「……………誰だお前はっ!!」
「あ、はは……。ちょ、ちょっとイロイロあってね。気にしないで、乾君」
「気にするなって、そりゃ無理ってもんだぜ弓塚」
いつも通りの挨拶をしたつもりなのに、有彦は何だか顔を青白くして弓塚に話し掛ける。
それに、困った顔をして応える弓塚。
「こらっ! 弓塚を困らせるなって有彦」
「あっ、わわわっ! し、志貴君!?」
とりあえず私は有彦から弓塚を引き離し、背中に隠す。
そんな私を、有彦は更に顔を青白くして見つめていた。
「あ、あぁ……。そ、そうかっ! お前、未だ俺が借りた金返してないのを根に持ってるんだなっ! だからこんな嫌がらせをっ!」
「あぁ、そういえばお金まだ返して貰ってないね。今すぐ返して、一万円」
「ぐはっ! 薮蛇!? じゃぁ何だっ! 何故そんな嫌がらせをする遠野っ!?」
「いいから今すぐ返して、一万円」
「ふっ、二人ともっ! 教室のみんなこっち見てるよぉっ!?」
「判った! お前遠野のニセモノだろっ! 本物はどこだっ! 熱い拳で語り合った俺の遠野はどこだぁ!」
「いつ、私が有彦のものになったのよっ! いいから一万円返してよっ!!」
「だっ、だから二人ともっ! 見てる! みんな見てるってばぁ〜!」
「遠野はお前みたいな女の子女の子してる奴じゃねぇ! もっと、こう、男気溢れる奴なんだよっ!」
「何訳わかんない事言ってるのよっ! いいからお金返せ〜っ!」
「もぉ〜っ! ふたりともやめてぇぇ〜っ!」
「はぁ。何だか今日は凄く疲れたよ……」
「今日はって、後ニ時間は授業あるよ、弓塚」
今の時間は昼休み。
昼食を摂る為、私と弓塚は中庭に出て購買で買ったパンを食べていた。
「うぅ〜、もう疲れたよぉ〜っ」
「あはは……」
広げたビニールシートに座り込み、カレーパンを咥えて唸る弓塚を見て少し苦笑を浮べる。
それを見た弓塚は、キッと私を睨んでずずいっと顔を近づけてきた。
「休み時間の度に乾君が私に向かって『遠野は何か悪い病気なんじゃないのか!』って言ってくるんだよぉ!?」
「あ、あはは……」
「『病院に連れて行け!』とか『救急車呼んでやる!』とか『精神科の予約してくる!』とか」
「ちょっと、いや、かなり失礼だよねぇ今日の有彦は」
「お陰で教室のみんなの視線集めて……、はぁ〜〜〜〜〜」
「有彦の所為だね、うん」
「志貴君の所為だよぉ……」
うるうると瞳を潤ませて睨んでくる弓塚に、何だか申し訳ないような気分になってくる。
でも実際、私が何かした訳でもないのに……。
「理不尽だ……。なんで私が弓塚に責められないといけないんだろう」
「それは私が言いたいよぉ……。何で私が乾君に詰め寄られないといけないのぉ〜」
「それは、有彦に聞いて」
パンを咥えて恨めしげに睨んでくる弓塚に再び苦笑を向けて答える。
と、そこに。
不穏ではないが、何と言うか。
珍獣を見つめるように、興味深そうに私を見つめる視線を二つ、背後から感じた。
その何とも言い難い、何となく嫌な感じの視線の元に、スカートの袖から取り出したシャーペンを投擲する。
ガサッと背後の木の葉が鳴った後、すぐにメキリと圧し折れた音が聴こえた。
「っ! ……志貴君?」
シャーペンを投げた事と、メキリと音が鳴った事に驚いて弓塚が驚いて私を見る。
けれど、私は驚く弓塚に目で『大丈夫だ』とアイコンタクトで答える。
それからすぐに、背後の木からガサリという音と共に影が飛び出してきた。
「流石にバレちゃったか〜」
「いやいや。志貴さんにあれほどの接近を覚らせなかったんですから、我々の隠行は大したものですよ」
「あれっ! メレムさんとアルクェイドさん!?」
「あの興味津々な視線さえ無ければ判らなかったかもねぇ」
飛び出して来た影――アルクェイドとメレムの登場に驚く弓塚を他所に、私は勘付いた原因を伝える。
それを聞くと、二人はどことなく照れたような笑みを浮かべた。
「いやぁ、まぁ、それはにゃ〜」
「姫君はともかく、僕に学校での志貴さんに興味を持つなというのは無理というものですよ」
「でも、ノゾキは犯罪だよメレム」
「ノ、ノゾキですか……」
私の言ったノゾキ発言にがっくりと首を降り、メレムは木陰に座り込む。
その姿を、アルクェイドは本当に可笑しそうに眺めていた。
「ノゾキって、人間に捕まっちゃうんだよね〜志貴」
「うん、人間の定めたルールだけどね。ほら、やっぱりコソコソ人を観察するのはその人にとって良い事ではないからね」
「ま、まぁまぁ二人とも。メレムさん、何か暗くなってきちゃってますからぁ……」
何となくアルクェイドと二人、メレムに追い討ちをかけるような事を話していると、弓塚が冷や汗をかいて間に入る。
その声でメレムに視線を向けると、言われた通りほんのりメレムの周囲だけ暗い影が落っこちていた。
流石に少しやりすぎたかなと思い、アルクェイドに視線を向ける。
すると、アルクェイドは本当に楽しそうに私に視線を向けていた。
「わ〜、志貴がメレムをいじめた〜」
「あっ! 一人だけ逃げるなんてずるいぞ!」
「そっ、それよりっ! なんで二人ともここに来たんですか?」
追い詰められそうになった時、弓塚から助け船が。
それは見事に私を助けてくれた。
「そ、そういえばそうでした……」
ずずーんと落ち込んでいたメレムが、フラフラと立ち上がりそう言う。
「あれ、アルクェイドに唆されて私の様子見に来ただけじゃないの?」
「違いますよ……」
「えー、違ったの?」
「ひっ、姫君っ!? 本気で言ってるんですかっ!?」
何だかよく判らないけれど、二人の間には大きな壁が立っているようだ。
意見の食い違いが顕著になり、焦りだしたメレムだが、コホンと一つ咳払いをして続けた。
「実はですね。少しだけ、この場所にロアの気配のようなものが漂っていると姫君が――」
「その話、詳しく訊かせてくれるかな……」
その言葉を言った私は、多分微笑んでいたんだと思う。