―――――――八年前。



―――――――気が付くと、ツギハギだらけの病室だった。

―――――――カーテンがゆらゆらとゆれてる。

―――――――外はとてもいい天気で。

―――――――乾いた風が夏の終わりを告げていた。





「おはよう、遠野志貴君。いや、志貴ちゃん、かな?」
「…おはようございます。ここは、どこですか?」
病室のベットで目覚めたボクに、少し白髪の混じったオジサンが会いに来た。
四角いメガネが印象的で、オジザンはボクに笑いかけてきた。


「君は覚えていないのか。無理も無い。ここは病院だよ。
君は、大変な交通事故に遭ってね、ここへ大怪我をして入院したんだ。
普通ならとても助かる怪我じゃなかったんだけど、君は助かったんだよ。」


――――――――それが、今のボクに用意された立場だった。


「…すいません、眠いのでもう一度寝てもいいですか?」
「あぁ、君は起きたばかりだ。少しでも体力の回復に努めなさい。」


―――――――ひどく、眩暈と吐き気を催した。


「…先生、一つ聞いてもいいですか?」
「なにかな? 先生に分かる事ならいくらでも答えてあげるよ。」

―――――――この人は、判っているのかな?

「なんで体中にラクガキをしているんですか?
この部屋の中もラクガキばかりで、まるでヒビが入っているみたいです。
今にも壁や天上が崩れてきそう。」

先生は一瞬笑顔を崩したけれど、すぐに笑顔に戻ってカツカツと歩いていってしまった。

「…脳に異常が見られるようだ。すぐに脳外科の芦家先生に連絡を。
それと眼球にも損傷の疑いがある。明日の午後は眼の検査をするように。」

医者の先生は、ボクに聴こえないようにこっそり看護婦さんに話し掛けた。










「…なんだろこれ。みんないろんなとこにラクガキしてる。」
黒い、ぐちゃぐちゃの線がいろんな所に走っている。
意味はよく分からないけど、見ているだけで気分が悪くなってくる。

「…なんだろ、コレ。」
自分が寝ているベットにもラクガキがある。
指で触ってみたら、つぷり、と指先が沈み込んだ。

「……あー。」
もっと細いもので触れたら奥まで沈みそうなので、棚におかれた果物ナイフでラクガキをなぞってみた。

何の力も入れてないのに、ナイフは奥までベットに沈み込んだ。
面白いので沈んだナイフでそのままラクガキをなぞってみた。


ごとん。


重い音を立てて、ベットは綺麗に裂けてしまった。

「きゃあああああ!」
隣のベットの女の子が悲鳴をあげる。
駆けつけた看護婦さんに、果物ナイフを取り上げられてしまった。













「どうやってベットを裂いたんだね?」
診察室に呼ばれたボクは、難しい顔をした先生に聞かれた。

「ベットにある線をなぞったら切れちゃったんだよ。
ねぇ、どうしてこの病院はこんなにラクガキだらけなの?」
「いい加減にしないか。そんな線なんてないんだよ。
それで、どうやってベットを切ったんだい?
怒らないから話してくれないかな。」

「…だからー、その線をなぞっただけなんだって。」
「そうか…、わかった。この話はまた明日にしよう。」


お医者さんは去っていく。
結局、ボクの話は誰一人信じてくれなかった。









ラクガキはみんなに見えてないみたいだった。
このラクガキをなぞれば、壁も、椅子も、机も、多分ニンゲンも、力を必要とせずに切れてしまう。
ボクにだけ見える不思議な線。

