「…ん………、おもっ。」
目覚めの第一声はこんなもんだった。

ボクは周りを見回すと、秋葉達はもちろん、先輩やアルクェイド、レンもボクの顔を伺っていた。

「…えっと、おはよう、みんな。」
そう声をかけ、起き上がろうとしたが、なんとなく違和感があったので確認する。
自分の周りを見る為に、顔を横に向けると、セブンちゃんがいた。

「ん……志貴さ〜ん……。」
スリスリと頬擦りしてくるセブンちゃん。
一体なにが起こっているのか、理解できない。

「あの…、えっと、おはようセブンちゃん。」
「はい、おはようございます〜。」
挨拶をしつつスリスリと頬擦りをしてくるセブンちゃん。
気持ちいいんだけど、他の人に見られてるし、まずい。

「セブンッ! 貴女いつまでそうやっているつもりですかぁぁぁ!」
セブンちゃんの首根っこを掴んで引き剥がすシエル先輩。
なんか朝から元気だ…。

「うぇ〜、しきさぁ〜ん。」
「あ、あはは…。」
泣いて別れを惜しむような格好のセブンちゃんに、ボクは乾いた笑いを浮かべるしかなかった。

「…そういえばさ、なんでみんな部屋にいるの? ちゃんと寝た?」
ボクは起きた当初から疑問に思っていた事を口にした。
目が醒めていきなり全員集合してたら、さすがに驚く。
いや、全員じゃないか、弓塚がいない…。

――――――弓塚がいない。

「みんなっ! 弓塚はっ!?」
ボクはバカだ。
今更だが現在の状況を確認できた。
なんだか知らないけれどみんながこの部屋にいるのに弓塚だけいないのは、やはり起きていないからだろう。
みんなもそれを思いだしたかのように「あっ」なんて声を出している。

「もうっ! みんななにやってるんだよっ! 弓塚は病人みたいなもんなんだぞっ!」
ボクは勢いよくベットから降りて、一階の居間へと向かう。
後ろからは、他のみんなも着いてきてくれた。

ダダダダダッ!

「弓塚…、いな、い…。」
居間に入って愕然とした。
居間のソファーで寝ているはずの弓塚がいなくなっている。

「弓塚っ! 弓塚どこだっ!」
ボクは居間で弓塚の名前を叫ぶが、いないので当然返事がない。
そうして一人でアタフタしていると、後ろからみんなが走ってくる音が聞こえたのと同時に、

カチャ………カチャ。

という食器を合わせるような音が食堂で聞こえた。
ボクは走ってくるみんなを待たずに一気に食堂へと駆け出した。

「弓塚っ! いるのかっ!」
「えっ! その声は遠野君っ!」
食堂から弓塚の声が聴こえ、ボクはそのまま食堂へ入った。

「弓塚起きたのかっ!」
「うん、遠野君、おは…。」
食堂へ入ると、弓塚がなにか食事を食べていたが、その腕を止め、こちらへ向いて挨拶をしてくる。
が、その挨拶は途中で止まった。

「あー、安心した。弓塚、驚かすなよ…。」
「あ、あの…。ご、ごめん…。」
弓塚はハッ、とした表情になった後、あからさまにボクから視線を逸らした。

「ん、まぁいいよ。元気そうでよかった…。」
「あ、う、うん…。なんかよくわからないけど、その…。」
「うん、事情は後で説明するよ。それより、どうかした?」
「あ、うん…。その、えっと、あ、あのね…。」
「うん、なに?」
「そ、その…。」
弓塚はモゴモゴと口を動かすだけで、何も喋ってくれない。
ボクは様子がおかしいので、自分から聞いてみる事にした。

「あっ、弓塚やっぱり身体の具合悪い? どっか痛い?」
「いやっ、そ、そうじゃなくって! そ、その…。」
「うん、なに?」
「と、遠野君の、その、か、格好が…。」
「ボク? ボクの格好がどうか…。」
ボクは弓塚に言われて、自分の格好を改めて見た。
昨日、ネロとの一戦の後着替えたからボロボロではないYシャツを着ていた。
…ボタンはほとんど外れているけど。

「あっ! うわぁっ! ごめんっ!」
ボクは自分がとんでもない格好だという事に気付き、急いで前を隠してYシャツのボタンを止めた。
昨日はブラとかつけて寝ていたのに、いつの間に外したんだろう、とか思いながら。

