「はぁ…、まさか遠野君が『蒼眼の死神』だとは、びっくりしました…。」
一通りの説明が終わった後、ボクに向けて先輩はそんな事を言った。

「えぇ、まぁ大抵驚かれるんですけどね。」
「そりゃぁ驚きますよ。ミス・ブルーの愛弟子で、唯一の真祖、
アルクェイド・ブリュンスタッドを世界で初めて殺した人間がこんな少女だとは誰も思いません。」
「先輩、一応ボク男の子…。」
ボクはちょっと傷付いた。

「ま、まぁそれより、弓塚さんの対処ですが、一応できる限りの事はしますね。」
先輩は顔を赤くして、話を反らした。

「はい、おねがいします。ボクもできるだけバックアップしますから。」
「はい。私の処置では、一時間が5時間になる程度なので、遠野君達は他にいい方法がないか模索してて下さい。」
「わかりました。それじゃぁおねがいします。」
ボクはそう言うと、先輩の邪魔にならないよう食堂へ移動した。
食堂には他にも、アルクェイドやレン、セブンちゃんはもちろん、秋葉、翡翠ちゃん、琥珀ちゃんも座っていた。

「あ…、秋葉。お前明日学校は?」
「兄さん…、こんな状態で大人しく休める訳がないでしょう?」
「あ…、そっか。ごめんね、帰ってきて早々迷惑かけちゃって…。」
帰ってきて早々問題が一気に発生して、困らせてしまった。
ボクは自分を咎めて、大人しく席へとついた。

「あ…、兄さん。その、そんなつもりでは…。すいません。」
「ううん、謝らなきゃいけないのはボクだから、さ。本当にごめんね。」
「い、いえ…。謝らないで下さい。ですから、その…。その顔はやめてください…。」
「ん…? ボク何か変な顔してた?」
ボクは自分がどんな顔をしてたのか分からないので、回りのみんなに聞いてみた。
でも、みんなはボクから目を逸らすだけで、何も言ってくれなかった。
仕方ないので横に浮いているセブンちゃんに聞いてみる事にした。

「ねぇ。何かへんな顔してた? ボク。」
「ぅぁ…、い、いえ、べ別に変な顔はしてませんでしたよ〜。」
セブンちゃんはそう言うと、顔を赤くして黙ってしまった。

「んー、なんか納得いかないんだけど…。」
「気のせいですよー、志貴さん。とりあえずシエルさまをお待ちしましょう。
みなさん、何かお飲みになりますか?」
琥珀さんはみんなに言って、一人ずつ飲み物を聞いて回った。
ボクは、とりあえず緑茶を頼んだ。



「ふぅ、一応終わりましたよ。」
二時間ほどが経って、シエル先輩が食堂へとやってきた。
その時既に、日は昇り始めていた。

「あ、先輩。ご苦労様です。」
「いえ、これも私の仕事ですから。ですが、彼女はとんでもないですね…。」
先輩は食堂の椅子に腰をかけながら、琥珀ちゃんの出したお茶を一口飲んで感想を漏らした。

「彼女、魔術回路と貯蔵量がハンパじゃないですね。遠野君が止められずに死徒と化していたら、彼女は間違いなく二年後ぐらいには二十七祖となってたでしょう。」
「やっぱりそうですか…。アルクェイドと二人で話してたんですけど、彼女から出てた魔力は、かなり高かったですからね。」
「えぇ、それで一応漏れる魔力を抑えるのには成功したんですが、あれでは後10日程度がいい所かと…。」
「そう、ですか…。でもひとまず安心ですね。」
「はい、それは断言できます。」
先輩の断言してくれた事に、ボクはホッとした。
瞬間、日が昇り始めたという事もあり、気が緩んでしまった。

――――――――クラッ

「あ……。」
ボクは急激に襲ってきた眠気に陥落して、机に額を打ち付けてしまった。
それでも、身体を起こす気力が沸いてこない。

「兄さん! だ、大丈夫ですか!」
「あ…、心配しないで…。」
ボクは額を机につけながら、返事をする。

「あっ、志貴。急に眠くなっちゃったんでしょ。」
「うん…、お前、獣退治手伝ってくれなかったし…。」
「うー、それはそうね。あれだけの獣5分程度で始末したんだもの、運動量がハンパじゃないでしょ。」
「うん…。だから…、部屋まで運んで…。」
ボクの意識はそれだけ告げると、夢の中へと落ちていった。






