「まぁ、こういう事だから、当分あの町には戻れない。」
「あぁ、わかった。とりあえず一子に教えとくわ。あ、あと朱鷺恵さん帰ってきてるから、朱鷺恵さんにも言っとく。」
「へ? 朱鷺恵さん帰ってきてるの?」
「あぁ、この間一子が一緒に飲んだってよ。一子に報告したら二人で来るかもな。」
「げっ! それは勘弁して欲しい…。」
有彦に事情を説明していると、懐かしい人の名前が出てきた。
朱鷺恵さんは私のかかりつけ、というか遠野家お抱えの時南病院でお世話になっている、
今も私の主治医をしているヤブ、時南宗玄とは似ても似つかない綺麗な娘だ。
本当に親子なのか疑わしい。
一子さん、私はイチゴさんと呼んでいる人は、有彦のお姉さんで、有間の頃からお世話になっている人だ。
だが、私は未だにイチゴさんが何の仕事をしているのか分からない、謎な人でもある。
そして、二人とも私にとっては特別な人だ…。

「まぁ一子の事だから、報告したらすぐ来ると思うぞ。覚悟しとけ。」
「あぁ、まぁ心の準備はしておくよ。」
「あんまイタズラされても泣いたりするなよ。一子と朱鷺恵さんだからな、何するか分からん。」
「朱鷺恵さんはともかく、イチゴさんが怖いな…。」
「じゃぁ、警告はしたからな、後は頑張れ。」
「…無責任だな、親友。」
「おう、何の報告もしないで消えた親友なんてほっとくに限るわ。じゃぁな、帰ってきたら報告しろよ。」
「あぁ、またな。」
そういってバイクにまたがり、有彦は帰っていった。
…後ろにななこちゃんを乗せて。

「あぁぁっ!! ちょっとっ!! セブンどこいくんですかっ!!」
「私のますたーは有彦さんですからー。」
「うるせぇぞななこ!! 助けろっつぅから乗せてやってんだっ!! 降ろすぞこの駄馬っ!!」
「わわわわわっ、それはやめてくださいー。」
「まぁ、先輩。第七聖典は使わないでしょ…。」
「そうですけど、あれには私を護る法衣の役目も…。」
「…諦めたほうがいいですよ。」
「…今の内に改造してやりましょうかね。」
怪しい光を放つ目をしたシエル先輩を抑え、私達は寮へと戻っていった。




「しかしまぁ〜、よく買ったなぁ大将。」
「あはは、ほとんど琥珀さんが選んだんだけどね。」
「うわー、志貴ちゃんこんなの着るんだー。」
羽居ちゃんが私の買い物袋から取り出したのは赤、黒、白の三色で構成されたフリルが至る所についているワンピースだった。

「えぇっ!! こ、琥珀さんっ!! いつの間にあんなの入れてたんですかっ!!」
「いえいえ、これを着た志貴さん凄い可愛かったから、秘密裏に買い物篭の底に入れておいたんですよー。」
「…見たのか、琥珀さん。」
蒼香ちゃんが真剣な目つきで琥珀さんに問い掛ける。

「…えぇ、それはもう…。なんていいますか、八頭身のフランス人形が呼吸しているような感じでした…。」
その時の光景を思い出しているのか、ほんのり頬を赤らめて『ほぅ』と溜息をつく琥珀さん。
その場にいたみんなはゴクリと生唾を飲む。

「…し、志貴ちゃん…、その…、見せて…。」
「…何をだ、弓塚。」
「…その、ゴ、ゴ、ゴ、ゴ…。」
「ゴゴゴゴゴ?」
「ゴ、ゴスロリを着てくださいっっっっっっっっ!!」
思いっきり頭を勢いよく下げる弓塚。
他の面々は弓塚の勇気ある行動に感心の意を示していた。

「…嫌だ。」
「そっ、そんな…。」
ヨロヨロと頭を抱えながら後ろに下がり座り込む弓塚。
周りの面々はそこに駆け寄る。

「姉さんっ!! あんまりではありませんかっ!!」
「そうだぞ大将!! 言い方ってもんがあるだろうっ!!」
「志貴さま、見損ないました。」
「遠野君にはおしおきが必要ですねー。」
「志貴ちゃーん、ちょっとぐらいいーじゃーん。」
「志貴さん、ただ着るだけなんですから…。弓塚さんが可哀相…。」
「…………嫌なもんは嫌なんだが。」
「許しません。遠野家当主権限で、その、洋服を今すぐ着る事を命じますっ!!」
秋葉の伝家の宝刀が飛び出した。
周りのみんなは『おぉー』と歓声を上げる。
秋葉は胸を張り自慢気だ。だが…。

「秋葉、それを職権乱用と言うんだ。」
「なっ!! 姉さんっ!」
秋葉は私の言葉にたじろぐ…。
ていうかこんな事でいちいち当主権限を行使するな…。
すると、横から真の黒幕が出てきた。