それがなんなのか、子供のボクでもなんとなく分かっていた。

―――――――アレはきっと、ツギハギなんだ。

手術をして傷口を縫ったところみたいな、とても脆くなっているところなんだ。

そうじゃなければ、子供のボクに壁が切れるわけがない。

―――――――あぁ、知らなかった。


セカイはこんなにもツギハギだらけで、とても脆くて壊れやすいところだったんだ。

みんなには見えない。
でもボクには見えている。
だから、怖くて怖くて歩けない。
ボクだけがおかしくなってしまったみたい。

だからだろうか。
あれから二週間たつのに誰もボクの話を信じてくれない。
アレから二週間たつのに誰もボクに会いにきてくれない。


アレから二週間たつのに、ずっとボクだけが、ツギハギだらけのセカイで生きている。

ラクガキだらけの所にはいたくない。
だから、ボクは誰もいない遠くの場所へ逃げる事にした。

でも、思ったより胸の傷が痛くて、少ししか走れなかった。

結局、自分がいるのは街の外れにある草原で、ちっとも遠い場所へ行けなかった。

「………ごほっ。」
胸が痛くて、悲しくて、苦しくて、地面にしゃがみこんでせきをした。


「……ごほっ、ごほっ。」

誰もいない。
夏の終わりの草むらの中。
このまま消えてしまいそうだった。

けれど。

「君、そんな所でしゃがんでると危ないわよ。」


後ろから女の人の声がした。

「………え?」
「え、じゃないわよ。君、ただでさえちっこいんだから、草むらなんかで蹲ってると危ないわよ。
気をつけなさい。危うく蹴り飛ばされる所だったんだから。」
不機嫌そうに、女の人はボクを指差した。
…………なんか、ちょっと頭にきた。

「蹴り飛ばされるって、誰に?」
「バカね、そんなの決まってるじゃない。ここには君と私しかいないんだから、他に誰が蹴り飛ばすのよ。」
女の人は、自信たっぷりにボクを見てそう言った。

「まぁいっか。君、私の話し相手になってくれない? 何かの縁って事で。
私は蒼崎青子っていうんだけど、君の名前は?」
まるでずっと昔からの友達のように話し掛け、女の人はボクに手を差し伸べた。
断わる理由がなくて、ボクは遠野志貴と自分の名前を言って女の人の手を握った。

女の人との会話は楽しかった。

ボクはいろいろな事を話した。

ボクの家の事。歴史ある古い家柄で、森の中に住んでいたけど、今は違う家に住んでいる事。

違う家ではあきはっていう妹が出来て、とても大人しくて、いつもボクの後ろをついてきたという事。

違う家も広い屋敷で、森のような広い庭で、いつもあきはやみんなと一緒に遊んだこと。

―――――――熱に浮かされたように、いろんな事を話した。



「あぁ、もうこんな時間。
悪いわね、志貴。私ちょっと用事があるから、お話はここまでにしましょう。」
女の人は立ち去っていく。
また一人になるかと思うと、寂しかった。

「それじゃ、また明日ここで待っているからね。
君も大人しく病室へ帰って、医者の言いつけを守るんだよ。」
「あ……。」
女の人は、それが当たり前のように立ち去っていった。
また明日、お話ができる。
それがとても嬉しくて、目が醒めて以来、初めてニンゲンらしい感情を手に入れた気分だった。


そうして、午後になると草原へ行くのが日課になった。
女の人は青子って呼ぶと怒る。
自分の名前が嫌いなんだそうだ。
考えた挙句、なんとなく偉そうだから『先生』って呼ぶことにした。


先生はボクの悩みを一言で答えてくれる。
……事件以来、暗くなりがちだったボクのココロは、先生に明るくしてもらった。

「ねぇ先生、ボクのこれってなんだろう。」
ボクはなんでも答えてくれる先生に、初めて自分の目の相談をした。
本当は少し驚かせたくて、病室から持ち出した果物ナイフで草原に生えている樹を根元から線をなぞってキレイに切った。


「ねぇ、これってボクにしかできないみたい。
ラクガキが見えて、それに沿って線をなぞると、こうなっちゃうんだ。」
「志貴……!」
ぱん、と頬を叩かれた。

「先……生。」
「…君は今、とても軽率な事をしたわ。」

先生はとても真面目な顔でボクをみつめる。

ボクは、自分がした事がとてもイケナイ事なんだって思い知った。

先生に叩かれた頬の痛みと、その真剣な目で。

ボクは、とても悲しい気分になった。

「…ごめんなさい。」
気が付くと、泣いていた。

「…志貴。」

ふわっ、とした感触。

「…志貴が謝る必要はないわ。
志貴は確かにいけない事をしたけど、それは志貴が悪いわけじゃないから。」
先生はしゃがみこんで、ボクを抱き締めてくれた。

「でもね、今誰かが叱っておかないと、きっと取り返しのつかない事になる。
だから私は謝らないわ。そのかわり、志貴は私を嫌ってもいいわ。」
「…ううん、先生の事、嫌いになんてならないよ。」
「そう…、本当によかった。君が私に会ったのは、一つの縁みたいね。」
先生は、そう言うとボクの見えているラクガキについて聞いてきた。
ボクに見える黒い線の事を話すと、先生はいっそう強く抱き締める腕に力を込めた。

