『あさ〜、あさだよ〜。ごはんたべ』

カチッ

ガバッ

「な、なんで朝っぱらから女の声がっ!!」

「…朝っぱらからテンション高いな、北川」

俺は身体を起こして同時に起きた北川に声をかける。

「あ…、あぁ、そうだったな。おはよう相沢」

「あぁ、おはよう。しかし、自分からリクエストしておいて毎回動揺してんなよ」

「ま、まぁそれはそれだ」

「…言ってる意味がわかんねぇ」

「はぁ…、お前じゃわかんねぇよ。それより、とっととメシの用意するぞ」

「あぁ。そういや、今日でこの狭いアパートともお別れだな」

俺はワンルームの部屋を見渡して話す。

「狭くしてんのはお前だ。俺一人なら十分なんだよ」

北川はそう言いながら布団を上げる。

俺も、北川に習い布団を畳み、押し入れへと戻す。

そして、朝食の準備に取り掛かった。










俺、――――相沢祐一は、ここ一週間ばかり北川の一人暮らししている部屋でお世話になっている。

それも、突然秋子さんから出た『水瀬家増築計画』により、居候先の水瀬家に終了するまで住めなくなってしまったからだ。

別に寝るだけだったら増築中の家でもOKなのだが、いかんせん水道、ガス、電気が全て工事でストップしている。

なので、秋子さん、名雪を筆頭に水瀬家に居候している月宮うぐぅ、沢渡あうぅの四人は業者の手配してくれたアパート、

俺は部屋数の関係上(実際は、自分から進んで)北川の部屋へ一時退避という形で居候していた。

それも、今日で工事が終了となるのでお終いだが。

俺は一週間という期間の短さもあり、寝巻きと下着以外は置いてきた。

最も、漫画や娯楽などは北川のほうが持っているので暇などにはならなかったが。

あぁ、目覚ましも持ってきたか。

これは北川のリクエストである。

なぜか、と聴いたら『お前には一生かかってもわかんねぇよこのド畜生がぁ!!』

と、血涙ながらに吼えられたので深くは聴いていない。

相変わらず変な奴だ。




「ほれ、相沢。できたぞ」

「お、サンキュ。やっぱお前は手馴れてるな」

「当たり前だ。一人暮らしが長いからな」

北川はベーコンエッグを皿に盛り、俺に手渡す。

俺は食パンをトースターにセットしながら冷蔵庫からジャムやマーガリンを取り出してテーブルに並べた。

「そういやよ、結局増築の理由ってなんだったんだ?」

「さぁ、俺にも教えてくれなかったよ、秋子さん」

「ふーん、そっか。まぁ俺には関係ないけどな」

北川はそう言うと、チンと音を出して飛び出したトーストを取り出し、俺に差し出す。

俺はそれを受け取って、おもむろにマーガリンに手を伸ばして塗り始めた。

増築の話が出た時は、秋子さんの目的を誰も知らないので聴いたが、

『企業秘密ですよ』

の一言で一蹴されてしまった。

それ以来、いくら聴いても教えてくれないのは目に見えているので誰も聞いていない。

というか、しつこく聴くと『犠牲』になりそうなので聞けない。

何の『犠牲』かと言う話は非了承である。




「あ〜、しっかし、今日から学校だなぁ…」

「あぁ、短い休みだった…」

北川と二人で、遠くを見つめながらパンをかじる。

「まぁ、あれだな。今日から晴れて俺達は…」

「あぁ、二年生だな」

…………………。

「今日から俺達は…」

「あぁ、二年生だな、やっと」

……………いやいや、マテよ。

「いや、北川…」

「相沢、こんな歌知ってるか?」

北川は俺の話を聞かずに昔懐かしい歌を口ずさみだした。






『おっさっかなくわえたド○○も〜ん、お〜おっかけ〜て〜』







「…あぁ、二年生だな」

「そうだな…」

遠い目をしながら、二人でパンにかじりついた。










「じゃ、そういう訳で、世話になったな」

「あぁ、また後でな」

俺は北川にそう挨拶すると、服や時計の入った旅行カバンを持って、北川の部屋をでる。

ここから秋子さん達が今いる仮住まいまでは歩いて10分程度なので、本来ならその後は余裕で登校できるハズである。

だが、念のため俺は足早にそのアパートへと向かった。

向こうには『ヤツ』がいるっ!