「しきー、どこだにゃー。」
居間のほうからアルクェイドの声が聴こえる。
ボクはとりあえず現在位置を教える為に声をあげた。

「食堂だよっ。弓塚も一緒にいる。」
すると、ドドドドッ、という音と共に、全員が一塊となって食堂へなだれ込んできた。

「兄さん! Yシャツのボタンがっ!」
秋葉はそう叫びながら食堂へと入ってくる。
…この分だとみんな知っていたようだな。

「あー、弓塚に教えてもらったよ。」
秋葉達ははーっはーっと肩で息をして食堂へ入ってきた。

「で、では…、その、は、肌のほうが…。」
「あ、あぁ。まぁ気づかなかったボクが悪いんだけどね…。」
「す、すいません遠野く…。」

バキィッ!

なにか後ろでシエル先輩がボクに言おうとしてた所で、みんなから一斉に鉄拳が飛んだように見えた。

「なっ、なに? シエル先輩。」
「び、びえ、ばんべぼありばぜん。」
先輩は鼻を押えながら返事をする。
ボクは、それに不穏な空気を感じて一切突っ込む事をしなかった。

「弓塚、なに食べてるの?」
「あっ、うん。ごめんね、キッチン勝手に借りちゃって。一応スパゲティを作ったんだ。」
「あっ、いいよ全然。と言っても責任者はボクじゃないから何とも言えないんだけどね…。」
あはは、なんて一人で笑っていたら、お腹の虫がぐぅ〜、と鳴いてしまった。

「あ…、弓塚、悪いけどさ、スパゲティ余ってる?」
「うん。ちょっと多めに作っちゃったから、余ってるよ。」
「そっか。それじゃそれ頂くよ。」
「あっ、う、うん。」
「あっ、それではみなさん、ここでお食事といきましょう。」
ボクがキッチンへ行こうとした所、琥珀ちゃんがパンッ、と手を叩いてキッチンへと駆けていった。
その言葉を受けて、みんなはそれぞれ適当な椅子へと座る。
ボクはとりあえず、弓塚の隣へと座った。
少しみんな無言で待っていた所、琥珀ちゃんが人数分のフォークを持ってきて、それぞれの前へと並べた。
セブンちゃんには、目の前にゴトンとにんじんが置かれていたが。

「すいません琥珀さん、ウチの精霊がご迷惑をおかけして。」
「いえいえ、ニンジンでしたらいくらでもありますから。」
「うわぁ〜、素晴らしいですねぇ〜!」
セブンちゃんはそんな事を言いながらにんじんへとかじりついていた。

翡翠ちゃんも琥珀ちゃんを手伝い、みんなの前へスパゲティを並べ終えた後、一斉に食事へと取り掛かった。

食事中はみんなで談笑していたが、やはり弓塚は事態が飲み込めていないので、一通りの説明をしながらの食事となった。

なぜ、遠野家にいるのか。

弓塚の身体に起こっている異変。

そして個々の自己紹介など。

教えるべき事は沢山あったが、弓塚はそれを楽しそうに聞いていた。

「あのさ…、弓塚、信じてる?」
「えっ? うん、ちゃんと信じてるよー。」
こんな胡散臭すぎる話を素直に信じてくれているようだ。
もちろん弓塚には『このままだとすぐ死ぬ』なんて事は教えていないが。

「そっかー、そうなんだ。遠野くんは約束守ってくれたんだね。」
弓塚は嬉しそうな笑顔でボクに言った。

「えっ、約束って、あれ?」
「うん、ピンチの時は助けるっていう約束。守ってくれたんだね。」
弓塚は本当に嬉しそうに言う。
だから、胸が痛んだ。

まだピンチは継続中なんて、とてもじゃないけど言えない。
そんな事を言ったら、彼女がどうなるかわからないから。
だから、嘘をつき通さないといけない。
けれど、これは辛すぎる。

「…うん。でも、まだ安心できないみたい。ほ、ほら。その吸血鬼はまだいるからさ。」
「あっ、そっか。そうだよね。」
ボクに笑いかけてくる弓塚、ボクは精一杯の笑顔で答えた。
今は、それぐらいしかできないから。