「…志貴、君が見ているモノは、本来見えてはいけないモノなの。
モノにはね、壊れやすい部分があるのよ。
私達はいつか壊れるから、完全じゃない。
君はそう言ったモノの末路。言い換えればモノの未来が見えているのよ。」
「…未来を見てるの?」
「そうよ、モノの壊れる『死』が視えている。
…今はそれ以上の事は知る必要はないわ。」
「…先生、ボク、よくわからないよ。」
「えぇ、まだわかっちゃダメ。
ただ、一つ知っていて欲しいのは、決してその線をいたずらに切っちゃダメよ。
君はモノの『命』を軽くしすぎてしまう。」
「…うん、先生が言うならしない。それに、なんだかボク胸が痛いんだ。」
「…よかった。志貴、今の気持ちを絶対に忘れないで。」
そうして、先生はボクから離れた。

「…どうやら私がここに来た理由が分かったわ。
志貴、明日はとっておきのプレゼントを用意してあげるわ。」









次の日。
先生に会って七日目の野原で、先生は大きなトランクを片手にさげてやってきた。

「はい。とりあえずこれをかければラクガキは見えなくなるわよ。」
先生はメガネを取り出して、強引にボクにかけさせた。

途端。

「うわぁ! 先生凄いよ! ちっともラクガキが見えない!」
「あったりまえよ。わざわざ姉貴の所の魔眼殺しを奪ってまで作った蒼崎青子渾身の逸品なんだから。
粗末に扱ったらたたじゃおかないからね。」
「うん! 大事にする! でも先生ってすごいね! 
あんなにイヤだったラクガキが、全部消えちゃった!
なんだか魔法みたいだねコレ。」

「それも当然。だって私魔法使いだもん。」
先生はニンマリと笑って、地面にトランクを置いた。

「でもね、その線は消えたわけじゃないの。ただ見えなくしただけ。
こればっかりはどうしようもないわ。
君はなんとかその目と折り合いをつけて生活しなきゃいけないの。」

「…やだ。こんな目いらないよ。また線が見えたら先生との約束破っちゃうかもしれないもん。」
「あぁ、約束って二度としないっていうやつか。あんなの簡単に破っちゃってもいいわよ。」
「…え? でもとってもいけない事なんでしょ?」

「えぇ、いけない事よ。でもそれは君の力なの。その力を君がどんな風に使っても、君以外の誰も君を責める事はできないわ。
君は個人が保有する能力の中でも、ひどく特別な能力を保有してしまった。
けど、その力が君に有るという事は、未来の君になにかしら必要な意味があると思うの。
かみさまは何の意味もなく力を分けない。
君の未来にその力が必要な時が来るから、君に直死の魔眼があるとも言える。
だから、志貴の全てを否定する訳にはいかないわ。」
先生はしゃがんでボクと同じ目線で話をする。

「でも、忘れないで。
君はとってもまっすぐな心をしている。
その心がある限り、君の目は決して間違った結果を生まないでしょう。
聖人になんて言わないわ。
いけないっていう事を素直に受け止められて、ごめんなさいと言える君なら、十年後には素敵な子になっているわ。」
先生はそう言って、トランクを持って立ち上がった。

「でも、よっぽどの事がない限り、その目を使っちゃダメだからね。
特別な力は特別な力を呼ぶわ。
志貴自身が、よく考えてその目を使いなさい。
その力自身は決して悪いものじゃない。
結果をいいものにするか悪いものにするかは君自身なんだから。
あくまで志貴、君の判断次第よ。」

―――――――先生は何も言わないけど。
ボクは先生とお別れになるんだとわかってしまった。

「…無理だよ先生。本当は先生に会うまで怖くてたまらなかった。
けど先生がいてくれたから、ボクはボクに戻れたんじゃないか。
…ダメなんだ。
先生がいてくれなくちゃ、こんなメガネがあったってダメに決まってるじゃないか…!」

「志貴、心にもない事は言わない事。
自分自身も騙せない嘘は、聞いている方を不快にさせるわ。」
先生は眉を八の字に曲げて、ボクの額をピンと指で弾いた。

「…本当は判ってるんでしょ? 君はもう大丈夫だって。
ならそんなつまらない事を言って、折角掴んだ自分を手放してはいけないわ。」
先生はそう言うと、くるりと背中を向けた。

