「………………でかっ。」
正門を見て、そんな言葉を思わず出した。
一般家庭である有間の家に慣れ親しんだボクにとって、遠野の屋敷は現実離れしすぎていた。

「…ちょっと、早まったかも。」
…後悔先に立たず。
門の鍵は開いている。
力任せに押し開いて、遠くにある屋敷の玄関へと向かう。



屋敷の玄関は重苦しく聳え立ち、威圧感を与えてくる。
両開きの扉の横には、その場には不釣合いな呼び鈴があった。

「……よっし。」
勇気を出して呼び鈴を鳴らす。
親しみのあるピンポーン、なんて音は出てこない。
重苦しい沈黙の後、扉の奥で慌しいぱたぱたという人の気配がした。

「お待ちしておりましたー。」
がちゃり、と扉が開く。
開いた先にあるのは見覚えのあるロビーと、割烹着を着た見覚えのある少女の姿だった。
割烹着なんていう時代錯誤の服装に思わずボクは唖然として何もいえなかった。

「あ…あら? 申し訳ありません、人違いでしたー。」
少女は照れたように笑いながら、こちらを見る。
その目は、窓際で視た少女と同じ色をしていた。

「えっと、なにか御用でしょうか?」
少女は首をかしげてぼーっと立っているボクを見る。

「あぁ…、えぇっと、その…。」
「はい…、あ、あら…。」
少女は一瞬目をかっ、と見開いてボクを見る。

「あの、もしかして…、志貴さま、ですか?」
「あ、あぁ、うん。さまは余計だけど…。」
「…………。」
「…………。」
その場を、重苦しい沈黙が支配した。
目の前の少女は目を白黒させ、ボクを呆然と見る。
やがて、

「…ええええええええっ!!!」
という大絶叫と共に、後ろへズサササッ、と引いていった。

「いや、あの、そこまで驚かなくても…。」
ボクが歩み寄り、彼女へ近づこうとすると、

「どうかしたのっ! 琥珀!」
「姉さん!」
ドタドタドタ、と二つの足音が聞こえてきた。
そして現われたのは、メイド服を着た割烹着の少女とそっくりの女の子と、
長い黒髪をした女の子だった。

「あっ、あら、お客様ですか?」
「…失礼いたしました。」
二人はしずしずとこちらへ歩み寄りながら、一礼する。

「琥珀、どうかしたの?」
「姉さん、このお客様がなにか?」
二人は呆然とこちらを見る割烹着の少女へと近づき、話し掛ける。

「あ…、あの、秋葉さま…。」
「なによ、はっきりと言って頂戴。」
「あー、やっぱ秋葉なんだ。美人になったね。」
ボクは明らかに良家のお嬢様と化した秋葉に向かって挨拶をした。
秋葉はそんなボクに『は?』という顔を向ける。
結構、傷付く。

「あの、申し訳ありませんが、どちら様でしたでしょうか?」
「あ…、あの! 秋葉さま!」
「あー、やっぱりわかんないよねぇ…。」
ボクはしみじみとそう呟いて、がっくりと肩を落とした。

「なによ、琥珀。さっきから。はっきりと言いなさい。」
「あ、あのですね! この方は…。」
「うーん、なんて言えばいいのかな…。」
「この方がどうかしたの? 琥珀。」
「はい、あのですね…。この方、志貴さまなんですよ。」
「うん、そういう事。」
ボクはにっこりと笑って秋葉を見る。



「「…………は?」」
秋葉と一緒に来たメイド服の少女も、一緒になって声を出し、こちらを見る。


「うん、ただいま、秋葉。それから…翡翠ちゃんと、琥珀ちゃん。」
「…………。」
「…………。」
再び、重苦しい沈黙。
二人は琥珀ちゃんへ目をやり、真実を求める。
琥珀ちゃんがコク、と頷くと再びボクへと目を向ける。

