「……この休みだった二日の間に何があったんだ。」
校舎は、とにかく不穏な空気が渦巻いている。
周りからは血臭すら感じる。
恐らくこれは…。
「ターゲット…、想念の仕業でしょう。恐らくこの二日間、この校舎で犠牲者が処理されています。」
シエル先輩が厳しい目つきで見る。
「…ここまで普通じゃない空気が流れてるのに、みんな普通なんだな…。」
先ほどから一緒にいる蒼香ちゃん、羽居ちゃんは何事も無く昇降口へ向かう。
普通の人でもこう、あからさまに怪しい気配が漂っていると判るはずなんだが…。
「恐らく、この地一帯から出ている結界のようなもの、
簡単に言うとこの地一帯に張られた暗示の影響ですね。
想念の根源である肉体はこの地に溶けていますから、既に学校、寮、林はターゲットの手の中、という事です。
ですが、恐らく向こうは私達を処理してから目立った行動に出るかと思います。
向こうも私達がいる内にそういった事はせず、大人しくしているはずですが…。」
「…でも、ここまで血の臭いを残しといてその想念ってのは…。」
「流石に、向こうの目的は未だにはっきりしません。ですからもう少し待ってください。」
先輩は伏し目がちにそう言うと私に頭を下げて昇降口へと向かう。
「…今日、本当に無事に過ごせるかな…。」
私は軽い眩暈に襲われながら、そんな事を口にした。
教室には、既に何人かの生徒が席に着いていた。
その席の至る所に、血痕やら血の臭いがこびりついて離れない。
「…ここ、最悪だな…。」
みんな暗示の所為なのか、血痕の残る椅子に座り、生徒たちは楽しそうに会話をしている。
その状況があまりにも醜すぎて、私は眩暈に襲われた。
「っ、志貴さん、大丈夫ですか?」
「…ああ、琥珀さん。まぁ、なんとか大丈夫だけど…。」
「そうですか、一応保健室へ行かれますか?」
「いや、いいよ…。とりあえず席に着くから。」
「…ですが、顔色がまだ…。」
「あぁ、大丈夫。とりあえず席に着くから。」
私は琥珀さんから手を離して席に着いた。
どうやら校舎の中には結界のようなものが張られていて、中の人間は際限なく暗示の影響を受けるようだ。
しかも、シエル先輩の暗示よりも強力な、ソレである。
流石にアルクェイドの魔眼ほどではないが、私はさっきから眩暈に頻繁に襲われる。
「あら、姉さん。具合のほうが悪いんですか?」
秋葉が血痕のついた机に手をついて私の顔色を伺う。
「…そうか、そんなに強力なのか……。」
私は一人、溜息を吐き出した。
先輩の暗示にかからない秋葉まで暗示にかかるとは、相当厄介な代物がこの校舎を取り巻いている。
「はい? 姉さん、どうかなさいましたか?」
「いや、なんでもない…。」
「そうですか? 少し顔色がよろしくないと思いますが…。」
「あぁ、イヤなものが見えるからな。」
「…イヤなもの、ですか?」
秋葉が私に訝しげに問い掛ける。
今秋葉の暗示を私が外的要因で解呪してもいいんだが、そうするとこの惨状の舞台を見せる事になってしまう。
さすがにそれは躊躇うしかなかった。
「遠野君っ!! いますかっ!!」
教室に、突然シエル先輩が飛び込んできた。
「あぁ、ここにいますよ…。」
「なんでしょうか? 先輩。」
秋葉が訝しげに今度は先輩を見る。
「あ、あのですね遠野く…。」
「志貴ちゃんっ! ちょっと来てくれないっ!!」
今度は弓塚が血相を変えて教室へ飛び込んできた。
「あぁ、二人とも、言いたい事はわかってる…。」
暗示に耐性のあるシエル先輩、魔眼の持ち主の弓塚。
さすがに二人の目には教室の惨状が映ってしまうようだ。
二人は私の机の前に歩いてきた。
