住宅街の屋根を伝い、全力で感覚の近い場所へ向かう。
(こっちは、繁華街かっ!)
ボクは目標を繁華街へ絞り、さらに加速をした。



繁華街へ入ると、感覚は更に強くなってくる。
(っ! 路地裏っ!)
ピンポイントで場所を捉え、ビルの上から一気に飛び降りた。
だが、そこにいたのはアルクェイドではなかった。

「…キサマ、ナニモノ…。」
長髪の男はこちらへ振り返る。
その腕には、一人の女の子がいた。

「っ! なんで弓塚がっ!」
「クククッ…、キサマ、ナニモノだ。」
男はそう言うと、弓塚をドサッ、と地面へ下ろし、こちらへ歩み寄ってくる。
弓塚はぐったりとして、起き上がる気配がない。

「…オマエは、もしかして『ロア』か。」
「ほう、私を知っているのか、人間。さては教会の者かな?」
クククッ、とまた笑いながらこちらへ近づいてくる。
お互いの顔が見える位置まで来た瞬間、男の様子が変わった。

「…ッ! グウウウウッ! こいつっ、まだこんな意識がっ!」
男は突然苦しみだすと、容貌を変化させていった。

「グッ…、…ハァ、志貴、久しぶり…。」
「っ! 四季、オマエッ!」
「ガァアッ! ス、スマン志貴、今は押さえ込むのが、グウゥッ!」
「四季っ! 大丈夫かっ!」
「ガアアア! す、マん。まタ、アおウ…。コノ、オンナを…、タノ、ム…。」
四季はそれだけ言うと、ビルの上へと跳躍して去っていった。
ボクはそれをただ見送るしかできなかった。

「っ! 弓塚っ!」
ボクは四季の言葉を思い出し、倒れている弓塚を抱き起こす。
弓塚は息があるものの、血を吸われた後のようだった。

「クソッ! 間に合えよっ!」
ボクは急いでメガネを外して、弓塚の線を見る。
弓塚の身体に走っている線の中で、一つだけ禍々しいモノを感じる線を視た。
七夜の短刀を構え、更に凝視する。
脳髄がギリギリと軋むが、そんなのにかまっている時間はない。

「グウッ…、そ、こだァァッ!」
ボクはその線に短刀を走らせ、切り刻んだ。
その禍々しい塊は死んだが、既に溶け込んでいる血は殺せなかった。

「ぐっ…、ハァ…、ハァ…。今は、これぐらいしか…。」
ボクは軋む頭を抑え、弓塚を抱きかかえてその場を立ち去ろうとした時、強烈な殺気と共に剣が飛んできた。

「クソッ! 今日はなんなんだよっ!」
ボクは弓塚を抱きかかえながら横に跳び、その剣を避けた。

「…やはり、君だったんですか、遠野君。いえ、『ロア』。」
路地裏の暗い道から、カソックを着た一人の女の子が歩いてきた。

「…いきなりなんですか、シエル先輩。」
先輩は剣を数本指の間に挟み、こちらへ構える。

「今代のロアは、その魂の気配を隠せるようですね。一瞬本当にわかりませんでしたよ。」
シエル先輩は淡々とそう言うと、構えた剣を投げてくる。

「クッ! 人の話を聞いてください!」
ボクは弓塚を抱えながら、また飛んできた剣を避ける。

「その子をどうするつもりですか? 血を流し込んだようですけど。」
「だからっ! それはボクじゃないって!」
「黙りなさい。もう分かっているんですよ、遠野君。」
「このっ! 人の話を聞かないでっ! ボクは今急いでいるんですよっ!」
「そうですか、私も急いでいるんですよ。君がロアであるという事は明白です。
私の投げた黒鍵を避けれるのなんて、人じゃない証拠ですよ。」
シエル先輩は剣を構えながら近づいてくる。
先輩は本気でボクを殺す気だ。
ボクは弓塚を壁に寄りかかせ、メガネを外す。

