「…あいつ、来てるな。」
「えぇ、間違いないですねぇ。」
家の玄関を開ける前に、メレムに確認を取るように話し掛ける。

「じゃぁ、ボクが玄関開けたらすぐ入ってくれる?」
「それは、こちらからお願いしたいくらいですねぇ。」
「…死ぬかもしれんぞ?」
「彼女の胸の中なら…。」
「……………ヘンタイ?」
「誉め言葉と取っておきましょう。」
なにやらよく判らない会話をしながら、玄関を押し開く。

「ただ〜い「おかえりぃ〜〜〜〜!!」」
予想通り、玄関を開けたそばから、アルクェイドが飛び掛ってくる。
そしてそのまま……。

ドムッ!!

ゴロゴロ。

ずど〜ん。

………アルクェイドはメレムとロビーを転げまわった。




「おかえり〜、しき〜。」
「………お約束だなぁ、アルクェイド。」
メレムの頬に頬擦りして恍惚の表情を浮かべているアルクェイドに冷静に言ってのけた。

「……なんで志貴そっちいるの?」
玄関前に今だ突っ立っているボクを不思議そうな目で見るアルクェイド。
ボクはアルクェイドが抱き締めているモノを指差してニヤリと笑った。

「…か、過激ですなぁ、姫君。」
「……えぇぇぇ!! なんでメレムがいんのよっ!?」
自分が抱き締めているモノがメレムだと分かった途端、身を翻し飛びのく。
その様を少し寂しそうに見ながら、メレムは立ち上がった。

「…お久しぶりです、姫君。」
「……むぅ、何か用?」
「まぁ、イロイロ、ですね。」
「そういう訳で、今日はこいつと一緒に晩餐しようと思うんだ。」
「えぇ〜、なんでぇ〜。」
アルクェイドの反応に、かなり肩を落すメレム・ソロモン。

「まぁまぁ、こいつだっていろいろあるんだから、いいでしょ?」
「むぅ〜、志貴がそう言うんだったら…。」
「そういう事で、今晩はお付き合いして頂きますので。」
ボクとメレムの言葉に、渋々と言った感じでアルクェイドは納得をした。

「…とりあえず、ボクは一旦部屋へ行って来るから、アルクェイドはメレムを琥珀ちゃんか翡翠ちゃんの所に。」
ボクが喋っている途中、食堂のほうからパタパタと駆けてくる足音が聞こえてきた。

「あら〜、お出迎えしませんで、申し訳ありません。」
「あぁ、気にしないで琥珀ちゃん。ただいま。」
「はい、お帰りなさいませ、志貴さん。弓塚さんも。…そちらは、お友達ですか?」
「初めまして。私、埋葬機関のメレム・ソロモンと申します。シエルの仕事仲間です。」
『シエルの仕事仲間』という所で驚いていたが、琥珀ちゃんはすぐに笑顔に戻り、メレムをロビーへと促した。

「それでは、また後ほど。」
「あぁ。じゃぁ部屋戻ろうか、弓塚さん。」
「え…、あ、あぁ、うん。戻ろう。」
玄関前のボクとメレムの会話以降、全く会話に入ってこなかった弓塚さんがやっと反応して、ボクの後に続くように二階への階段を昇る。
アルクェイドは、なんとな〜くウンザリしたような表情でメレムと琥珀ちゃんの後ろについてロビーへと向かっていった。








「それでは、今日のご飯はメレム様もご一緒でよろしいんですね?」
「うん、晩御飯食べたらどうせ一緒に出かける事になるんだし。」
ボクは紅茶を飲みながら喋り、言ってしまった後で「しまった…。」と後悔した。
案の定、琥珀ちゃんはボクの言葉に反応して心配そうな顔をしていた。

「……出かけるというのは、メレム様のお仕事と何か?」
「あ…、うん。ごめんね。」
自分の言った言葉に後悔しながら、琥珀ちゃんに向かって頭を下げた。

「いえ、謝られても困ってしまいます…。」
「ハハ…、まぁ、そりゃそうだよね…。」
ボクは頭をポリポリ掻きながら少し沈んだ笑顔を浮かべる琥珀ちゃんを見やる。
そんな微妙な空気の中、どこかを突き抜けた声が食堂から近づいてきた。




「いやぁ〜、やっぱり飲み物と言えばニンジン100%ですよねぇ〜。」
「…ななこさん、凄くドロドロなんですけど。」
「えぇ〜! レンちゃん、この喉の奥にこびりつくようなドロドロ感がいいんですよ〜。」
「………まぁ、それは人それぞれですね…。」
ちょっと、いや、カナリ疲れた笑顔を浮かべているレンと第七聖典の『一応』精霊のななこちゃんだった。




「おや、本当にカレー教を脱退したんですねぇ、セブン。」
「えっ……、あわわわっ! メ、メレムさんっ!」
居間に歩いてきている所、突然メレムに声をかけられ凄い勢いでななこは慌てだした。
………ニンジンジュース(らしいもの)はしっかり掴んでいるが。

