「―――――ま。志貴さま、朝食のお時間です。お目覚め下さい。」


―――――あ……あさか…。


翡翠の声で目が醒め、私はベット脇に置いてある眼鏡をかける。

「志貴さま、お目覚めでしょうか。」
「…うん、ありがとう翡翠。おはよう。」
「はい、おはようございます、志貴さま。」
深々と頭を下げる翡翠。
いつもの朝がやってきた。

「ふぁ……まだ眠いなぁ、でも。」
「それでは朝食が召し上がれなくなってしまいます。」
「はは、それは嫌だね。それじゃぁ部屋に戻っていいよ。ありがとう。」
「はい、それではまた後ほど伺います。」
またふかぶかと頭を下げ、部屋を出る。
私も身体を起こし、ベットを出ようとすると

シャァ

とという音と共に、間仕切りのカーテンが開いた。

「あ、遠野さん。おはようございます。」
「おはよう晶ちゃん。今日も早いね。」
「いえいえ、翡翠さんに比べたら遅いですよ。」
「はは、そうかもね。翡翠は屋敷でも夜中見回りしながら5時頃にはもう起きてたみたいだし。」
「はぁ〜、すごいですねぇ〜。そんな人に毎朝起こしてもらってるんですかぁ。」
「うっ、そ、そうだね…。改めて考えると凄い贅沢してるなぁ、私。」
「あはっ、そうかもしれませんね〜。でも翡翠さんは好きでやってるんだからいいんじゃないでしょうか?」
「う〜ん、そうかなぁ。翡翠はかなり頑な性格だから、仕事として毎朝起こしてるんじゃないかなぁ、と思うんだ。
だからさ、今は屋敷じゃないのに贅沢だなぁ、と思って。」
「はぅ、遠野さんはわかってないですねぇ。」
「へぇ? なにが?」
「べ、別になんでもないですよっ。それより早く着替えないと翡翠さん来ちゃいますよ?」
「あぁ、そうだね。それじゃぁ着替えるから、カーテン閉めるね。」
「はい、それじゃ。」
そういってベットを降りてカーテンを閉め、私はクローゼットの前で着替えた。
着替え終わった頃、迎えにきた翡翠と琥珀さん、弓塚と一緒に朝食を取りに向かう。






「で? これはなんの仕事?」
「はい、これはですね、『当選の為の第一歩、知名度アップ作戦その1』です。」
「いや、それで?」
「いやですねー。選挙と言えば街灯へ出てビラ配りじゃないですかー。」
「…まぁ、ビラ配りは判るんですけどね。」
「はい、それは良かったです。」
「でも、なんで私はこんな格好しなければいけないんでしょうか。」
「はい、それはですね。ズバリ、インパクトです。」
「…インパクト?」
「はい、インパクトのある格好でビラ配りをすれば、その配っている人のインパクトを覚え、一緒に候補者の名前も覚える、という寸法です。」
「…はぁ、わかりましたよ…。」
「はい、わかって頂けて助かります。」
「でも、琥珀さん…。さすがに頭にこんなリボンは、ちょっと…。」
「何を言ってるんですかっ!! 可愛いからいいんですっ!!」
「………琥珀さん、実は私にこの格好がさせたくてこの作戦を立てたんじゃないでしょうね…。」
「なっ、なんの事でしょうか? 私にはさっぱりですよ。」
「…目が泳いでますよ。」
私は頭にでっかい真っ白なリボンを結んでビラ配りをしていた。
朝の登校時間にそんな事をすれば、生徒はおろか教師だって注目してくる。
しかも琥珀さんはカメラ片手にビラを配り、他のみんなまでこっちをチラチラ見てきて恥かしすぎる。

「あーっ、志貴ーおっはよー。」
「あぁ…、おはよう、アルクェイド。」
「んー、志貴その頭どうしたの?」
「アルクェイドさん、このリボン、志貴さんに似合ってますよね?」
「うん、とってもかわいいよ。」
「ほら、志貴さん。アルクェイドさんもそうおっしゃってますから、笑顔でビラを配ってください。」
「…はいはい。」
「なんか忙しそうだね。それじゃぁ私は用があるから、また後でねー。」
「あぁ、またなぁ。」
朝っぱらからテンション高い吸血鬼に別れを告げ、私はビラ配りを再開した。

