「…晶ちゃんは、寝てるよなぁ。」
今は夜中の二時、当然同室の晶ちゃんのベットからはスースーと寝息が聞こえる。
「琥珀さんは、起きてるかな…。」
私は翡翠や琥珀さんなら起きているだろうと思い、彼女達の部屋へ行く事にした。
――――コンコン
深夜の廊下に、無機質な扉を叩く音が響いた。
「―はい? どちらさまでしょうか?」
良かった、この喋り方は恐らく翡翠だろう。
「あ、私。志貴だけど…。」
「え…、あ、はい。少々お待ちください。」
中からゴソゴソと物音が聞こえた後、カチャ、と鍵を開ける音が聞こえた。
「…どうぞ、廊下ではなんですのでお入りください。」
「あぁ、ごめんねこんな夜中に。それじゃぁお邪魔します。」
私は翡翠の案内で彼女達の部屋へと入った。
「こんばんは、志貴ちゃん。」
「こんばんは志貴さん、どうかしたんですか?」
中にいた弓塚と琥珀さんはお菓子を広げてお茶会をしていたようだ。
夜中なのに妙に明るいと思ったら、部屋の真中に小さい電灯が仕掛けられていた。
「あぁ、ごめんねこんな夜中に。実はちょっとお腹が痛くてさ…。」
「あぁー、生理痛ですねー。それではお薬をご用意いたしますので、少々お待ちください。」
「それでは志貴さま、少々おかけになってお待ちください。」
「あぁ、ありがとう翡翠。それじゃぁ失礼しますっと。」
翡翠に促され私は部屋に敷いてある座布団の一つに座った。
「ねぇ志貴ちゃん、痛むの?」
「あぁ、なんか鈍い痛みがね、お陰で寝付けなくってさ。」
「あら、それでは志貴さん、一緒に睡眠導入剤もお出ししましょうか?」
「うーん、そうだね。大丈夫だったらお願いします。」
「はい、それではお待ちください。」
琥珀さんは薬の分量を量りながら、いろいろと作業している。
「志貴さま、粗茶ですがどうぞ。」
「あ、ありがとう翡翠。」
「志貴ちゃんて、屋敷だといつもこういう待遇されてるの?」
「うーん、まぁ、そうかな…。なんとなく慣れちゃって、当たり前になっちゃってるけどね。」
「へぇ〜、やっぱ丘の上の王子様だね、志貴ちゃんは。」
「ぶっ! …弓塚、その言い方やめてくれ。王子様なんて柄じゃない。」
「そうかな〜? 私は王子様って志貴ちゃんのイメージにピッタリなんだけどな。」
「はぁ、多分お前だけだよ。」
「え〜、それはちょっとひどいな〜。」
「酷くない酷くない。王子様なんてあの学校では誰も思わないから。」
「そんな事ないよ。志貴ちゃんって前の学校では実は人気あったんだよ。」
今の弓塚の発言で、一瞬翡翠と琥珀さんの表情が変わった気がした。
「へ? …なんだそれ。そんなの初耳だよ。」
「そりゃそうだよ。だって志貴ちゃんはいつも乾君と一緒にいたんだから、誰も近寄れなかったんだよ。」
「…おぉ、そうか。よく考えたら有彦と一緒にいて話し掛けてきたのって弓塚とシエル先輩ぐらいだもんな。」
「そうだよ。今まで気付いてなかったの?」
「あぁ、全く気付かなかった。」
「はぁ、そうやって近づけもせずに影で泣いている女の子が何人いたか…。」
よよよ、としなだれて弓塚が泣きまねをする。
「でもさ、弓塚はちゃんと話し掛けてきたじゃん。」
「あ、そ、それはその…。ほら、中学時代から一緒だったしさ、ね。」
「そういやそっか。前から一緒だったら話し掛けやすいもんな。」
「まぁ、そりゃそうなんだけどね…。」
「…そうか、有彦が私の貧乏神だったのか。そういえばあいつに貸した金返して貰ってないし。」
「そういえば志貴ちゃん、高田君にお金借りたまんまでしょ。」
「うっ!! そ、そんな事もあったっけなぁー。」
この状況で嫌な事を思い出すな弓塚。
ほら、翡翠と琥珀さんの目が怖くなってるじゃないか。
「そ、それより弓塚。中学時代のあの木刀はまだ持ってるのか?」
「あー、今日乾君と話した、文化財の木刀だね。」
「あぁ、そうそうそれ。まだあるの?」
「うん、家に大事に閉まってある。」
「そうか、まぁあの時腕を折ったのは有彦で、バラしてしまえって言ったのは私だけど、木刀にして持って帰ってしまえって言ったのは弓塚だしな。」
「あわわわわっ! そ、それは言わない約束〜っ!」
「お楽しみ中の所申し訳ありませんが、お薬できましたよー。」
私達が昔話をしていると、琥珀さんが薬の完成を伝えてきた。
「あぁ、ありがとう琥珀さん。助かるよ。」
「はい、それじゃぁ翡翠ちゃん、お茶をお接ぎして。」
「はい、姉さん。志貴さまどうぞ。」