そう、俺のニュータイプとしての勘が『ヤツ』の感覚を捕らえていたからだ。









バタンッ

「お…、おはようございます、秋子さん」

「はい、おはようございます。祐一さん」

俺はアパートへと辿り着き、玄関へ荷物を置くとすぐに『ヤツ』のいる部屋へと向かった。

『ヤツ』の部屋の中では、複数の話し声が聴こえる。

『うぐぅ…、名雪さんが起きないよぉ〜』

『あうぅ〜、私達また遅刻しちゃうよぉ〜』

『にんじん…、にんじん食べれるよ…』

俺は中にいる『ヤツ』と他二名の存在を確認、すぐに殲滅作業へと移行した。


バンッ!


「うぐっ!!」

「わぁっ!!」

「うにゅ…」

『ヤツ』以外二名は目を見開き驚いているが、『ヤツ』の反応は乏しい。

「おらぁ! とっとと起きろよ名雪っ!」

俺は名雪の肩を掴み、ガクガクと揺する。

「うにゅ〜…、地震だお〜」

名雪はやはりこれぐらいでは動じないようだ。

やはり青い機体は緑よりも強いのだろうか。

俺はとにかく、切り札のカードを使った。





「…………朝食は甘くないジャ「わ、私イチゴジャムでいいよぉ〜!!」」




名雪はカッ、と目を見開き声を張り上げた。

「よし、起きたか名雪」

「う〜、極悪だよ祐一〜」

名雪は恨めしそうな顔で俺を見つめる。

「朝はおはようございます、だろ」

「うう〜、酷いよ〜」

名雪はなおも恨めしそうな顔で俺を見る。

端から見ればパジャマ姿+上目遣いでそそられるのかもしれないが、見慣れている俺からすれば厄介なだけだ。

「うるせぇ、お前が起きないのが悪いんだろ。とっとと着替えてメシ喰え。」

「ほら、みなさん朝ご飯できてますよ。」

「うぐっ、秋子さん、ボク先に食べていい?」

「あう〜、あゆだけずるいわよ。私も先に食べる〜」

登場した秋子さんの『ご飯コール』にお子様二人が反応、速攻でリビングへと向かった。

「ほら、名雪も。早く着替えてご飯食べなさい」

「うん、わかってるよ〜」

「じゃ、俺も先にリビングで待っててやるから、とっととこいよ」

「うん、わかった」

俺はそう言うと、秋子さんと共に名雪の部屋からリビングへと移動した。

リビングではうぐぅとあうぅがおいしそうにトーストをかじっている。

「おはよう、あゆあゆと凶子」

「うぐぅ、ボクあゆあゆじゃないもんっ!」

「真琴は真琴よぉ〜!!」

「きたねぇから食いながらしゃべるなっ!」

「うぐぅ…」

「あうぅ…」

口にトーストを頬張りながらこちらに向けて怒鳴ってくるお子様を一喝し、俺はテーブルにつく。

お子様二名は口の中のものを大人しく咀嚼してから怒鳴ってきた。

「うぐっ! ボクあゆあゆじゃないもんっ!」

「あう〜! 真琴は真琴よぉ〜!」

「わざわざ同じ事言わなくてもいいだろっ!」

「あらあら。祐一さん、朝食はもう食べてきましたか?」

秋子さんは微笑みながら俺に朝食をすすめてくる。

「あ、すいません。もう北川の所で食べてきちゃいました。コーヒーだけ貰えますか?」

「そうですか。少し待っててくださいね」

秋子さんはそう言うと、コーヒーメーカーからコーヒーをカップへ注ぎ、俺へと手渡してくれた。

「ありがとうございます。」

「いえ。それより祐一さん、今日から新学期ですね?」

……やはり、そういう事になっているらしい。

なんとなく納得いかないが、そういう事なんだろう。

ていうか、逆らえないだろ、これは。

「はい、そうですね。」

「うぐぅ、ボクも今日から祐一君と同じクラスだよっ!」

「あう〜、真琴は美汐と栞と一緒よぉ〜」

「…………………」



二人の発言により、俺の設定に関する溝は更に深まった。

ていうか明らかにおかしいだろっ!!

