多分、というか絶対そうだな」

どことなく疲れたような香里に、無常な現実を突きつけてみた。

「どら、ちょっくら顔出してくるわ」

「えぇ、まだ案内の途中なんだから、忘れないでね」

「…まぁ、善処する」

俺はそう言って、音夢達の居る集団に潜り込んでいった。





「音夢先輩達は、今は何をなさっているんですか?」

「私達は、今学内の案内をして貰っていた所なのよ」

「そうなんですか〜っ。生徒会の方々とですか?」

「あっ、そうそう。美春にも教えないといけない事があるのよね、兄さん」

「あぁ、まぁそういえばそうだな」

「えっ、何ですか?でっかいバナナパフェの置いてあるお店とかですか?」

集団の中では、こんな会話が繰り広げられていた。

というか、こいつに教えることは、バナナ関連以外ないわけか。

とりあえず思いっきり尻尾を振ってそうな美春の横に位置取り、徐に手を頭にポンと乗せる。

「あ〜しあ〜し、ホレホレ」

頭に乗せた手を思い切りわしゃわしゃと動かし、ムツ○ロウさんごっこ。

「わわわっ!な、何ですか〜っ!?」

美春は突然の行為に驚き、首を竦めながら音夢の後ろへ逃げて行った。

「あっ、美春。もう、祐兄さんも美春を驚かさないでくださいよ」

「いや、まぁお約束というやつだ」

やはり、わんこにはムツ○ロウさんごっこだろう。

鼻や口に噛み付かないだけかなり妥協したほうだ。

というか実際にやったらただの変質者だがな。

「はうっ!?も、もしかして相沢先輩ではないですかぁ!?」

相手が俺だという事に気づいた美春は、音夢の後ろからぴょこっと顔を出した。

「おう、もしかしなくても相沢先輩だぞ」

「えぇ〜っ!何故相沢先輩がここにいるんですかっ!!」

「はっはっはっ、聞いて驚け、実は去年風見学園を転校した後、この学校に転入したのだっ!」

「おおぉ〜!凄いですねぇ!流石は相沢先輩っ!?これも音夢先輩や美春の愛のぱわーってやつですねぃ!」

「おうっ!愛は地球を救うんだっ!わかったか、美春!」

「はいぃ!改めて愛のぱわーの凄さを思い知りましたぁ!よ〜し、私も今後は愛のぱわーでバナナの普及を全世界にっ!」

「いや、それは無理だと思うぞ美春」

「そ、そこで落すんですかぁ相沢せんぱ〜いっ!」

「はいはい、二人とも、周りがついて来れないからもうやめてくださいね?」

「うぃ、了解しました」

「久し振りで楽しかったですね〜、相沢先輩!」

苦笑を浮べる音夢の言葉を物ともせず、美春は俺の手を取ってぶんぶんと振り出した。

「ん?まぁそうだな。しかし、お前は相変わらず犬チックだなぁ」

「あっ、私わんこは大好きですよっ!?なんとなく可愛いし!」

「お前は動物全般が好きなんだろ、確か」

「えへへ、バレましたか」

「所で、美春は何をしていたの?」

また長々と続きそうな会話に、音夢が割り込んできた。

「あっ、そういえば美春は新しくお友達になった方々に校内の案内をして頂いてたんです!」

「なんだ、お前も生徒会の誘いを蹴ったのか」

「まぁそうなんですが、生徒会の方々と一緒に行くと、音夢先輩達に合流できないような気がしたんですよぉ!」

そういう直感は、野生の犬並か?本当に。

「でもこれで音夢先輩や相沢先輩に合流できたんですから、蹴って良かったです!」

「で、その案内してくれていた新しいお友達とやらはどこだ?」

キョロキョロと周りを見渡すが、それらしい影はどこにもない。

「あっ、もしかしたら置いてきちゃったかもしれません」

えへへ、と笑いながら美春はそうのたまった。

「置いてきちゃったって、ダメじゃない、美春!」

「あうぅ、すいませ〜ん、音夢先輩」

音夢のお叱りの言葉に、一転して泣きそうな表情を浮べる。

本当、こういう所がわんこのわんこたる所以だな。



「あっ、見つけましたよぉ〜っ!」



…またしても聞き覚えのある声が、階段から聴こえてきた。

「あ〜っ、こっち、こっちですよー栞さんっ!」