「ふむ、やはり奇跡や神秘とは、その名の通り得体の知れない力を持っているんですねぇ。」
ななこちゃんの狼狽ぶりを気にするでもなく、メレムは一人で勝手に喜んでいた。

「……相変わらず秘宝オタクね、こいつ。」
「まぁ、そうそう変わるわけがないだろ。」
アルクェイドとボクは、小声でメレムのヲタクっぷりに感心していた。











「さて、それでは本題に入りましょうか。」
琥珀ちゃんが席を立ち、夕食の仕込みに入った所でメレムは居間に集まる面々を見て切り出した。

「あぁ、今回の用事は弓塚の様子見だけ、なんて訳ないもんな。」
ボクは一人声に出して納得しながら紅茶を啜る。
メレムは嬉しそうにボクの顔を眺めてから、目を細めた。

「…『協会』の『七夜』と『真祖の姫君』に『教会』の『王冠』と『弓』からの正式な依頼です。
 今、この街に潜伏している『アカシャの蛇』、ミハイル・ロア・バンダムヨォンの殲滅に助力して頂きたい。
 …無論、遠野四季という人物の殲滅への助力ではありませんので。」
「……理由を訊こう。」
メレムの言葉に、ボクは一息ついてから切り返した。

「理由、ですか。
 そうですね、一つは『教会』が第七聖典を手放したという事。
 まぁこれは教会内では『第七聖典の人格意識が浮上し、教会の弓の手を自意識での決断で離れた』という事になっています。」
「……そうなの?」
「…えぇ。」
あんまりにもあまりな解釈で、ボクは目を丸くしてメレムに問い返してしまった。
そのメレムは、思い切りななこちゃんをジト目で睨み、ななこちゃんを萎縮させていた。
『教会』の解釈は、つまり。



『シエルの側にいたくね〜から『協会』の『七夜』と自分の意思で契約した。』



という事だ。
前半は誤りで後半は正解という感じだな。

「…ゴホンッ。
 それで、二つ目です。
 遠野の家に関する事は、『教会』『協会』の両方の権限を貴女が現在は所有しているからです。
 『教会』が勝手に手を出してしまうと、『協会』との争いに発展しかねませんからね。
 お互いにそれだけは今まで避けていましたからね。」
「…なるほど、それで、三つ目は?」
「はい、貴女の魔眼の力であれば、恐らくは『蛇』の魂のみを殲滅する事が可能でしょう。
 …今回は二つの魂を内包する肉体の、どちらか片方だけを殲滅する事が出きるか、そのテストの兼ねてます。」

…つまり、実験なわけか。







「……判った、『協会』の『七夜』の名の元、協力しよう。」
「よろしくお願いしますよ、志貴さん。」
ボクの返事を聞いて、メレムはやんわりと返事をした。

「じゃぁ私も。」
「じゃぁって…、ま、まぁ協力して頂けるのに、文句をいう訳にもいきませんね…」
メレムは冷や汗を掻きながら、そうのたまう。








「それで…、教会は『遠野 四季』という人物を、どうするつもりだ?」
ボクの言葉に、メレムはピクリと眉を動かす。

「それは、私にも図りかねます。ただ、『七夜』との協同で『蛇』を殺しても、『蛇』の器だったモノをどうにかしたい、とは思っているんでしょうが。」
「まぁ、それが当然よね」
メレムの言葉に、アルクェイドが同意を示す。

「でも、それをやったら…、でしょ?」
「えぇ…、それは十分判ってます。だから困ってるんですよ」
アルクェイドの脅すような物言いに、メレムは眉一つ動かさず同意する。

「じゃぁ、どうするんだ?」
「それは、事が終わった後に…。志貴さんが動くのが一番簡単で手っ取り早いんです。」
「…人任せにするのか、そこで。」
「普段から中間管理職なんてやってますから、たまには楽させて下さいよ。」
メレムの疲れが滲み出る物言いに、思わず顔をほころばせてしまった。

「それで、今夜から早速、動きますので。」
「あぁ…。でもさ、シエル先輩から文句言われない?」
「さぁ〜。それは私の管轄じゃありませんから。」
嘘、絶対嘘を言っている。

「私だったら、怒ると思うんだけどなぁ〜。」
アルクェイドの言葉に、メレムは「うっ」と唸る。

「だよねぇ。ボクもそう思うんだよねぇ〜。」
「そっ、それはまぁまたおいおい、という事で…。」
「問題を先送りしたって、どうにもならないわよ?」
アルクェイドのツッコミに、またしても「うっ」と唸る。

「と、とにかくっ!本日行いますので、よろしくお願いしますよっ!」
「ういっ…。」
「わ、わかったわよ…。」
チビッコの突然の噴火に、ボク達は悪ふざけしすぎた事を悟った。