「やっと、やる気になりましたね。学校の時から気付いてました。
君は私の暗示にかかったふりをしていた。
今日は様子見で、一緒に行動しましたが、実際それ以外は普通の学生で、わかりませんでしたよ。
まさか、ロアを押さえ込む事ができるなんて。流石は遠野の血ですか。」
「だからっ! 勘違いもいいところだってばっ!」
「言い訳は結構です。君は私の黒鍵を避けた。そんな身体能力を持った学生は普通いません。
君は遠野の血族ですから、普通じゃないとは思いますが。
ですが、それを差し引いても君の身体能力は普通じゃない。」
「もおっ! なんで人の話をっ!」
「もう結構ですよ。早く君を殺して後ろにいる彼女を殺せば、私の仕事はおしまいです。」
その言葉に、ボクはある種憤りを覚えた。

「…先輩、弓塚を殺す気ですか。」
「当然です。それが私、埋葬機関第七位の仕事ですから。」
「…なるほど、教会の人間ですか。
通りで頑固な訳だ。融通が利かない。」
「吸血鬼相手に融通を利かせる人はいませんよ。」
「はぁ、言ってもわかりませんか…。わかりました、しょうがないですね…。」
ボクは自分の力を解放する。
先輩はそれに驚いて、こちらを見る。

「っ! 違う…、この力は…。」
先輩は驚愕の表情を浮かべながら、一歩後ずさる。

「だから、違うって言ったじゃないですか。話は後で聞きますから…。」
ボクはそう言うと、一気に先輩の懐へ潜り込み、腹に向かって拳を繰り出す。
先輩はそれを捕らえる事すらできずに、ただ呆然を目を見開いている。

ドムッ!

「…しばらく、寝ててください。」
「…ぐ、き、みは…。」

ドサッ

シエル先輩をそのまま肩へ担いで、弓塚のほうへ歩み寄る。
弓塚をもう片方の肩へ抱えて、一気にビルの上へと跳ぶ。

「あー、そこの守護精霊ちゃん。少しマスターをそのまま寝かせておいてね。」
ボクはビルの間を走りながら、先輩を起こそうと躍起になっている精霊に向かって笑いかけた。

「はっ、はいぃぃっっっっっ!」
ボクの言葉に驚いて、守護精霊は大人しく先輩にしがみついていた。
そのまま、ボクは一旦遠野の屋敷に戻る事にした。






「し、志貴さんっ! 大丈夫ですかっ!」
「っ! マスター! その方々は…。」
「ぐっ…、はぁ…、はぁ…。と、とりあえずこの二人を、居間へ…。守護精霊ちゃんも、手伝って…。」
「っ! りょ、りょうかいしましたぁーっ!」
ボクは門の前で待っていた四人に向かってそう言うと、肩に担いだ二人を地面へと降ろした。
さすがに全力での往復は少しツライ。
守護精霊はポンッ、と実体化して、二人を担ごうとする。

「ふえぇ〜、マスター重いですー。」
「じゃ、じゃぁ、後はまかせた…。」
「あっ! 待ちなさい兄さんっ!」
ボクは秋葉の言葉を聞かず、再び街へと飛び出した。








「クソッ、とんでもない事になってきたっ!」
ボクは一人毒づいて、ビルの間を跳躍する。

「今度こそアルクェイドだなっ!」
ボクは再び気配を探り、強烈な魔の気配がする方へと走っていった。



そうして、辿り着いたのは、離れた場所にある公園だった。
公園には、離れて対峙する二つの影。
片方はボクが見慣れた人影。
もう片方は長身の男だった。

「アルクェイド! 大丈夫かっ!」
「…ぁ、志貴。来てくれたんだ…。」
苦しそうな表情を浮かべているアルクェイド。
一方長身の男は、眉一つ動かさず、アルクェイドを見据えている。
ボクはアルクェイドへ駆け寄り、ナイフを男へと構える。

「ほう、人間。我と戦うつもりか。」
「うるさい、お前と戦うつもりは今はない、ネロ・カオス。」
ボクの言葉に、初めて男は反応した。

「アルクェイド、お前どうしてそんなに…。」
「えぇ…、こいつ、『原初の海』でさ、飛び出す獣殺しても殺してもすぐ復活しちゃって…。」
「な、『原初の海』って、文字通り『混沌』って訳か…。」
「それで、さすがに疲弊しちゃって…。私に志貴みたいな魔眼があればよかったんだけどね…。」
「じゃぁ、マーブルファンタズムは…。」
「えぇ、使ったけど…、ほとんど無意味。お陰で今じゃ50%以下しか力残ってないわ。」
ボクとアルクェイドの会話に、ネロが関心を示したようだ。

