…なんだこの学校。
「なんだ、パパ今日はお出かけか」
「祐一、校長先生は校長先生だよっ」
俺の不毛なボケに律儀に突っ込みをくれる名雪。
さすが、俺の従姉妹だ。
「…唐突だが、アレはダレだ?」
俺は教壇に立ってSHRを進行させている教師を指差して言う。
「あの人は私達のクラスの副担任の先生だよ」
「ふ〜ん…。石橋はどうしたんだ?」
「えっ…。それは、多分後で説明してくれるよ」
「まぁ、そうだな」
俺が横の名雪と話をしていると、ツンツンと背中を突付かれた。
「…どうした、北川」
「よう、おはよう」
「朝挨拶したぞ」
「まぁ固い事は無しだ」
「…で、どうした?」
意味のわからんボケに突っ込む気力は無い。
「あぁ。お前気付いたか?教室に机が増えてるの」
「ん?そうなのか?」
「あぁ、美坂の後ろに二つと、その隣」
言われて見ると、机が二つ、香里の席の後ろにあった。
ついでに香里とアイコンタクト。
(机増えてるな。)
(そうね。)
(どういう事だ?)
(言葉通りよ。)
意味がわからん。
「わからんそうだ」
「はぁ?」
「違うわよ」
北川にアイコンタクトでのやり取りを簡潔に説明したら香里に素で突っ込まれてしまった。
祐一ちん、しょっく。
「ま、転校生が来るって事だろ?」
「…判ってるじゃない」
香里がこめかみ押さえながらこちらを睨む。
かるしうむが足りないのか?
「でも、転校生にしては、多くないか?机の数は三つだぞ」
「…それは私も考えたんだけど、わからないわね」
「結局、あの先生の説明待ちって事か」
「そうね」
北川と三人で自己完結に導いてから、俺達は教壇に視線を戻した。
「うぅ〜、会話に入れなかったよぉ〜」
入れないお前が悪い。
「…あ〜、という訳で、今日は始業式は無しだ」
「まだその話してたのか」
呆れるほど長い事情説明に俺は溜息ついた。
この副担任、無駄な話が多すぎる。
「なので、本来ならば始業式で行う予定だった話をする」
「唐突だな、オイ」
「あの先生、無駄に話長いのに脈絡が無さ過ぎるって有名なのよね」
香里の呟きに北川と名雪が頷いた。
「うにゃぁ〜、緊張しちゃうねぇ〜」
「教師が生徒より緊張してどうする」
「でも兄さん、私も緊張しますよ…」
「お前の場合はその裏モー…、いや、ナンデモナイデス」
「あはは…、三人とも、頑張るっすよ」
「やはりというか、本番に強いんだな…」
「…何か、廊下で声が聴こえたな」
「転校生でしょ?」
「まぁ、そうだな…」
余りにも簡潔すぎる香里の答えに、そうとしか返せなかった。
なんとなく、聞き覚えのある声だという気がしないでもないんだが。
「あ〜、という訳で、ウチは初音島にある風見学園との姉妹校交流の一環として、交換留学、ではないが、お互いの生徒、教師の交換交流をする事になった」
…初音島?
……風見学園?
………交換交流?