「いい、志貴。ピンチの時はまず落ち着いて、その後によくモノを考える事。
大丈夫、君なら一人でちゃんとやっていけるから。」
先生はやさしく笑う。

「あぁ、でもそうねぇ。」
くるりと先生はこちらを向くと、ニンマリ笑った。

「…志貴、一緒に来る?
なんだか手放すのが惜しくなっちゃった。
そのメガネのお代の貰ってないしね。先生と離れたくないでしょ?」


先生はそう言うと、優しく笑った。





























―――――――二年前。



「久しぶりね、志貴。」
「…先月会ったばかりですよ、先生。」

先生とアーネンエルベでお茶を飲む。

「志貴、またストロベリーパイ?」
「先生はまたコーヒーだけですか。ここのパイ、おいしいんですよ?」
「最近、姉貴のプロポーションが怪しくなってきてね。
多分どっかいじくってるんだわ。
だから私も気にしてるの。」
「…ダイエットですか? 普段から運動ばっかしているのに。」
「ダメよそんなんじゃ。志貴は元々痩せてるからいいかもしれないけど、私はホラ、重いものを背負ってるから。」
そう言って、胸を張って見せ付けてくる。

「そうですか…。別にボクは気にしてませんから。
そうやってお姉さんと張り合ってるのだって、姉妹喧嘩の延長でしょ?」
「もう、可愛くないわね志貴は。それより、お姫様は?」
先生は店内を見回す。

「アルクなら帰りました。『ブルーには会いたくないのー』って言って。
ついでに今夜ラーメン作らされる事になりました。」
「あら、嫌われてるのね私。」
「別に嫌っている訳じゃないですよ。ただ先生に会うといじめられるからでしょ。」
「ふふ、そうかも。お姫様は昔より随分と変わっちゃったから、ついいじめたくなっちゃうのよね。」
先生はいたずらっぽい笑みで笑うと、コーヒーを一口含む。

「それで、志貴。お姫様とはどうなの?」
「別に、なにもないですよ。ほとんど保護者ですよボクは。」
「そうね、志貴が相手じゃそうかもね。」
先生はまた笑うと、コーヒーを一口含む。

「なんで協会はボクにアルクを委ねたんですかね。」
「あら、お姫様から聞いてないの? それは彼女の要請よ。」
「はぁ…、まぁ確かにボクの責任かもしれませんけどね…。」
「そうね。お姫様があーいう風になったのは志貴のせいだもの。しょうがないわよ。」
ボクは一口パイを食べると、はぁ、と溜息をこぼす。


「まぁ、志貴がお姫様を初対面で17分割なんてしなければ良かったんだろうけど。
難儀なものね、退魔の血族っていうのも。」
「本当ですよ。今まであそこまで衝動に駆られた事なんてありませんから。」
「しょうがないわよね。現存する最後の真祖だもの。
それより志貴。お姫様の使い魔を手に入れたんですって?」
先生はまたいたずらっぽい笑みを浮かべて、コーヒーを飲む。

「手に入れたっていうか…。なつかれて。
元々アルクが預かってたんですけど、ほとんど悪魔みたいな状態らしくて。
夢魔なんですけどね。そろそろ限界だったらしくて、そこへボクが現われて、気に入られたから契約したんです。
初めは拒否したんですけどね。命がかかってるって言われたらどうしようもないし。
ボクのあの子は好きですからね。」
ボクはストロベリーパイをつまみながら先生に報告した。

「ふーん、でも流石志貴よね。真祖も夢魔も虜にしちゃうなんて。
しかも普通だったらそんな状況嫌がるのに、君は全然嫌がっているフシもないし。」
「そりゃ、人に好かれるのを嫌がるわけないじゃないですか。ただ、少し疲れますけど。」
はは、と二人で笑いながらコーヒーを飲む。
一拍置いて、先生は真面目な顔をしてボクに聞いてきた。