「ほう、人間。貴様、魔眼を保有しているのか。
それに…、魔力も高いな。貴様、魔法使いではなさそうだが、何者だ?」
ネロはそう言いながら、マントを翻し、二匹の黒犬を放つ。
二匹の黒犬は、そのまま牙を向け、一気に食いつこうと跳躍する。

「ボクか…、ボクの名は…。」
ボクは二匹の間を潜り抜け、その際視えた線全てにナイフを走らせる。
二匹は、何にも触れる事無く、塵に帰した。

「なにっ…。」
「ボクは、『七夜』だ。」
ネロ・カオスは一瞬カッ、と目を見開いた後、本当に楽しそうに笑った。

「クッ、ククククッ。まさか、お前のようなヤツがあの『Midnight Blue』とは、恐れ入った。
いや、『蒼眼の死神』と呼んだほうがいいかな? これは面白い、クククッ。」
「喜んで頂いて光栄だね。」
「クククッ、あぁ、本当に愉快だ。ミス・ブルーの弟子がかような少女だとはな、ククク。
真祖の姫君を滅ぼしに来て、まさかこのような事になるとは。」
ネロ・カオスは本当に愉快そうに笑っている。

「ネロ、ボク達は急いでいるんだ。どうする、今、この場でやるか?」
ボクの発言に、ネロは笑いを止め、真剣な顔をした。

「ふむ、それも面白いが、今貴様と姫君を相手にするのは得策ではない、か。
よかろう、一夜限りの戯れといこう。明日、我ら超越種の時間にて会おう。
我が『混沌』達も今は贄を欲している。それを捕食するか。」
「…お前、人を襲う気か。」
ボクはネロの言葉を受けて、ナイフを改めて構えた。

「ククク、我が『混沌』を維持するのは莫大な力が消費されるのだよ。
まぁよい。それではここは失礼しよう。」
ネロは、置き土産に犬や熊、鳥などを20匹程度公園に撒き散らして消えた。
ボクはネロを追おうとするが、獣達に阻まれ見失ってしまった。

「クソッ! あいつ性格悪いなっ! アルクェイド、いけるかっ!」
「くっ…、ごめん志貴、私パス。」
「あぅー、しょうがない、お前は寝てろっ!」
「うん…、ごめん。」
アルクェイドはそう言うと、一歩下がって地面に倒れこんだ。
公園内に撒き散らされた獣達は、一斉にボクに向かって襲い掛かった。

「もぉ! 今日は厄介事が多すぎだぁ!」
半分自暴自棄になりながら獣の群れに飛び込んだ。



上空から襲ってくる鳥は、全て腹をナイフで斬る。

獰猛な肉食獣は、懐に入り一気に線を引く。

本来有りえない地を這う鮫や鯱を、点を突いて無に帰す。




そうして、全ての事が終わった頃、アルクェイドは熟睡中だった。

「このやろう…、熟睡してる…。ボク、洋服ボロボロだよ…。」
身体についた傷はないが、着ていた洋服の裾や袖、襟などはボロボロに破かれていた。

「とりあえず、こいつも屋敷に運ばないと。」
「くー、くー。」
ボクはアルクェイドを『お姫様だっこ』して、公園から出る。

「とりあえず、ネロは後回しにするしかないか…、くそっ。」
一人自分の不甲斐なさを悔んで、屋敷へ帰る。
ボクはただ、ネロの犠牲者が出ない事を祈るしかなかった。








「た……、ただいま……。」
ボクはアルクェイドを抱えて屋敷に帰ってきたが、待っていたみんなはボクの姿を見て大騒ぎになった。














「もう、どうしたらこうキレイに洋服だけ汚れるんですかねー。」
翡翠ちゃんが持ってきてくれた洋服を着ている途中、琥珀ちゃんに言われてしまった。

「あはは…、ごめんなさい。」
ボクはとりあえず、素直に謝った。

ロビーには夜中だというのに秋葉、琥珀ちゃん、翡翠ちゃんの三人がいる。
加えて、ボクが運んできた弓塚、シエル先輩、アルクェイドを含めると6名だ。

「あー、このお茶おいしいですねー。」
「マスター、このお茶はなんというのでしょうか?」
プラス、守護精霊ちゃんと、ボクの使い魔のレンもいた。
二人は仲良く並んで座り、お茶を飲んでいる。

