「じゃぁ、私はこれで帰るわね。…志貴、死んじゃダメよ。」
「…そんな事いいですから早く縄を外してください。」
ボクは泣いて赤く腫れてしまった眼で先生を睨んだ。

「あら、それはダメよ。外した途端襲ってくるでしょ?」
「当たり前ですっ!」
「だからダ〜メ。猿轡は外してあげたんだから、ありがたく思いなさい。」
「全然ありがたくないんですけど。本当に。」
「私なりの激励のつもりだったんだけど、いじわるが過ぎちゃったかしらね。」
「いじわるっていうより拷問なんですけど。」
「まぁ、そんな事余り気にしないのよ。」
「気にしない訳ないでしょう…。」
「もう、細かいわね。」
先生はそう言うと、傍らに置いてあるトランクを持ち、窓際へと歩いていく。

「それじゃぁ志貴。生きていたらまた逢いましょう。」
先生はそれだけ言って、風と共に去っていった。

「…絶対復讐してやる……。」
ボクは、『いつか』を夢見て心に誓った。






「ふぅ、ありがとう翡翠ちゃん…。」
「いっ、いえ…。申し訳ございません、志貴さま…。」
ロープを翡翠ちゃんに外してもらい、お礼を言う。翡翠ちゃんはボクの顔を気まずそうにチラチラと見る。
先生が帰り夜の帷が落ちきった頃、やっとみんながボクの呼びかけに答え、正常な意識に戻ってくれた。

「しかし、まだ秋葉と琥珀ちゃんが…。」
ボクはそう呟いて、二人のほうをチラリと見る。
当の二人は未だ顔を紅潮させ、ぽ〜っと天井を眺めていた。

「はい、それではお二人の意識を戻しますので。」
「えっ? 戻すってどうやって?」
翡翠ちゃんはボクの質問に答えず、ツカツカと二人に歩み寄る。

バコッ! バコッ!

そのまま、二人の頭をテーブルに置いてあったトレーで殴った。
ボクは余りの行動に、ただ愕然とするしかなかった。

「〜っ! な、なにをするのよ翡翠っ!」
「翡翠ちゃ〜ん、痛いですよ〜。」
「お二人とも、正気ではありませんでしたから。」
翡翠ちゃんはそう言うと、またツカツカとボクの隣へ戻ってきた。

「まぁ、しょうがないわよ。あんなテープ聞かされたらねぇ。」
アルクェイドはそう言って、ニヤリとボクの顔を見る。

「っ! ボ、ボクだってあんなこと…。」
「あはっ、赤くなってる。志貴かわいー。」
アルクェイドはそう言うと、ガバッとボクに抱きついてきた。

「に、兄さんから離れなさいっ!!」
「む、なによ妹。大人しくテープを聞いてなさいよ。」
「なっ、テ、テープとそれとは別ですっ!」
秋葉は立ち上がり、アルクェイドに向かって怒鳴る。
それってボクの事ですか?

「もう、二人とも落ち着け。アルクェイド、離れろ。」
「む…、わかったわよ。」
「う…、兄さん。」
アルクェイドは大人しくボクから離れて隣に座る。
秋葉もしおらしくなり、黙ってソファーに座る。
二人ともどこか顔が熱っぽい。

「とりあえず、そのテープはぼっしゅ…。」
「それは却下します。」
秋葉はボクの意見をあっさりと却下した。

「なっ、なんでだよっ! それはボクの…。」
「いくら兄さんでもそれは却下いたします。」
「志貴さん、決定権は今の所秋葉さまが握っていますからー。」
「その通りです、志貴さま。」
ボクの意見は秋葉だけではなく、翡翠ちゃんや琥珀ちゃんにまで却下された。
ボクはもう、開き直るしかなかった。
随分前から開き直っていたけれど。

「わ、わかったよ。好きに使え。但し、それをネタにボクを脅したりとかは…。」
「あ、今まで気付きませんでしたね。そういう用途にも使えますねー。」
琥珀ちゃんはそう言って、怪しい笑みをボクに向ける。

「…本当、お願いだからやめて。」
「ふふっ、冗談ですよ冗談。精々これを聞いて毎晩…。」
「こ、琥珀っ! いきなり何を言うんですか貴女はっ!」
「さて、私はご飯の用意をしてきますねー。」
琥珀ちゃんは秋葉の質問には答えず、そそくさとキッチンへと向かった。
秋葉は立ち上がったまま、その姿を見送る。