「……………あ、あ、れ…?」
ボクが一人そんな事を考えている時、さっきまで楽しそうにスパゲティを食べていたアルクェイドの手が止まった。
ていうか、脂汗出して泣いている。

「どっ、どうしたアルクェイド!?」
「あ、あの、ね、志貴。この、ごはん、な、んていう、の、かな。」
「へ? ごはんって、スパゲティ?」
「う、うん…、そ、う。」
ボクは自分の食べているスパゲティがどんなものか知らないので、弓塚へ目配せをした。

「あ、あの。これはペペロンチーノっていうスパゲティで、赤唐辛子と、オリーブオイルとにんにくを…。」
ボクは、弓塚が羅列した材料に、顔を青くした。それはレンと、当然アルクェイドも同様だった。

「やっぱ、…り。」

ガンッ

アルクェイドはそれだけ言うと、机に突っ伏して頭をぶつけた。

「っ! アルクェイド!」
「アルクェイドさまっ! 大丈夫、死にはしませんっ!」
「……………………うぅ〜。」
ボクとレンは急いでアルクェイドへと駆けより、身体を揺すった。

「レン、こうなったら夢の中入って悪夢を払拭してきてくれっ!」
「はいっ、マスター!」
「一刻を争う事態だから、頑張ってくれっ!」
「まかせてくださいっ、マスター!」
レンはアルクェイドの隣の席に座り、手を握りアルクェイドの悪夢へと立ち向かっていった。

「…頼んだぞ、レン。」
ボクはそんな二人を、手に汗握って見送るしかなかった。

「あ、あの、兄さん…。一体なにが…?」
「そうです、事情がいまいち分からないんですが…。」
訝しげにボクを見るみんなに、ボクは事情を説明した。

「…実はアルクェイドは、にんにくが大嫌いなんだ。」
「にんにく、ですか…。」
「遠野くん、それは、ただの好き嫌いでは…。」
「いや、先輩。前に一度ボクが知らずに食べさせてしまった時、アルクェイドは3日間悪夢にうなされて寝込んだんだ…。」
「…三日間も寝込むほどなんですか……。」
「えぇ…。その時は発見するのが遅くてそうなっちゃったけど、今回はすぐに対処できるから大丈夫だとは思うんだけど…。」
ボクはそう言って、ギリリと歯を噛み締めて俯いた。

「…真祖の姫が、にんにくでそんな状態になるとは……。」
シエル先輩は、呆れたような顔で寝込んでいるアルクェイドを見つめていた。













「うぅ〜、まだ中身が気持ち悪い…。」
起きて早々、アルクェイドは言った。
あれからボクとレンはアルクェイドの介抱に必死だった。
アルクェイドの身体は毒物などには耐性があるんだが、精神面でアルクェイドが嫌いなものに対しては一切の効果を為さない。
ひどい場合になると、アレルギー状態になってしまう。
ていうかにんにくアレルギーと言っていいだろう。
そんな訳で、今までレンが悪夢に侵入して襲いくるにんにくをバッタバッタと倒し、その間ボクと翡翠ちゃん、琥珀ちゃんで脂汗を拭いたり、
頭に氷嚢を載せたりしてアルクェイドが復活する夕方まで時間を費やした。
アルクェイドが復活すると、今度はレンが疲れて寝てしまったが。

「はい、みなさんお茶をどうぞ。」
食堂から琥珀ちゃんと翡翠ちゃんがトレーを持ってやってくる。
今には弓塚と先輩を欠いた面々がいた。

「ありがとう琥珀ちゃん、翡翠ちゃん。」
「いえー、これは私達の役割ですからー。ねー、翡翠ちゃん。」
「はい、その通りです志貴さま。」
「んー、翡翠ちゃん、やっぱり様付けは嫌なんだけどなぁ…。」
「も、申し訳ありません。ですが、私は志貴さま付きのメイドとして…。」
「まぁまぁ、翡翠ちゃんも志貴さんも、呼び方は人それぞれですよー。」
「んー、まぁ確かに…。」
ボクは少々納得いかないが、そう言われてしまうと何も言えなくなってしまう。

「あー、琥珀。紅茶頂戴、こうちゃ。」
「あっ、はい。こちらをどうぞ。」
「ん、ありがと。」
「おい、アルクェイド。お前なにのんびりしてんだよ…。」
「へ? なにが?」
アルクェイドは琥珀ちゃんから受け取った紅茶に口をつけながらこちらを見る。