「ちょ、ちょっとお前等一体どういう…」

「祐一さん、世の中知らないほうがいい事もあるんですよ?」

秋子さんが相変わらずの微笑みで俺を見つめる。

「……そ、そうですね」

「はい。そういう事です」

「うにゅ…、おはよう…」

俺が秋子さんの目を見ないようにコーヒーを啜っていると、リビングに名雪が制服を着てやってきた。

が、どうやら二度寝モードが発動したらしい。

目が線になっている。

名雪はそのまま自分の席に付くと、前にあるトーストにイチゴジャムをまんべんなく塗りたくった。

「うぐ…、いつ見ても胸焼け起こしそうだよ…。」

「言うな、あゆ…」

「あうぅ、真琴ももうお腹いっぱいになっちゃった…」

「あらあら」

「…くー」

名雪は寝ながら、イチゴジャムをどっさり搭載したトーストをかじる。

本当に観てるだけで胸焼けを起こしそうだ。

「おい、名雪。けろぴーがいるぞ。」

俺はおもむろにそう言うと、醤油を名雪の目の前に置く。

「…けろぴーは、ここ」

名雪は俺からけろぴーを受け取ると、自分の隣の席へと置いて、またイチゴジャムを食べ始めた。

「隊長、作戦失敗であります!」

「あう〜、真琴に言わないでよ〜」

「あらあら、それより祐一さん。時間は大丈夫なんですか?」

「へ? もうそんな時間ですか?」

「えぇ、そろそろいかないと遅刻じゃないでしょうか?」

俺は秋子さんに言われ時計を見ると、かなりヤバイ事に気付いた。

「おいっ! 名雪! とっととそれ喰って学校いくぞっ!」

「うぐぅ! ボク鞄取ってくるよっ!」

「あっ! 真琴もとってくる!」

「あぁ! ついでに名雪のも頼む!」

「…くー」

「寝てんじゃねぇ!」

俺はあゆたちが鞄を取りに行った後、名雪の肩をガクガクと揺らした。

「う〜…、地震だお〜」

「地震じゃねぇ! さっさと起きろっ!」

更にガクガクと揺らす。

「うぅ〜、気持ち悪いお〜」

「お〜じゃねぇ! いい加減起きろっ!」

ドタドタドタ

「祐一君! 鞄取ってきたよっ!」

「祐一! 名雪が起きないからあんた背負っていきなさい!」

「ぐぉっ! 結局こうなるのか!」

「うぐぅ! 鞄はボクが持っていってあげるからね!」

「あぁ、頼むぞうぐぅ!」

「うぐっ! ボクうぐぅじゃないもん!」

俺はうぐぅの言葉を無視して名雪の口からイチゴジャムを強奪、そのまま口をティッシュで拭いてやってから背中に背負った。

「あう〜! 名雪歯磨きしてないよ〜!」

「あぁ〜! じゃぁ真琴! お前洗面所から歯磨きセットもってこい!」

「あうぅ! わかったわよぅ!」

「じゃぁ秋子さん、いってきますから!」

「はい、頑張ってください。祐一さん達の荷物は増築の終わった家に持って行っておきますから」

「よろしくおねがいします! ほらいくぞ! うぐぅとあうぅ!」

「うぐっ! だからボクうぐぅじゃないもん!」

「あう〜! 真琴は真琴よぉ〜!」

俺は玄関先で合流した二人を無視、そのまま通学路へのダッシュを決め込んだ。
















ドドドドドドドドドドッ


「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「ゆ……ゆい………く……ん…」

「ま…………まって………」

「いそがねぇと新学期初日から遅刻だろうがぁぁぁぁぁ!!」

名雪を背負いながら三人で爆走を続ける。

時間的には普通なら遅刻確定だ。


だが、『奇跡』を起こすため、俺は自分にできる事をするまでだ。



「うおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「…し………しぬ………」

「……あ……あう……ぅ〜……」

「ん…、ピーマンもたべれるよ…」

「落っことすぞこのやろうっ!!」



背負っている名雪の寝言にかなりの殺意を抱きつつ、俺は学校の正門をくぐった。

「あら、おはよう相沢君」

