―――――………さま
「志貴さま、お時間です。起きてください。」
翡翠のそんな声で、目が醒めた。
「ん…、おはよぅ、翡翠…。」
「はい、おはようございます、志貴さま。」
「あ…、眼鏡、つけっぱなしで寝てたんだ。」
「はい。そろそろ演説のお時間です。」
「ん…そっか。それじゃぁ会場へ行こうか。」
「はい、お供させて頂きます。」
私は眠い目を擦り、会場へ向かうべく、控え室を出た。
「あっ、志貴さん。こっちですこっち。」
舞台袖まで行くと、琥珀さんがこちらに手を振って声をかけてきた。
「おはようございます、琥珀さん。」
「はい、おはようございます。翡翠ちゃんの膝枕はいかがでしたか?」
「いやっ、それは、その…。」
「あはー、志貴さん喜んでますよ翡翠ちゃん。よかったねー。」
「・・・・・・・・・」
翡翠は顔を真っ赤にして俯いてしまった。
「琥珀さん…、こんな時にからかうのはやめてください…。」
「あら、それもそうですね。それでは最終打ち合わせです。」
「はい、って、あの台本を見るだけでしょ?」
「いえ、それはそうなんですが、もう一つあるんです。ちょっと失礼しますね。」
そう言うと、琥珀さんは私の後ろに回りこみ、髪の毛をいじりだした。
「これでいいです。志貴さんお似合いですよー。」
「…はぁ、またリボンですか。」
「はい、そうです。お嫌ですか?」
私は琥珀さんにあの大きな白いリボンをつけられていた。
「いや、そんな事ないですよ。ただ、慣れてないから恥かしいだけで…。」
「良かった、私秘蔵のリボンが嫌なのかと思っちゃいました。」
「そんな訳ないですよ。だってこれ、この間までのと違う『あの』リボンでしょ?」
「えっ…、志貴さん、気付いちゃいました?」
「まぁ、8年間大事にしてましたから、そりゃ気付きますよ。」
「そうですか…、うん。志貴さんに預けて初めて使って頂けましたね。」
そう言って心から微笑む琥珀さん。
「そうだね。そう思うと悪くないかな、リボンも。」
「はい、とっても可愛いですよ。ねぇ? 琥珀ちゃん。」
「はい、とてもお似合いかと思います。」
「そ、そう? ありがとう。」
「さて、それでは志貴さん。台本を見てくださって結構です。」
「はい、わかりました。」
そう言われ、私は台本を開く。
「……琥珀さん、これだけでいいの?」
「はい、それで十分です。長い演説は逆に嫌われちゃいますからねー。」
「はは、なるほど。さすが琥珀さんだね。」
「いえいえー。そんな事ないですよー。」
口ではそう言いつつも、照れている琥珀さん。
その顔を見ている時、会場から拍手が聞こえてきた。
「さて、次は志貴さんです。頑張ってくださいね。」
「志貴さま、ご健闘をお祈りしております。」
「はは、まぁ頑張ってくるよ。そこで応援しててね。」
「はい、おまかせください。」
「いってらっしゃいませ、志貴さま。」
私は二人に見送られ、舞台袖から舞台に出る。
舞台の上には備え付けられた椅子に座る秋葉と弓塚、あと対立候補の生徒が数名いた。
私が舞台に出ると、会場の生徒が私を驚いたような目で見てくる。
弓塚と秋葉もなんとなく驚いている。まぁ、こんだけ目立つリボンをしていればしょうがない。
私はマイクの前に立つと
「遠野秋葉と弓塚さつきの応援演説をさせて頂きます、遠野志貴です。」
と挨拶をして、一礼する。
ここまでは台本通りだ。
そして、次も台本通りの台詞を口にする。
「みなさん、遠野秋葉と弓塚さつきをよろしくおねがいしますね。」
と、台本通りに『にっこり微笑んで』言う。
最後に一礼して舞台を後にする。
「…あんなもんでよかったかな?」
私は舞台袖にいた二人に聴いてみる。
簡潔なのはいいんだけど、少し簡潔すぎる演説だった為、ちょっと自信がなかった。
