「ちょっとっ!! 志貴起きなさいってばっ!」
寝ている志貴の肩を思い切り掴みガクガクと揺する。

「アルクェイドっ! 貴女殺す気ですかっ! 離しなさいっ!」
「だってシエルッ! このままじゃ志貴がっ!」
「そんな事判ってますっ! だから早く遠野くんを屋敷まで運ぶんですよっ!」
シエルはそう言うと、寝かせていた弓塚を抱え、立ち上がる。
アルクェイドもそれに倣い、寝ている志貴を抱え上げる。
すぐに手と洋服は赤く染まるが気にせず一気に公園を飛び出す。
シエルもそれに続き、一気に公園を飛び出して、一路遠野家へと向かう。






ガッシャァァァァッ!!






テラスへ続く窓ガラスを突き破り、居間へと入る。




「なっ! なにをし…。」
「妹っ! そこのソファー貸してっ!」
その場にいた秋葉に一応声をかける。
アルクェイドは秋葉の言葉を待たず、志貴を長ソファーへと寝かせる。

「あ、貴女その血…。」
「志貴っ! 志貴起きてよっ! 志貴っ!」
秋葉の質問に答えず、目の前で寝ている志貴を再び起こそうとする。
秋葉は志貴に気付き、ヒッ、と声をあげる。
シエルも屋敷に辿り着き、テラスに開いた穴から居間へと入る。

「にっ、兄さんっ! 兄さん大丈夫ですかっ!」
「志貴っ! 志貴起きてよぉっ!」
「二人ともいい加減にしなさいっ! 助けたければ離れなさいっ!」
「秋葉さまっ! 何事ですかっ!」
「秋葉さま!」
屋敷の見回りをしていた翡翠と琥珀が、ドタドタドタと走ってやってくる。
秋葉はそれに答えず、アルクェイドと共に呆然と寝ている志貴を見つめる。
志貴の寝ているソファーは血にまみれ、床まで滴っていた。

「っ! し、志貴さまっ!」
「志貴さんっ! 志貴さんっ!」
「二人も落ち着いてくださいっ! 翡翠さんは水と氷を一杯持ってきてっ! 琥珀さんは包帯と解熱剤をっ!」
シエルは志貴を見て慌てだす二人を一喝し、それぞれに指示を出す。
二人はそれぞれ言われたモノを持ち寄る為、一旦その場を離れた。

「アルクェイドさまっ! マスターは、マスターはっ!」
レンは呆然と見つめるアルクェイドにしがみ付き、事の詳細を聞こうとするが、返答がないと判ると志貴に駆けよろうとする。

「レンちゃんは大人しくしててっ! 私が治癒魔術でなんとかしてみますっ!」
シエルはそう言うと志貴へ寄り、志貴の洋服を切って掌を志貴の腹部の傷口へと翳して詠唱をする。
シエルの掌から淡い光が出て、志貴の傷口を照らす。

「シエルさまっ! 包帯と解熱剤をっ!」
「水と氷、お持ちしましたっ!」
「アルクェイド、琥珀さんから包帯を受け取って、肩の傷口を押えてください。」
「…あ、わ、わかった。」
「アルクェイドッ! しっかりしなさいっ!」
「っ! わかってるわよっ!」
シエルの激を受け、アルクェイドは琥珀から包帯を受け取り両肩の傷口に巻きつける。

「きつく縛って止血してくださいっ!」
「う、うんっ!」
シエルはその間も傷口に掌を翳し、治癒を試みる。
アルクェイドは言われた通り包帯をきつく縛り、止血をする。
肩の傷は、それでいくらか出血は抑えられた。

「…血が、血が止まらない……。」
今度はシエルが慌てだし、治癒を試みている掌で傷口を抑えるが、一向にその出血は抑えられていない。

「シエルッ! ちゃんとしてよっ!」
「わかってますっ! でも、血が止まらないんですよっ!」
「なんで、なんでよっ! それじゃぁ志貴が…。」
「アルクェイドッ! 黙ってなさいっ!」
「なんでよっ! このままじゃ志貴死んじゃうじゃないっ!」
「うるさいっ! 黙りなさいっ! 遠野くんは死なせませんっ!」
「だったら早くなんとかしてよっ! 貴女治癒できるんでしょっ!」
「やってますよっ! ちゃんとやってるのに! 止まらないんですよっ!」
シエルとアルクェイドは泣きながら言い争い、志貴の傷口を抑える。
アルクェイドは自分の洋服の袖を破り、それで抑えるが、血が染み込むだけだ。
それでも一向に志貴の傷口からは血が滴り、ソファーを濡らしていく。

「いやぁっ! 兄さんっ、兄さん起きてくださいっ!」
秋葉はその光景をただ見つめていただけだが、状況の悪化に気付き、取り乱し始める。
翡翠はその後ろで、気絶して床に倒れ、琥珀は現在の光景を虚ろな目で見つめるだけたった。
セブンもそれは同じで、現在の状況をただ眺め、床に座り込んでいる。
レンはもう既に志貴の横で倒れ、気を失っている。