「志貴さん、ムリヤリと妥協、どちらがよろしいかお考えになったほうがいいですよー。」
「こ、琥珀さん…。そ、その注射はなんですか…?」
「はい、ちょっとだけぐっすり眠れるお薬ですよー。」
「ぐっすりをちょっととは言わないでしょ!!」
「大丈夫ですよ、眩暈や頭痛は起きないはずですからー。」
琥珀さんが怪しい注射を構え、ゆっくりとにじり寄ってくる…。
私はそれに合わせて一歩ずつ後ろへと下がる

「しーきーさーん、どうしますかぁー?」
琥珀さんに壁際まで追い詰められた私は、苦渋の選択をする…。

(どうする…、どうする…。)
今は秋葉の部屋壁際。
ここから廊下への出口まで約10M。
もし琥珀さんを切り抜けられたとしても、次に襲い掛かってくるのは位置的に蒼香ちゃんと秋葉、それと翡翠。
その三人を避けると次に待っているのはシエル先輩、弓塚、羽居ちゃん。
そして後ろには秋葉、翡翠、琥珀さん、蒼香ちゃん…。
この10Mで相手にしなければいけないのは普通の身体能力の蒼香ちゃん達を抜かせばわずか三人。
秋葉の遠距離攻撃と弓塚の『混沌』はこの場合無視できるが、この二人の捕獲系スキル『檻髪』と『創世の土』は使用できる状況だ…。
いくらなんでも『混沌』を避け、黒鍵を避け、『檻髪』を斬るなんて事は一度にはできない…。

―――――――――諦めとは、大人になる為の第一歩。

「…着させて頂きます。」
私は涙を流しながら頷いた。





「志貴さーん、開けていいですかー?」
「えっ! ちょ、ちょっとまって!!」
「あ、志貴さま。レンさんがいらっしゃいました。」
「えっ! レン、どこいってたの?」
「あっ、レンちゃん、志貴さんは着替えてますから入っちゃダメですよー。」
「・・・・・・・」
私の着替えように締め切っていたカーテンの隙間から、人型のレンが入って来た。

「…レン、そんなにジロジロ見ないでくれ…。」
「・・・・・・・」
レンは驚いた、という表情で私の事を見てくる。
そのままレンは私の腰に手を回して抱きついてくる。
私はレンの頭をゆっくり撫でる。

「志貴さーん、もういーですかー?」
「…あぁ、いいよ。」
「それじゃぁ開けますよー。」

―――――――シャァッ

カーテンが開く音と共に私の前に部屋の状況が広がった。

「―――晶ちゃんまで来てたのか。」
私はそう呟くが、晶ちゃんは返事をしてこない。
…いや、みんな呆然と私を見ているだけだった。
私の隣ではレンが私の腰に抱きついて頬擦りをしている。

「…あの、みんな…、ジロジロ見過ぎなんだけど…。」
私は思わず恥かしくなり、顔が赤くなるのを意識しながらそんな事を言った。

「っっっ!! 志貴ちゃぁぁぁぁぁんっ!!」
すると突然、弓塚が抱きついてきた。

「うわぁぁっ!! ゆ、弓塚、いきなりどうしたんだっ!!」
「うぅぅ〜っ、志貴ちゃん似合いすぎだよぉ〜。」
「ちょ、ちょっと弓塚ま、まて、とりあえずまてっ!」
暴走気味の弓塚は私の顔に頬擦りしてくる。
そのまま私は

―――――ドスッ

弓塚に押し倒される形になった。

「っ!! 弓塚さんっ!!なにをやっているんですか貴女はっ!!」
「弓塚先輩っ!! 早く『私の』姉さんから離れなさいっ!!」
秋葉と先輩を筆頭に、みんなが次々を弓塚に襲い掛かる。

「弓塚先輩、抜け駆けは許さないぞっ!!」
「弓塚さん、貴女を犯人です。」
「あははー、弓塚さん踊り子さんにお手を触れてはいけませんよー。」
「あぁぁぁぁっ、ご、ごめんなさいぃぃぃっ!!」
弓塚にみんなからの容赦ない制裁が加えられている。
その混乱から抜け出せた私は晶ちゃんと羽居ちゃんの隣へ座った。

「志貴ちゃん、よく似合ってるねー。」
「と、遠野さん、その、す、素敵です…。そ、その、絵に書いていいですか…?」
「はは、ありがとう…、正直複雑だけどね…。」
「・・・・・・・」
私にくっついていたレンは、座った私の膝に顔を擦りつけている。
その頭をまた優しく撫でると、レンは嬉しいのか頬を赤らめ頬擦りを続ける。

「それで…、いつになったら着替えられるのかな…。」
「んー、今の内に部屋に戻って着替えたほうがいいんじゃないかなー?」
「あ、そうか。ありがとう羽居ちゃん。それじゃぁいこっかレン。」
「あ、あの、私も同行していいですか? その、絵の参考にその服を…。」
「ん? あぁ、別にいいよ。それじゃぁまた着替えたら来るよ、また後で。」
「うん、またあとでねー、志貴ちゃん。」


それから、私が着替えて部屋に戻るまで、弓塚への制裁は続けられた。