日が落ち、夕暮れ時になると、昼間の喧騒が嘘のように感じられる。






「志貴くん、かえろっか。」
「あぁ…。そういえばさ、弓塚。」
「ん? なになに?」
放課後、人気の引いた教室で、鞄を抱えた弓塚が嬉しそうにボクの顔を覗き込んでくる。






「いや、今日シエル先輩が教室に来なかったからさ。ほら、家出る時先輩先に出たじゃん?」
「あ、そういえばそうだね。お昼休みとかに来るかな〜って思ってたけど来なかったし。」
「うん…。何かあったかな?」
「何かって…、『吸血鬼殺人』?」
少し顔を青くして、弓塚が訊いてくる。






「うん…。まぁ考えても仕方がないっか。かえろ、弓塚。」
「う、うん…。まぁ、何かあったら遠野くんの家に来るよ。」
「…う〜ん、でも先輩は『教会』の人間だし…。『協会』の人間のボクの所に来るか…。」
二人きりの教室で怪しさ全開の会話をしている途中、不意に教室へ近づく気配を感じた。





「ん? 志貴くんどう…。」
「黙って。」
コツ、コツ、コツ…。
明らかにこちらに近づいてきている異質な『気配』を感じ、ボクは弓塚に静かにするよう言い、窓際へ移動させた。





コツ、コツ、コツ、コツ、コツ…。
足音はそのまま教室の前でピタリと止まり、周りの空気が静寂に包まれた。
廊下から伝わってくる気配を感じて、ボクは肩の力をふっと抜く。





「…相変わらず趣味の悪い登場の仕方だな、メレム。」
「ふふふ、勝手に警戒しているのはそちらですよ、志貴さん。」
ガラガラ、と教室の扉を開けて、一人の少年が入って来た。





「え…、子供?」
「おや、そちらが『混沌』を託された少女ですか?」
「あぁ、弓塚。こいつはメレム・ソロモン。先輩と同じ『教会』の人間で、死徒二十七祖の一だ。」
ボクの紹介に、弓塚は『吃驚』を前面に出した顔でボクの後ろへ回り込んできた。





「おやおや、志貴さんがそんな紹介の仕方をするから…。」
「そんなってな、事実だろう。」
「まぁ、否定は致しませんよ。それで、用件のほうなんですけど。」
メレムは爽やかを装った笑顔で弓塚を一瞥する。





「弓塚さん、貴女、吸血衝動などはありますか?」
「え…、え〜っと、別に血が吸いたいとか、そういうのはないですけど…。」
突然質問を投げかけられ、おどおどしながら弓塚がメレムに答える。





「そうですか…。『混沌』は、自在ですかな?」
「えっと…、一応動物を出したり戻したりとかは…。」
「他に、なにか今までと変わった所などは?」
「そうですね…。知識っていうのかな? それが増えてたりとか、体が凄く軽いとか…。」
「ふむ、そうですか…。」
メレムはボクの顔をチラチラと見ながら考え込んでいるようだった。





「おい、メレム。お前何を考えてるんだ?」
「いや、別にこれは…、いや、そうですね、話しておいたほうが…。」
ボクの質問に今度はなにやらブツブツ言いながら考え出した。
その様子を見てちょっとイライラしだした頃、メレムは一人頷きながらボクに向き直る。





「志貴さん、今『教会』で、弓塚さんを二十七祖に入れるかどうかの相談をしています。」
「えぇっ!!」
「まぁ、そりゃそうだな。」
「えぇっ!? なんで納得してるの志貴くんっ!?」
二度びっくり、という感じで弓塚はボクに向き直る。





「死徒ってアレでしょ! 吸血鬼なんでしょ! 私吸血鬼じゃないよっ!?」
「いやいや、『死徒二十七祖』というのは、全部が全部吸血鬼という訳ではないのですよ。」
当たり前の質問をする弓塚に、メレムは笑顔で答える。





「厳密に言うと、死徒と、『死徒二十七祖』というのは、まぁ同じだけど違うんです。
 例えば、死徒二十七祖の一、プライミッツ・マーダーを例に出すと簡単でしょう。」
「あぁ、『霊長の殺人者』か。」

「えぇ、彼、というのは変ですが、彼は元々人の血を吸わなくても生きていけるんです。
 それは彼が真祖、アルクェイド・ブリュンスタッドと同じように地球の『触覚』として誕生したものだからですよ。
 ですが、彼は『死徒二十七祖』として誕生してすぐ登録されている。
 まぁ元々『死徒二十七祖』というものは、朱い月が自分の容れ物として相応しい存在の候補として作り出した死徒を数えたものなんですがね。
 それを『教会』が力の強い異端者を数えるために用いるようになったんですよ。」

「うぅ〜ん、そこらへんは増えた知識で知ってるけど…。」
「そういえばそうですねぇ…。弓塚さん、とりあえずご自分の知識を探ってみてはいかがですか?」
メレムの言葉に、弓塚は「むむむ…。」と唸りながら額に指を当て一人考え出した。
その弓塚をとりあえず無視して、ボクはメレムと話を続ける。





「それで、問題は?」
「えぇ、実はですねぇ。『混沌』を受け継いだ弓塚さんにするか、『混沌』を倒した志貴さんにするかで問題になってるんですよ。」
「なるほどねぇ…。まぁ問題と言えば問題だな。」
「えぇ、なんせお二人ともその能力以外はれっきとした人間ですから…。そういう訳でそのお二人の様子を見ていた『弓』にはヴァチカンへ向かって貰いましたよ。」
「なるほど、今頃は雲の上、か。」
「えぇ、今朝方『弓』の住居で待っていましてね、彼女が帰ってきた所を捕まえたという訳です。
 二日も連絡が取れませんでしたからねぇ彼女とは。」
「だから、お前が直接出向いてきたって事か。」
「えぇ、そういう訳ですよ。」
「ついでにボク達の素行調査、か。ナルバレックも相変わらず人使いが荒いな。」
「まぁ殺人狂ですからね、彼女は。」
「中間管理職は辛い、か?」
「全く…。」
居酒屋で呑んだくれる中年のような溜息を吐く目の前の少年に、ボクはぷっ、と噴出してしまった。
当然目の前の少年は少し不機嫌になる。





「いや、悪い悪い。今のお前が余りにも疲れた様子だったもんでな。」
「でしたら笑わずに労わってください。まぁ私の辛さを判れとは言いませんけど。」
「まぁ、そうだな。じゃぁ今夜は家に来るか? 最も、俺の管理下、という事になってる遠野家だけどな。」
「そうですねぇ…、『彼女』は?」
「あぁ、多分お姫様は今頃家でゴロゴロしてるんじゃないのか?」
「そうですか、では今夜は貴女の好意に甘えますかな?」
「あぁ、別にボクはかまわないよ。」
ボクとメレムが今日の予定について話している所、弓塚が頭を抱えて座り込んだ姿勢から、突然立ち上がった。





「わかったよぅ…、一応。」
「お、終わったか弓塚。じゃぁとりあえず帰ろうか。」
「そうですね、ではご同行させて頂きますか。」
ボクとメレムは、なんとなくふらふらしている弓塚を一瞥してから、廊下へと歩き出した。





「わわっ、ちょ、ちょっとまってよぉ〜!」
背後で弓塚が慌てながら走ってくるのを感じながら、ボクはメレムと二人で今夜の予定について話を進めていた。








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