――――――――閑話










「おーい、志貴。部屋ってどこよー?」

「…ん……。」

アルクェイドの問いに、もう志貴は答える事ができない。

志貴は今、睡眠を貪り始めていた。

「あー、こうなったらなかなか起きないんだから…。」

アルクェイドは知った風な言い方をする。事実、知っているだけに出た発言なのだが。

その発言の意味に気付いた他の女性は、すくにアルクェイドへと噛み付く。

まず先陣を切ったのは異端狩りなら百選練磨のシエルだった。

「アルクェイド、一つ聞きますけど。」

「ん、なによシエル。」

「そ、その…、あ、貴女は遠野君が寝たらなかなか起きないっていう事を知っているんですか?」

「へ? うん、知ってるよ。よく志貴が学校の夏休みの時とか泊まりに来てたし。あの赤髪の子の家にもそういう時には泊まりにいってるんだってさ。」

「「「「なんですとぉーっ!」」」」

驚愕の事実に、秋葉、シエル、琥珀、セブンは驚きの声をあげた。

確かに、女の家に泊まる、という行為は二人が深い仲だと勘違いされるのには十分だった。

だが、元々天然大爆発のお姫様には、そんな思慮は全く無い。

「うん。泊まってってご飯作ったりとか、一緒にテレビ見たりとかするよ。志貴ってテレビゲームが結構好きなんだって。」

「なっ、テ、テレビゲームですか…。そ、それ以外の事は…?」

「それ以外って言うと…。他にはトランプとか、一緒に漫画読んだりとか。あ、たまに赤髪の、乾君だっけ。彼の話とか。」

「他っ! 他にはなにもしてないんですかっ!!」

「ちょっとなによシエル。貴女ちょっと怖いわよ。」

「そんな事はいいですからっ! 他にあるでしょう! その…、ふ、不純異性交遊とかっ!」

不純異性交遊。シエルらしいお堅い言い方だった。

「不純異性交遊ってアレかー。前テレビで見たよ。私はしたいなー、とか思うけどね。志貴が嫌がるの。なんだっけ、愛がないとダメ、て言って。」

「あ…、愛、ですか。」

「し、志貴さんらしい言い方ですねー。」

アルクェイドの発言を受けて、ホッと胸を撫で下ろしつつ、なんとなく志貴は朴念仁なんだとみんなが認識した。

「あ、でもレンはした事あるんじゃないかな、夢の中だけど。」

突然アルクェイドから出た言葉に、レンは顔を真っ赤にして俯き、他の女性陣はそんなレンを見てアルクェイドの言葉が真実なんだと理解した。

「ちょっと! 貴女兄さんと、その…、こ、行為をしたんですかっ!」

秋葉は顔を真っ赤にしてレンを問い詰めにかかる。性交を『行為』と言ってしまう所はやはり純な証拠である。

「あ…、はい。その…、夢の中ですけど…。私との契約の際に、一度だけ…。」

レンはそう言うと、両手で顔を隠してイヤイヤと顔を左右に振る。

「くっ、こんな小娘に先を越されるなんて…。」

秋葉は本当に悔しそうだ。それは他の人間も同じのようだった。

「なんか、みんな肉体関係に固執してるにゃ〜。」

「人間じゃない貴女には分かりませんよっ!」

「むっ、じゃぁシエル。なんで貴女はそんなに肉体関係に固執するのよ。」

「そっ、それはですね…。その、お互いを分かり合うために、一番の、その…。」

「ふーん、そうなんだ。人間ってそういうものなのね。まぁ確かに真祖でもそういう奴はいたけど。」

アルクェイドはそう呟き、自分と同じブリュンスタッドを冠した真祖と死徒のハーフを思い出した。

「それにしても…。かわいいですね〜志貴さん。」

セブンはほう、と息を吐いて志貴を見つめる。

志貴の寝顔は両性だという事もあり、少年ぽさと少女ぽさを両方備えた中性的な綺麗さを醸し出している。

その寝顔に、その場にいた全てが思わず見惚れてしまうほどだ。

ゴクリ

誰かは知らないが、生唾を飲んだ音が食堂に響いた。

「あ、そうだ。志貴を部屋に連れていかないとねー。」

アルクェイドはそう言い、机に突っ伏している志貴の腰に腕を回し、足を抱えてお姫様だっこをする。

普通それで起きてしまいそうだが、志貴はそれでも一向にくーくーと寝息を立ててアルクェイドの腕の中で寝ている。

(……こうやって見ると、やっぱり志貴、欲しいなぁ…。)

アルクェイドはそんな邪な事を改めて考えた。

それを察知したように、シエルがアルクェイドに食いつく。実際、アルクェイドは志貴の寝顔を見て顔を赤くしているのは一目瞭然だった。

「アルクェイド、貴女なにか邪な事を考えましたねっ!」

「なっ、なによシエル。そんなの貴女には関係ないでしょ。」

「目の前で吸血鬼の毒牙にかかりそうな人を見過ごす訳にはいきませんっ!」

シエルはそう言うと、アルクェイドから無理やり志貴を奪い取る。

志貴はそれでも起きずに、シエルの腕の中で寝返りを打った。

「…ん………やぁ……。」

……………ゴクリ。

(はあぁぁぁぁ! 主よっ! こ、こんな可愛い生物がこの世に存在していていいんでしょうかあぁぁ!)