「はいっ!! とっても良かったですよっ!! 予想以上の出来ですっ!!」
「志貴さま、大変お見事でした。」
そう言って二人して私を誉める。
「そっか、琥珀さんのお陰だね。でもこれだったら琥珀さんがやったほうが…。」
「いえいえ、何を言ってるんですか。この作戦は志貴さん無くして成立しないんですから。」
「うーん、まぁよくわかんないけど、成功したんだったらいっか。」
「はい、もう大成功です。これでお二人とも当選間違いなしですよ。」
「まぁ、まだ投票始まってないからわかんないけど、当選すればいいよね。」
そう言いながら、私達は控え室へと戻っていった。
「姉さん、その、応援演説、ありがとうございました…。」
「う、うん…、志貴ちゃん、ありがとう…。」
投票が終わり、私達は寮へ帰る途中だった。
私はその途中二人にお礼を言われたのだが、
「二人とも、お礼ってものは相手の顔を見て言うものだぞ。」
私は二人に怪訝な顔をして言った。
先ほどから変な違和感を感じていた。
秋葉や弓塚と同様、蒼香ちゃんや翡翠も私の顔を見て話をしてくれない。
「なぁ、みんなどうかしたの? なんか変だよ?」
「あは、志貴さま。みなさんなんとなく照れているのですよ。」
「へ? 照れてるって、なんで?」
「そうですねー、恐らくそのリボンですかねー。」
琥珀さんはそう言って私のリボンに手をかけた。
「そうなの? 似合ってない?」
「いえ、私はお似合いだと先ほどもいいましたが。」
「私も似合ってると思うよー。」
琥珀さんと羽居ちゃんは即答だった。
「その、大変似合っているんですけれど…。」
「う、うん、似合ってるよ…。」
「あぁ、似合ってるぞ、大将。」
「はい、お似合いかと思います。」
四人は少し遅れて返事をしてきた。
でもやはり顔を見てくれない…。
「似合ってると思うんだったら、少しは顔見て話してくれよ…。」
「ですから志貴さん、みなさん慣れない志貴さんの姿に照れているんですよー。」
「そうだねー。志貴ちゃんなんかいつもより可愛く見えるもん。お人形さんみたいだしー。」
「うーん、そうかな? ありがとう羽居ちゃん。」
私は笑顔で羽居ちゃんにお礼を言った。
「し、志貴さん可愛いですーっ!!」
「志貴ちゃんかわいー。」
途端いきなり二人に抱きつかれた。
「こ、こらちょっと…。」
「あ、貴女達なにやってるのっ!!」
「こ、こら羽居離れろっ!!」
「姉さん、貴女を離れなさい。」
「いやですー。志貴さんとっても可愛いんですもん。」
「うんー、このまま寮までいこーね志貴ちゃん。」
「いや、ちょっと、二人とも、歩きにくいんだけど…。」
「それではこうしましょうっ!!」
そう琥珀さんが言うと、私の腕に腕を絡ませてきた。
「あっ、じゃぁ私もー。」
羽居ちゃんも続いて、私の空いている腕に腕を絡ませた。
「あっ!!貴女達っ!!覚悟はいいんでしょうねっ!!」
秋葉が本気で怒り出す。
「こら、お前ら、いいから離れろ。」
蒼香ちゃんが二人に掴みかかろうとする。
「姉さん、貴女を離れなさい。」
翡翠が指を回す。
「ちょ、ちょっと…。」
弓塚がアタフタする。
「それでは、このままダッシュです。」
「りょーかい琥珀ちゃん。」
「うわっ!!! ちょ、二人ともっ!! い、いきなり走りださないでっ!!」
「志貴さんも早く走らないと、後ろの方々になにされるかわかりませんよー?」
「そーそー。だから志貴ちゃんがんばってー。」
「ったく、しょうがないな…。」
そういって、三人で寮まで駆け出した。
その後追いかけっこまで発展し、寮についた後も追い掛け回された。
こんな状況も、悪くないなぁと私は秋葉の魔の手から逃げながら思った。
勿論、秋葉に捕まった後で少し後悔するのだが。