「止まらないっ! 止まらないよっ!」
「うるさいっ! 必死でやってるんですよっ!」
「私の死徒にすれば志貴は助かるでしょっ! そうしようっ!」
「そんな事はダメですっ! 遠野くんは喜びませんよっ!」
「なんでよっ! 貴女志貴を助けたいんじゃないのっ! それでも教会の仕事をとるのっ!」
「助けたいから言ってるんですっ! 今の状態で血を吸っても灰になるだけですっ!」
「じゃぁどうすればいいのよっ! ねぇ、なにかないのっ!」
「だからっ! 今治癒を…。」
「血が止まらないじゃないのっ!」
「わかってますよっ! だから頑張って…。」
シエルとアルクェイドが泣き叫びながら言い合いをしていると、寝ていた弓塚が起き上がる。
そして、そのまま二人の間に立ち、志貴の傷口に掌を翳す。

「ちょっと! 貴女何をっ!」
「弓塚さんっ! 邪魔ですよっ!」

「…我が『混沌』よ、宿に憑け。」
弓塚がそう言うと、掌から因子が流れ、志貴の身体を侵食する。

「っ! 貴女、ネロッ!」
「なっ、なにをするんですかっ!」
二人が叫んで弓塚を睨むと、弓塚は薄く笑った。

「…後は、主らに任せる。我は眠りに就こう、長い、混沌のな…。」
そう言って弓塚はその場で崩れ落ち、深い眠りに就いた。
掌から流れ出た因子は、そのまま志貴の身体へと染み込み、傷口を塞いだ。
二人はその光景を、ただ呆然と見るだけだった。

「…一体、なにを……。」
「…っ! とりあえず、混沌が傷を塞いでくれてますから、早く処置をっ!」
シエルはそう言うと、志貴の身体に包帯を巻き、息があるのを確める。
僅かだが息をしている志貴を確認すると、ホッ、と息をついて床に座り込んだ。

「…シエル、志貴は、志貴は大丈夫なの?」
「…はい、なんとか…。ネロの混沌が傷口を止血して、覆っていますから。とりあえずは大丈夫でしょうけど…。」
「…けど、けどなによ。」
「後は…、遠野くん次第です…。最悪、精神死が…。」
「なによそれ…、全然大丈夫じゃないじゃないっ!」
「私達ができるのはここまでなんですよっ!」
シエルの言葉に、アルクェイドは俯くしかなかった。

「とにかく…、目覚めるのを待つしかないんですよ…。」
シエルのその言葉に、意識ある者は虚空を見つめ、意識のない者は志貴の目覚めを夢見て眠るしかなかった。































「……………死んだ、かな…。」
雲の浮かぶ青空を見て、呟く。
周りには草木が生い茂り、青々と色付いている。

「…病院の近くの、草原かな……。」
ボクは先生と出逢った草原で、寝転んでいた。

「あ〜、困ってるかなぁ、みんな。」
空をぼーっと見上げながら考える。

「…死んじゃってたらどうしよう……。」
まるで他人事のように言う自分に、少し笑ってしまう。

「いや、まだ死んでないよお前は。」
遠くから聴こえた声に、身体を起こす。

いつの間にか周りは黒いビルに囲まれた路地裏のような風景に変わっていた。
そして、ビルの隙間から覗く満月を背負うように立つ人影を確認する。

「…はじめまして、かな。遠野志貴。」
「いや…、昔から知ってるよ、志貴。」
ナイフを携え、殺気を纏った目でボクを見つめる志貴がいた。





「お前はまだ、死んでない。だが…、俺が殺す。」

「…お前は、だれ?」

「俺は志貴、お前だよ。正確には、お前の中のお前、かな?」

「そうか。それで、なんでボクを殺すの?」

「なに、大した事じゃない。お前だからお前を殺すんだよ。」

「…………。」

「お前は、自分の中のモノを恐れている。」

「………。」

「なぜ恐れるのかは判らないが、怖いんだろ。」

「…………。」

「だから、俺がいるんだよ。」

「………それで。」

「…あぁ、だから殺す。」

「…無理だよ。」

「………なぜ?」

「だって…、ボクなんだから。」

「……………そうか。」

「うん……、きっとそう。だから、無理だよ。」

「あぁ…そうかもな。」

「うん…。」

「…お前は、受け入れられるのか…?」

「あぁ……。だってそれは、ボクだから…。」

「はっ、バカな質問だな。」

「どうかな…。ボクもその質問は思うもん。」

「そうか…。じゃぁ、俺は…。」

「うん。君はボクだから。もう既にボクにいる。」

「そうだな…。それじゃぁ、戻るとするか。」

「あぁ…。そうしよう。」

「俺は、お前だ…。」

「うん。判ってる。」

「また、後で…。」

「あぁ…。目が醒めたら。」





影絵の街は消え、白い透明な黒く青い空間に吸い込まれた。






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