――――――カツ、カツ、カツ
それほど離れていない場所から、人のカタチをした獣が歩いてきた。
「…志貴さん? どうかしたんですか?」
横に座っている琥珀さんが声をかけてくる。
その横にいる晶ちゃんも疑問を抱く目を向けてくる。
私は自分でも気付かず立ち上がっていた。
「…ん、二人とも、そのまま座ってて。それと、離れないようにしてね。」
笑顔で私は二人に声をかける。
それを見た二人はさらに不思議そうな目で私を見つめる。
―――――――カツ、カツ、カツ
目の前のソレは、私から数メートル手前で立ち止まった。
「…俺に用があるだけで、ここまでするとは暇人だな、あんた。」
私は少しずつ力を解放する。
「いえ…、急ぎの用なものですから。私も暇ではないのですよ。」
そう言うと、人の形をした獣は、ニヤリと顔を歪めた。
「…今朝、アルクェイドの部屋にいったな。」
「えぇ、少し用事があったものですから。ですが姫君はいなかったので残念でした。」
「ああ、そうか。…それで。」
そこまで言い、私は『魔眼』を解放した。
「…お前、死徒だな。」
「えぇ、そうですよ。」
私の言葉に目の前のソレは不敵に笑った。
「そうか。それで、何の用だ? まさか殺し合い、なんて事じゃねぇだろ? こんな時間に。」
この時間での殺し合いなら、私が負ける通りがない。
もちろん、相手もそれは承知のはずだ。
みすみす返り討ちにされるほど相手も馬鹿じゃないだろう。
「それはそうです。この時間に仕掛けるほど馬鹿ではありませんから。それに、私はどちらかといえば貴女側の死徒です。」
「…俺側? …よく意味がわからないが。」
私の発言を受け、彼は申し訳なさそうに頭を下げる。
「すいませんね、自己紹介がまだでした。私はメレム・ソロモン。死徒二十七祖の二十、埋葬機関の五とも呼ばれています。」
「…埋葬機関? という事は…。」
「えぇ、『弓』とは上司と部下の間柄です。貴女の事は聞いていますよ、『殺人貴』。」
「…全く、失礼だな。俺は真っ当な人間なのに。」
「ふふ、面白い冗談を。報告では二十七祖、番外を含め三つを葬ったと聞きましたよ。
『教会』でも手がつけられないモノばかりをね。真っ当な人間にはそんな事不可能です。」
「…そんな話はいい。一体俺に何の用だ?」
ニヤニヤ笑っている奴を私は睨んで先を促した。
「はい、最も本当に用があるのは『弓』へなんですが、貴女にもあります。
…近々、『協会』から人が派遣されるでしょう。
貴女は以前、協会の人間二人と接触をしていますね、まぁその時は既に両方とも抜けてはいましたが。
そこで、貴女の今の状況は『協会』と『教会』、両方から不確定要素と呼ばれるものになっています。
加えて、貴女の近くには真祖の姫君、この極東の地古来の混血の一族が取り巻いている。
そして貴女自身、この地に古くからいる特殊能力の一族の末裔。
その一族はこの地において混血の一族と対を成す『畏怖』の対象。
そんなもの周りに真祖や混血、加えて『教会』の『弓』や『協会』の人間がいる。
危険視をする方がいるのは当たり前でしょう。」
「…それで、その調査の為に『協会』から人が来る、か。ついでにオマエは『教会』から派遣されたクチか。」
「察しのいい事で。もちろん私の目的は『弓』にあります。直属の上司なのでね。
『弓』から貴女の報告はきちんと来ていますが、その報告を見る限り『弓』の主観に基づくものが多すぎてね。
まぁ平たく言えば報告の中で貴女への気持ちを出しすぎている、というのを注意しにきたんですよ。」
「…それで、簡単に言えば同時にオマエは自分の目で俺を確めに来たと。」
「えぇ、その通りです。付け加えますと、『調査』に託けてあわよくば貴女を処断しようかとも思っていたんですがね。
…まさかこんな極東の地にいる貴女がこんな化け物だとは思っていませんでしたから。」