「こちらはですね、アップルティーですよー。」
「ふぇ〜、リンゴなんですかー。ニンジンもおいしいですけど、リンゴもおいしいですねー。」
「あら、セブンちゃんはニンジンが好きなんですか。でしたら今度はキャロットジュースをご用意しますね。」
「わぁ〜! やさしいですよぉ〜、マスターとは大違いですよぉ〜。」
「セブンさん、マスターに恵まれてないんですね…。」
琥珀ちゃんの言葉に泣いて喜ぶセブンちゃんを、ポンポンと叩いて慰めるレン。
あの三人は既に打ち解けて、ほのぼのとお茶を飲んでいる。
一方…。

「…………。」
「…………。」
無言のプレッシャーをかけてくる二名。


『なんなんですかアレは。ていうかこの女達はなんですか。なにをしていたんですか貴女は。』


という言葉が脳髄に延々と叩き込まれてくる。
ボクはその視線を何とか交わしていたが、とうとうシビレを切らした秋葉が怒鳴った。

ドンッ!

「兄さん、お話して頂きます。」
秋葉のその一言で、場が一瞬で緊張した。

「お話って、いろいろと話さなきゃいけないよなぁ、これじゃぁ。
まず、どこから話そうか…。」
「全てをお話下されば結構です。」
やはり、という感じだ。
こうなってしまっては仕方がない。
計画は脆くも崩れ去ってしまった。

「そうだな…、それじゃぁ、昔話から。」
「昔話なんて結構ですっ!!」
秋葉はまた怒鳴り、机をドンッ、と叩く。

「まぁ秋葉。とりあえず聞いてくれないかな。」
ボクはなるべく優しく笑いかけ、秋葉を諭す事にした。

「ぅ…、わ、わかりました。申し訳ありません。」
「うん、ありがとう。」
ボクは秋葉の言葉を聞いて、紅茶を一口飲む。
そして、ゆっくりと昔話を始めた。

「昔、大きな森の奥に、大きな屋敷を構えている一族がいました。
その一族の名は『七夜』。そして、その一族の後継ぎは『七夜志貴』と言いました。」
「っ! に、にいさ…。」
三人の息を飲む音が聞こえた。
ボクは秋葉の言葉を手で制して、最後まで聞くよう目で訴えた。
秋葉はそれを見て、黙って顔を伏せた。

「…ある時、七夜のお屋敷に、大きな鬼が現われました。大きな鬼は、後継ぎの『七夜志貴』という子供以外全ての人を殺した。
そして、生き残った『七夜志貴』は、鬼を先導していた『遠野槙久』という男が手に入れました。
槙久は、七夜の呪いを恐れ、同時に自分の息子と同じなのを愉快に思い、引き取りました。
七夜志貴は、そうして槙久と一緒に遠野のお屋敷へと連れられてきました。
そして、七夜志貴が遠野のお屋敷に来てから二年経ったある日。
いつも通り七夜志貴は、妹の秋葉、秋葉の兄さんの四季、いつも元気な翡翠ちゃんと一緒に遊んでいました。
すると突然、四季君は豹変して、秋葉ちゃんに襲い掛かりました。」

ここまで言い切り、紅茶を一口飲んでまた言葉を続ける。

「七夜志貴は、秋葉ちゃんと、四季君を守る為、その場に飛び込んでいきました。
結果、七夜志貴は胸に大怪我、四季君も槙久にやられて大怪我をして、倒れました。
次に七夜志貴が目を醒ましたのは病院でした。
そして、病院で治療をして、帰ってきた時は四季君は死んだ事になっていました。
その結果、長男を失うわけにはいかない槙久は、七夜志貴を『遠野四季』の身代わりとして利用する事にしました。
そして、偽者の遠野志貴は、家を追い出されてしまったのでした。というのが多分みんなの記憶でしょ。」
ボクはニコッ、と笑いながら三人に問い掛けた。
三人は無言でこちらを見てくる。
それをボクは肯定と受け取り、言葉を続けた。

