スッ…
静かにカーテンを開けて、外の様子を伺う。
毎夜見回りをしていると言っていた二人の姿は伺えない。

「さて…、そろそろいきますかな。」
灯りの消えたボクの部屋に、メレムの声が響いた。

「あぁ…。とりあえずアルクと待ち合わせの公園に向かおう。」
ボクの言葉に頷く気配を感じてから、カタッと部屋の窓を開ける。
外からは、夜の冷えた空気が流れ込んできた。

「さて…、今夜の収穫はあるのかな?」
「どうでしょうね。先日『混沌』が消滅したばかりですから、『蛇』のほうも警戒はしていると思いますが。」
「ま、何にせよやってみてからって事だね。」
軽い口調で喋りながら、窓から外へと飛ぶ。

フワッ

近くにあった木の枝に柔らかく着地をして、また違う木へと飛び移る。

「ふむ…、良く華麗だと言われませんかな?」
腕から突き出した大きな翼で宙に浮くメレムが、木から木へ飛び移るボクに話し掛けてくる。

「んな事言われた事ないし、言われても嬉しくない。」
「フム、勿体無い。」
「なにがだよ…。」
ヘンな事を言ってくるメレムを無視して、木から民家の屋根へと飛び移り、そのまま待ち合わせ場所へと向かった。






「やっほー、しきーっ!」
公園に入ると、アルクが嬉しそうに手を振って出迎えてきた。

「これは姫君、ご機嫌麗しく…。」
「はいはい、さっき会ったでしょうがアンタは。」
恭しく挨拶をするメレムを手でしっしと言わんばかりに追い払う。
だがメレムはその態度に喜んで思いっきり笑顔をボクに向けてきた。

「いや…、そんな笑顔向けられても困るんですけど。」
「おや、これは失礼。つい顔が緩んでしまいまして。」
ニヘラ〜と笑いながらメレムはそんな事を言う。
もしかしてコイツ、マゾ気質なんじゃないだろうか。
というか、絶対そうだ。

「それじゃ、とっとと始めるか。」
公園の時計を見ながら話をする。
現在の時刻は、夜11時。
外には出歩いている人も少なからず居る時間帯だ。

「メレム、今日の目的は?」
「はい、とりあえず一番の目的は『蛇』の本体の隠れている場所の特定ですが、さすがに今日は無理かと思われます。」
「へぇ〜、そりゃまたなんで?」
メレムのほぼ断定的な物言いにボクが疑問を言う。

「それは、まず一つが先日の『混沌』の消滅により、相手が少なからず警戒しているだろうという事です。」
「私とシエルが見つけられてないものが、その警戒されている時に見つけられる訳がないという事よ。」
メレムの言葉に続けて、アルクが言う。
その説明に、ボクは一つ頷いて次に促した。

「もう一つは、吸血鬼は死者を使い自身の力を蓄えるという事は知っていますよね?」
「あぁ。それは知っている。」
「それで、今はまだ死者を使って自身の力を蓄えている時期だと思われます。ですから、まずはその死者を全て排除して本体を燻り出さないといけないわけです。」
「はぁ〜、なるほどねぇ。それはかなり面倒だねぇ。」
「えぇ。吸血鬼退治というのは、とても時間のかかる厄介な仕事なんですよ。」
「だから協会にはそっち系の仕事は来ないワケね。」
「えぇ。時間を割かれるのをとかく嫌いますからね、魔術師というのは。」
メレムの言葉に、アルクと二人して頷く。
もっとも、ボク達二人の知り合いの魔術士は無駄に時間を使うような人が多いけど…。

「では、そろそろ始めましょうか。」
「あぁ。じゃ、今から2時間後、午前1時にまたここで。」
「りょ〜かい。」
「死者を見つけたら、即時殲滅で。」
三人で月を見上げながら、同時に分散する。
ボクは左、アルクは中央、メレムは右に。


――――さぁ、狩りの始まりだ。











繁華街を歩いて、路地裏へ迷う事無く入る。
そのまま、入った所の物陰へ潜む。


―――ナニカに、つけられていた。


じっと気配を殺し、ズボンのポケットから七夜のナイフを取り出す。

カッ、カッ、カッ。

案の定、ボクの後ろを歩いていた影はこちらに向かって歩いてきた。

カッ、カッ、カッ。

ボクの存在に気付かず、路地裏を歩く。
そのうち、突き当たりに辿り着いた所で、影は慌てて辺りを見渡した。
恐らく、ボクの姿が無い事に慌てているのだろう。
その影に後ろから近づき、手を伸ばす。

スッ

「っ!?」
影は突然伸びた手に驚いて振り返ろうとするが、首に刃を当てて動きを止める。
口に手を回し、声を出さないようにする。

「―――ここで何をしている?」
酷く冷めたボクの声に、影は身を強張らせる。
そのまま細かく震えだす影の口から手を離して、もう一度聞いた。


「――ここで、何をしてるんだ?秋葉」


目の前には、細かく震えてボクを見る秋葉の姿があった。












「…本当に、殺されてしまうかと思いました。」
震える秋葉を路地裏から連れ出し、駅前のコンビニで缶コーヒーを買って秋葉に手渡す。

「まぁ、自業自得だ。人の後をつけるなんて趣味が悪いぞ。」
「そ、それは…、反省してます。」
申し訳無さそうに頭を下げて、受け取った缶コーヒーを口に含んだ。
一口飲んで、不味そうな顔をする。
そう言えば、秋葉はいつも紅茶を飲んでいたような気がする。