(に、兄さん…。あなたが、あなたが私を狂わせるんです…。)

(し、しきちゃぁん、か、かわいいよぉぉ〜。)

(こ、これがあの日に私を救ってくれた人ですかっ! も、萌えぇぇぇぇっ!)

(はうぅ〜、絶対に私のマスターにっ! ぜったいにっ!)

他の五名がそんな事を考えているのも知らず、アルクェイドは少し不機嫌だった。

「ちょっとシエル。あなたなにしてんのよ。運ぶんだったら運びなさいよ。」

「………はっ! そ、そうですねっ! ではこれでっ!」

シエルはそう言うと、玄関へと歩いていく。無意識に自分の部屋へと連れて帰ろうとしていた。

「なっ! 待ちなさい貴女っ! 兄さんをどこへ連れて行くつもりですかっ!」

いち早く察知した秋葉は、シエルの肩をがっしり掴んで凄む。

「はっ! そ、そうでした。遠野君のお部屋へ連れて行くんでした。」

シエルはそれで本来の目的を思い出す。

「それで、遠野君の部屋ってどこですか?」

シエルはメイド姉妹にそれとなく聞いた。

「あ、はい。それではお連れします。」

翡翠はそれを受け、シエルを志貴の部屋まで先導する。

その後ろには、秋葉やアルクェイドなど以下全員がぞろぞろと着いてくる。

翡翠は一室のドアの前で止まり、その扉を開いた。

「どうぞ、こちらです。」

「はい、ありがとうございます。」

シエルはそう言うと、志貴の部屋の中へと入り、ベットに志貴を寝かせる。

以下、全員が志貴が寝ているベットの周りに椅子を置き、その寝顔を観察しだした。

そして、全員が、一斉に気絶するようにその場で寝はじめた。


………7時間後。


全員が示し合わせたようにガバッ! と顔を上げて起き上がる。

「あ、お、おはようございます…。」

みんなそれぞれ寝惚けたまま挨拶をした。セブンを除いては。

一角馬と人間の融合体である彼女は、他の面々より睡眠時間が短く、他の面々が寝ている間一人でニヤニヤと志貴の寝顔や寝返りの様子を楽しんでいた。

大分頭が覚醒した頃、秋葉がこの異常な事態に気付いた。

「なっ、なんでみなさんいるんですかっ!」

それは至極当然な質問だった。ただ一点を除いては。

「なんでって、じゃぁなんで妹はここにいるのよ。」

「うっ…、そ、それは…。」

アルクェイドの指摘に、秋葉はどもるしかなかった。

まさか自分が兄の寝顔に見惚れて睡眠時間を忘れて見入り、気付いたら既に昼を過ぎていたとは誰にも言えなかった。

だが、秋葉は知らない。他の面々も秋葉と同じような状態だったという事に。

「ん〜………ふぁ……ん。」

全員が秋葉と同じように考えていると、志貴がゴロンと寝返りを打った。

その際、着ていたYシャツの第一ボタンが外れ、首筋が露になる。

…ゴクリ

またどこかで何かを飲み込む音がした。

「…し、志貴さん、ちょっと、苦しそうですね…。」

琥珀は首筋を凝視して呟く。その瞬間、何かに気付いたようにシエルが顔をあげた。

「そ、そうですねっ! ですから、少しボタンを外しましょう!」

シエルの提言に、みな無言で首を縦に振る。

みんなもう既に昨日から居間に放置している弓塚の事など覚えていなかった。

そして、更に次に起こる事態が、弓塚を忘却の彼方へと押し込んでいく。

「そ、それでは…。」

シエルはそう言うと、志貴のYシャツのボタンに手をかけた。

途端、全員の意識がシエルの手へと集中する。

そういえばご飯食べてないとか、学校行ってないなぁとか、そんな事も考えられず、ただ目の前の光景に食い入るだけだった。

第一ボタンは既に外れている。第二ボタンをゆっくり外す。続いて第三ボタン。更に第四ボタン…。

「んん…、んぅ〜…。」

第四ボタンは志貴の寝返りによって阻まれた。

だが、相変わらず志貴は仰向けで寝ていて、その外れたボタンの隙間からは柔肌が露出していた。

「…なんて、神秘的な………。」

シエルは無意識に口にする。

志貴は肌を露呈しているが、ぶらじゃ〜が胸をきちんと隠していた。

だが、それがある種女性的で、不思議な光景だった。

「ブラジャーがあるから、苦しそうなんでしょうか…。」