「真実は他にある。
あの時、四季が襲い掛かったのは遠野の血のせいではない。
四季には、吸血鬼が乗り移っていた。名前は『ミハイル・ロア・バンダムヨォン』。
転生無限者と教会が呼んでいる、自分の知識などを受け入れる魂を自分で選び、殺しても違う魂に乗り移ればまた蘇るという厄介なヤツだ。
そいつが、八年前に殺されて、次に選んだのが遠野四季だった。ただ、それだけだ。
そして、ボクを助けようとして、四季はボクに命を少しわけてくれた。
だから、ボクは今こうして生きている。」
ボクは紅茶をまた一口飲んで、みんなの顔を見る。
三人は、驚きや猜疑心、それと不安の混じったような顔でボクを見ていた。

「志貴さん、お聞きしたい事が…。」
無言の中、琥珀ちゃんがボクに質問を投げかけてきた。

「ん? なにー? 琥珀ちゃん。」
「あ、えぇっとですね。その、吸血鬼、ですか? そちらの事はなんで…。」
「琥珀、貴女もっと他に重要な事があるでしょ!」
琥珀ちゃんの質問に、秋葉は怪訝な表情を示す。
ボクはとりあえず先に琥珀ちゃんの質問に答える事にした。

「秋葉の質問には後で答えるね。
それで、なんでボクはその吸血鬼を知っているかっていうのは…。」
「わたしが教えたんだよぉー。」
横から突然声があがり、ボクに抱きついてくる白い影が見えた。

グラッ

「っと、アルクェイド、お前いきなり来るなよ。紅茶が零れるだろっ!」
「んー、志貴のいけずー。」
「変な日本語覚えたなまた…。」
「うん、この間コントっていうの? あれ見たんだよ。面白かった。」
「はぁ、どんどん俗世に塗れていくなお前。」
ボクは抱きつくアルクェイドを引き剥がす気力も萎え、紅茶を一口飲む。
ボクはこの状態のまま、話を続ける事にした。

「それで、こいつ、アルクェイド・ブリュンスタッドって言うんだけど、こいつは転生を繰り返すロアを毎回処理してるんだ。
それで、ボクはこいつのお陰でそのロアの事を知ったわけ。四季に憑いているのがロアだって分かったのはついさっきだけどね。」
「あ、志貴やっぱりロアに会ってたんだ。私も気配でわかったんだけどさ、丁度ネロに絡まれちゃって。」
「絡まれて負けてるんじゃ世話ないよな。」
「むっ、だってしょうがないじゃない。私の最も苦手な性質をしている奴なんだから。」
「確かに、力押しでは勝てないな、アイツは。」
「むー、志貴いじわるー。」
横でぶーぶー言ってる白猫をほっといて、ボクは話を続けた。

「それで、こいつと出会う理由っていうのが、また普通じゃなくてさ…。」
「志貴が私を殺したんだよねー。」
ぶっ、という音と共に、ボクは紅茶を少し噴出した。
それを見ていた三人も、驚愕の表情をしている。

「きゃー! 志貴きたなーい。」
「と、とりあえずアルクェイド。離れて黙っててくれ。」
ボクはいそいそと噴出した紅茶を拭いて、自分の席に戻る。
アルクェイドはボクの横に座り、やけに楽しそうにしている。

「で、とりあえずまぁ、アルクェイドの言った事は本当なんだ。
ボクは病院に入院している時に、今のボクの師匠に会って、協会っていう所に入った。
それで、仕事の関係でアルクェイドと一緒に仕事をする事になったんだけど、その時に誤って殺しちゃったんだ。」
「そーそー、いきなり17個に分割されちゃって、あれは痛かったなー。」
ボクはアルクェイドの言葉に苦笑しながら、紅茶を飲む。
と、カップの中に紅茶が入ってない事に気付き、自分で淹れようとしたが、翡翠ちゃんに阻まれた。

「どうぞ、志貴さま。」
「あ…、ありがとう、翡翠ちゃん。」
「ぁ…、いえ、これが私の仕事ですから…。」
翡翠ちゃんはそう言うと、再び自分の立ち位置に戻り、こちらを見る。

「…という訳なんですが、他に質問は?」
ボクは紅茶を飲みながら、三人に質問を聞いた。

「えと…、兄さん、余りにも突飛な話でちょっと…。」
「んー、流石に遠野でも、ちょっと話が突飛すぎたかなぁ。」
「えぇ…、まぁ。…それでは、質問させてください。」
「うん、いいよ。」
ボクはにこっ、と秋葉に微笑むと、秋葉は一息吸って、顔を引き締めた。