そう言いながら、ヤツは殺気を私に向けてきた。
空間が歪むのを感じる。
だが、それは本気だとは感じられなかったので、私は軽く受け流す。
「それは誉めてるのか? 全然嬉しくないな。」
「いえ、貶しているんですよ、『殺人貴』。貴女は人のまま化け物になった。
我々死徒とは違う、本当の意味での化け物。それが貴女だと私は評価します。」
「そんなに挑発して、オマエはナニがしたいんだ?」
「ただ、私は貴女が嫌いなだけですよ。真祖の姫君を殺した人間。ありえないと思いましたが、こうして見ると納得させられます。
納得できるからこそ、貴女が嫌いなんですよ。」
口ではそう言いつつも、殺気はさっきから叩きつけられてくる。
しかも先ほどよりも感情が入り、強くなってくる。
だが、ここで遣りあうのが相手の目的ではない以上、私はそれを受け止めず、受け流す。
「…それで、もう用事はないんだろ?」
「そうですね、私の用事はこれで終わりました。私はこれから『弓』に会わなくてはいけませんから。
それでは、失礼しますよ、『殺人貴』。次、は恐らくありません。」
言いながら、殺気を緩め、背中を向けた。
私は最後に、相手の挑発に乗る事にした。
流石に今までの物言いや態度に頭に来た所だ。
「あぁ、そう願うよ、『王冠』。」
瞬間、相手は驚き、殺気剥き出しの横顔を私に向けてくる。
私がそのコードを知っているとは思っていなかったであろう、ヤツは私に意表を突かれ、それが悔しくて憎悪を膨らませているんだろう。
それを私も受け、殺気を向けて相手を威嚇する。
二人の間の空間が歪むのを感じる。いつ、どうお互いが動くかを牽制している状態。
そんな中で私は笑い、同時にヤツの顔も歪んだ。
「くくく、『王冠』ですか。誉めていますか?」
「いや、貶してるんだよ、変人だってな。」
「そうですか…。貴女は愉快な人だ。私の興味の対象が一つ増えましたよ。最も、半分は憎悪によるもの、ですがね。」
そう吐き捨てて、『王冠』は姿を消した。
すると、自然と街の喧騒が戻り、人が戻り、日常が訪れた。
「はぁ、なんだったんだ、あいつは…。」
私はその場に座り、飲みかけのお茶を飲む。
ふと、横にいる二人を横目で見て、驚いた。
「・・・・・・・。」
「・・・・・・・。」
二人は遠くを見ながらガチガチ歯を震わせていた。
「えぇっ! ちょ、ちょっと二人ともどうしたのっ!」
「あぁっ! い、いえ…。その、ちょっと…。」
「………ふ、ふぁぁぁぁ。」
「えぇっ、ちょっ、ちょっと晶ちゃん、落ち着いて。」
堰を切ったように晶ちゃんは突然泣き出してしまった。
琥珀さんも目に涙を浮かべている、というか涙を溢していた。
「あぁぁっ! ちょ、二人とも泣かないで。」
とりあえずどうするべきか悩み、二人の頭をそれぞれ撫でた。
「あ、あぁ…、し、志貴さん…。」
「ふぁぁぁぁ。志貴さ〜ん。」
すると、二人は私の肩に顔を埋めて泣き出してしまった。
「あぁ…、もう大丈夫、もう大丈夫だから、泣かないでくれ…。」
そう言いながら頭を撫でて、二人が泣き止むのに更に15分かかった。
「…はぁ、泣き止んだかい?」
「うぅ…、はい、すいません遠野さん…。」
「…申し訳、ありませんでした。」
二人はぐったりしながら、少し腫れた目蓋を気にしながら喋る。
「はぁ…、なんか、怖かったんですよ。先ほどの方…。」
琥珀さんはそう言うと、PETボトルに口をつける。
「まぁ、そりゃ…、向こうは人間じゃないし…。」
「はい…、お話を聞いていました。弓塚さんが、今のような状態になる前の事ですよね、死徒って。」
「まぁ、そうかな。正確に言うと真祖、まぁアルクェイドのような奴に血を吸われた人間の事かな。」
「あ、あのっ、志貴さん、アルクェイドさんて方は、浅上の教師の方ですよね…。」