「そうです。なぜ貴女のような方が未だにこの屋敷にいるんですか。」
秋葉は秋葉で見当違いな事言ってるし…。

「む、なによ妹。そんなケチケチする事ないじゃない。」
「なっ、誰がケチケチしているというんですかっ! 私はなぜ貴女のような人間じゃない方が私達とのんびりお茶などを楽しんでいるんですかという事を言っているんですっ!」
「だから、別にお茶を楽しむぐらいいいじゃない。それをケチくさいって言ってるのよ。」
「あぁもう! 私が言いたい事はそういう事ではなくてっ! 帰れと言っているんですっ!」
「それは嫌。」
「がっ! この…、貴女一体何様のつもりなんですかっ!」
「私? 私は世間一般で言うお姫様かな?」
「なっ、なにをぬけぬけとそんな事を…。」
「だって本当だもん。ねー、志貴。」
唐突に話題を振られても困ってしまう。
秋葉は秋葉でこっちを睨んでくるし。
仕方ないのでボクは自分の知る限りのアルクェイドに関する知識を秋葉に教えようと思った。

「あぁ、確かにアルクェイドはお姫様だよ。
フランスに自分の城があるし。執事っていうか、じいやもいるし。
お金も持ってるしなぁ。」
「なっ、ほ、本当なんですか兄さん…。」
「だからそう言ってるじゃん。志貴は何度が私の城に来た事もあるし。」
「まぁな、仕事でだけどな。」
秋葉はボクの言葉に驚いているようだった。
それはそうか。先ほどまでにんいくアレルギーで倒れていた金髪の外人が、外国のお姫様なんて言われたら、ボクだって驚いてしまう。

「そ、それじゃぁ城に帰ったらいいじゃないですか! なぜこんな所にいるんですかっ。」
秋葉が自分の中で体勢を立て直して言った。
確かに事情を知らない人間は誰だってそう思う。

「んー、それは志貴がいるからよ。殺した責任取って貰わないと。それに…。」
そういって俯くアルクェイド。
何かを思い出したのか、体中から殺気を放っている。

「それに、ロアを殺さないとね…。」
アルクェイドはそう言って、拳を握り歯を噛み締める。
その様子に、秋葉はもちろん、翡翠ちゃんや琥珀ちゃんも脅えてしまう。

「こらっ。」
ぺちっ、とアルクェイドの額を叩いてアルクェイドを抑えようと試みる。
その試みは成功したようだ。

「む、いたいなー。」
「痛いなーじゃないだろ。そんな殺気撒き散らすなバカ。」
「むー、しょうがないじゃない。ムカつくんだもん。」
「まぁ、そりゃわからないでもないけどさ。」
「でしょ? 力を一部吸い取られちゃったのよ? この私が。」
「自業自得だろう。」
「むっ。それはそうなんだけどさ…。」
途端、いじいじと俯いていじけだすアルクェイド。
だがそれもすぐにいつもの笑顔に戻る。

「でも、今度はいくらロアでも死んじゃうもんね。志貴が手伝ってくれるんだから。」
「まぁな。こっちも四季を助けないといけないし。」
「に、兄さんは、四季兄さんを助けるおつもりなんですか…?」
秋葉はボク達の会話に、心配そうに割り込んできた。

「あぁ、あいつは親友だしね。それに、助けられるのはボクだけだから。」
「なんで…、兄さんだけなんですか?」
「なに、志貴説明してないの? 自分の魔眼の事。」
アルクェイドはボクを訝しげに見てくる。
そういえば、ボクは協会や先生の事は説明したけど、魔眼の事は説明していなかった。

「そういえば説明してなかったね。あのね、ボクの目は普通じゃ捕らえられないモノを捕らえる事ができるんだよ。」
「…兄さん、余りにも漠然としていて、よくわかりませんが。」
確かにボクは説明が下手だけど、そういう言い方しなくてもいいんじゃないかと思ってしまう。

「んー、これは実際に見てもらったほうがいいかな…。琥珀ちゃんか翡翠ちゃん、なにか壊してもいい硬いやつってある?」
「はい? 壊してもいいものですか…。」
「姉さん、そういえば漬物石が…。」
「翡翠ちゃん、漬物石っていうのは壊れないと思うんだけど。」
「あぁ、別になんでもいいよ。硬いやつなら。」
ボクがそう言うと、訝しげな表情をして琥珀ちゃんは食堂へ向かった。
そうして戻ってきた琥珀ちゃんは、5キロぐらいはありそうな石を抱えてゴトンと居間の床に置いた。