「それで、志貴。遠野の家は?」
「別に、どうもなってません。下手に手を出しても問題ですし、ね…。」
「そう…。見守るしかない、か。辛いわね…、すぐにでも助けてあげたいんでしょ?」
「そうですね…。でも、今はまだそれができない。本当に辛いですね…。」
「まぁ、一応協会と教会から許可はぶんどったんだから、それだけでも良しとするしかない、か。」
「…えぇ。多少の手は遠野に下しておいたんですけどね、1年前に。でも、ボクはあの頃に気付けなかったから…。」
ボクはそう言うと、またストロベリーパイに口をつける。

「それは、仕方ないわよ…。こっちの世界に来る前だったんだし。でもねぇ。わざわざ殴りこみまでかけて、ぶんどったのが監視権限だけっていうのもね。」
「まぁ、それだけでも上等でしょう。あの格式ばったお役所みたいな場所ですから。」
「そうね、協会はともかく、教会からそれを委託されたのは今までの歴史の中でも志貴だけよね。」
先生はふふ、と笑いながらコーヒーを口に含む。

「協会の時は、先生にも手伝って貰っちゃって、苦労かけました。」
「なに言ってるのよ。こっちの世界に入れたのは私だし。
それに可愛い可愛い大事な弟子だからね。」
「…可愛いの意味がなんとなく違う気がするんですけど。」
「あら、どっちも同じよ。私にとっては可愛いんだから。」
「はぁ…、あの頃の先生は一体どこへ…。」
「あら、昔から変わってないわよ。ショタコンではなかったはずなんだけどね。
それも志貴の規格外の可愛さがいけないって事よ。」
先生は真顔でそんな事を言う。
私は少し恥かしくなって顔が熱くなった。

「ふふ、そういう所は相変わらずね。本当に純粋なんだから。」
「先生がこういう風にしたんでしょう。」
「まぁ、それもそうね。こっちの世界に入ってもスレたりしないし、本当に志貴は素敵な子になっちゃった。
やっぱり唾つけといてよかったわ。」
「唾って、先生そういう言い方はやめてくださいよ。」
「あら、だって本当だもの。志貴がその気なら私はいつでもOKだしね。
あの頃に頂いちゃってもよかったんだけど、やっぱりお互い合意の上が一番だしね。」
「…先生、中学生相手にそういう事言わないで下さい。」
ボクはさらに顔が熱くなってくるのが自分で分かった。

「あら、でももう経験しちゃったんでしょ? 一度やったら二度も変わらないわよ。」
「…そういう言い方もやめてください。ボクは中学生なんですから。」
「ふふ、でもねぇ。やっぱりこっちとしては少し悔しいかな。昔から唾つけといたのに、ってね。」
先生はさらにいたずらっぽく笑う。

「はぁ…、こんな話朱鷺恵さんに聞かれたらボクが怒られるんですから。」
「ふふ、ごめん。少しいじめたくなっちゃってね。でもその子もやるわよねぇ。
いくら私と志貴が師匠と弟子の間だったから手を出さなかったものを、横から出てきてやっちゃうなんて。」
「…別に、先生とはそういう関係じゃないでしょう。」
「そうね、正しくはそういう関係にしなかっただけだけど。私としてはそっちのほうが良かったけどね。」
「もう、やめてくださいよ。先生が言うと本気みたいですから。」
「あら、さっきから言ってるじゃない、私はいつでもOKだって。なんならこの後…。」
「やめてください。師匠と弟子の肉体関係なんて、協会に知れたら大変ですよ。」
「別にいいじゃない、いいたい奴には言わせておけば。それとも志貴は私じゃ嫌って言うの?」
先生は艶っぽい瞳でボクを見つめてくる。
ボクはその視線を受けて、俄然顔を赤くした。

「…先生、それは卑怯です…。」
「あら、じゃぁいいのね。それじゃいきましょう、志貴。私も両性具有の子なんて初めてだからワクワクしてきちゃった。」
「えっ! いや、ちょっとまっ!」
「ほらほら、いいから早くしなさい。お互い忙しいんだから。」
「いやっ! ちょっとまってっ! ダ、ダメですよそんなのっ!」
「すいませーん、お金ここに置いときますから、おつりは結構です。」
「先生っ! ボクの話を聞いてくださいよっ!」
「ダーメ。どうせまた逃げるつもりなんだから。今日は逃がさないわよ。」
「いやぁ! やめてくださいよぉ!」
「ふふ、こういう時は女の子みたいな声出すんだ。やっぱり唾つけといてよかったわ。」





先生はそう言いながら、ボクをアーネンエルベから引きずり出した。













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