「そういえば琥珀さん、対立候補の人達はビラ配りとかしてないんですか?」
「いえ、してますよ? あちらで。」
琥珀さんが指差す方を見ると、対立候補の応援らしい生徒と目が合った。

「…琥珀さん、もしかして私達睨まれてません?」
「そうですねー、この場合は睨まれているというより、ぼーっとこちらを見てきているといったほうが正しいのではないでしょうか。
だってほら、先ほどから手にビラを持っていますけど、全然配ってないでしょ? これも志貴さんのお陰ですねー。」
「はぁ…、なんか知らないけど、なんでそれが私のお陰なんでしょうか?」
「まぁ、それはどうでもいいですから、ほらビラを配ってあげませんと、結構並んでますよ?」
「へ? 並んでるって?」
「あ、あの…。」
ふと、声のした方を見ると、一人の生徒が立っていた。

「あ、はい。なんでしょうか?」
「あ、あの…。ビ、ビラを、頂けませんか?」
「あ、はい。どうぞ。遠野秋葉と弓塚さつきをよろしくね。」
「あっ、は、はいっ!! そ、それじゃ失礼いたします。」
「はい、ありがとうございます。」
ビラを受け取ってくれた生徒に笑顔で別れを告げていると、また他の生徒に声をかけられた。
(ん…? ビラって翡翠達も配ってるよな…。)
チラリと横を見ると、確かに翡翠達もちゃんと配っていた。
配ってはいたんだが…。

「はいはーい、もう少し綺麗に並んでくださーい。」
「申し訳ありません、こちらの線からはみ出ないようお願いします。それと、ただビラが欲しいだけでしたら私どもの方でも持ち合わせておりますので、お申し付けください。」
…なにやっているんだろう、あの二人は。

「なぁ、大将。早くビラを渡してやらないと、可哀相だぞ。」
「えっ? あ、あぁごめん。はい、遠野秋葉と弓塚さつきをお願いします。」
「あ、はい。どうもありがとうございます…。」
「はい、次来ていいよー。」
「…蒼香ちゃん、なにやってんの?」
「ん? 見て判らないか? 整備員兼ビラ配り要員だ。」
「えっと、なんの?」
「はぁ、整備員って言ったら普通行列の整備員だよな。」
「うん、まぁそうだけど…。」
「わかってるじゃん。まぁちょくちょく私達の所にもビラ貰いに来る子はいるから、全員ではないから安心しとけ。」
「はぁ? いや、よく意味がわかんないんだけどさ…。」
「大将、それよりその子、いつまで待たせるんだ?」
「えっ? あ、あぁ、ごめん。」
前を見ると、再び私の前に一人の生徒が立っていた。

「はい、遠野秋葉と弓塚さつきをお願いします。」
「あっ、は、はい。ありがとうございます。」
ふかぶかとお辞儀をして去る生徒、その子の背中を見送った後、また私は蒼香ちゃんに聞いた。


「それで、蒼香ちゃん。そのさっきの話の続きなんだけどさ…。」
「あぁ、まぁ一番人気は大将だから、ちょっと大変かもしれんが、頑張れよ?」
「へ? なんの?」
「だから、アレ見てみろ。」
蒼香ちゃんが指を刺す方向に目を向ける。
すると、一箇所に固まって整列している団体がいた。


「あ、あのさ…。まさか、あれ全員に配るの?」
「あ? あぁ。配らないと意味ないだろ?」
「はぁ…、なんか朝から大変だなぁみんな。」
「あぁ、大変だな、大将。」
「まぁ、一度引き受けたからにはしょうがないか…。頑張ろうね、蒼香ちゃん。」
「あ? あ、あぁ、まぁいいや。頑張れよ、大将。」
「うん。 あ、はい、どうぞ。」
私達はあの団体全員にビラを配り終えるまで、それから40分を要した。


ちなみに、このビラ配りは選挙当日まで行われた。