「…兄さんは、自分が養子だと知ってたんですね?」
「うん。」
「…四季兄さんは、生きているんですね?」
「うん、さっき会った。」
「…さっきって…。」
「うん、コイツを探しにいった時。」
「…そうですか。それで、その方は何者なんですか?」
「んー、それは難しいな…。簡単に言うと吸血鬼?」
「きゅ、吸血鬼って…。」
秋葉はあんぐりと口を開けてアルクェイドを見る。
アルクェイドは楽しそうに翡翠ちゃんに出してもらった紅茶を飲んでいた。

「まぁ、信じられないかもしれないけど、正真正銘吸血鬼だ。
でも、こいつは他の吸血鬼とは違って、血を飲まなくても生きていけるんだけどね。
もっと詳しく話すと長くなって難しくなるけど、どうする?」
「いえ…、結構です。」
はぁ、と少し呆れたように秋葉は溜息をついた。

「…志貴さま、よろしいでしょうか?」
続いて、翡翠ちゃんがボクに質問をしてくるようだ。

「うん、いいよ。」
「あの…『きょうかい』というのは、一体なんですか?」
「あ…、そっか。それも説明しなきゃね。
『きょうかい』っていうのは二つあって、
一つはボクが属しているような魔術師協会っていうの。ここでボクは今まで雑務とか、依頼された仕事とかしてたんだ。
もう一つは法王庁の組織している教会。簡単に言うとエクソシストの集団で、これは悪魔、吸血鬼などの人外を完全排除する為の組織なんだ。
もちろんそれには遠野家も含まれるだろうね。」
ボクの発言を受けて、驚く秋葉。

「あ、でも心配しないで。それは今の所ないから。」
と付け加え、安心させる。

「ねー、志貴。あの二人はなんなの?」
唐突に、アルクェイドが聞いてきた。
アルクェイドが指差す方には、シエル先輩と弓塚がいる。

「あー、そういえば、さ。ロアに会った時に、弓塚が被害に会っちゃって、一応流し込まれていた血は殺したんだけど、ちょっと…。」
「そっか…、まぁ多分大丈夫だと思うよ。流し込まれた血を殺したんだったら、彼女は死徒にはならないと思うけど…。
生命のほうが心配ね…。」
「うん…、まぁそうなんだよね。それで、ここに連れてきたんだ。ついでに、シエル先輩はその時にボクをロアと勘違いして襲ってきて、面倒だから気絶させてきたの。」
「あー、シエルって教会の埋葬機関第七位よ。そんな人間気絶させるなんてやっぱ普通じゃないわよね。それに、こいつ…。」
「ん? アルクェイド、シエル先輩を知ってるのか?」
アルクェイドが先輩を訝しげに見つめているのに気付き、ボクは聞いてみた。

「うん…、こいつ確か、先代のロアよ。噂で聞いてたんだけどね。地球の影響で先代のロアの身体が魂を得て蘇ったって。
しかも世界が不条理を埋める為にロアが生きている間はこいつは死ねないんだって。ロアの魂があるのにロアの身体が死ぬのはおかしいから。」
「…なるほど。先輩も四季と同じで、一つの身体に二つの魂が成った例か。先輩の場合は先輩の死後、って事になるんだろうけど。」
ボクはアルクェイドと一緒にシエル先輩を見つめながら呟いた。
すると、そこにどこいってたかわからないレンとセブンちゃんがやって来た。

「このお屋敷って広いですねー。」
「マスター、今日からここに住むんですよね。」
「うん、そうだよ。今日からここに引っ越したんだ。」
「わぁ〜、レンちゃんのマスターはお金持ちです〜。
比べてウチのマスターは…。」
またがっくりと肩を落すセブンちゃんと、それを慰めるレン。
そんな二人を見て、アルクェイド以外三人はまたボクに疑問をぶつけてきた。

「兄さん、この二人はなんでしょうか?
見たところまだ子供のようですが…。」
「あぁ、そうだなぁ、レン、ちょっとおいで。」
「はい、マスター。」
レンはそう言うと、ボクの膝の上にちょこんと腰掛けた。
ボクはいつものクセで、その撫でてしまった。

「ふゃ〜。」
「あ〜、レンちゃん嬉しそうですね〜。」
「むっ、レンずるいにゃ〜。」
「二人とも、なんだそれは…。とりあえず、この子の名前はレン。ボクの使い魔なんだ。」
ボクは頭を撫でながら秋葉に向かって説明した。
秋葉はポカンと口を開けながらその話を聞いていたようだ。