「…そのテープどうするんだ?」
「っ! べ、別にそんな…や、やましい事には決して…。」
「…できれば二度と聞いて欲しくないんですけど。」
ボクはジト目で秋葉を睨む。
秋葉はボクから視線を逸らして黙ってソファーへと座った。

「はぁ…、もういいよ、わかった。好きにつかってくれ…。」
ボクは目尻に涙を溜めながら諦めて呟いた。

「それより…、アルクェイド。」
「ん、なに?」
ボクは真剣な表情でアルクェイドを見る。

「あの…、ネロの相手を今夜するって分かってる?」
「へ? ちゃんと覚えてるわよ。志貴が相手するんでしょ。」
アルクェイドはしれっと言う。
ボクは思わずアルクェイドの頭をひっぱたいた。

ペチッ

「いたっ! なによも〜。」
「なによじゃないだろ! ネロの目的はお前だろうがっ!」
「それはそうだけど、志貴が相手してくれるんだから勝てるわよ。なんたって昨日あれだけ挑発してたんだから。」
「はぁ…、ボク言っとくけど、死徒と戦うのって初めてなんだけど。」
「大丈夫大丈夫。戦いなんてどれも同じだから。」
手でヒラヒラと扇いで余裕を醸し出しているアルクェイド。
自分の命が狙われてるという自覚はないんだろうか…。
ボクがそんな事を悩んでいると、パタパタと食堂から駆けてくる足音が聞こえてきた。

「みなさん、お食事のご用意ができましたよー。」
「あ、ありがとう琥珀ちゃん。」
「いえいえ、私のお仕事ですから。」
「さ、いきましょう兄さん。」
「琥珀、私の分はあるのー?」
「はい、アルクェイドさまの分もございますよ。」
「気が利くにゃー。どっかの妹とは大違いだにゃー。」
「なっ、それは私の事を言っているんですかっ!」
「こらっ、二人とも喧嘩しちゃだめだよ。」
すぐに言い争いになる二人をひとまず制して、ボクは先に食堂へと向かった。
秋葉はアルクェイドを睨みながらだが、大人しく後ろをついてくる。
アルクェイドはそんな視線も気にせず、ボクの横に立ち食堂へと向かった。


















夕食を終え、時刻は既に10時を回っていた。
ボク達は、のんびりと紅茶を居間で飲みながら、まったりしている。
ボクとアルクェイド、秋葉はソファーにそれぞれ座り、その横に翡翠ちゃんと琥珀ちゃんが立っているという状態だ。
ちなみに夕食の途中、長い眠りから覚めたレンも居間に来てボクの膝の上でミルクを飲んでいる。

「…兄さん、そろそろ就寝の時間なのですが。」
秋葉は心配するような目でボクを見る。
いや、心配なんだろう。
流石にこれから殺し合いに行くというのに、なんだか和みすぎている。

「あぁ、秋葉達は寝てて。ボクは用事があるからさ。」
「その…、やはり、いかなくてはいけないのでしょうか…。」
「あぁ、いかなきゃいけないんだ。」
「そう、ですか…。」
秋葉はシュンと肩を落として俯く。
そんな秋葉にかける言葉が見当たらず、ボクは周りを見回した。
そんな時、琥珀ちゃんが助け船を出してくれた。

「秋葉さま、大丈夫ですよー。すぐに帰ってきてくれますから。ねぇ志貴さん。」
「あ、あぁ…。うん、大丈夫だよ。アルクェイドもいるんだし。」
「そーそー、私がいるんだから大丈夫だって妹。」
「だっ、誰が妹ですか誰がっ!!」
秋葉が立ち上がり、またアルクェイドと言い争いを始める。
それで、居間の雰囲気が幾分軽くなった気がした。
すると、秋葉に怒鳴られていたはずのアルクェイドは、秋葉を無視して呟いた。

「あー、そういえば私今日テレビ見てないなー。」
「…そういえばお前、家に帰ってないもんな。」
「マスター、マスターのお部屋にはテレビはないのでしょうか?」
ボクの膝に座っているレンが、ボクに聞いてくる。
ボクはその質問に、黙って首を横に振った。

「あら、テレビでしたら私の部屋にありますよー。」
琥珀ちゃんは、嬉しそうに手を叩いて言った。

「そ、そういえば琥珀の部屋にはビデオなどもあったわね。」
「はい、遠野家にある電化製品はほとんど私の部屋にあります。」
「…秋葉、お前はテレビとか見ないのか?」
「えぇ、必要ないと思いますから。」
秋葉はそれが当たり前、という顔をして紅茶を飲む。
そんな秋葉を見て琥珀ちゃんはボクに向かって苦笑した。

