「失礼します。」
扉のノックの後、翡翠が部屋に入って来た。
「志貴さま、お目覚めでしたか?」
「うん…、おはよう翡翠。いつもありがとう。」
「…いえ、これが私の仕事ですから。」
翡翠は少し頬を染めて俯く。
「志貴さま、制服をお持ちいたしましたが、本日は…。」
「あぁ…、多分、そろそろ来るかも…。」
「はい、そう思いまして、一応両方お持ちしました。」
「あぁ、ありがとう翡翠。」
そうして翡翠は私のベットに制服を二着置く。
―――――――クラッ
唐突に、眠気に襲われた。
「あ……、翡翠…、正解。」
「はい。お変わりになりましたらすぐ起こします。」
「………頼……む。」
あの事件から、二ヶ月が経っていた。
琥珀さんに刺されてから私は、すぐに先生に連れられて寮へと帰った。
私の体には短刀が深々と刺さり、ほとんど死んでいる状態だったそうだ。
そこで、アルクェイド、シエル先輩はもちろん、先生の魔術や弓塚の『混沌』、翡翠、琥珀さんの感応も総動員
して奇跡的に息を吹き返した。
ただ、問題が一つだけ発生した。
「……さま、志貴さま、お目覚めください。」
「……ん、あぁ……。終わった?」
「はい、無事に終わりました。
それでは、こちらの制服をお召しになってください。」
「…あぁ、結局こっちなんだ。」
「はい、結局こちらでした。」
翡翠はクスッ、と軽く笑い、セーラー服を渡してきた。
「しっかし、この体どうなってんのかねぇ…。」
「それは、私には判りかねます…。」
「はは、そりゃそうだよね。それじゃぁ着替えるから先に居間に行っててくれ。」
「はい、それでは失礼します。」
翡翠は頭を下げて、部屋を後にする。
私の今の体は、どうやら不安定というか、まるで『混沌』のようだと言われた。
今の所戸籍の性別は男性らしいのだが、肉体はほとんど女の子の時が多い。
原因は、息を吹き返した時の処置らしい。
アルクェイドや先輩の治癒だけで私は女の子に変化してしまったんだから、それに加えて先生の魔術とか、『混沌』とか、
二人がかりの感応とかされたら、更におかしな事になるのは目に見えていた。
それをしなければ、今こうして生きているかも判らないからそれに関しては文句なんて無い。
ただ、体が不安定なのは凄く困る事だ。
先生曰く、
『君の今の体は凄い強くなっている。でも性別に関する情報だけがなぜか不安定なの。
基本的には女の子みたいだけど、下手をすると両性具有とかになっちゃう時もあるわよ。
まぁ、私は志貴が男でも女でも気にしないからいいけどね。
多分他の子達もそうでしょ?
だから、色々と自分の体に折り合いをつけて生活していきなさい。
今までそれが出来てたんだから、今後もできるでしょ?』
との事だ。
まぁ本当は男のほうが楽なんだが、周りのみんなが気にしないので今はもうどっちでもいいような気もする。
そこはアルクェイド曰く
『志貴ってさ、男でも女でも全然変わらないからこっちとしては嬉しいよ。
なんか女の子の時でも妙にかっこよかったりするし。
男の子の時でも妙に可愛かったりしてたじゃん、前だって。
だからもうどっちでもいい。
私は志貴が欲しいんだから、男でも女でも志貴は志貴でしょ?
だからどっちでもいいから一緒に千年城にいこうよー。』
との事だ。
すっげぇ嬉しいような嬉しくないような曖昧な気分にさせられて軽く三日ぐらい落ち込んでいた記憶がある。
その時はアルクェイドが毎日『ごめんなさいごめんなさい』と謝りに来てたっけ。
どうやらみんなから相当責められたらしい。
まぁとにかく、こんな体になると一番大変なのは服装だ。
ブラジャーとかを付けて街を歩いて突然男になったら大変だな、とか思ってしまう。
それではただの変態だ。
男の時でも突然街歩いていて女になったら服が大きすぎて大変だし。
でも基本的に変わるのは朝か夜なのでそこらへん少しは安心できる。
そして最近みんなが見つけた法則では、お酒を飲んだ翌日はほぼ確実に男になっているという事だ。
だがそれも次の日には女に戻る事もあるんだが、お酒のような手軽なものがスイッチになっているのがいいのか、悪いのかは判らない。
なにしろみんなお酒をガンガン飲ませてくるから、男になってもほとんど二日酔いで身動きできない状態になる。
みんなお酒好きだからな…。
「さて、そんな事考えてないで早く居間いかないとな。」
私は部屋を出て居間へと向かう。
「あ、おはようございます姉さん。」
「あぁ、おはよう秋葉。その、女の時にも兄さんってやっぱだめかな?」
「まぁ、姉さんからしたら不服かもしれませんけど、やはり見た目が女性な以上、姉さんと呼ぶべきかと思います。」