「ふぅ〜、これでよろしいですか?」
「うん、ありがとう琥珀ちゃん。」
ボクはそう言うと、席を立ってその石の前まで歩いた。
そうしてポケットからナイフを取り出す。

「いい? たとえばこの石なんだけど。この石を普通にナイフで斬ろうとしても。」
そう言って刃を取り出し、石に向かって斬りつける。

キィィンッ

当然、石は刃を弾いてしまう。

「こうなるでしょ? でも、これが、こうすると…。」
そう言ってメガネを外し、魔眼を使い石の線を視る。
石に走っている線に、ゆっくりと刃を走らせる。

「えっ…、なんで…。」
刃がゆっくりと石を斬っていく様を見て、三人は驚きの声をあげた。

ゴトンッ

そうして、石はいびつに分離した。

「こうなるんだ。これがボクの魔眼の力、かな。厳密に言うとこういったモノだけじゃないんだけどね。」
「直死の魔眼なんて、私達でも持ってないものを志貴は持ってるんだもん。
恐らく志貴に怖いものなんてないでしょう。」
アルクェイドは唖然とする三人をよそに、優雅に紅茶を楽しんでいる。
ボクも自分の席に戻り、ゆっくりと紅茶を一口飲む。

「いや、怖いものはあるぞ。先生とか、お前のじいやさんとか。」
「あ、あの二人は特別。私だって怖いわよ。強さとかそういう意味じゃなくてね。」
「だよな…。絶対ボクはあの二人だけは敵にしたくない。」
「そうね、それは私もよ…。二人とも魔術師だし、策士だし…。」
「あぁ、あの二人だけは絶対怒らせたくない…。」
ボクは以前二人が寄ってたかってアルクェイドをネチネチといじめていたのを思い出し、寒気を感じた。
それはアルクェイドも同じようで、自分の肩を抱き締め身震いしていた。
マジックガンナーと魔道元帥。二人の師匠とも呼べる存在は、いろんな意味でボク達に恐怖を植え付けていた。

その時、開いている窓から一陣の嫌な風と共に、

「あら、そんなに怖いかしら、私って。」

そんな声が居間に響いた。
瞬間、ボクとアルクェイドは思わず持っていたカップをテーブルの落とした。

ガチャン

「あら、割れちゃったわよ、いいの? それってマイセンのカップでしょ?」
「あ、あ、あ…。」
「な、ななななな…。」
ボクとアルクェイドは風と共に現われた一人の女性を指さして声にならない声をだす。

「あ、あの。どちら様でしょうか?」
ボク達の慌てようから察したのか、翡翠ちゃんが恐る恐るその女性に聞いた。

「あら、そういえばそうね。不法侵入かしら、ごめんなさい。私は…。」
「せっ、先生っ!! ななな、なんでここにっ!」
「まっ、まさかじいやも一緒じゃないでしょうねっ!」
ガタン、と席を立ち二人で先生に詰め寄る。

「残念だけど、宝石はいないわ。診療所が繁盛して忙しいんだってさ。」
「そ、そう…。それは、よかった…。」
ヨロヨロと頭を抱えながらアルクェイドは席につく。
ボクにとっては先生がいるだけで最早良くない事である。

「あ、あの、せ、先生…。」
「久しぶりね。といっても先月会ったけど。」
「あ、は、はい。お久しぶりです先生…。」
「いつもはアーネンエルベだったけどね。ふーん、ここが遠野の屋敷か。結構いい所ね。」
先生は品定めをするように屋敷内を見回してから、翡翠ちゃんや秋葉に目を移す。

「それと、その子達が妹と感応者の双子か。可愛い子ばっかりね。先生心配だわ。」
「なっ、なにを言ってるんですかっ!」
「あら、だって心配するわよ。私の可愛い愛弟子がこんな可愛い子達と一つ屋根の下なんて。」
先生はそう言うと、ニヤリと笑った。