「秋葉さまはそういったものがお嫌いなんですよ。」
「そっか…。ボクは有間ではテレビ見てたからなぁ…。俗世間の情報はきちんと把握しないと…。」
「そんなもの、新聞で十分では?」
「妹って、頭硬いねー。」
アルクェイドはバッサリと秋葉を斬り捨てる。
居間の空気は、その発言で一気に氷点下まで降下した。
そんな状況を見てオロオロとするボクに助け舟を出してくれたのは、やはり琥珀ちゃんだった。

「そっ、そういえばっ。先ほど少しテレビを見に行ったんですが、昨日の深夜に集団行方不明事件があったらしいんですよー。怖いですねー。」
琥珀ちゃんが話題転換をしようと試みて言ったであろう事件に、ボクは関心を寄せざるを得なかった。

「…琥珀ちゃん、その事件ってなに?」
「えっ? あ、はい。事件が発覚したのは朝になってからなんですが、南社木市のホテルで集団行方不明があったらしいんですよ。」
「…集団行方不明って、どういうの?」
「それがですね、ホテルの内部にいろいろな血液型の血痕が残っていたんですが、その血痕の主とか、従業員とか誰も見当たらないらしいんです。」
「それで…、被害者の数とか、他に詳しい事は?」
ボクは思わず琥珀ちゃんを睨んで詳しい話を聞こうとする。
琥珀ちゃんはそれに驚きながらも、ゆっくりと教えてくれた。

「そ、そのですね…。被害者数は103名らしいです。それで、血痕の他には動物の毛とか、爪跡とか、あとはなぜか鮫の歯型とかもあったようですよ。」
「………………。」
ボクは黙って、歯を噛み締めるしかなかった。

「…志貴、それって…。」
アルクェイドはボクを心配そうな顔で見つめる。

「くそっ、やりやがったなアイツ…。」
一人毒づきながら、席を立つ。
それに合わせて、アルクェイドや秋葉も立ち上がった。

「兄さん…、一体なにを…。」
「アルクェイド、いくぞ。」
「…えぇ、そうね。」
「マスター、…お待ちしてます。」
ボクは心配そうに見つめるレンの頭を撫でて、メガネを外す。
ポケットにナイフが入っているのを確認してから、そのメガネを秋葉へと預ける。

「兄さん? 一体なにを…。」
「これから、その犯人と戦ってくる。…その事件は、ボクのせいだ。」
「えっ、に、兄さん…。」
秋葉の言葉を聞かず、ボクは玄関まで歩く。
アルクェイドはその後ろに続いて、一緒に歩いていく。

「に、兄さんっ! そんな事やめてくださいっ!」
秋葉は後ろから叫ぶが、ボクはそれを無視して玄関の扉を開けた。

「……それじゃぁ、いってきます。ちゃんと帰ってくるから、みんな安心して寝ててくれ。」
後ろから着いてきていたみんなへ振り返り、ボクは笑顔でそう言って、玄関を出た。

そして、事件を起こした化け物と対峙すべく、公園へと走っていく。












「………………。」
「………………。」
アルクェイドと二人で、人気の無い公園に立ち尽くす。
時刻は、もうすぐ深夜0時になろうとしていた。

「………………。」
「………………。」
唯、『刻』が訪れるのを待っていた。

やがて、血の臭いを纏ったモノが、現われた。


「…随分と、昨日は騒いだみたいだな。」
「ふっ、我は唯、捕食したに過ぎん。流石に貴様達の相手をするのに栄養不足だったのでな。」
闇を纏い訪れたネロは、口元を歪めて答える。

「それでは、頂くとしようか…。」
ネロはそう言うと、片腕を振り上げる。
その瞬間、コートの袖から大型の肉食獣ばかりが飛び出した。

「またそれか。芸がないな。」
ボクがそう言って獣の群れに踏み込むと、ネロはニヤリと笑った。

「…いや、我は細かいほうだがな。」
ネロがそう言うと、後ろでドサッ、という音が聞こえた。

「くっ! なによこれっ! 千切れないっ!」
「っ! ア、アルクェイドッ!」
後ろを振り返ると、アルクェイドがなにか黒いモノに纏わりつかれ、もがいていた。
その黒いモノはアルクェイドがどんなにもがいても千切れず、逆に彼女の身体を覆っていく。