すると、晶ちゃんが潤んだ目で見つめてくる。
「あ、あぁ…。晶ちゃんは知らなかったっけ。アルクェイドは人間じゃないんだ。
あいつは、まぁ平たく言うと血を吸わない吸血鬼なんだよ。」
「き、吸血鬼って、そんな…。」
晶ちゃんは信じられない、と言った顔で私を見つめる。
「まぁ、信じる信じないは別だけどね。ついでに言うと弓塚も半分ぐらいはそうなんだ。」
「え、えぇっ! ゆ、弓塚さんって、あの、琥珀さんと同室の…。」
「えぇ、そうですよ瀬尾さん。」
「あ、あわわわわわっ。」
晶ちゃんの顔が『もう、わけわかんない』といった表情になる。
まぁ、それが普通の反応なんだろう…。
「こらっ! 余計な事言っちゃダメだよ志貴ちゃん!」
そんな声と共に、上から弓塚が降ってきた。
「何言ってんだ、10分ぐらい前からずっと覗き見してたくせに。」
「え、えへへ、バレてたんだ。もう、気付いてるなら声かけてくれればよかったのに。」
バツの悪そうな笑顔を向けて、弓塚は喋る。
「あはー、それではもうすぐみなさん来ちゃいますねー。」
「うん、私がみんなに報告にいったから、もうそろそろみんな来るよ。」
「…あ、みんなって事は、秋葉もか?」
「っ!! と、遠野先輩が来ちゃうんですかっ!!」
瞬間、晶ちゃんの表情が一転して恐怖の顔になる。
そういえば秋葉は、なぜか私と晶ちゃんが話をしていると露骨に不機嫌になる。
それを知っているからこんなに怖がっているのか。
「あ、そ、それじゃぁ私は先に寮に…。」
これから来る秋葉を恐れ、先に帰ろうとする晶ちゃんを私は止めた。
「それじゃぁとりあえず一緒に寮に帰ろうか。晶ちゃんも一緒に戻ろう。
そうすればたまたま、て事にできるでしょ?」
「なるほど、それは名案ですね。」
「あはは、そうだろ。そうすれば秋葉の目も誤魔化せるし、晶ちゃんが一人で寂しく帰る事にもならないしね。」
「そんなに瀬尾と一緒に居たいんですか。」
「いや、そういう意味じゃなくてさ。今からみんな集まるのに晶ちゃんを一人にするのは可哀相だろうと思って。
まぁ、実際晶ちゃんは可愛いし、妹みたいなもんだからさ。寂しい思いはさせたくないよ。」
「そうですか、でも実の妹は寂しい思いをするかもしれませんよ?」
「あはは、それはそうかもね。でも秋葉の場合はそこらへん正直じゃないからなぁ…。
髪の毛振り乱して怒りそうだし、実際そうだしねぇ…。凶暴だし…。
昔の秋葉は晶ちゃんみたいに可愛かったんだけどな…。
なんで今はあんなに怒りっぽくなっちゃったんだろうなぁ…。
そう思わない? 琥珀さん。」
そう言いながら後ろを向く。
すると、そこにいるはずの琥珀さんがいない。
「あ、あれ? 琥珀さん?」
「さて、姉さん。誰が怒りっぽくて怒ると髪の毛を振り乱す凶暴女なんでしょうか?」
声の方向を恐る恐る振り返る。額や背中からは汗がとめどなく噴出す。
「あ、あ、秋葉…。」
「さぁ、答えて頂けますか? 姉さん…。」
秋葉が笑顔で私を問い詰める。だが、目は全然笑っていない。
「あ、いや、それは…。あ、秋葉は私と可愛いたった一人の妹で…。」
「あら、別にいいんですよ、今更そんな事おっしゃらなくても。そりゃあ私はどうせ瀬尾とは比べ物にならないくらい怖い鬼妹ですから…。」
「ま、まて、秋葉。そ、そんな事は一度も言ってないぞ。」
「言っていなくても思ってはいるんでしょう? 姉さん。」
秋葉が核心を突く。
当っているだけに私は口篭ってしまった。
それが引き金の引いたのか、秋葉の肩がブルブルと震える。
「ま、まて、秋葉。落ち着け。落ち着けばなんとか…。」
「ね、姉さんのばかぁ〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!!」
私が言い終わる前に、秋葉は私を数メートル上空へと吹き飛ばした。