「それで、向こうの子は、多分先輩の守護精霊で、セブンちゃん、かな。
ボクもついさっき会ったばっかりでよく知らないんだ。」
「はい〜、セブンです〜。志貴さんよろしくおねがいしますね〜。」
「はは、もしかしたらまた戦う事になるかもしれないけどね…。」
「ぅ〜、それは嫌ですね〜。」
「シエルは教会の人間だから頑固なんだよねー。目が醒めたらまた襲ってくるかもね。」
アルクェイドは紅茶をすすりながらそんな事をのたまう。

「はぁ…、なんだか頭が混乱してきました…。」
秋葉は頭を抱えながら困った顔をしていた。
それは、翡翠ちゃんや琥珀ちゃんも同じだった。

「まぁ、簡単に言っちゃうと、ボクは普通じゃない、って事かな?」
「志貴が普通の人間だったら私も普通だにゃ〜。」
「うるさいぞアルクェイド。先生に一度お説教してもらおうか。」
「にゃ〜! それはやめて〜!」
アルクェイドは半分涙目で懇願してきた。
よっぽど先生は怖がられているらしい…。

「それで、兄さん。」
「んー、また質問?」
いい加減疲れてきたんだが、そうもいかないようで。秋葉は新たに質問をしてきた。

「その…、兄さんは遠野家の事はどれほど…。」
「あぁ、一応ボクがここに来た頃からの事は全て知ってるつもりだよ。」
「そう、ですか…。それでは、翡翠や琥珀の事は…。」
秋葉は伏し目がちにそう言うと、チラッと琥珀さんの顔を見る。
琥珀さんはそれに気付いて、困ったような笑顔でボクを見た。

「ん…、知ってる。二人が感応者だって事も、それを利用して当時の当主が何をしていたかも…。」
ボクは無意識で、拳を思い切り握っていた。

「秋葉さま。志貴さんは既に知っていたんですよ。私先ほど聞いたんです。」
「そう、そうなの…。ゴメンなさい、琥珀。」
「いえ、秋葉さまが謝る必要なんてありませんよ。それに、私は既に助けて頂いていますから。」
琥珀ちゃんは、にっこり笑ってボクを見ながら話を続ける。

「三年前に、私は志貴さまに助けられて、それ以来槙久さまからは一切なにもされていませんよ。」
「志貴さまが、助けた…?」
翡翠ちゃんは、意味がわからないという表情で琥珀ちゃんに聞く。
琥珀ちゃんはそれを受けてまたにっこりと笑ってボクを見て続けた。

「えぇ、三年前、志貴さんはこのお屋敷に一度忍び込んで、槙久さまをやっつけてくれたんですよー。」
「や、やっつけたって、琥珀ちゃん…。実の娘がいる前でそんな…。」
「兄さん、私はあの人を親だとは思っていませんっ!」
秋葉は語尾を荒げて言った後、ハッと我に返って顔を伏せた。

「あの人は、最低です…。私は、被害者である三人に謝らなくてはいけないのに…。」
「秋葉、今更そんな事いいんだってば。」
「そうだぞー、妹。後悔先に立たずって言うじゃーん。」
「だっ、誰が妹ですかっ!!」
秋葉はアルクェイドの言葉をダンッ! と机を叩いて非難した。

「まぁ、秋葉落ち着け…。」
「秋葉さま、私も秋葉さまに謝ってもらおうなんて思ってませんよ。死んで頂こうとは思ってましたけど。」
「なっ、姉さんっ!」
「ちょ、本気っ!?」
さらりと琥珀ちゃんから出た爆弾発言に、秋葉と翡翠ちゃんは驚愕を示す。
ボクはそれを乾いた笑いで受けるしかなかった。

「はい、本気でした。でも志貴さんがそれを止めてくれたんです。
私は志貴さんにこれで二度も救われちゃったんですよー。」
琥珀さんはにっこりと笑ってこちらを見る。
ボクはそれが気恥ずかしくて顔を背けてポリポリと頬をかくしかなかった。