「ふっ、死神。貴様は自分の心配をしなくていいのか?」
ネロの声に向き直ると、獣が既にこちらに飛び掛ってきていた。

「くっ! こいつっ!」
ボクはすぐにポケットからナイフを取り出し、襲いくる獣の点を突き、線を引く。

ザシュ

ザクッ


左肩を軽く抉られた。
他に外傷はない。
こちらは既に五匹は処理した。

「ほう…、流石は死神、か。その魔眼、取り込んでみたいものだ。人間風情が持つには少々荷が重かろう。」
「うるさい…。アルクェイドを離せ。」
「それはできぬ。我は元々姫君を捕らえに来たのでな。本来ならその時点で消えてもいいのだが、貴様にも興味がある。」
「…つまり、ボクはオマケか。」
「否、それは違う…。貴様はある種、我々以上の化け物だ。我々すら所持しえぬ『直死の魔眼』を持つ人間。
あのミス・ブルーが人に訓えを説いたという事実。真祖の姫君の寵愛を受ける存在。
その事実だけで貴様は我々の興味の対象なのだよ。」
クックックッ、と嫌な笑い方をする。

「…それと今の状況と、何が関係あるんだ。」
「なに、今の状況とは関係ない。しいて言うなれば、その寵愛を受ける存在を消したいと願う盟友がいるのだよ。」
「…チッ、ネロ。あんたロアと接触したのね。」
ご名答、とばかりにネロはアルクェイドへ笑いかける。

「その通りだ、姫君。我は奴と接触した。その際、その『創世の土』の巧い利用法を授かったのだがな。
蛇自体は未だ身体を自分の物とできていないようで、代わりに知識を得、私が捕食してやるという訳だ。」
「…いい迷惑だな、こっちは。まぁいい、早く終わらせてやる。」
ネロへ向かって駆け寄り、ナイフを構える。
途中、獣が何匹か現われたが、全て点と突いて殺した。

「くっ、化け物め。」
「…お前が言うなよ。」
一気にネロの懐へ入り、点を凝視した。
だが、ネロの身体の点は、数え切れないくらい、存在した。

「なっ…、『混沌』って、こういう事かよ…。」
「気付くのが遅かったな。」
言うやいなや、ネロの身体から黒い肉食獣が飛び出し、ボクにのしかかる。

ドンッ!

「ガッ!」
背中を地面に叩きつけられた衝撃で、一瞬呼吸が止まり、思考が途切れた。
両肩を爪で抉られ、血が噴出し、激痛が走った。

「ぐあぁ、あぁぁぁっ!」
「お前は我が吸収してやる。大人しくしていろ。」
ボクの上に圧し掛かった獣は、黒い液体へと変わり、ボクの身体を侵食してくる。

「がぁっ!」
液体の温度はとても熱く、焼かれる痛みが身体を走った。

「しかし、『創世の土』を二つ出すのは負担がかかるな。」

ズルッ、ズルッ、ズルッ

ネロはそうボヤきながら創世の土でボクの体を侵食する。
ボクはそれに抗い、ナイフを突き立てるが、侵食は止まらない。

「くそっ!! 止まらないっ!!」
「無駄だ。それを破壊するのは大陸一つを破壊するのと同等。そのような事出来まい。」
ネロはそう言うと、眉とピクリと動かした。

「…ほう、丁度いい。餌が出向いてきたか。」
ネロはボクから視線を外し、公園の脇の道路を見る。
そこには、鼻歌を歌いながら楽しそうに歩いているボクと同世代ぐらいの女の子がいた。

「さて…、いけ。」
ネロがそう言うと、袖から一匹の肉食獣が飛び出す。

「やっ、やめろぉぉぉぉぉぉぉっ!」
ボクは力の限り叫ぶが、その子は止まらない。
肉食獣は、その子まで一気に飛びかかった。

「っ! ヒィッ!」
その子は悲鳴をあげ、蹲る。




―――――――ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤ
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、
ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメロ、ヤメ―――――――――





「だめぇっ!」

ドンッ!