「おぉっ!これは素晴らしい!」
「あら〜、お褒め頂いて光栄です〜。」
メレムの賞賛に、琥珀さんが素直に喜ぶ。
確かに、琥珀さんの料理は美味い。
そりゃ、下手のレストランなんかよりよっぽど美味い。
けど、けどさ…。

「おぉ!これもまた…。」
「お前、騒ぎすぎ。」
ビシッ!と思わずチョップをかましてしまった。

「いやぁ、ですがこれほど美味な料理は、もうかれこれ何年も…。」
「お前、普段どんなもん喰ってるんだよ。」
「えぇっと…。輸血パック、ですかねぇ…。」
あぁ、こいつ死徒だもんなぁ…。

「他には、シエルが作るカレーと、シエルが作るカレーパンと、シエルが作るカレーラーメン…。」
「あぁ、もういいよ。わかったから。」
「ねぇ、志貴。今度カレーラーメン、作ってみてよ〜。」
「先輩に言え、先輩に。」
先輩のカレー狂ぶりは、どこでも発揮されてるんだな。
とかく、何でもカレー、カレー、カレー…。

「あの…、兄さん?」
カレーばっかり食べてて、あの人大丈夫なのかな…。

「あのぉ、にいさん?」
でもカレーって、かなり栄養価高いんだよな。
穀物に肉とスパイス、ハーブなんかも入ってたりして、たんぱく質、脂質、炭水化物、塩分に糖分に緑黄色野菜…。



「兄さんっ! 聞いているんですかっ!!」
ガタンッ!
突然、秋葉が怒鳴って机を叩いた。



「おわっ!…あ、秋葉。ど、どうしたんだ?」
「どうしたもこうしたもっ! いくら呼んでも兄さんが返事をしないのが悪いんでしょう!」
「あ…、ご、ごめん。」
どうやら、ボクにずっと呼びかけていたらしい。

「あ…、い、いえ。今のは私も悪かったです。…すいません、お食事中でしたのに。」
「い、いや。ボクも気付かなくてごめん。」
そう言って、お互い頭を下げる。

「…それで、どうかしたの?秋葉。」
「ど、どうかしたのって…。あの、私、そちらの方を紹介されていませんが…」
先ほどとは打って変わって、剣呑な目で秋葉はボクを睨む。

「あ…、ほ、ほらメレム、自己紹介」
「これは失礼。私、埋葬機関のメレム・ソロモンと申します。シエルとは仕事仲間、という関係です。」
メレムの言葉に、秋葉は明らかに不機嫌になる。

「…それで、そのシエルさんの仕事仲間の方が、何故兄さんと知り合いなんですか?」
「いえ、私と志貴さんも、顔見知りなんですよ。こう、似たような仕事をしていますからねぇ。」
全く悪気の無い言い方に、秋葉は毒気を抜かれた。
ま、見た目自分より年下の少年にニコニコと笑みを向けられれば、普通は毒気を抜かれるもんかもしれない。

「…お前、この手でどんだけの人間の血を吸ったんだ?」
「ははっ、また冗談を。埋葬機関の人間が直接人の血を吸うはずがないじゃないですか。」
呆れて言ったボクの言葉に、相変わらずの笑顔でメレムが返す。
だが、その言葉を秋葉は聞き逃さなかった。

「兄さん…。あの、そちらの方、血を吸われるって…。」
「ん…?あぁ、こいつ死徒、吸血鬼なんだよ。」
ボクがそう言うと、秋葉がガタッと椅子を鳴らして立ち上がる。

「ま、また吸血鬼ですかっ!なんで兄さんの側にはそう、人外なモノばかりが寄ってくるんですかっ!」
秋葉は凄い剣幕で怒鳴る。
だが、そこへ冷や水を浴びせたのはアイツだった。

「妹だって、半分は人外なんでしょ?こういう時何て言うんだっけ?『どんぐりの背くらべ』?」
「それは、微妙に違うと思うよ。」
アルクェイドのマヌケな冷や水に、思わず突っ込みを入れてしまった。
だが、秋葉には相当のダメージが与えられたようだ。

「そ、それは…。で、ですが、私は貴女方のように完全に人ではない人外ではありませんっ!」
「でも、人外は人外じゃない?」
アルクェイドの普段は有り得ない突っ込みに、秋葉はぐぅの音も出ない。

「ま…まぁ、秋葉も、さ。余り、ボクの友達を悪く言わないで欲しいなぁ。」
「あ…、そ、それは申し訳、ありませんでした…。」
ボクの言葉に、とうとう秋葉は完全に萎縮してしまった。

「…姫君、本日は冴えておりますな。」
「それって、誉め言葉になってないから本人には言うなよ?」
「えぇ…。しかし、妹君、大丈夫ですかな?」
「まぁ…、後でフォロー入れておくから、メレムは余計な心配して余計な事するなよ?」
ボクの忠告に、メレムは正面で一人暗くなっている秋葉と笑顔でご飯を食べているアルクを見て頷いた。







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