「もう…、本当にわけがわからないわ…。」
「秋葉さま、私もです…。」
普通のリアクションをする秋葉と翡翠ちゃん。
当の琥珀さんは「あはー。」と笑うだけだった。

ボーンボーンボーン

ロビーにある時計が鳴った。
時刻は既に夜中の3時となっている。

「もうこんな時間か…。三人とももう寝たほうがいいよ。」
ボクは三人にそう告げて、膝に乗ったレンを降ろしてソファーで寝ている弓塚に歩み寄る。
彼女は確かに鼓動をしていた。

「…よかった、一応大丈夫みたいだ。」
弓塚の生存を確認して、ホッと息をつく。

「でも、志貴。この子、確かに死徒にはなってないけど、魔術回路が開ききってるわよ。」
「うん…、それは分かってる。」
後ろから覗いていたアルクェイドが、弓塚の様子を見て告げた。
確かに弓塚の身体は、死徒の血の影響か、潜在的な魔術回路が全て開ききっていた。
元々適正があったんだろう、身体の変化を受け入れやすいように魔術回路が作動したんだろうが、彼女は死徒にはならない。
しかも彼女は魔術師でもなんでもないので魔力が生産されてすぐ漏れていってしまっている。
これでは3日ともたないだろう。

「…やばいな。こんな時先生がいてくれればいいんだけど…。」
「志貴、これは多分ブルーじゃ無理よ。知識を教えるだけじゃ魔力のコントロールはできないわ。」
「そっか、そういえばそうだよな。」
「うん。確かに意識的に魔力を高める事っていうのは知識がなきゃできないけど、無意識下での魔力のコントロールっていうのはそれだけでは無理。」
アルクェイドと二人で、『むー』と考えていた時、横からセブンちゃんが出てきた。

「あの〜、私のマスターって、魔術使えますけど〜。」
「ん? 先輩魔術使えるの?」
「あー、そういえばシエルはロアの記憶があるからどうにかできるかもね。」
「はい〜、そうなんですよ〜。」
「なるほど…、分かった。それじゃぁ先輩を起こそう。」
ボクはそう思い立ち、近くで倒れている先輩に近づいた。

「先輩、先輩。おきてくださーい。」
「ん……、ふゅ…。」
「…寝てるわね。」
「んー、どうしよう…。」
先輩の頬をペチペチと叩いても、先輩はなかなか起きてくれない。

「それじゃぁ、私の出番ですね〜。」
その時、やけに嬉しそうなセブンちゃんが手をあげた。

「セブンちゃん、起こせる?」
「はい、まかせてくださいっ!」
張り切るセブンちゃんに任せて、ボクは先輩の側を離れた。
セブンちゃんは先輩の前に立つと、ニヤリと顔を歪めて笑った。

「いまこそ…日頃の恨みを…。」
「え? セブンちゃんどうかした?」
ボソボソと小声で喋るセブンちゃんに、ボクは聞き返した。

「いえいえ、なんでもないですよ〜!」
「そ、そう? それじゃぁお願い。」
「はい〜、まかせてください!」
再びそう言うと、セブンちゃんはまたニヤリと顔を歪めて手を振り上げ…。

「ちょ〜〜〜〜〜〜っぷっ!!」

メゴッ!

先輩の額に蹄をめり込ませた。
そのやけに生々しい音に、ボクは焦って先輩の額を見る。
先輩の額には、蹄の跡がくっきりと残っていた。

「あら、おかしいですね〜。それじゃぁもう一回…。」
「ま、まってセブンちゃん! それ以上はっ!」
ボクはもう一度蹄を叩き込もうとするセブンちゃんを抑えた。
セブンちゃんは本当に残念そうにして、後ろに下がる。
すると、タイミング良く先輩が額を押えてムクリと上体を上げた。

「っつ〜、なんですかこの痛み…。」
「あっ、先輩おはよう。」
「あ、はい、おはようございます遠野く…。」
先輩は笑顔で挨拶をする途中、その笑顔を凍らせた。
次の瞬間、黒鍵を出そうと構える腕を、ボクが掴んで制止した。

「先輩、とりあえずお話、聞いてくれますか?」
ボクはなるべく笑顔で、でも威圧的に先輩に問い掛けた。

「…どうやら、拒否権はなさそうですね。」
先輩はしょうがない、という顔でボクを見て、深い溜息をついた。




そして、ボクは自分の事や、ロア、ネロの事、そしてアルクェイドの事を説明した。
先輩はボクの話を驚きながらも真剣に聞いてくれた。








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