「「…えええええええええええっ!!!!!」」
…結構、傷付くのであった。















「…志貴さま、紅茶をどうぞ。」
「うん、ありがとう翡翠ちゃん。」
ボクは翡翠ちゃんからティーカップを受け取り、一口飲む。

あれから、いろいろと問題、というか事情説明をしなくてはいけなくて、今まで二時間近く話をしていた。

ボクが両性具有だという事。

成長期以降体が女の子寄りになったという事。

七夜の事や昔の事、協会の事は言ってはまずいので、言わなかったが。

なんとか、それで三人を納得させる事ができた。

一番納得させるのに苦労したのは、もちろん秋葉だった。

ついでに、門限の事や今の屋敷の状況などの説明も受けた。

それから、また改めてボクの話に変わった。

「私は一応、時南先生からカルテを頂いていたんですが、まさかここまで女の子になっているとは…。」
琥珀ちゃんはそう言うと、ボクへ視線を移す。

「志貴さま、その…。」
「あ、翡翠ちゃんも琥珀ちゃんもさ、ボクの事は志貴でいいよ。」
ボクは琥珀さんの言葉を遮り、横に立つ二人に言う。
二人はお互いの顔を見つめ、少し考えてからこちらへと向き直った。

「それでは、志貴さん、でよろしいですか?」
「んー、まぁ、それでもいいかな。」
「はい、それで、志貴さん。お身体のほうの具合は…。」
琥珀ちゃんはそう言うと、心配そうにボクの顔を見る。

「うん、別になんともないよ。ただ、生理が来ると貧血になったりするけどね。」
「あ…、生理、来るんですか…。」
「うん、ボクの場合、生殖機能は両方とも通常どおりに働いているみたいだから。生理は来るよ。」
「なるほど…、そうだったんですか。」
「まぁ、昔時南のじいさんにそれ言ったら、アソコになんか変なの突っ込まれて奥まで覗かれて以来、その話はあのヤブにはしてないけど。」
「そ、そんな事が…。」
ボクがそう話すと、三人は顔を赤くして俯いてしまった。
ちょっと、気まずい。

ボーンボーンボーン

沈黙を破るように、タイミングよく居間にある時計が鳴った。
時刻はもう夜の8時になっている。
…3時間近く説明をしていた事になる。

「あら! もうこんな時間ですか。それでは志貴さん、秋葉さま。お食事に致しましょう。」
「そ、そうね。それじゃあ琥珀、よろしくお願い。」
「はい、かしこまりました。」
琥珀さんはそう言うと、食堂のほうへ駆けていく。

「さて、それでは私達も行きましょう。」
「あ、うん。わかった。」
秋葉はそう言うと立ち上がり、ボクもそれに習い席を立つ。
お互い立ち上がった所で、ボクは気付いた。

「あー、秋葉。ボクより身長高いね。」
「え? あ、そのようですね…。」
ボクは秋葉の横に並び、まじまじと秋葉の顔と頭へ視線を向ける。
…やっぱり、5cmぐらい違う。

「…ちょっと、うらやましいな。」
「えっ、あ、そ、そうですか? と、とりあえず食堂へ向かいましょう。」
秋葉はそう言うと、いそいそと食堂へと向かった。
ボクもその後へ続いて、食堂へと向かう。





――――食堂は、重苦しい沈黙が支配されていた。

「あ、あの…、秋葉?」
「はい? なんでしょうか兄さん。」
秋葉は黙々と箸を進めて琥珀さんの手料理を食べる。

「あの…、二人は、一緒に食べないの?」
「はい。翡翠と琥珀は使用人ですから。」
秋葉はそれだけ言うと、やはり箸を進めて黙々と食事を摂る。

なんとなく、分かっていたけど。
やはり二人は使用人で、秋葉はご主人様なんだ。
だが、背中に突き刺さるような視線が、普段家族団欒で食事をしていたボクには少し耐えられなかった。

「あのさ…、やっぱり、みんな一緒に食事を摂りたいんですけど…。」
「志貴さま、私達にはお気遣い無く。」
「そうですよ、おいしく召し上がってください。」
二人はボクの言葉にこう言うものの、やはりボクとしてはこんな状況は歓迎できない。

「ねぇ、秋葉。やっぱりみんなで食事しようよー。」
ボクはなんとか秋葉に頼み込んで、全員で一緒に食事をしようと試みる。

「う…、に、兄さんは、そのほうが、よろしいですか?」
「うん、やっぱりさ、このお屋敷に今はボク達四人だけなんでしょ?
普段は二人とも使用人として頑張って掃除とかしてるんだからさ、食事ぐらい一緒に楽しみたいと思うんだけど、ダメかな?」
ボクは何とか頼み込んで、四人一緒に食事を取れる状況を作りたかった。
それが功を奏したのか、秋葉はゆっくりと喋りだした。