「わっ、ゆ〜いち、顔が凄い事になってるよっ!」
「もうちょっと言い方ってもんがあるだろ…」
人の思案中の表情になんて事言いやがるんだコイツは。
「だから、石橋先生は居ないのかしらね」
香里が先生の説明を受けて、石橋不在の原因を突き止めた。
「…なるほど、つまり石橋は教師として優秀だった事が裏目に出て、初音島なんていう桜が枯れない辺境に飛ばされたわけだ」
「へぇ〜、初音島って桜が枯れないんだ〜。凄いねぇ〜」
「名雪、そんな所あるわけないでしょ?相沢君も、嘘教えないの」
名雪の素直な感想に、香里が突っ込む。
だがここで、香里には現実の厳しさというものを突きつけなければならない。
「いや、香里。初音島は桜が枯れないんだ、8年前からな」
もっとも、一番大きいのは枯れてしまったけどな、去年。
「また、そうやって嘘つくから名雪がどんどん信じるのよ?」
香里はなおも枯れない桜が咲く島を否定する。
「いや、こればっかりは嘘でも冗談でもない。本当なんだ」
常識的に考えて、有り得ないのは重々承知なんだがな。
「…あの島に行って見れば、嫌でも判るよ」
そう言って、窓の外の向こう、遠くにある初音島を見つめる。
「…相沢君は、言った事あるの?」
「いや…」
斜め後ろからかけられた声に答えるべく、窓の外から視線を外して香里を見る。
「今年の1月までは、俺はあそこに住んでいたからな」
笑顔でそう言ってから、俺はまた視線を窓の外へ戻した。
<美坂チーム>
「(ちょっと、名雪っ!今の相沢君見たっ!?)」
「(うん、見た見たっ!なんか格好良かったよねぇ〜)」
「(そうね…。いつもとは違う、どことなく憂いを帯びた笑顔が…、って、そうじゃなくて!)」
「(うにゅ?)」
「(はぁ…、名雪。貴女相沢君が初音島って所に住んでたって知ってた?)」
「(えっ?そういえば知らなかったよぉ〜)」
「(なんだ、水瀬も知らなかったのか)」
「(わっ、北川君)」
「(ちょっと、顔近づけすぎよっ!)」
「(おっと、悪い悪い)」
「(…でも、北川君も知らなかったわけ?)」
「(あぁ。そういえば聞いた覚えもないしな。別に秘密にしてたわけでもないだろうし)」
「(うん、祐一なら多分聞いたら教えてくれると思うよ)」
「(かなりの冗談を織り交ぜながらね…)」
「(でよ、これから来るのが、その初音島の人間なんだろ?もしかしたら相沢の知り合いかもな)」
「(風見学園だったかしら。…ちょっと、聞いてみるわ)」
「(頑張って、香里!)」
「(えっ…えぇ)」
「…ねぇ、相沢君」
「んっ?今度はなんだ?香里」
「えっと…、初音島って、学校はいくつぐらいあるの?」
「学校?そうだな〜。小学校は複数あるが、中学、高校、大学は全て風見学園一つで賄ってるはずだぞ」
「へぇ〜、そう。ありがと」
「…変な質問だな」
「(聞いたわね)」
「(うにゅ)」
「(あぁ。とすると、これから来る人間は、相沢と知り合いの確立が高いわけだ)」
「(うぅ〜、私の知らない祐一を知ってる人が来たらどうしよ〜)」
「(でも、いくら同じ学校でも知らない人間も多いから、まだ分からないわね)」
「(とりあえず、このクラスに来る人間を見た相沢のリアクションに注目だな)」
「(うにゅ。北川君、なんか今日は凛々しい感じだよ)」
「(なに、同じチームメイトじゃないか、水瀬)」
「(いつもは漫才しかしてないけれどね)」
「(…まぁ、そこは否定できんな)」
「(という訳で、まずは相手の出方を見るわよ)」
「(うんっ!頑張るよ、私っ!)」
「(なんか面白くなってきたな…)」
…横と後ろでブツブツ言ってるが、気にしない方向で。
しかし、長いなぁこの先生の話。
どうして風見高校の話から自分の奥さんの話まで飛躍する事が出来るんだか。
「…っと、いかんなぁ。先生、少し話すぎたみたいだな、はっはっはっ」
ぶっちゃけ、もうウンザリですよ?
「では、石橋先生に代わって今日から担任になる先生と、交換交流で卒業まで一緒に勉強する生徒を紹介する。ちなみに男女比は1:3だっ!」
『ウオォォォォォォォォォォッ!!』
相変わらず、呆れるほどテンション高いな、このクラスは。
俺飛び越えて北川までウェーブする始末だし・・・。
「では、入ってきて下さい」
そう言って、先生は廊下で待機していたであろう新担任と生徒に声をかけた。
ガラッ
「うにゃ〜、しつれいしま〜す」
キュピーンッ!
ヤバイッ!ヤバイッ!ダンゲーッ!でいんじゃーーーーっ!!
ゾロゾロと、初音島から護送されてきた生徒達が入ってくる。
俺はそれをポカーンと眺めてみるしかできなかった。
「え〜、まずは担任になる、芳野先生から」
「みなさんはじめまして〜。交換交流で担任になる事になった、芳野さくらです。よろしくおねがいしま〜す」
「ノォォォォォォォーーーーーーッ!」
一人、頭を抱えて暁に吼えた。