「そりゃそうだよなぁ…。」
「それよりも、姉さん。早く食事を済ませてください。学院は遠いんですから。」
「うい、それじゃぁ飯食ってくる。」
「もうっ、その言葉遣いはやめてくださいっ!」
秋葉はプリプリしながら紅茶を飲む。
やはり可愛い我が妹だ。
秋葉も私に合わせて寮から屋敷に戻ってきた。
私の場合は突然男から女になると寮では大変なので、という事だったが。
まぁ秋葉がそうしたいと言うのだから止める事はできない。
なので、今も一緒に二人で学院に通っている。
学園には前と同じように蒼香ちゃんや羽居ちゃん、晶ちゃんもいる。
ただ三人はちゃんと寮で生活しているが、月に何度か泊まりに来るようになった。
そんな時は必ず宴会になって大変だったりする。
…まぁ、楽しいからいいんだけど。
「あ、おはようございます遠野君。」
「おはよう志貴ー。」
「おはよう先輩、アルクェイド。」
アルクェイドと先輩は今は一緒に屋敷に住んでいる。
あの一件以来また私の体が不安定になった事で、二人とも責任を感じて私と行動を共にするという事だ。
ちなみに先輩は浅上で三年生をしている。
ここの家賃は教会の仕事をして払っている。
元々貯金もたんまりあり、お金には多分一生不自由しないと言っていた。
アルクェイドは英語教師を続けて、ここの家賃もきちんと払っている。
しかも城にいるじいやからたまに仕送りと協会からの仕事料も入ってくるらしい。
二人とも前のアパートは完全に引き払ったらしい。
「あ、おはようございます志貴さんー。」
「あ、おはようななこちゃん。今日はこっちにいるんだね。」
「はい、今朝は有彦さん学校に行くそうなので、一子さんと二人のおるすばんだとイロイロと危険がありそうですから。」
「あはは、そうか。」
第七聖典のななこちゃんは精霊は基本的に乾宅にいるらしい。
本体である聖典は先輩が所持している。
どうやら一子さんに『何か』されたらしく、シエル先輩はななこちゃんを理由も無く怒ったり、暴れたり、折檻したり…。
そういう事が無くなったそうだ。
平たく言うと、「一子さんにチクりますよー、ひっ、ひっ、ひっ。」という事らしい。
「にゃ〜。」
「お、レンおはよう。今日は食堂か。」
「にゃ〜。」
レンは最近ななこちゃんと仲良しだ。
二人ともマスターがいるという事で共通して、お互いの意見交換をよくしているそうだ。
この間ななこちゃんに聴いた所によると
「志貴さんはレンちゃんをコキ使ったりしませんし、大好きらしいですよ〜。
まぁ理由はそれだけじゃないんですけどね〜、ひっ、ひっ、ひっ。
はぁ、私のマスターも志貴さんだったら幸せだったんだろうな〜。」
と言っていた。
「あっ、志貴くんおはよ〜。」
「お、おはよう。琥珀さんの手伝いか? 弓塚。」
「うん。まぁ私基本的に料理とか好きだし、それに志貴くんが私の料理食べてくれるの嬉しいしさ…。」
「あ…、そ、それはありがとう。」
「あ、それじゃぁ私も今度とびきりおいしいカレーを作りましょうか? 遠野君。」
「シエル、あんた本当カレーしか作るものないの? もうそろそろそ肌が黄色になるわよ。」
「なっ、なにを言いやがりますかあんたはぁぁぁぁっ!!」
「あ〜、もうっ! 二人とも喧嘩しないでくださいよ〜っ!」
「あー、ごめんごめんさっちん。」
「うぅ、すいません弓塚さん…。」
弓塚は、父親が海外赴任の為、母親も同行、一人でこの街に残ったらしい。
それで琥珀さんに相談して、浅上の寮ではなくこの屋敷に住む事になったそうだ。
お金のほうはアルクェイドとシエル先輩の雑用をこなして稼いでいるらしい。
夜には『混沌』を庭に放って番犬にもしてレンタル料を秋葉から貰っているらしい。
全て合わせると、浅上の授業料はおろか、屋敷の家賃を払っても三ヶ月は豪遊できる金額らしい。
だがそれは『い、いつか結婚する時の為に溜めてるんだ…』と堅実な事を言っていた。
本当に、強く賢い女の子だ…。
「あ、志貴さんおはようございます。早く食べないと遅刻しちゃいますよー。」
「あぁ、琥珀さんおはよう。いつも悪いね。」
「いえいえ、お気になさらずに。」
「それじゃ、いただきます。」
「はい、召し上がってください。」
琥珀さんと翡翠は今でも浅上に通っている。
屋敷の掃除には斗波さんの所の使用人さんが来ているので大丈夫だそうだ。
二人も私に合わせて屋敷で生活をしていて、昼は一緒に学校に通っている。
琥珀さんは『志貴さんの恋人』になっている。
まぁ他の面々もそれは了承してくれているらしいのだが、たまに翡翠が琥珀さんに化けていたり、