「そうですか…。わかりました。兄さんは変わらないんですね…。
翡翠、琥珀。二人とも、今後は一緒に食事を摂りましょう。」
「ですが、秋葉さま…。」
秋葉の意見に反論をしようとしたのは、琥珀さんだった。

「琥珀、貴女の言いたい事は分かるけど、その…、兄さんのお願いですから…。」
「うん…、ダメかな? 琥珀ちゃん。」
ボクは琥珀ちゃんと翡翠ちゃんをそれぞれ見て、二人の意見を聞く事にした。

「ぅぁ…、わ、わかりました。そういう事でしたら、ねぇ? 翡翠ちゃん。」
「ぁ…、は、はい。お気遣い、ありがとうございます、志貴さま。」
「それじゃぁ、私達の分も持ってきますから、手伝ってね翡翠ちゃん。」
「はい、姉さん。」
「うん、ありがとう二人とも。」
本当は二人に見られながら食事をするのが息苦しいという事は言わない。
でも、これでなんとなく食事の環境が楽になったような気がする。

戻ってきた琥珀ちゃんと翡翠ちゃんを交え、四人で談笑しながら食事を摂る事が出来た。












「こちらが、志貴さまのお部屋になります。」
夕食後、翡翠ちゃんに案内されて来たボクの部屋は、四季が使っていた部屋だった。

「あ、ありがとう翡翠ちゃん。」
「はい、それでは何か御用がありましたらお申し付け下さい。」
「うん、わかった。あ、そうだ。お風呂とかは?」
「はい、一階ロビーの裏手にあります第二浴場をお使いください。」
「うん、ありがとうね、翡翠ちゃん。」
「い、いえ。それでは志貴さま、失礼いたします。」
翡翠ちゃんは深々と頭を下げて部屋を後にする。
ボクは手持ちの鞄をベットの脇にある机に載せ、既に届いていた荷物を整理してから浴場へと向かった。






「お風呂…、でかかったなぁ。」
髪の毛をタオルで拭きながら部屋へ戻り、ベットに座って思った。
やっぱり、このお屋敷は場違いだなぁ、と。
なにしろ、この屋敷には俗世めいたものが何も無い。
近代科学による電子機器というものが存在していないような気がする。

「とりあえず、どうしようかな…。」
今は自分の手持ちぶたさを解消する術を模索するのが先決だと考えて、ボクはやる事を思い出した。

「…約束、覚えてるかな。」
それは、白いリボンを渡してくれた子との約束。

『貸してあげるから、返しにきてね。』

そう言ってボクに別れ際リボンを貸してくれた少女は、今もこの屋敷で待っていてくれた。
ボクは鞄の中から、少し変色してしまっている古いリボンを手に、その子の部屋へと向かった。




コンコン

「はーい、どなたですかー?」
「あ…、ボクですけど…。」
「あ、志貴さんですか。ちょっとお待ちください。」
部屋の中でゴソゴソと物音がした後、ガチャ、という音と共に扉が開いた。

「はい、どうかなさいましたか? 志貴さん。」
「あ、えーと…。その、お話をしようかなーっと。」
「あらー、そうなんですか…。ちょっとお待ちくださいね。」
琥珀ちゃんはそう言うと、部屋から少し顔を出し、キョロキョロと辺りを見回した。

「辺りに人影は無し…。はい、見つかるとタイヘンですからお入りくださいな。」
「あ、ちょ、ちょっと琥珀ちゃん…。」
ぐい、とボクの腕を掴んで引っ張り込む。



「今お茶をお出ししますから、適当な場所へお座りください。」
「あ…、おかまいなく。」
「ふふ、有間さまの家は、よほど和風だったのですね。茶道の家元ですものねぇ。」
琥珀ちゃんはくすくすと笑いながらお盆に急須と湯呑みを載せてこちらへ歩いてくる。
ボクは適当な場所へ座り、あぐらをかいて待っていた。