「……………ぐぁ」

正門をくぐって早速香里に挨拶された。

俺は思わず立ち止まり、名雪をドサッと地面に落として跪いた。

「か、香里…、お前、なんで…」

「なんでって、学校だもの。いるのは当然でしょ?」

「う〜、いたいお〜」

地面に落とした名雪がうめきながら起き上がった。

「名雪、おはよう」

「ぁ、おはよう香里」

「……じ……、時間は……」

「時間? まだ15分ぐらいは余裕あるわよ?」

「………ぐぁ」

俺は思わずその場に倒れこんだ。

「ちょ、ちょっと相沢君!」

「ゆ、祐一! どうかしたの?」

「どうかしたのじゃねぇだろぉぉ!!」

人の気も知らないで心配そうに俺に声をかけてくる名雪に立ち上がり怒鳴った。

「ゆ……、ゆいちく……ん…」

「あ……あうぅ、もう……だめ……」

ベチッベチッ

後ろから追いついてきたあゆと真琴が俺の後ろで倒れこんだ。

二人は思いっきり息を切らしてぜーはーぜーはー言っている。

だが、ちゃんと鞄や歯磨きセットは抱えているようだ。

「はぁ…、なるほどね」

この事態がどうして起こったのか勘付いた香里がかなりジト目で名雪を見る。

「う〜、香里、なんか怖いよ〜」

「あゆ、真琴…。お前達の犠牲は決して無駄にはしないぞ…」

「う……うぐぅ……」

「…あ……うぅ〜…」

俺は地べたに這いつくばっている二人から歯磨きセットと名雪と自分の鞄を受け取る。

そのまま校舎の方へ向き直り、名雪に歯磨きセットと鞄を押し付けた。

「あ、ありがと〜祐一」

「さて、それじゃぁ教室にいくか」

「……そんな酷な事はないでしょう」

「どぅわぁぁ!!」

名雪と二人で校舎へ向かおうとしたら、突然真横から底冷えするような声が聴こえた。

「な、なんだ天野か…。脅かすなよ…」

「相沢さん、真琴と月宮さんをこのままにしていかれるのですか?」

「祐一さん、おはようございます〜」

「おう、いたのか栞」

「えう〜、そんな事言う人嫌いですっ」

「栞さんは私と一緒に登校してきました。」

「そうか、栞と真琴のお守、ご苦労様だな」

「そ、そんな事言う人嫌いですっ!」

「あ……、あうぅ……」

天野の横にいる栞と今だ跪いている真琴が俺の言葉に反応する。

だが真琴は流石に本調子じゃないので言葉がだせないようだ。

「それより祐一、二人を抱えていってあげてよ」

突然とんでもねぇ事を言い出しやがったヤツ一名。

「お、おまえのせいで二人ともこうなったんだろうがぁぁ!!」

俺の怒声にその場では香里だけが頷いてくれた。

「そうね、大部分では名雪に責任があるわね」

「だろっ! そうだよなぁ香里!」

「ですが、祐一さんは名雪さんに女の子お二人を抱えて歩けと言うのですか?」

「そうね、それも男として問題よね」

香里は、今度は天野の言葉にも頷いた。

「そうだお〜、祐一極悪だよ〜」

「極悪なのはお前だろうが!」

「う〜、違うよ〜」

「とにかく、いい加減教室向かわないと遅刻よ?」

「ぐあ! いつのまにっ!」

俺と名雪の言い争いに香里が割って入った。

自分の腕時計を見ると、予鈴まで残り五分となっていた。

「だぁぁ! もうしょうがねぇなぁ!」

「う……うぐ…」

「あ…うぅ…」

今だグロッキー状態のお子様二人を抱え上げ、二人の鞄を名雪に放り投げて、校舎へと向かう。

「おら、いくぞっ!」

「あっ! 祐一〜、まってよ〜」

「えう〜、二人とも羨ましいです〜」

「くっ……、あんな事言うんじゃなかったわね」

「……そんな酷な事ないでしょう」

後ろのほうで、そんな声が聴こえたような気がしないでもない。

俺はそのまま二人を抱えて、昇降口へと入った。

くそ、やっぱりこんな状態だと注目されるな。

「あうぅ〜」

「うぐぅ〜」

いつの間にか二人が俺の肩に頬擦りしてくる。

すると、更に周りの視線が痛くなったような気がした。

こ、このままじゃヤられるっ!!