二人っきりにはほとんどさせてくれなかったり、いろいろ大変だったりする。
まぁそれはそれで楽しいんだが、本当に二人きりになりたい時には離れを使ったりとか…。
そんな感じで、あの日以来私達は恋人である。
琥珀さん曰く
『男の子でも女の子でも志貴さんは志貴さんですからねー。
誠心誠意愛させて貰いますよー。』
とある意味危険なコメントをくれる。
別に私は女でもいいのか、琥珀さん…。
「志貴さん、志貴さんは志貴さんじゃないですか。
愛に性別も国境も人種も種族もありませんよー。」
「…琥珀さん、人の心読まないでください。」
「あらあら、気のせいですよー。」
「…その、顎に手を置いて笑うのもやめてください…。」
いつか不思議なジャムとか出てきそうで怖い…。
そんな訳で、二人は愛し合っているのでした、まる。
…本当にいいんだろうか。
「でも志貴さん、覚えておいてくださいね。
志貴さんが死んだら、私は死にますから。」
「…それって、ある意味脅しですよね。」
「もう、それはちょっと酷いんじゃないですか?」
「あ、なるほど。琥珀頭いいねー。それじゃぁ私も今度それ使おうっと。」
「志貴くんは私との約束守ってくれるんだから、ずっと一緒に居てくれないと困るよ?」
「…弓塚、お前もか。」
「なるほどなるほど、それでは遠野君、約束しましょう。私とカレー屋を開いて一緒に働くと。」
「…先輩、黒鍵突きつけてる時点でそれは脅迫ですよ。」
今の私を取り巻く状況はこんなものである。
ついでに自分の事を言えば、
あれ以来協会と教会から私の存在が危険因子ではなく「イレギュラーな存在の生物」と認識されているらしい。
もはや人ではなく生物だ…。
そしてなぜか教会、協会両方から仕事の依頼が遠野志貴へ入ってくる事もある。
まぁ大体が先輩やアルクェイドのお供なのだが。
それでもこの二ヶ月で相当の場数を踏んで、『蒼眼の死神』とか『chaos to chaos』とか、さらには『ミス・ブルーの愛人』とか言われているらしい。
もっとも最後のは先生の謀略らしいが。
そんな訳で自分にも収入が入ってくるようになり、秋葉に頭を下げなくてもよくなったが、今度は琥珀さんに財布の紐を捕まれて閉まった。
お陰で相変わらず必要最低限の生活レベルである。
まぁ琥珀さんだから、共通の趣味であるゲームやAV機器にはその紐を緩めてくれるが。
「もう、姉さんっ!! 早くしてくれないと遅刻しちゃいますよっ!!」
「あ、やべぇっ!! そういう訳だからみんなも急いでっ!!」
「志貴さん、多分準備できてないのは志貴さんだけですよ。」
「うそっ!! 琥珀さん冷たいよそりゃー。」
「うふふ、はい、ちゃんと鞄ご用意しておきましたから、大丈夫ですよー。」
「お、ありがとう琥珀さん。」
「いえいえ、ですから…。」
―――――――ちゅっ。
「これでOKです。」
「………不意打ちは卑怯だ。」
「はいはい、いいですから早くいきましょー。」
「全く、大変だな…。」
「えぇ、大変ですよー。みなさんを幸せにしないといけませんからねー。」
「…やっぱりそうなの?」
「はい。それが私の願いでもありますからー。」
「そっか、頑張るしかないか…。」
「元はといえば一人を選べない志貴さんの自業自得ですよ。」
「…琥珀さんを選んだんだけどな。」
「あ…、もう、志貴さん卑怯ですよ、そんな事いきなり言うなんて…。」
「でも、その琥珀さんの願いが『みんな幸せ』だったら頑張るしかないでしょ。」
「はい、子供はみんなで一人ずつ欲しいですねー。」
「ぶっ!! な、な、なにを言ってるんですかっ!!」
「あはは、冗談ですよー。でも、それもある意味幸せかもしれませんねー。」
「…そうかもね。でも琥珀さんはそれでいいの?」
「はい、必ず志貴さんは私の所に帰ってきますから。ですからみなさん子供が欲しいと言ったら迷わずお情けをあげてください。」
「ていうか…、そんな先の話はわからない。でも…。」
「はい…、でも、なんですか?」
「…でも、みんなを幸せにしたいし、みんなを幸せにするのが琥珀さんの幸せだったら、俺は何だって頑張るから。」
「……はいっ、頑張ってくださいね、志貴さんっ!」
こうして、このままみんなで歩いていく。
いつかは終わりが来るけれど、それまではみんなで歩いていこう。
それが、俺と琥珀さんの幸せだから。
でも…、疲れそうだなぁ…。
「そんな時は、私が癒して差し上げますから、頑張りましょう。」
「…そうだね、頑張ろうか、二人で。」
「…はいっ、頑張りましょう!」