「はいどうぞ、志貴さん。」
「あ、ありがとう琥珀ちゃん。」
湯呑みに入ったお茶を受け取り、ズズズ、と一口。

「あー、梅こぶ茶だー。」
「はい、なんとなく、甘いものがよろしいかと思いまして。」
「うん、ボク梅こぶ茶好きだよ。梅の香りっていうのかな、それが好き。」
「ふふふ、喜んで頂いて嬉しいです。」
お互い笑いながらお茶を啜り、一息つく。

「それで、志貴さん。お話というのは?」
琥珀ちゃんは湯呑みをお盆に置き、問い掛けてくる。

「あ、うん。その…。覚えてるかな…。」
ボクは少しだけ不安になりながら、ポケットから白いリボンを取り出して、琥珀ちゃんへ差し出す。

「はい、約束のリボン。借りたのに使わなかったけど、ありがとう。このリボンが無かったら、今のボクはいなかったよ。」
笑いかけながら、リボンを渡す。
琥珀ちゃんはそのリボンとボクを交互に見ながら黙って受け取った。

「…覚えていて、くれたんですか…。」
「うん、大事な約束だから。あの時、琥珀ちゃんと約束してなかったら、ボクはこんな風に育ってなかったと思う。
ボクを、今まで支えてくれたのは、このリボンと、琥珀ちゃんとの約束だから。」
ボクは少し気恥ずかしいので顔を背けながら話した。
あの時、あの窓際の少女との約束がなかったら、ボクはここにこうしてはいなかっただろう。
それだけは、確かに言い切れる。

「あ…、ありがとう、ございま、す…。」
見ると、琥珀ちゃんはポロポロと涙を溢していた。

「あっ、こ、琥珀ちゃん。そんな、泣かないで…。」
なぜ泣いているのか分からなかったが、とにかく慰めようと膝立ちになると、琥珀ちゃんはボクに抱きついてきた。

「あ…、ありがとうございます…、ありがとう…。」
「あ、こ、琥珀ちゃん…。」
ボクはそのまま琥珀ちゃんの背に片腕を回して、もう片方の腕で頭を撫でた。

「お礼を言うのは、ボクだよ。ありがとう、琥珀ちゃん。琥珀ちゃんがいなかったら、ボクは…。」
「はい…、ありがとうございます…。」
琥珀ちゃんが泣き止むまで、お互いにお礼を言いながら抱き合っていた。





「私は、志貴さんを利用しようとしていたんです。」
琥珀ちゃんは、柔らかい笑みを湛えながら、そう告げた。
ボクは黙ってお茶を飲む。

「今回、志貴さんをお呼び寄せするように仕向けたのは私です。
そして、遠野家の全ての方を志貴さんに殺させようとしました。
別に私は今更遠野家に恨みなんてありませんが、私は人形でしたから、目的がないと動けません。
昔から、その目的の為に生きてきました。
それでも…、私は自分に一つの賭けをしたんです。」
「…賭け?」
ボクはその時に初めて口を挟んだ。

「はい、賭けです。
志貴さんが、私の事がすぐに分かって、約束を覚えていたら、こんな事やめよう、人形をやめよう、という。
結果、私は人形でなくなってしまいました。
私は、志貴さんがいなくなってから、初めて自分の感情で泣いてしまいました。
もう、人形になんて戻れません…。」
柔らかい笑みを湛えたまま、琥珀ちゃんはボクを見る。
ボクは黙ってそれを聞いていた。

「私は、8歳の頃から、槙久さまに…。」
「…っ、琥珀ちゃん!」
ボクは、自分でも驚くほどの声で、琥珀ちゃんの言葉を制した。
琥珀ちゃんも驚いた顔をして、こちらを見る。

「…知って、いたんだ…。」
もう、ボクは我慢ができなかった。

「え…?」
「知ってたんだ。昔から、琥珀ちゃんが槙久に何をされていたのか…。」
「…そうなんですか。困りましたね。」
琥珀ちゃんは悲しそうな笑みを浮かべて、ボクを見る。

「そう、知ったんだ。琥珀ちゃんと翡翠ちゃんの力。
その為に槙久が何を琥珀ちゃんにしていたのか…。
だから、ボクは三年前に…。」
「三年…前…。」
琥珀ちゃんは目の焦点を合わせずに記憶を辿っている。
恐らく、ボクの封印した記憶の反流が起こったんだろう。
しばらくして、驚いた顔をしてボクを見る。