「…おい、落すぞお前等。」

「う、ま、まだ立てないよぉ〜」

「そ、そうよぉ〜。このまま教室まで運びなさいよぉ〜」

「ぐぁ、マジで言ってるのかお前等…」

「ほ、ほら早くしないと後ろから…」

あゆがそう言うやいなや、後方から突き刺さる視線が俺に注がれた。

「う〜、祐一〜」

「相沢君、いつまで抱えているのかしら?」

「えう〜、二人ともずるいです〜」

「…相沢さん、甘やかしてはいけません」

「お…、お前等、さっきと言ってること違うぞ…」

俺は振り返らずにそのまま上履きへと履き変える。

「う、うぐぅ、みんな怖いよぉ〜」

「ゆ、祐一っ! 早く教室まで連れて行きなさいっ!」

俺の腕の中であゆが脅え、真琴が焦ってバンバンと俺の肩を叩く。

「わ〜ったわ〜った! 連れてくから叩くなっ! 名雪、真琴を教室まで連れてくから鞄は栞か天野に渡しといてくれ!」

俺はそれだけ言うと、後方の視線から逃げるように真琴の教室へとダッシュした。


「うぅ〜、イチゴサンデーだよ〜」

「う、羨ましいわね…」

「えぅ〜、ずるいです〜」

「…そんな、酷な…」
















ガラララッ

「おらあぁ!」

「おうぅ〜!」

ドスンッ

真琴の教室のドアを開け、そのまま真琴を投げ込んだ。

「いった〜いっ! なにすんのよらんぼうもの〜!」

「じゃぁな! ちゃんと天野の言う事聴くんだぞっ!」

「ちょ、ちょっとまちなさいよぉ〜!」

教室の中から吼えるお子様を無視して今度は自分の教室へと急ぐ。

「祐一君っ! ボ、ボクは投げないよねっ!」

「ふっ…、さぁな…」

「や、やだぁ! なげないでよぉ!」

腕の中でジタバタ暴れるあゆを無視して廊下を自分の教室目掛けて走る。

「あ、祐一さんっ!」

「相沢さん、もう運んだんですか?」

反対側からなんだか少し不機嫌そうな栞と天野が歩いてきた。

「おうっ! 放り投げといたから後よろしくなっ!」

「えっ! ちょっ」

「な、投げたって…」

二人はちょっと驚いたような顔をするが、俺はそれを無視して階段を駆け上がった。







ガララララッ

「おらぁぁぁ!!」

「うぐぅ〜! やっぱりなげた〜!」

ドスンッ

自分の教室に入るやいなや、俺はあゆをそこらへんに放り投げ、自分の席へと向かう。

「…相沢君、鬼ね」

「祐一、あゆちゃん可哀相だよ…」

「うぐぅ、痛いよぉ〜」

あゆがお尻をさすりながら俺の机まで歩いてきた。

まぁ、当然の報いだろう。

「ていうか、元々名雪が悪いんだ。俺を恨まず名雪を恨め。」

「うぐぅ! ボクを投げたのは祐一君じゃないかっ!」

「う〜、私悪くないよぉ〜」

「いや、お前が二度寝なんかするのが悪いんだぞ。ていうか、抱えてきて貰っといて我が儘なんだよ」

「うぐぅっ! 祐一君酷いよ〜!」

ちょっと本気で泣きそうなあゆに、やりすぎたかと思ってしまう。

「あ…、いや、そんな本気で泣かなくても…」

「うぐぅ…、祐一君、ボクのこと嫌いなんだ…」

ぐぁ…

涙目+上目遣いで睨まれてしまった。

やっぱりちょっとやりすぎたかな…。

「いや、ごめん。やりすぎたな、あゆの事嫌いじゃないぞ」

俺はあゆの頭にポンと手を乗せて頭を撫でた。

「う、うぐぅ〜」

あゆは泣くのをやめて顔を赤くして気持ちよさそうにしてる。

すると、横から突き刺さってくる視線を感じる。

「うぅ〜、祐一〜」

「な、なんだよ…」

俺は横から睨んでくる名雪に少し引きながら聴いた。

「あ…、わ、私にも、その…」

「…はぁ?」

俺はあゆを撫でる手を止めて、名雪のほうを向く。

「わ、私もその…、撫でて欲しいな〜、なんて…」

「…なんで撫でなきゃいけないんだよ。」

「う、うぅ〜。じゃぁ今夜の晩御飯は紅しょうが」

「なっ! なんでそうなるんだよお前はっ!」

「じゃぁイチゴサンデー三個」

「だからなんでだよっ!」

「じゃぁ、撫でてよ〜」

「ぐはっ…」

思いっきり上目遣いで懇願されてしまった。

こ、これはまぁ、役得だと思えば…。

「わかったよ、ほれ」

俺は名雪の頭に手を置いてわしゃわしゃと頭を撫でた。

「うぅ〜、祐一優しいよぉ〜」

「阿呆、強制したのはお前だろうが…」

名雪の気持ちよさそうな声にちょっと気恥ずかしくなって顔を背ける。

すると、その先で香里がなんとなくうらめしそうな目で俺を見てた。

これは、もしや…。

ちょっとからかってやるか。

「なんだ、香里。お前も撫でて欲しいのか?」

「えっ! な、なんで私が…」

お…、以外にも顔を赤くしてもじもじするだけだ。

俺はニヤリと笑って香里の頭をわしゃわしゃと撫でた。

始めはピクッ、と反応するがすぐに大人しくなった。

「はは、満足かね香里君」

「ん…、も、もう。からかわないでよ」

「はは、お気に召しませんか香里君は」

俺は笑いながらその手を離す。

「あ………」

香里は顔を赤くしたままそっぽを向いてしまった。

「なんだ、顔赤いぞ香里」

「っ、な、なんでもないわよっ」

香里はそのまま自分の机に戻ってしまった。

香里の生態系は未だによく分からないな…。

ガララララ

「お、石橋が来たな」

俺は教室に教師が入ってくる気配を感じて、自分の席にそのまま戻っていった。



ねくすと。