「うん、ありがと。それじゃぁ失礼して…。」
私は琥珀さんから薬を受け取ると、口に流し込みお茶と一緒に飲み込んだ。
「そのお薬は即効性ですから、すぐに腹痛は治まるかと思いますよ。」
「即効性って、大丈夫なの?」
「はい、腹痛を抑えるのは少し効きが遅いので、睡眠薬のほうを即効性にさせて頂きました。」
「っ!! こ、琥珀さん…、今のは冗談ですよね?」
「いいえ、私はダジャレやジョークは言いますが冗談は言いませんよー。」
「いや、嘘でしょうそれは。」
「はい、嘘です。」
本当に、何を考えているんだろうこの人は…。
私は気を取り直してもう一度聞き直す事にした。
「それで…、薬の効果なんですけど…。」
「はい、即効性のあるトリアゾラムを処方いたしました。もうそろそろ効果が出てくるかと思いますよー。」
「こ、こんなに早く効果が…。」
すると、頭の奥から何かが湧き上がってきて、頭の中で破裂、凄い気持ちよさと感覚が無くなってくるのが分かった。
感覚が無くなってくるのに凄い気持ちいいと感じる矛盾。
あぁ、これが効果ってやつかぁー、と冷静に判断してみた。
思わずそのまま横に倒れる。
「あら、やっぱり効き始めましたね。」
「う、ん。なんか…、眠いっていうか…、気持ちいいっていうか…。」
「そうですか、それじゃぁ翡翠ちゃん、ベットまで運ぶの手伝ってくれる?」
「えっ、ですが姉さん。志貴さまをお部屋にお返ししなければ…。」
翡翠はかなり困惑した表情をしている。それは弓塚も同様だった。
「あ、あの、琥珀さん。志貴ちゃんは、大丈夫なの?」
「心配なさる事はありませんよ。トリアゾラムは少量でしたら問題はありません。
まぁ今回は生理中という事で普通より少量にしましたが、効果はちゃんと出たようですね。」
「あ…、ねむ…。」
「それでは志貴さん、どうしましょうか?」
いたずらっ娘のような顔で私を見てくるが、私の目は目蓋が重くてうっすらとしか琥珀さんの顔が見えない。
「…ん、こ、はくさ…、じゃあ…、ねる…。」
「はい、それではどちらでおやすみになりますか?」
「え…、あ、もう…、うごき…たくないからさ…。ここで…、いい?」
「はい、それでしたら私のベットまでお運びしますねー。」
「あ…、うん、あ、りが、と。こ、はくちゃ、…。」
「はい、それではお休みなさいませ。」
「うん…、おやす、み…。」
私の意識はそう言うと、深い闇に落ちていった。
「さぁ、翡翠ちゃん、志貴さまをお運びしますよ。」
「…志貴さま、可愛い。」
「うん…、なんか普段と違って喋り方が、可愛かったね…。」
「もう、二人ともダメですよ、そんな顔で志貴さんを襲ったりしちゃ。」
「ね、姉さんっ! な、何を言うんですかっ!」
「じゃぁ翡翠ちゃん、私のベットまで志貴さんを運ぶのを手伝ってよー。」
「なっ、なぜ姉さんのベットなんですかっ!!」
「だって、志貴さんにはきちんと許可を頂きましたよー。」
「ダメですっ!! 姉さんと二人でなんてそれこそ何かあるに決まってますっ!!」
「あらー、翡翠ちゃん、ここ最近賢くなってきちゃって、お姉ちゃん悲しいわー。」
「泣きまねはいいですから、白状してください。何の目的でこんな…。」
「いいぇ、ただ私は既成事実さえ作ってしまえば後は大丈夫かなー、と。」
「何が大丈夫なんですかっ!! 姉さん、貴女を犯人ですっ!!」
「あっ、そうだっ!!」
「はい? どうしたんですか? 弓塚さん。」
「ほら、今二人は志貴ちゃんがどこで寝るかで争ってるんでしょう?」
「はい、それがどうかなさいましたか、弓塚さま。」
「うん、それで、私も志貴ちゃんと一緒に寝たいからさ。」
「はぁ、それはそうですねー。」
「でしょ? だから、三人の布団を床に敷いてみんなで寝ればいいんじゃないかな?」
「…弓塚さま、貴女を天才です。」
「なるほどー、発想の転換ですねー。『どこで寝るか』では無くて『どうやって寝るか』ですか。」
「うん、そういう事。それじゃぁ二人ともベットから布団を持ってこよう。」
「かしこまりました、弓塚さま。」
「それでは、三人でどうやって寝るかを今度は考えましょう。」
「じゃぁ私は志貴ちゃんの頭の上でいいから、翡翠さんと琥珀さんは隣に寝ていいよ。」
「えっ、よろしいのですか?」
「うん、その代わり寝顔が正面に見える位置にしてもらうから。」
「…弓塚さん、なかなか知恵が回りますね…フフ。」
「いえ、琥珀さんほどでは…フフフ。」
「二人とも、悪知恵が天才です。」