「…うん。一度、三年前に、忍び込んで、槙久を『調伏』した。
…あれからは、大丈夫だったかい?」
「あ…、あの時、の…。」

三年前、ボクはこの屋敷に一度忍び込んだ。
その時既に、教会と協会、両方から監視権限の譲渡は済んでいて、誰も咎める人間はいなかった。
槙久の部屋へ忍び込み、琥珀ちゃんをいつものように陵辱しようとしていた槙久を、死なない程度に、
折り、斬り、殴り、恐怖を身体に叩き込んだ。
その時の記憶は暗示で押し込め、でも潜在意識へと恐怖の記憶を植え付けた。

『同じ事をすれば、またボクはやってくる。』

それで、事は終わった。
それ以降、恐らく琥珀ちゃん達は何もされていないだろうと思っていたが、実際に見ていないので一抹の不安があった。


「そう、ですか…。あの時の方は、志貴さんだったんですね…。私、二度も助けられてますね。」
「いや…、助けてないよ…。だって、琥珀ちゃんは今まで…。」
「…あの時、志貴さんは私の記憶になにかしたんでしょう? でなければ私が今まで人形だったはずありませんから。
確かに、あの日以降、槙久さまは私に手を出す事はありませんでした。」
「そうか…、安心したよ。」
ボクはその言葉を聞いて、安心して肩を降ろした。

「あの日、私を助けてくださった方は、私に『ごめんね、助けてあげられなくて』と言って凄く泣いていましたね。
…あぁ、なんで忘れちゃったんですかねー。酷いですよ志貴さん。」
琥珀ちゃんはボクを咎めるような口調で話すが、顔には優しい笑みが浮かんでいた。

「ごめん…、でもあの時は、ああするしか…。」
「そうですね、それは、もういいです。
でも…、あの時、私は本当に嬉しかったんです。私の為に、涙を流してくれる人がいるんだ、と思って。
…あぁ、でもやっぱり悔しいですねー。あんな大切な記憶、覚えていれば先ほどのような計画は…。」
琥珀ちゃんは、そう言うと俯いてしまった。

「でも、さ。ボクは覚えていたから、もう計画はオジャンでしょ?」
「…はい。本当にありがとうございます。」
琥珀ちゃんは、目尻に涙を溜めながら、ボクに頭を下げる。
ボクは琥珀ちゃんに、聞きたかった事を聞く。

「琥珀ちゃん…、四季は、生きているんだよね。」
「…っ! 志貴さん、そこまで…。」
琥珀ちゃんは、本当に驚いた顔をしながら勢いよく顔をあげた。

「…教えてくれないかな、四季はどうなっているのか。」
「…わかりました。」
一転して真剣な表情をして、琥珀ちゃんはボクに語りかける。

「四季さまは、志貴さんの言う通り生きていました。
つい先日まで、このお屋敷にある地下室で監禁していました。
私は、四季さまのお世話係を槙久さまに言われてしていました。
恐らく、槙久さまは四季さまに私を抱かせて感応で人間に戻る事を狙っていたんだと思います。
ですが、四季さまは私にはお手を触れませんでした。
…そんな時、いつも通り四季さまに食事をお持ちしたんですが、その時にはもういませんでした。
その報告を槙久さまにしようと思い、お部屋へ行ったんですが、その時、槙久さまは死んでいたんです。」
「…そうだったんだ。」
恐らく、その時にはロアの意識が四季の意識を上回ってしまったんだろう。
ロアが表面化するまではわからない、とアイツは言っていた。
だから、アルクェイドは気付けなかった。

「それじゃ、今は四季の行方は…。」
「…わかりません。恐らく、今起こっている連続殺人は…。」
吸血鬼殺人。
その名の通り、吸血鬼『ミハイル・ロア・バンダムヨォン』の仕業だった。

「ありがとう、琥珀ちゃん。話してくれて。」
「いえ…、志貴さん、お聞きしてよろしいでしょうか。」
琥珀ちゃんは、真剣な表情でボクに問い掛けてくる。

「うん、いいよ。」
「…昔からの記憶が、あるんですね?」
「うん、そうだよ。」
「…っ、そう、ですか。」
一瞬驚いた顔をしたが、琥珀ちゃんはまた真剣な顔になり、ボクを見る。

「…志貴さん。志貴さんは…、何者なんですか?」
どこか思いつめた表情で、ボクに問い掛ける。

「…退魔の血の末裔、じゃダメかな?」
「それでは、納得いきませんよ…。」
琥珀ちゃんは真剣な顔をして、ボクを問い詰めてくる。
ボクは諦めて、本当の事を話そうとした時、

(……っ! マスターッ!)