「ちょっと貴女、一体どちらさまですか?」
そこへ、毅然とした態度で入ってくる秋葉。

「志貴の話聞いてなかった? 私はこの子の先生よ。」
先生はそう言ってボクの腕を引っ張ると、自分の胸に顔を押し付ける。

「んんーっ! むぁーっ! は、はなして…。」
「もう、ジタバタ暴れなくてもいいじゃない。相変わらず恥かしがりやね。」
先生はそんな事を言いながらボクを開放する。

「は、恥かしがりやとか、そうじゃないでしょ!」
「でも恥ずかしいんでしょ。顔真っ赤よ。」
ボクは先生に指摘されて、自分の頬の熱を確認すると、更に顔を赤くした。

「そ、それでその兄さんの先生とやらが一体なんの御用なんですかっ!」
秋葉は顔を真っ赤にして先生に噛み付く。

「そうね、私の用はもう済んじゃったみたい。本当はロアとネロの存在を教えに来たんだけど、もう遭ったようね。」
「あぁ、はい…。昨日、二人と遭いました。」
「そう、それじゃぁやっぱり私の用はお終いね。」
「用がお済でしたらお帰り頂けますか?」
秋葉は相変わらず強い口調で先生に立ち向かう。
その時、先生の口元がニヤリと歪んだ。

「随分と生きのいい妹さんね。お姉さん感心しちゃった。」
そう言って、先生はトランクから何かを取り出す。

「そうね、不法侵入のお詫びにこれを聞かせてあげる。」
先生はそう言うと、トランクから古いウォークマンを取り出した。

「? なんですか? 一体。」
「まぁいいから、聞いてみなさいよ。きっと喜ぶわよ。」
先生はそう言うと、またもやニヤリと笑う。
怪しい、露骨に怪しすぎる。
それでも根が純粋な秋葉は、言われるままイヤホンを耳に当てた。

「お、おい秋葉。悪い事は言わないから…。」
「なに、志貴。私のする事になにか文句が?」
「……ナンデモナイデス。」
不気味に笑う先生に、ボクはなんの反論もできなかった。

「それじゃぁ、スイッチオン、と。」
先生はそう言って、ウォークマンの再生ボタンを押す。

「…なにも聴こえませんけど?」
「もう少し待っててね。もうそろそろ始まるはずよ。」
「? …まぁわかりました。」
秋葉はぼーっ、とウォークマンに耳を傾ける。
が、次の瞬間、秋葉の顔が突然ボンッ、と真っ赤になった。

「な、ななななな…。」
「ふふ、始まったようね。」
秋葉は真っ赤な顔で先生を睨みながら、それでもイヤホンを外さない。

「こ、これはっ! ま、まさか…。」
「ふふ、多分想像通りよ。」
「お、お願いですからダビングをっ!!」
「えぇ、別にいいわよ。元々そのつもりで聴かせたんだもの。」
先生はそう言いながら、秋葉の耳からイヤホンを外す。
秋葉は名残惜しそうな顔で先生を見るが、それでもダビングしてもらうらしく、やけに嬉しそうだ。

「あ、あの、先生…。それは一体…。」
「ふふ、ダビングが終わったら後で聞かせてあげるわよ。」
「翡翠っ! 琥珀っ! この方にお茶菓子と最高級の宇治の抹茶をっ! あとダビングの機材を持ってきなさいっ!」
「あら、私は抹茶よりワインのほうがいいかな。」
「かっ、かしこまりましたっ。聞いたでしょ、すぐにワインセラーから72年のロマネコンティをお持ちしなさいっ!」
「まぁ、そんなもの頂いていいの?」
「申し訳ありません、これぐらいのおもてなししかできませんで。」
「いえいえ、ロマネコンティなんてなかなか飲めるものじゃないもの。ありがたく頂くわ。」
「はい、喜んで頂いて恐縮です。」
やけにかしずいている秋葉。
一体テープの中身は何が入っているんだろうか。

「お待たせ致しました。」
「はい、お持ち致しましたー。」
翡翠ちゃんと琥珀ちゃんが、ワインとグラス、おつまみ用のスモークチーズとダビング用のAV機器を持ち出してきた。
翡翠ちゃんはコルクを開け、先生にグラスを渡してそれに注ぐ。

「ん〜、ありがとう。本当においしそうね。」
「はい、ありがとうございます。」
先生はそう言ってワインを一口飲み、『おいしい』と呟いて悦に入る。
その傍らで琥珀ちゃんはいそいそとダビング準備をして、秋葉はそれを落ち着きなく見守る。

