「なぁ、弓塚。私が悪かったからさ、泣き止んでよ…。」
「っく…、ふぇ、…ひっく、だって…。」
「あれは、その、事故だったんだからさ…。」
「…ふぇぇ、だって、私、初めて…。」
「う、いや、それは分かるんだけどさ…。」
「うぅぅ…、ひっく、…っく。」
「ほら、とりあえずこれでも飲んで落ち着いて…。」
コトンと、私は勝手に拝借したお茶を弓塚の前に置き、飲むように促す。
弓塚は泣きながらもお茶を手に取り一口飲む。
ちなみに置いてあったお茶はほうじ茶だ。
お嬢様学校にはそぐわない気もするが、『保険医』の趣味なんだろう。
「…落ち着いた?」
「う…うん。まだドキドキしてるけど…。」
「そっか、泣き止んでくれて助かった。」
「あ、ご、ごめんね…。」
「いや、気にしないで。悪いのは私なんだし…。」
そう言って、私もお茶を一口飲む。
うむ、やっぱりお茶はおいしい。
「そ、それで…、ごめんね、志貴ちゃん…。」
「ん? …なにが?」
唐突に謝罪してきた弓塚に、私は何の事だろうかと問い返した。
「う、うん…、その、助けてもらって、それで、泣いちゃって…。」
「あぁ、いや、泣いちゃったのはびっくりしたけど、ほら、結局私が悪いわけだし…。」
「いや、でも…。」
「だって、そのさ、ファーストキスだったんでしょ? その、やっぱりそれがあんな風にね…。」
「いや、それはよかったような、悪かったようなって…。」
「ん? なにが悪かったの?」
「えっ! えと、そのね…。ほ、ほら、だって、事故だったんだし、さ…。」
「はぁ…。」
「それに、し、志貴ちゃんも私と、なんて、さ…。」
…なんだ、弓塚はそんな事気にしてるのか。
私は弓塚の頭にポンと手を置いて撫でた。
「私の事は気にしないでいいよ。それに、弓塚は可愛いんだから、こっちが得したと思うし…。いや、得したっていう表現は…。」
「っ!! ほ、ホントッ!?」
「えっ? あ、あぁ。弓塚はどっからどう見ても可愛いと思うぞ?」
「そっ、そっか!! そう思ってくれてるんだっ!!」
「へ? な、なにが?」
「えっ!! う、ううん。な、なんでもないよっ。」
「え、あ、そうか…。」
途端、弓塚の表情が華やいだ。
まぁ本当に弓塚の一つ一つの動作は女の子らしくて可愛いと思う。
顔も可愛いと思うし、そんな子とキスできたんだから男なら儲け者だと思わないとバチが当る。
(……って、私今女の子じゃん…。)
自分で考えて気付いた。
そっか、そういう事か…。
「ご、ごめんね、弓塚。その、ファーストキスが女の子同士でさ…。」
「へっ? あ、いや、別にそんな事…。」
「いや、いいんだ。確かにそりゃ初めてが同性ってのは嫌だよなぁ…。」
「そ、そんな事ないよっ!! だ、だって志貴ちゃんは、志貴君なんだし…。」
「いや、まぁそうなんだけどね…。」
「そ、それに、あ、あれは事故なんだしさ…。」
弓塚の言葉にまた私はふと、考えた。
(ファーストキスが事故で、しかも同性かぁ…。可哀相かも…。)
こんな事を。
「でもさ、やっぱりほら、初めてだったんだからさ、事故で、しかも私相手だし。
本当ごめんね、弓塚さん…。」
「う、うん、でも…。」
「いや、あれは全面的に私が悪い。ごめん。」
このままではラチが開かないので私は頭を下げて手を前で合わせた。
こうすれば弓塚の私が悪いと割り切ってくれるだろう、と思って。
次の瞬間、弓塚がポンッと手を叩いた。
「ねぇ、志貴ちゃん。その、あれは事故だったんだけど、キス、しちゃったじゃん…。」
「へ? う、うん。まぁ、そうだけど、それは…。」
「うん、だからね、アレはファーストキスだと考えないようにする。」
「えっ? そ、それでいいの?」
「う、うん。それでいいのっ。でもね、考えないようにしても、キスをしたっていう事実は残っちゃうじゃん…。」
「へ? うん、まぁそうなるねぇ…。」
「だ、だからね、その、事実を事実で容認して、でもファーストキスはファーストキスでちゃんとしたいんだよね…。」