脳裏に、切迫した言葉が直接響いた。

「…っ! レンッ!」
「えっ! 志貴さん?」
(マスターッ! マスターッ!)

脳裏に響く言葉がどんどん強くなっていく。
やがて

ガッシャアアアッ!

という音と共が、門のほうで響いた。

「ッ! レンッ!」
「あっ! 志貴さん!」
ボクは琥珀ちゃんの部屋からテラスへと出て、下に飛び降りた。

音がした門のほうには、小さい猫と、異形の大型犬がいた。
猫はボクのほうへ向かって走ってくるが、大型犬は猫よりも速い。
ボクは大型犬の前へ飛び出し、貫手で大型犬の額を穿つ。

グシャ

大型犬は額に大きな穴を空け後ろへ吹き飛ぶが、再び立ち上がり、こちらを威嚇する。

「グゥルルルルルルルッ…。」
「…使い魔か。」
ボクはメガネを外し、魔眼の力を解放する。
点が、犬の右脇腹に見えた。

「グルァアアアアアッ!」
大型犬は一瞬大きく吼え、そのまま跳躍して、一気にこちらの喉元へ食いつこうとする。
ボクはそれを左に避け、点のある右脇腹へと貫手を放つ。

ドッ!

大型犬は動きを止め、一瞬で塵へと変わっていった。

「っ! 兄さんっ! あなたは一体…。」
「し、志貴さまっ!」
ボクは声のした方向を見ると、秋葉、翡翠ちゃん、琥珀ちゃんがこちらを見ていた。
それを意に介さず、ボクは猫へと駆け寄る。

「レンッ! 大丈夫っ!?」

フワァ

猫はそのまま少女の姿になり、ボクに抱きついてきた。

「マスターッ! マスターッ!」
「レン、大丈夫そうだね、よかった…。」
「マスターッ! アルクェイドさまがっ!」
ボクはその言葉を聞いて、とんでもない状況になっていると感じた。

「アルクェイドがどうしたっ!?」
「アルクェイドさまが、死徒に襲われて…。」
「死徒? 普通の死徒なら大丈夫だ…。」
「いえっ! それが…、死徒二十七祖の十、ネロ・カオスが…。」
ネロ・カオス。
その名前を聞いて、ボクの身体に戦慄が走った。

「ネロがこの街にいるってのかっ!」
「はいっ! 今アルクェイドさまが交戦中ですが、ヤツは『混沌』を内包していて…。」
「…人の器で『混沌』を操るのか、噂以上だな…。」
「それでっ! アルクェイドさまは私を逃がして志貴さまの所へ…。」
「…ありがとう、レン。レンはここで待っていて。」
ボクはそう言うと、門へ向かって駆け出そうとした。

「志貴さんっ! 待ってくださいっ!」
後ろからの声に振り返り、琥珀ちゃんを見る。

「琥珀ちゃん、ごめんっ! 今は…。」
「志貴さん! 志貴さんからお預かりしていたものをお返しします! 手間は取らせません!」
琥珀ちゃんは強い口調でそう言うと、タタタッ、とボクの前へ駆け出してきた。

「こちらを、今まで私がお預かりしていました。」
琥珀ちゃんはそう言うと、長方形の木箱から、一つの鉄の棒を取り出した。

「…琥珀ちゃん、これ…。」
ボクはそれを取り出して、強く握る。
すると、中から刃が飛び出してきた。

「はい、それは七夜の短刀です。槙久さまがお持ちになっていたものです。私が密かにお預かりしていました。」
「…ありがとう、琥珀ちゃん。本当に、琥珀ちゃんには助けられてばかりだ。」
ボクが力を抜くと、刃は棒へと収納された。
ボクはそれをポケットへ仕舞い、門へと向かう。

「みんな、後で説明するから待ってて!」



それだけ言って、ボクは全速力で街へと飛び出した。




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