「はぁ、今日は早めに切り上げるか。…戻ろう、レン。」
いつもの『日課』を少し早めに切り上げて、私はレンを呼んだ。
レンは大人しく待っていて、私が呼ぶと服の袖を掴む。

「ん? …あぁ、それじゃぁコンビニ寄っていくか。」
レンは首を頷かせると、私の手を握り、横に並ぶ。
それを笑顔で見てから、私達はコンビニへと向かった。





一般道へと続く林の中で、私はソレを見た。

小さな影と複数の大きな影。

大きな影は、小さな影の腕を引く。

小さな影はそれに拒絶を示す。

大きな影が小さな影に手をあげる。

小さな影は、後ろに倒れこむ。




それで、なんなのか判った。
大きな影は倒れた影に馬乗りになる。
倒れた影は抵抗しない。
大きな影を、私は蹴り飛ばした。
倒された影の様子を確認する。
周りにはお菓子やジュース、生理用品がばら撒かれている。
手には破かれたビニール袋。
洋服は胸元が露になるように破かれている。
下着は太ももまで下ろされているが、間に合ったようだ。
続いて、叩かれたであろう顔を確認して、私は戸惑った。

「こ…、はく…、さ、ん…?」
その人は、間違いなく琥珀さんだった。

「琥珀さんっ!! 大丈夫ですかっ!?」
私は琥珀さんの肩を掴み声をかける。
彼女はこちらに目を向けた。
過去、何度も見たことのある、『人形』の目が、そこにあった。

「…許して…、許して…、ごめんなさい…、槙久さま…。」
彼女は、『人形』に戻ろうとしている。



『人形』で無くなったから、痛みを感じた。

――――――なんで

『人形』だったから、痛みは感じなかった。

――――――コイツラは

だから、『人形』になれば、痛くはなくなった。

――――――…………。


その場から立ち上がり振り返る。
男達は何事か口を開いている。
そんなもの聴こえない。
そんな事は知らない。

――――――タダ


――――――コノ衝動ニ


――――――身ヲ任セタ




男達は全て倒れた。一人を除いて。
彼女を人形にしたヤツ。
そいつだけが俺の目的だった。
男は涎を垂らして涙を流す。
そんなものはどうでもいい。
俺はただ、この『衝動』を形に変えるだけ。

「―――――お前を殺す。」

ポケットから七夜を取り出す。
眼はもうヤツの『点』しか見ていない。
七夜をそこへ走らせる。

横から、『釘』が飛んできた。

横から、『爪』が飛んできた。

釘を弾き、爪を避ける。

二つの影を認識する。

「―――――邪魔を、するなら殺す。」

二つの影は口を動かす。
だが、声は聴こえない。
まず、近かった魔に向かう。
その魔は強い。線が視えない
ただ、それだけだった。
魔にナイフを突き立てる。
魔はそれを避け、爪を振るう。
それを避け、蹴り上げる。
後ろから釘が飛んでくる。
それを弾き、前にでる。
釘の持ち主は飛び上がる。
俺はさらに上に跳び、地面に叩きつける。

俺は、ヤツに向き直る。

ナイフを構え、今度こそヤツを仕留める。
ヤツはただ、虚空を見つめ涙を流す。

人形のような目を向けてくる。


彼女は、人形から人間に戻れた。
その彼女を、また人形に戻そうとした。
それが許せない。
許せないのは、誰なのか。
彼女が許せないのか、彼女を人形にしたヤツが許せないのか。
ヤツを視る。

ヤツは、彼女を人形にしたヤツじゃなかった。

人形にしたヤツは、とっくに死んでいるから。

じゃぁ、許せないのは…

彼女を守れなかった、俺自身かもしれない。


――――――それが、俺の罪


「っ!! 琥珀さん…。」
私は後ろを向く。
琥珀さんはまだ虚ろな目を向けてくる。

「遠野君…、よかった…。」
「…志貴、大丈夫?」
「…あぁ、ごめん、二人とも。止めてくれて助かった。」
私は来てくれた二人にお礼を言う。
二人が止めてくれなかったら、私は彼を殺している所だ。

「琥珀さん…、琥珀さん。」
「……………。」
「遠野君…、琥珀さんは…。」
「あぁ、多分…、暴力を受けた時に、フラッシュバックしたんだろ…。槙久が…。」
自分の、義理とは言え父親の名前を吐き出して、私は唇を噛み締める。
幸い、彼女は服を裂かれた以上の事はされていない、が…。

「傷は…、琥珀さんの傷が、表に出てきた…。」
人形になったきっかけ。その傷が、今の琥珀さんを覆っていた。

「遠野君、後は私達に任せて、その…。」
「…あぁ、ありがとう。二人とも…。」
「志貴…、元気、出してね…。」
「…あぁ、それじゃぁ、ごめん。後はよろしく。」
「はい…、おやすみなさい。」
「うん、またね志貴。」
二人にそう告げて、私は寮へと戻っていった。

腕の中には、過去の傷痕に苦しんでいる琥珀さんを抱いて。