翡翠は口に出した。その胸元を凝視して。

確かに、下着をつけたまま寝るのは苦しいだろう。それでは可哀相だ、外してあげよう。

誰もがそう考えるのは一目瞭然だった。

「…いいですか………?」

今度は琥珀がやるようだ。その場の全員が無言の承諾をする。

幸いブラはフロントホックになっていて、肩のストラップもない。

琥珀は震える指で前にあるホックを外し、スルスルとブラをYシャツの隙間から外す。

そうして、志貴の小さな胸がみなの前に晒された。

「……んにゅ………むぅ…。」

志貴はそれでも起きない。恐らく他人の意思では起こすのは不可能だろう。

その場にいる全員、何も考える事も出来ず、ただぼーっと志貴の身体を食い入るように見るだけだった。

「ん〜…、んにゅぅ……。」

志貴が目を開けた時、状況が一変した。

「あ、に、兄さん…。」

「ん…。」

トロンとした目で周囲を見回す志貴。愛くるしさ全壊のその表情を見て、周囲の人間は妄想に浸りだすのは明らかだった。

個々がそれぞれ自分勝手な妄想に浸っている中、志貴の真上からその顔を覗き込んでいたセブンと志貴の目が合った。

「あ……、し、志貴さん、おはようございます〜…。」

「…んにゅぅ〜……。」

目がまだ半開きの志貴を見て、セブンの顔は絶紅潮、心臓がないのにバクバクいってる状況である。自分の力を抑えきれず実体化までしてしまう始末。

そんなセブンの状況を知ってか知らずか、志貴は当たり前のようにセブンの髪の毛に指を這わせる。

「あっ………し、きさん……。」

最大限まで紅潮していたセブンの顔がさらに赤くなり、日の当たり具合によっては黒く見えていたかもしれない。

そんなセブンに、更に追い討ちをかけた。

「…んにゅ………かわいい……。」

寝惚けまなこでセブンの髪を撫でながらこの発言。セブンはこういった事に免疫は全く無いのでどうしていいものか判らなくなる。

そんな状況を把握している訳もない志貴は、さも当たり前のようにセブンの首筋へと両腕を回し、そのまま。

「ん〜……。」

「えっ、あ………んっ…。」

チュ……、クチュ……ピチャ……。

「ん〜、んむ、んぁ、んん。」

「んんっ! んぁぁ………むぁ…。」

セブンは、生まれて、精霊になって初めての口付けを交わした。

元来、精霊は体液を取り入れる事で契約を交わすので、自然とセブンは志貴と契約を交わした事になる。

そんな事も全く考えず、志貴は更に深く、セブンとの口付けを楽しむ。

「「「「「…………………。」」」」」

その状況を、ただただ唖然と見守る他多数。そんな事おかまいなしに志貴の行為はエスカレートする。

「んん〜、………んぁ、ん………ぁ…。」

「んっ、ぁん……んふっ………ぅん…。」

初めは戸惑いを示していたセブンも、志貴の舌の動きになにも考えられなくなり、次第に自分から志貴の舌を求めるようになった。

それに答えるように、更に舌の動きを激しくする志貴。無意識でここまで出来るのは、日頃の先生の特訓のお陰か。

(い、一体なんでこんな…、あぁ、レンちゃんごめんなさい〜。んっ、なんか変な感じですぅ、ヘンですよぉ〜。)

「んっ、ん〜、あむっ、んぅ、んはぁ。」

「んんっ…んぁ、ぁふ…、ら、…んっ、めぇ…。」

セブンは自分の変化に戸惑い唇を離そうとするが、身体に力が入らず、志貴の舌から逃げられない。

「んぁ、ふ、ぅん、んぁ、はぁぁ。」

「んんんっ、んっ! んんはぁっ!」

とうとうセブンは志貴の舌技により初めてのキスだけで軽く達してしまうという離れ業をする事になった。

セブンはそのまま志貴の胸へと倒れこみ、身体を痙攣させながら志貴の頬に頬擦りをする。

その光景を見て、他の人間は(あ…、堕ちた…。)と意識の遠くのほうで思った。

ただ、目の前の光景から現実逃避をしていただけだが。



そして、当の志貴は、胸にかかるセブンの重みにより、やっと意識を覚醒する事となる。
 








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