「…やっぱりか」

美春から出てきた名前に、俺は思わず俯いてこめかみを押さえる。

「どうかなさったんですか?祐兄さん」

「いや…、どうも美春の新しいお友達が、俺の知り合いのようだ」

音夢の問いかけに答えてから、前で待っているであろう香里のほうを向く。

「お〜いっ、香里!ちょっと来てくれ」

そう呼びかけてから程なくして、香里が俺の近くまでやって来た。

「で、何のよう?」

「あぁ、正しくはこれから用が出来るという所だ」

そういった俺を訝しげに見る視線を感じていると、階段から予想通りの人間が現れた。

「はぁ・・・はぁ・・・、えぅ〜、疲れました〜」

「栞さん、ごめんなさい。思わず置いてけぼりにしちゃいました」

「いえ〜、別に気にしないで下さい」

そう言って栞はにっこりと美春に微笑み返した。

「あら、栞。どうしたのよ」

「えっ?お姉ちゃん!あっ、祐一さんじゃないですかぁ!」

「おう、祐一さんだぞ」

「わわっ!相沢先輩は栞さんとお知り合いだったんですかぁ!」

「ん、まぁそういう事だ。ちなみにこっちの香里の妹だ」

「はわ〜っ。あっ、はじめまして!天枷美春ですっ!」

「えっ、あ、初めまして。栞の姉の香里です」

「いやぁ、しっかしなぁ。美春は栞よりも身長が低いのか〜」

美春の隣に並んだ栞を見て、ふとそんな事を思った。

「うぅっ!いきなり気にしている事をっ!」

「あっ、そういえばそうですねぇ〜」

「だがまぁ、身長の事で言えばさくらの低さに勝てる奴は居ないだろうがな」

「ついでにそっち系の萌えレベルもな」

今まで傍観しているだけだった純一が唐突に参入してきた。

後ろを見ると鷺澤さんは眞子やことりと話をしていた。

…会話に入っていけなかったんだろう。

「えっ?さくらって誰ですか?というかこの方は?」

突然出てきた名前と正体不明の男に、栞は困惑気味だった。

「まぁ、それはまた後で勝手に自己紹介でもなんでもしてくれ。とりあえず、他の人間は?」

「あれ、良く分かりましたね。私が一人じゃないって」

「そりゃ、いつも天野がお目付け役みたいな感じで一緒に居るだろう。それに今日からは真琴も一緒だしな」

「ほう、天野に真琴と来たか。また新たなニューキャラクターか?」

「…お前もいつも唐突だな、杉並」

「いやいや、そんなに誉めるな相沢」

コイツの相手をしていたら一生話が前に進まん。

「えっ、そろそろくる頃だと思いますよ」

栞はそう言って、下り階段へ振り返る。



ベチッ

「あうぅ〜っ」

「ま、真琴。大丈夫ですか?」

「う、うん。それより、栞は?」

「恐らく、上の喧騒の中に紛れているかと思いますよ。相沢さんの声も聴こえましたから」

「あう〜?祐一も一緒に居るの?」

「さぁ?それはとりあえず上がってみなければ」




下からは個人の特定が比較的容易な会話が聴こえて来た。

「…ね?」

「あぁ、全くだな」

苦笑混じりの問いかけに、俺は同意を示す。

「ほぅ、あう〜とはまたポイントが高い…」

一人、変な事言ってる奴も居るが無視。




「はぁ、天枷さん、こちらにいらしたんですか」

「はい、ご迷惑おかけしてすいませんでした、天野さん」

美春は合流した天野に、ペコリと頭を下げる。

状況を簡潔に説明すると、天野・真琴と合流した俺達一行はとりあえずの自己紹介をして今は四階への階段を上がっている所だった。




「で、まぁここが三年生の教室がある階だ」

「なんとなく適当なご説明でしたねぇ」

俺の言葉に、隣に居る音夢が鋭く突っ込む。

いや、事実適当なんだけどさ。

「ま、ほれ。とりあえず歩き回ってみるか」

「三年生の方々、沢山いますけど?」

「…まぁ、みんなで歩けば大丈夫だ」

音夢の言う通り、突然現れた団体に三年生方の注目が一気に集まる。

まぁ、こんな事気にしてたら身が持たないような事が一杯あったし、大丈夫だろ。

そう自分の中でだけ思って、ズンズンと先を歩く。