「なぁ、秋葉。一体あれにはなにが…。」
「に、兄さんには関係が…。」
「秋葉さま、準備できましたよー。」
琥珀さんがそう言うと、秋葉は慌てて振り返る。

「それじゃぁ、はい、テープ。ちゃんと巻戻ししておいたわよ。」
「はい、ありがとうございます。」
「琥珀、音は出さないでダビングして頂戴。高音質でね。」
「はい、かしこまりました。」
琥珀さんはそう言うと、テープを先生から受け取り、機材へと入れる。
どうやらMD、CD、カセットの三種類同時に録音するようだ。
琥珀さんはボタンを押すと、ダビングを開始したようだ。

「なぁ、秋葉。一体なにが入ってるんだよ。」
「ふふ、志貴。そんなに聞きたい?」
「ブルー、私も聞きたいんだけど。」
「あら、お姫様も? それじゃぁ聞かせないとね。」
ニヤリ、と笑って先生は琥珀ちゃんのほうへ向く。

「ねぇ、貴女達も聞きたいでしょ?」
「え、あ、はい。秋葉さまが何を聞いてお喜びになったのかは気になりますね。」
「こ、琥珀。別に私は喜んでは…。」
「秋葉さま、相当お喜びだったかと。」
「…っ、翡翠、貴女まで……。」
「ふふ、そうねぇ。それじゃぁ聞いていいわよ。」
「で、ですが…。」
秋葉はそう言うと、チラチラとボクの顔色を伺う。

「まぁ大丈夫よ。志貴は拘束しておくから。」
「えっ、なんで…。」
先生はボクの質問に答えず、指を鳴らしてトランクからロープを取り出し、ボクを縛り付ける。

「ちょ、せ、先生っ! 一体なんでこんな…。」
「もう、志貴。猿轡されたくなかったら黙ってなさい。」
「うっ…。」
先生は本気の目でボクを睨む。
ボクは逆らう事ができず、ただ押し黙るしかなかった。

「それじゃぁ、琥珀ちゃんだっけ。音出していいわよ。」
「はい、かしこまりました。」
琥珀ちゃんは先生にそう言われ、ウキウキしながら音量レバーを上げた。

『うぁ…、も、せ、先生…。』

――――一瞬、頭が真っ白になった。

先生はボクの方を見てニヤリと笑う。
確かにこの声はボクの声だ…。
ボクはその事実に、何も考えられずボーッとしていた。
しかし、声はさらに続く

『う…、はい…。ちゃんと、あります…。』

『うあぁ…、そ、そうかも…。』

なんか、言葉の脈絡がないが、確かにボクの声だ。
この会話は、確か…。

「っ! せ、先生っ! なんでこんなものがテープにっ!!」
「もう、うるさいわね。大人しくしてなさい。」
先生はまた指をパチンと鳴らすと、今度は猿轡をボクの口に巻きつけた。

「魔術効果が付随してるから、声を出しても音にならないわよ。」
「………………。」
本当にボクが一生懸命叫んでも、音にならない。
それでもボクは、こんなもの再生させる訳にはいかないので、一生懸命叫んだ。
もう半分泣きながら。

『つぁっ! せ、先生…、ちょっと痛い…。』

『はぁぁっ…、せ、先生…、つ、強すぎてぇ…。』

それでも再生は止まらない。
段々と聴こえてくるボクの声は熱を帯びていく。
そしてとうとう、録音された声は最後の段階に入っていた。

『あっ、あぁぁっ! せ、せんせぇっ!!』

………終わった。
ボクはもう終わった。
周りを見ると、秋葉やアルクェイドはもちろん、琥珀ちゃんや翡翠ちゃんも床にペタンと座り込んで熱っぽい視線でボクを見る。
ボクはとりあえず涙を流しながら先生を睨んだ。
先生はそんなボクを嬉しそうに見てから告げる。

「志貴、まだ続きがあるでしょ、これ。」

それと共に、またボクの声がロビーに響き渡る。

『ふあぁ…、はぁ、せ、せんぇぇ…。』

『ふあぁ、はぁ、んうぅ、せ、せんせぇ。』

……まだ、終わってなかった。


そしてこの声は、テープのボクが最後の絶頂を迎えるまで、ロビーに響き渡った。







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