「うーん、ごめん、言ってる意味がよくわからない…。」
「えっ、だ、だからね。志貴ちゃんとしたっていう事実は残っちゃうじゃん。でも心の中ではキスしてなんだよ…。」
「うん、それで?」
「だ、だからっ! その…、心の中にも志貴ちゃんとキスしたって思えば問題は無くなるから、その…。」
「はぁ……。」
私は弓塚がなに言ってるのかよく分からなかった。
「いやっ、だからね、その…。ちゃ、ちゃんとした、キスを、し、してくれないかな、って…。」
「はぁ……………………はぁっ!?」
「いやっ、だ、だからねっ!! その、今度は事故でもなく、その…。」
弓塚は頬を染め、モジモジしながらこちらを見てくる。
「いや、ちょっと、それはその…。私は今とりあえず女の子なわけだし…。」
「いや、それはそうなんだけど、そうじゃなくって。志貴ちゃんとのキスが事実なんだけどしてなくって、その…。」
「いやいやいや、それはわかったんだけどさ…、その弓塚は、それでいいの?」
「へ? そ、それは、も、もちろんだよっ!!」
「えっ! いや、まぁそれならそれで問題なんだけど…。」
「あ、いや、その、そうじゃなくって…。あ、でも私は良くても、志貴ちゃんは私となんか、嫌だよね…。」
「いやっ、別にそういう問題じゃないんだけど…。」
いろいろと問題がある。
「そっ、そうだよね、わ、私とじゃ、その、ダメだよね…。」
人の話も聞かずすっかり凹みモードに入ってる弓塚
(…まいったなぁこれ。)
いろいろ考えた挙句、意を決するしかないという結論に至った。
「あのさ、弓塚がそれでいいっていうんだったらいいんだけどさ…。」
「えっ!! い、いいの?」
「あ、あぁ、私としては、その、いいんだけど…、でも一つ聞いとくけど、そ、そんなに重要?」
「そ、そりゃそうだよっ!! 乙女の大ぴんちだよっ!! だから、その…、約束、守ってくれたらいいなぁ、なんて…。」
「あ、あぁ…、そうか、ピンチなら、約束守らないとな…。」
約束。
確かに過去、弓塚とは約束したけど…。
(二回目のピンチがまさかこんな時だとはなぁ…。)
一回目との差がものすごい開いてるとは思うが、弓塚にとっては重要なんだろう。
(まぁ、このまま断わるのも、な…。)
このまま断わっても、弓塚は自分が嫌われていうと思って傷つくかもしれない。
それに、控えめに見ても弓塚は可愛い。
無碍に断わる必要はないし、なによりもう弓塚は傷つけたくない。と思うのが本音だ。
私は立ち上がり、そっと弓塚の頬に掌をあてがう。
「それじゃぁ、いい…?」
「あ、う、うん…。」
弓塚は頬を染め、立ち上がり目を閉じて唇を差し出す。
私はその唇に自分の唇を重ねた。
「…ん………。」
「んっ………。」
ただ重ねあうだけのキス。
(…弓塚の唇、柔らかいな…。)
さっきは突然の事で感触などなかったが、改めて触れ合うとその柔らかさが唇を覆う。
「ん……。」
弓塚は私の背中に腕を回し、お互い抱き合うような形になる。
そして、ゆっくりとどちらともなく離れる。
「……あ、ありがとう。」
「…うん、これでピンチを救えたかな?」
「あ、…うん。助けてもらった。」
えへへ、と笑いながら弓塚は身体を離す。
「そ、それじゃぁ、教室、戻らないとな。」
「あ、うん。そうだね。あ、でも志貴ちゃん。」
「うん? …なに?」
「その、ね。これは、二人だけの、秘密ね。」
頬を染め、はにかんだ笑顔で言う弓塚。
そんな仕草に少し見惚れてしまった。
「あ…、うん。判った。最も、他の人間に知られたら大変だけどね。」
「あ、そうだねー。志貴ちゃんモテるから。」
「え? モテるって?」
「んー、本人の自覚なし、か。まぁいいんだけどさ。」
またえへへ、と笑いながら弓塚が言う。
「それじゃぁ、また、放課後ね。」
「うん、それじゃぁまた。」
そう言って別れ、お互い遅刻した授業へと戻っていった。