「あっ、待ってくださいよ兄さん」






「…ん?なんだなんだ?」

「何かあったのかしら?」

後ろを歩いていた香里が、俺と同じ教室を見て呟く。

「どうかしたんですか?」

「ん?…ほら、あれ」

隣に立っていた音夢の問い掛けに、俺は問題の場所を見るよう促す。

その教室の一角には、なんか不恰好な人だかりが出来ていた。

どこのクラスだか見てみる。

「…あ、ここ佐祐理さんと舞のクラスだ」

「へぇ〜・・・、どなたなんですか?その佐祐理さんという方と舞という女性は」

なんとなく、隣の音夢から薄ら寒いものを感じる。

「いや…、舞は俺が小さい頃名雪の家に遊びに来てた時に知り合った奴で、その舞の友達が佐祐理さんなんだよ」

「あら、そうなんですか〜」

俺の返答をすると、隣の音夢から薄ら寒いものが引いたような気がした。

「…ん?あれは?」

俺はその人だかりの中に、白衣を着た眼鏡の女性と、大きなリボンをつけた三人の少女を見つけた。

おそらくあそこが中心部分だろう。

「あら、あれ倉田先輩と川澄先輩だわ」

「あれ?あれは暦先生と萌先輩ですねぇ」

「…なぁ音夢。なんで暦先生と萌先輩が居るんだ?」

「お姉ちゃんは、私の付き添いみたいなもんよ」

音夢に問い掛けたら、後ろから出てきた眞子から返事が返ってきた。

「まぁ、一応交換交流の生徒ですけれどね。三年生ではお一人だけです」

眞子の説明を補足するように、音夢が答える。

「えっと、お姉ちゃんはさくらちゃんと同じで、交換交流でこっちに来た教師さんなんですよ」

暦先生の事は、ことりが説明をしてくれた。

「しかし、ことりと眞子。よく両親が姉妹二人とも家を離れるのを許したな。まぁことりはなんとなく分かるが」

「うん、私の場合はお姉ちゃんが居れば安心だって、お父さん達に言われたからねぇ」

「ウチの場合、私が居れば安心だって・・・」

…それじゃぁ、どっちがどっちの付き添いだかわからんじゃないか、水越夫妻。

「多分あの騒ぎ、お姉ちゃんが寝ちゃっていくら起こそうとしても起きないんでしょ・・・」

「…さすがは妹、だな」

「さすがに、ねぇ」

はぁ〜、と溜息をつきながら人だかりを眺める。

「…とりあえず、いってみるか。香里、後で合流するから他のみんなを先に案内しといてくれないか?」

「えぇ、別にいいけど…、どこで合流するの?」

「…もうそろそろ飯時だから学食でいいんじゃないか」

「そう、分かったわ。なるべく早く来て頂戴ね。私じゃ…あの、杉並君や芳乃先生の相手は厳しいから」

「あっ、私はお姉ちゃんの様子見てくるから、相沢君と一緒に行くよ」

「…私も、妹だからね。多分原因がお姉ちゃんだから、行くわ」

「あっ、じゃぁ私も」

「…音夢は別に来なくてもいいだろ」

「兄さん、なんですか?」

音夢が笑顔で凄む。

「…さぁ、とりあえずいってくる」

「えぇ。じゃぁ食堂でね」

「まぁ何かあったら純一や天野に手伝って貰えば大丈夫だと思うぞ」

「えぇ、そうするわ」

俺は香里と軽いやり取りをしてから、三年生の教室内へと入っていった。





ガヤガヤガヤガヤガヤ

「…しっかし、そんなに珍しいもんかね」

「まぁ…、見慣れてないと珍しいんじゃないかな?」

「確かに、それはそうですね…」

眞子や音夢と話をしながら、人垣をかきわけていく。

途中「あっ、相沢だ」とか、「後ろの子、誰?」やら「相沢が来ると何かしてくれる予感がするな」とか聴こえてくるが、全て無視。

「兄さん、有名なんですねぇ、ここでも」

俺は無視できても、周りは無視できなかったようだ。

「本当。相沢君の顔見ただけで名前と顔が一致するなんて、有名なんだね〜」

「…言うな、音夢、ことり」

苦し紛れにそんな事言いながら、人垣を抜ける。

そこでは



「こらっ!水越起きろっ!」

「………叩けば起きる?」

「わわっ!舞叩いちゃかわいそうだよぉ〜」



なんて会話が繰り広げられていた。

「お姉ちゃんっ」

