「レン、おいで。そろそろ戻るよ。」
「・・・・・・・・・・」
木の根の上に座ってミルクを飲んでいたレンが、トコトコと歩いてきた。

「大人しかったな、レン。それじゃぁ帰ろうか。」
「・・・・・・・(コクコク)」
私がレンの頭を撫でると、レンは猫になり、私の胸元へ飛び込んできた。
レンを胸に抱え、飛び上がろうとした時


――――――サワ


近づいてくる軽い『魔』の気配を感じる。


「…ふぅ、まぁあいつの事だから、こんな時間フラフラしてるのも珍しくないか。」
そんな事を呟くと、木の上の方でガサッという音と共に、何かが飛び出してきた。

「志貴みーっけー。」
「バカッ!! そんな速さで飛び込んで…。」
重力プラス木を蹴り加速をつけた速さで両手を広げ上から飛び込んでくるアルクェイド。
そんなもの受け止めたら腰を痛めかねないし、第一胸に抱えているレンが潰されてしまう。
私は迷わず突進してくるアルクェイドをかわす。

――――ドスン


私が寸前で避けた為、上半身から地面に着地するアルクェイド。

「いったー。志貴ー、なんで避けるのよー。」
「バカ、あんな速さで受け止めたら私が吹っ飛ぶか腰を痛めるわ。」
「なによー、別に大丈夫でしょーそれぐらい。」
「それぐらいってお前、第一レンを抱えてるんだからレンが潰れちゃうだろ。」
「むー、志貴ったらレンには優しいのよねー。」
「そうじゃない。お前には冷たいだけだ。」
「なによそれー。もー、志貴のいじわる。」
「だったらあんまムチャクチャな事を私に要求するな。」
「私そんなにムチャクチャな事要求してるつもりないんだけどな。別に私の死徒になれとか言ってる訳じゃないし。」
「バカ、そんなもん初めから論外だ。いきなり飛びついてきたり、それを受け止めろとか言ったり、そういうのをムチャクチャって言うんだ。」
「んー、そっか。じゃぁわかったよ。」
そういって、今度はゆっくりと抱きついてくるアルクェイド。
ただ、ゆっくりとは言うが『さっきより』ゆっくりなので、速いのには変わり無い。

「だぁっ!! だからいきなり抱きつくなっての!」
「えへへー、別にいいじゃーん。」
そういってギュッ、と腕に力を込めてくる。
アルクェイドの胸の感触が身体に伝わってきて、私は顔が赤くなってしまう。

「ねー、志貴。ここでなにしてたの?」
「え? あ、あぁ、なんていうか、トレーニングかな?」
「へー、志貴そんな事やってたんだー。通りで志貴の力が以前より強く感じられる訳だ。」
「へぇ、自分じゃわかんないけど、やっぱ力強くなってきてる?」
私に抱きついているアルクェイドを見ずに、レンの頭を撫でながら聴いてみる。

「うん、前から動きとかどんどん鋭くなってる感じはしたんだけど、魔術回路とかの力が格段に変わってるよ、
そうだなぁ、三週間前ぐらいからどんどん強くなってる。元々志貴の魔術回路って先天性で強かったんだけどさ、
さらに強く感じられるようになったのは三週間ぐらい前からだね。」
「へぇ、三週間前…。」
…待て、三週間前って言ったら…。

「なぁ、アルクェイド。三週間前って言ったらさ…。」
一つの疑問が浮上して、私はアルクェイドにそれを確めようとした時、


――――――サワ


今度は、軽い『魔術』の気配が猛スピードで近づいているのを感じた。
瞬間、私の顔は真っ青になる。
ヤバイヤバイヤバイヤバイ…。

「アルクェイド、離れろっ!!」
「えー、なんでよー。」
「いいからっ!! 離れろっ!! 見つかっちゃうだろっ!!」
「えー、やだもーん。」
そういってさらに腕に力を入れるアルクェイド。
…コイツ、気付いてるな…。

「バカッ!! 私が怒られるんだから、離れろってばっ!!」
「ダメ。別にいいじゃーん、どうせあの…。」
アルクェイドがそう言った瞬間、


―――――ゾクン


とんでもない殺気が私達を覆い尽くした。

「だぁぁぁぁぁっ!! ちょっと、タンマタンマ!!」
「離れなさいっ!! この不浄物ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
私の声を無視し、六本の釘がこちらに猛スピードで向かってくる。

「フッ、そんなの当る訳ないじゃない。」
「チィッ!! なんでこうなるんだっ!!」
私とアルクェイドは離れ、その場から一歩後ろに跳躍する。

ドドドドドドッ!!