蹲っていた少女は、誰かに抱えられ獣の牙を逃れた。

「っ! 弓塚っ! お前なんでっ! にげろっ!」
「と、遠野くんっ!」
ボクは弓塚を見て一瞬驚き、すぐに逃げるよう言った。
だが、弓塚の目の前には、既に先ほどの獣が構えている。

「餌が増えたか…。どうやら上質のようだ。魔術士か?」
「くそっ!」
ボクは自分の身体を包んでいる創世の土を凝視して、点を見る。

「足掻くな。すぐに取り込んでやる。あそこの餌と同様にな。」
ネロはそう言うと、肉食獣をけしかける。
それと同時に、ボクは創世の土の点を突き、立ち上がる。

「くそっ! 間に合えっ!」
弓塚のほうへ駆け出す。
余りにも距離が離れている。
目に見えて結果は分かっている。
だが、それでもボクは駆け寄った。

「弓塚ぁぁぁぁっ!」
「っ! いやぁぁぁぁぁっ!」
弓塚へ、自らの爪を振るう獣。
その爪が、弓塚の顔を抉る寸前。

ドドドドッ!!

獣は横からの衝撃に、遠くへと吹き飛んでいった。
ボクは弓塚を抱え上げ、急いでその場を離れる。

「くっ! 邪魔が入ったかっ!」
獣だった液体を回収して、ネロが吼えた。

「ネロ・カオス。貴方の犠牲者はこれ以上増やさせません。」
「…貴様、教会か。」
「シ、シエル先輩っ!」
公園の入口の側に、シエル先輩が黒鍵を構え立っていた。
その脇には、先ほどの女の子が気絶して倒れている。

「遠野くん、すいません。弓塚さんが無茶してしまいました。」
シエル先輩はそう言うと、ボクの腕の中で気絶している弓塚をボクから受け取った。
弓塚の息があるのを確認して、ボクはネロへと向き合う。

「…殺す。」
「ふっ、笑止。たかだか教会の女が増えた程度で、我に敵うと思うな。見ろ、姫君は既にアレだ。」
ネロは、黒く蠢いている塊を指さす。
恐らくアレは、創世の土に包まれたアルクェイドだろう。まだ動いている所を見ると、大丈夫なようだ。

「…アルクェイドを離せよ。ボクが相手してやる。」
「小娘が…、奢るなっ!」
ネロは自らの胸を掻き毟り、獣を出す。
そこから、羽の生えた蜥蜴や、尻尾が蛇のライオン、蜘蛛のような蟹が10体ほど出てきた。
どれも自分の三倍はあろうその化け物は、視える線が少ない。
だが、『死』がない訳ではないので、殺す事はできる。

「遠野くん、あんなの相手にするのは無理ですっ!」
シエル先輩はそう言うと、ボクの左肩を掴む。
途端、激痛が走ったが、それでもボクは前進を止めなかった。

「と、遠野くんっ! 肩からそんなに血がっ!」
「…先輩、今逃げたら、アルクェイドが消える。それはさせない。」
「ですがっ!」
「傷なら大丈夫。動かせない訳じゃない。」
ボクは自分の傷の具合を確認すると、一気に化け物へと飛び込んだ。

蜥蜴は、羽を斬り、その後で腹の点を刺す。

ライオンは、頭から縦に真っ二つに線をなぞる。

蟹は、腹部から線を引いて真っ二つにした。

それで、出てきた奴は全て片付けた。

「バッ、バカなっ! あれだけの幻想種がこうも容易く!」
ネロはその状況を信じられない面持ちで見て、一歩後ずさる。

「…これが、お前の望んだ殺し合いだ。」
「…認めん、認めんぞっ! この混沌が人間に劣るなどっ!」
ネロはそう言うと、また同じような獣を出す。
今度の数は先ほどの倍はあるだろう。

だが、それは邪魔にもならなかった。

ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ、ザクッ

出てきた側からすぐに殺し、ネロの懐へ潜り込み腕にある線を引いた。

ザクッ!

「ぐぅぁっ! バッ、バカなっ!」
ネロは後ろへ跳び、自分の切り落とされた腕を見て驚く。

「こっ、これが、直死の魔眼かっ! 我の腕が再生しないとはっ!」
「…うるさいぞ、オマエ。」
ネロは驚いた後、突然笑い出した。

「クハハハハハッ! 貴様っ! 我を殺すのかっ! この混沌をっ!」
「…うるさい。」
「ククククッ! 我の死は貴様かっ! よかろう、我が力、全てで相手するっ!」
ネロはそう言うと、両手を高く上げ、散らばった『混沌』を全て回収する。
そうして、全ての混沌を一点に集め、身体を変化させる。
手は爪を伸ばし、鋭利に刃物へ。身体は大きさをボクの三倍ほどへ変化させた。

「我が混沌の力、全てで貴様を殺すっ!」
ネロはそう叫び、爆発するようにボクへ飛び掛る。
ボクは動かず、ネロの胸に集まった点を狙い、ナイフを繰り出した。

キィィィィッ!