「…ちょっと先輩方、先ほどから騒がしいですよっ!」
横から秋葉が口を挟む。
それと同時に翡翠や琥珀さん、蒼香ちゃん達も一斉にこちらへ顔を向けてくる。
「秋葉さん、少し黙っていてください。」
先輩は秋葉をキツク睨んで一喝する。
秋葉は顔を顰め、先輩を睨み返す。
「っ!! なんですかその物言いはっ!」
「あのね、秋葉ちゃん。多分今の秋葉ちゃんには言っても判らないから少し静かにしてくれないかな?」
先輩に食って掛かる秋葉を、弓塚は笑顔で、だが真剣な目をして抑える。
「…っ! 一体なんなんですか…。」
弓塚のその真剣な目に臆され、秋葉はしぶしぶと自分の席につく。
私はこの場が収まったのを確認して、二人に声をかける。
「…それで、二人の教室もこうだったの?」
「えぇ…、最も、この教室ほどではありませんが。」
「うん、私の教室もここよりは幾分マシかな。」
「そうか…、じゃぁこれは向こうからの明らかな挑発って事か?」
「えぇ、恐らくそうでしょうね…。」
「全く…、俺達を燻り出して早々に始末しようと思ってるのか…?」
三人で向こうの目的を考えていると、教室にアルクェイドが入って来た。
「おはよー志貴。この教室が一番酷いわねー。」
「…なに爽やかに言ってんだよお前は。」
「あ、さっちんとシエルもやっぱりいたんだ。」
「えぇ、流石にこれはシャレになりませんからね。それぐらいは貴女にも判るでしょう? アルクェイド。」
「まぁね…。でも志貴、この気配はなんなの? 私達のような魔の気配ではないと思うんだけど。」
「…そこも問題なんだよなぁ。そこらへんはなんとも言えないんだ、実際。」
「あ、アルクェイドさんは職員室いかれました?」
「うん、言ったよ。職員室もこんな感じだった。」
「そっか、だがみんなは暗示で…。」
「そういう事。まぁそっちのほうがヘタに騒がれるより楽だけどね。」
私達四人はは真剣な顔で会話をしていた。
「ねぇ、姉さん。一体どういう事なんですか?」
ふと、横の秋葉が尋ねてきた。
「あら、妹。この状況が見えてないの? 相当強い結界なのねぇこれ。」
「あぁ…、私もさっきからたまに眩暈がくるよ。」
「姉さん、結界ってどういう事ですか?」
秋葉は訝しげに聞いてきた。
「ふーん、見えるようにしてあげよっか?」
「バカ、アルクェイドやめとけ。」
「なんで? 一応妹も戦力になるじゃん。」
「そ、そりゃそうだけどな…。」
「あー、この状況を見ると妹が泣いちゃうとか、そういう心配してるんだー。志貴やさしーもんねー。」
「バ、バカッ、別にそういう訳じゃなくて…。」
「妹、志貴はこう言ってるけどどうする? 見たい?」
アルクェイドは真剣な目で秋葉を見る。
秋葉はいつにないアルクェイドの真剣さに戸惑いながら、考えて答えを出した。
「…お願いいたしますわ、アルクェイドさん。何の事か判らない内は姉さんの手助けもできませんから。」
「そっか、わかった。」
「お、おい秋葉…。」
「大丈夫です、姉さん。私は遠野家の現当主なんですから。」
周りのみんなは私達の喋っている事が判っていないから、不思議な目を向けてくる。
秋葉はその視線を無視してアルクェイドに聞く。
「それで、アルクェイドさん。どのようにすればいいんでしょうか?」
「簡単よ、一瞬だけ髪の毛赤くすればいいんだよ。」
アルクェイドはしれっ、と答えた。
「そうですか、判りました。」
秋葉は一言そう言うと、髪の毛を真っ赤にする。
その瞬間、秋葉の顔が驚きと苦悶を表していた。
「………な、なによこれは。」
「秋葉、今この校舎はこんな状況だ。大変だぞ…。」
私はそう一言呟いて、机に向き直り思考を廻らせた。