「ん?あぁ、ことり。悪いんだけど今忙しいんだよ…」

ことりの声にこちらに顔を向けず、暦先生は返事を返す。

「…暦先生、お姉ちゃん、どれぐらい寝てるんですか?」

「なんだ、水越も来たのか…。そうだな、かれこれ三十分は経ってるな」

背筋を伸ばした姿勢のまま睡眠に入って三十分経過とは、流石は萌先輩…。

「あの〜、先生」

「ん〜?朝倉も来たのか?」

「えぇ。ここに頼もしい助っ人さんがいますよ」

「どうも、助っ人さん五十六号です」

俺がそう名乗ると、萌先輩を起こすのに一生懸命だった三人が一斉にことらを向いた。

「おぉっ!相沢っ!」

「………祐一、おっす」

「こんにちは〜、祐一さん」

三人は思い思いの挨拶を交わしてから、お互いの顔を見合わせる。

「お前達、相沢と知り合いだったのか」

「……先生、知り合い?」

「ほえ〜っ、白河先生は祐一さんとお知り合いだったんですか〜」

三人で同じ事を言いながら、顔を見合わせる。

「まぁ、その話は後だ。とりあえず相沢、水越を起こしてくれ」

「うぃ、了解しました」

俺はそう言うと、ツカツカと萌先輩の座る席まで近づく。

そのまま萌先輩の横に立つ。

今まで声をかけていた佐祐理さんや舞が俺を見上げる。









「えっと…、萌先輩?」

「ん…、ふあぁぁ…」










俺が声をかけて萌先輩が欠伸をした瞬間、周りの喧騒が一気に引いた。

「あ…、こんにちは、相沢くん」

目を覚ました萌先輩は、俺を見上げてからにっこりと微笑んだ。



「うそぉっ!なんでっ!」

「すげぇぇ!!」

「すごいっ!どうしてぇ!?」



人垣から、一斉にどよめきの声が挙がった。

「あの…、みなさんどうしたんですかぁ?」

そんな中、現状を把握できていない萌先輩一人だけがキョトンとしている。

「…とりあえず出ましょう。話はその後でいいでしょう」

「あ、はい。ごめんなさい〜…」

慌てたように立ち上がり、机にかかっていた鞄を持つ。

「…相変わらず、さすがだな。相沢」

「何が流石なのかわかりませんけどね」

暦先生にそんな事を言われて、俺は苦笑で返した。

「ふふっ、まぁいいさ。っと、ホラホラ、水越はもう起きたんだから、早くみんな帰りなっ!」

暦先生はそう言って人垣の生徒を追っ払った。

「相変わらず、口調が厳しいですね、暦先生」

「まぁな。伊達に風見でお前達相手にしてた訳じゃないさ」

「それは、俺達が問題児だっていう事ですか?」

「いや、問題児ではないな。何かやらかしてくれる奴等って事だ。お前と、朝倉と杉並はな」

「それもまた、どういう意味なんですかね…」

「さぁな。ま、とりあえず、久し振りだな」

「えぇ、久し振りっすね、先生」

「あぁ。今回の交換交流で相手先の資料を見た時にお前の名前があった時はびっくりしたよ」

「そりゃ俺だって同じですよ」

「ははっ、違いない」

そう言って気さくに笑う。

一頻り笑った後、不意に真剣な顔になった。

「で、だ。いろいろと話があるんだが…」

そう言って、チラリと後ろの音夢達を見る。

「校内の案内でもしてくれていたのか?」

「え、えぇ。生徒会の人間に案内されるより良いからって事で」

「まぁ、知り合いに案内されたほうがいいよな。…よし、私もついでに案内して貰うか」

そう言って、ことり達のほうへ向かう。



「私も、同行させて貰うが、いいよなぁ?」

「うん、別に私はいいけど?」

「そうですね。先生も案内が必要でしょうし」

「じゃ、そういう事で」



軽い会話をしてから、俺の所に戻ってくる。

「ほら、話はついたからいくぞ」

暦先生はそう言って、俺に先導するよう指示する。



「ほえ〜…。あっ!舞、祐一さん行っちゃうよ〜」

「………付いて行く?」

「そうですね〜、そうしよっか、舞」

「はちみつくまさん」




なんだか知らないけれど、こうして案内する人間が増えてしまった。






ねくすと。