「っ! 甲羅の奥かっ!」
「なめるなぁっ!」
ネロの点へ繰り出したナイフは胸にある硬い甲羅で弾かれた。
ネロはそのまま爪を、ボクの胸へと振るってくる。

ザシュッ!

「ぐぅぅっ!」
ボクは身を捩り爪を避けるが、脇腹へ刺さりそのまま抉られた。

ザザザザッ!

ネロは飛び掛った勢いで、5メートルほど離れた所で止まる。
自分の腹部が熱を持ち、血が流れているのを感じるが、倒れる訳にはいかない。

「クククッ、我が身体を刺す事は無理だ。」
「……………。」
何か、策が……。
硬い甲羅を貫けるモノ……。

「…っ! 第七聖典っ! セブン、力を貸してくれっ!」
ボクがそう言うと、先輩のカソックからセブンちゃんが飛び出して来た。

「志貴さんっ! 傷がっ!」
「いいからっ! 君のパイルバンカーの力を貸してくれっ!」
「っ! わかりましたっ!」
セブンちゃんはそう言うと、ボクの右腕にしがみ付き、パイルバンカーへと姿を変えた。

「ネロ・カオスッ! オマエを殺すっ!」
「キサマッ! 外典と契約をっ! 面白いっ! 貴様を取り込み我が力に変えてやるっ!」
お互い間合いを詰めながら構える。
やがて、ネロが先に動いた。

「ガアアアアアアァァァァァァァッ!!」
「おおおぉぉぉっ!」
お互い飛び込み、一気に勝負に出る。

ザクッッ!

ガコォォォォ!!

ネロの爪はボクの腹に食い込む。
だが、ボクは聖典の釘の先端を胸の甲羅へと突き刺し、それ以上食い込むのを止めた。
そして、一気にトリガーを引く。

ドゴォォォッ!

パイルバンカーから飛び出した釘は、ネロの身体を突き破り、その点を貫いた。
そのまま、お互い倒れこむ。



ドサッ



「…………やはり、貴様が私の死か。ククク。」
「……ボクも、死にそうだけどな。」
喉から口に広がる血の味を噛み締め呟く。

「志貴っ!」
「遠野くんっ!」
創世の土に侵食され倒れていたアルクェイドが駆け寄ってくる。
どうやら焼かれた部分が回復したようだ。
シエル先輩は、弓塚を抱えて走ってきた。



「……死神、名はなんだ。我は、フォアブロ・ロワイン。今はその名も意味を為さぬがな。」
「…遠野志貴。本来は、七夜志貴、かな…グッ。」
ゴプ、と口から血が出たのを感じるが、気にしない事にした。
腹からは、それ以上の血が流れている。
ネロは、それを気にする事なく、ボクに話し掛けた。



「…教会の女が抱える女、死ぬぞ。」
「…彼女は魔術師じゃないから、力を制御できない。」
「そうか…。『混沌』よ、溶け込め。」
ネロは片腕を上げてそう言うと、なにか黒い塊を腕から取り出した。
ボクからは何も見えないが、頭の上でアルクェイドと先輩が騒いでる気がする。



「なにか…、したのか。」
「なに…最早不用となる我が知識と力を与えただけだ。我が消えて知識が消えては勿体無いのでな。」
クククッ、と愉快そうに笑う。
目をネロに向けると、残っているのは上半身だけだった。



「…死神よ。いずれ、会おう。」
「あぁ…、あの世があるなら。」
「ククク…愉快……だ……。」
ネロはそれだけ言って、塵になった。



「……おわ……た…。」
眠い…、寝てしまおうか……。

バコッ!

「っ! って……。」
「志貴っ! 寝ちゃダメよっ!」
「遠野くんっ! 今治療するので待っていてくださいっ!」
「志貴さんっ! 死んじゃダメですからねっ!」
ボクの頭の上で、アルクェイド、先輩、セブンが騒いでいる。

「……あの……さ…。」
「なに? なによ志貴。」
「遠野くん、黙っててくださいっ!」
「志貴さんっ! 弓塚さんはもう大丈夫ですから、起きてくださいっ!」
なにか、無茶を言われてる。

みんな、我が儘なんだな…。


「……わが…ま……ま、だ…な……。」





みんなの声は聴こえない。





目の前には、月が光を放っている。





あぁ…、知らなかった。




今日は…………こんなにも………





………………ツキが……………………キレイ…………だ………………………………。











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