「で?なんでボクの後をつけてきたの?」
「そ、それは…」
一言言いよどんでから、秋葉は続けた。

「それは、その…。兄さんが、心配だったもので…。」
「はぁ…。あのなぁ、秋葉。」
呆れた答えに、ボクは溜息混じりに秋葉に話した。

「もし、さっきのがボクじゃなくて、この街を根城にしている吸血鬼だったら、どうするんだよ?」
「で、ですが…。」
「ですがも何もないのっ!」
ボクの声に、秋葉はビクッと震える。
それにバツが悪くなって、秋葉から顔を背けながら言葉を続けた。

「…心配してくれるのは嬉しいけど、それとこれとは話が別なんだよ。」
「で、ですが兄さん…。」
「いいから、黙って聞くのっ!」
「はっ、はい…。」
言い訳をしようとする秋葉を一喝して、再び話を続ける。

「ボクが今やっている事は、大事な事なんだよ。
 これ以上の犠牲を出さない為に、やっている事なんだ。
 それなのに、ボクの所為で秋葉達が犠牲になったら、ボクはどうすればいいのかな?」
「そ、それは…。」
「確かに、秋葉にも人には無い力がある。でも、それだけだ。
 その程度の力だったら、かえって足手まといにしかならないんだよ。」
ボクの言葉を聞いて、秋葉は拳を握り締め俯く。

「それに、秋葉にはこんな事して欲しくないんだ…。
 だからもう、ボクの後をつけてきたりとか、そういうのはやめてくれ。」
「……わ、わかりました。」
目に微かに涙を溜めながら、秋葉はボクの言葉に頷いた。

「……一人で、帰れるか?」
「大丈夫、です…。」
「そう…。」
それだけ言って、後ろへ振り返る。

「…すぐに帰るから、心配しないで待ってて。」
そう言い捨てて、僕はその場から離れた。
いつまでも背中に感じる、秋葉の視線を受けながら。









「まぁ、夕食の時の様子では致し方の無い事ではありますがね。」
公園で合流したメレムと、先ほど会った事を話す。

「まぁ、それはそうなんだけどさ…。」
「妹君の心配も分かりますが、もう少し考えて行動して欲しいと。」
「そうなんだよねぇ…。」
メレムの言葉に頷き、はふぅ〜と息を吐く。
実際、あの後は無事秋葉が家に戻れたかどうかで心配だった。
だったもので、途中で切り上げて屋敷の様子を見に戻ってしまった。
結果、屋敷には無事秋葉が居て、ほっとしてから公園へと戻ってきたわけだ。

「で、メレムのほうはどうだったんだ?結局。」
「いえ、こちらは収穫無しです。予想通り、かなりこちらを警戒しているようですね。」
「判っていた事ではあるけどねぇ。」
メレムの言葉にう〜んと頷きながら答える。
今の状況は余り芳しくないようだった。

「で、姫君はまだですかな?」
時計をチラ見しながらメレムが聞く。
実際、今は一時を少し過ぎた程度で、それほど心配はしていないようだ。


「おぉ〜いっ!しきぃ〜っ!」


「噂をすれば、何とやらってやつだな…。」
遠くから聞こえてくる声に、苦笑いを浮べながら呟く。
そちらの方角を見ると、アルクェイドが手を振ってこちらに向かって走っていた。
洋服を所々赤色に染めて。

「って、お前そんな格好で街中を歩くんじゃないっ!」
あまりにもおどろおどろしい格好になっていたもんで、思わず突っ込んでしまった。

「も〜っ、しょうがないでしょ〜。死者だって元は人間なんだからさぁ。血は流れてないけど溜まってるのよねぇ。」
アルクェイドはボクの前まで来ると、洋服についた赤い血を気にしながら話す。

「という事は、姫君は死者と遭遇したのですか?」
「そっ。といっても一匹しか居なかったんだけどさ。」
メレムの言葉に、手をプラプラさせながらアルクェイドは返事を返す。

「ふむ…、一匹ですか。まぁ0よりは幾分マシですなぁ。」
「まぁね。とりあえず今日は被害は無いみたいよ。襲おうとしてた所に巧く遭遇できたから。」
フフン、と自慢するようにアルクェイドは話す。
どうでもいいけど、胸を逸らすな。
なんとなくカチンと来る。

「では、本日の所はこれでお終いですな。」
「そうね。もうこの時間じゃ死者も出てこないでしょ。」
「じゃ、解散か。」
ボクがそう言うと、アルクェイドがいきなり抱きついてくる。

「じゃ、これからあそぼ〜っ!」
「ダメだって!明日も学校なんだから!」
思いっきり抱き締めてくるアルクェイドを押し返しながら言う。
するとアルクェイドは拗ねて頬を膨らませた。

「もうっ!そんなのいかなくてもいいじゃないっ!面白くないんでしょ?」
「あのなぁ、そういう訳にもいかないんだって。前にも言っただろ?」
「む〜、そうだけどさぁ〜。」
「まぁまぁ、姫君。でしたらここは私が…。」
「じゃ、またね。おやすみ〜志貴。」
メレムが自分から遊びの提案をすると、アルクェイドは一転して爽やかに自宅方面へと帰っていった。
それはもう、もの凄いスピードで。

「………。」
「………。」
「………帰ろうか、メレム。」
「うぅ…、姫君…。」
スルーされてさめざめと涙を流すメレムの肩をポンッと叩いて、ボク達は遠野の屋敷へと戻っていった。




「うぅ…、姫君ぃ…。」




途中、メレムが泣き止む気配は一向に訪れなかった。






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