私達がいた場所に、見事に六本の釘が突き刺さった。

「大丈夫ですか? 遠野君。」
「いや、先輩…、大丈夫もなにも…。」
私の声を無視して、キッと先輩はアルクェイドを睨む。

「全く貴女は、私がいないとすぐ遠野君に迷惑をかけるんですね。」
「あら、違うわよ。私が志貴とくっついてるといつもシエルが邪魔するだけじゃない。」
「とっ、とりあえず二人とも、落ち着いて…。」
「遠野君は…。」
「志貴は…。」
「「黙っててっ!!」」
「…はい。」
「さて、それでは帰ってきて早々ですが、決着をつけましょうか、アルクェイド。」
「そうね、これ以上邪魔が増えると厄介だし、そうさせて貰うわよ、シエル。」
二人は早速殺気剥き出しの戦闘体勢に入った。
すると、私の胸にいたレンが、いきなり少女の姿に戻った。

「…ん、レンどうかした……。」

――――チュッ


いきなりレンにキスされた。

「なっ!! レンちょっと、なにしてんのよっ!!」
「あ、貴女っ!! 遠野君から離れなさいっ!!」
「・・・・・・・・・」
二人は唖然とした表情で私に抱えられているレンを見る。
するとレンはまた猫に戻り、今度は私の服の胸元に入って来た。

「んっ…、ちょっと、くすぐったい。」
「むー、レン。志貴は私のなんだからねー。」
「何を言ってるんですかこのあーぱー吸血鬼は。」
「まぁまぁ、二人とも落ち着いて。先輩は用事があるから急いで来たんだろ? だったらアルクェイドと喧嘩してる場合じゃないでしょ。」
「………そういえばそうでした。ごめんなさい、遠野君。」
「やーい、怒られたー。シエルのばーか。」
「クッ!! このばかおんなぁぁぁぁぁっ!!」
ブンブンと黒鍵を放り投げる先輩。

「にゃにゃ〜っ!! ぼうりょくはんたーい!!」
「黙りなさいっ!! 貴女には不意打ちだろうがなんだろうが全て許容範囲ですっ!!」
「だ、だからっ!! 先輩とりあえず落ち着いてっ!!」
「ハッ!! す、すいません…。」
「やーい、また怒られたーっ。」
「くうっ!! この…。」
「まぁまぁ、落ち着いてください。アルクェイド、お前も挑発するなバカ。」
「むー、勝手に怒ってるのはシエルのほうじゃーん。」
「あら、アルクェイド。遠野君に怒られちゃいましたねー。」
ニッコリ笑顔で今度はアルクェイドを挑発するシエル先輩。
私としては早く話しを進めたかったので、とりあえずシエル先輩を促した。

「それで、シエル先輩。おかえりなさい。」
「はい、ただいま帰りました。遠野君。」
「ふん、帰ってこなければよかったのに。」
「こらっ、お前はそういう事言うな。先輩は私の為にバチカンに帰ってたんだから。」
「ぶー、それはそうだけどさー。」
「判ってるなら茶々入れるな。それで先輩、どうでした?」
「そうですね、そのお話をまずしたいんですが、なにぶんここまで走り通しだったので、どこか休める場所はありませんか?」
「あ、そうですね。うっかりしてました。それじゃぁ先にあるコンビニまでいきましょうか。」
「はい、それではそうしましょう。」
シエル先輩に促され、私達は一路コンビニへと向かった。


「それで、シエル先輩…。」
「・・・・・・・」
「…食べ終わるまでシエルは話しないわよ、志貴。」
「…そうだな。」
黙々とコンビニで買ったカレーパンを貪るシエル先輩。ちなみに三個目だ。

「・・・・・はぁ、やはりカレーパンは最高ですね。教会にはカレーは出ませんから、欲求が満たされて満足です。」
「はは…、それはよかった。」
「はい、それでは早速教会で調べた結果を報告させて頂きますね。」
さっきまでの顔とは違い、キリッと姿勢を正して私を見るシエル先輩。

「早速ですが、教会のほうにはやはり遠野君のような事例はありませんでした。
ですが、なんらかの魔術による身体的変化に関する事例は数件見つかったんです。」
「へぇ、多少違うけど前例はあったんですか。」
「はい、遠野君のような極端な前例はありませんでしたが、例えば、魔術研究の果てに死徒になった人間がいるのをご存知ですよね?」
「えぇ、極一部だと聞きましたが。」
「はい、そういう者も今いった前例に含まれます。ただ、遠野君の場合は男性が女性に変化、という極端な例なので死徒の前例に当てはまるのは『身体的変化』という特徴だけですね。」
「なるほど、確かにあれも一つの変化ですもんね。」
「そういう事です。それで、他にもいろいろと前例はありますが、それは割愛させて貰います。それでなんですが、遠野君。」
「はい? なんですか?」
「ぶしつけで申し訳ないんですが、眼鏡を外して頂けますか?」
「へ? な、なんで?」
「いえ、少し確めたい事がありますので…。」
「で、でも線が…。」
「大丈夫です。あまり意識しなければ見えないはずですから。」
「そ、そうなんですか?」
「はい、とりあえず外してください。」
「まぁ…、わかりました。」
そういって眼鏡を外す。
周りの木々には、『線』と『点』が浮き上がった。

「先輩、それでどうするんですか?」
「そうですね、一旦目を閉じてください。」
「へ? まぁ、分かりました。」
私はス、と目を閉じる。
視界から線と点は消えたが、目の前は闇に染まる。

「はい、それでは目を開けてください。ただし、ごく自然に、何も考えずにです。」
「へ? はぁ、わかりました。」
そうして、また目を開ける。
すると、視界には『いつもの』林が映った。

「あれ…?」
「どうですか? 遠野君。」
「うん、先輩なにかした?」
「いえ、なにもしていませんよ。」
そういって、私をニコニコを見る先輩。
私には何がなんだかサッパリだった。