「ふぅ、翡翠たち教室にいなかったな…。」
私は廊下を歩きながら一人呟いた。

「もしかして、入れ違いになっちゃったのかな…。」
教室で四条さんと作業をしているはずの翡翠や琥珀さんは、
私が教室へ入った時既にいなかった。
もぬけの殻となっている教室へ入って私はプリントを回収して寮へ帰るべく、廊下を歩いていた。
外はもう夕暮れ。
太陽は真っ赤に燃えて、東には既に夜の帷が落ちていた。
日の沈む先には寮が見える。
その奥にある林が日の赤々として光を照り返し、まるでそこ一面だけ紅葉がついているようだ。

「……もしくは、血を被ったか…。」
そう口に出し、思い出す。
遠い昔、まだ私が『七夜』として存在していた頃。
『七夜』が最後に見た記憶。

血をぶちまけたような森と、血のような色をした男。



「…今更、そんな事思い出さなくても…。」
そう言って、頭を振り記憶の隅にその光景を追いやる。

昇降口に着き、靴を履いて外へ出る。

ガタン

「ん…? ……なんだろう?」
ふと、音がした方向を見る。
そちらには校舎の裏へと続く道と、林があった。

「……こっちから聞こえたよな。」
私は気になり、校舎の裏へと向かう。

裏側へ近づくにつれ、何か話し声が聴こえてくる。

近づくにつれやはり声は大きくなっていく。
私は昇降口から反対側へと続く道の手前で一旦止まり、角からそっと向こう側を様子見る。

見ると、女生徒が数名と、いつも見慣れた二人がいた。
「翡翠と、琥珀さん?」
それは、教室にいなかった彼女達だった。

二人はなにやら先輩とおぼしき生徒数名に囲まれ、罵声を浴びせられている。

「貴女方とお話するつもりはありません。」
「そういう事ですので、私達を帰らせて頂けませんかねー?」
「ダメよ。私達はただ遠野秋葉の事が少し知りたいだけなの。それぐらい教えてくれてもいいんじゃないかしら?」
(ん……、秋葉の事で揉めてるのか?)
秋葉の情報が欲しいっていう事は、生徒会の反秋葉グループなんだろう。
我が妹は一年生ながら中等部での実績もあり生徒会で副生徒会長なんて肩書きを持っている。
その秋葉を失脚させようという動きが裏であってもおかしくはない。
今二人つ詰め寄っている子達は、恐らくそういった人たちなんだろう。
(でも…、こういう行動は誉められたものじゃないな…。)
そう思っていると、一人の生徒が前に出て、また相談を持ちかけた。

「そう…、じゃぁそうね、遠野秋葉はいいわ。その代わり、その姉、遠野志貴について話して頂戴。」
そう言って、女生徒達は一歩詰め寄る。
途端、二人は顔色を変え、不快感を露にした。

「冗談言わないで下さい。志貴さんについては尚更お話する訳にはいけません。」
「貴女方が志貴さまの名前を口にするのは許しません。」
翡翠や琥珀さんも一歩詰め寄り、状況が目に見えてエクカレートしていくのが判った。

(それにしても……なんで私なんだ?)
私はなぜここで自分の名前が出てくるのかが判らなかった。

「あら…、やっぱり噂は本当だったのかしら? 遠野秋葉とその姉の関係…。
詳しくは知らないけど、どうやら随分と仲がよろしいようね。」
そう一人の生徒が言った瞬間、二人は激昂した。

「今の発言は無礼です。取り下げてください。」
「貴女方、言って良い事と悪い事が世の中にはあるんですよ? まぁ最も、世間知らずの貴女方にはそんな事の判断も出来ないのは目に見えてますけど。」
二人は完全に頭にきているんだろう。
その顔は普段とは違い感情を剥き出しにしていた。

「っ!!! なんですってっ!!」
二人の発言を受けて怒った女生徒が、琥珀さんへ向けて手を上げた。

(くっ!! まずいっ!!)
そう思った瞬間、私は一瞬『力』を解放、琥珀さんの隣へ来てその振り上げられた手を受け止める。

バシッ
という音が一瞬響いた。

「あ……、志貴、さま」
「志貴さん……なぜここへ?」
手を受け止めた私をみて、二人はあからさまに驚いている。

「いや…、散歩してたら偶然ね。それより…。」
私はそう言うと、受け止めた腕の先にある生徒の顔を一瞬睨み、

「先輩、どういう訳か判りませんけど、暴力はいけないのではないでしょうか?」
そう言って、にっこりと微笑む。

「なっ!! なんなのよアンタっ!!」
そう言って、その生徒はもう一度腕を振り上げる。
だが、今度は受け止めない。

バシィッ!!
軽い衝撃が私の顔に走った。

「っ!! 志貴さまに何をっ!!」
「貴方達っ!! 覚悟はできていますね!!」
二人が掴みかかろうとするのを、私は手で制する。
そして次の瞬間、私が狙っていた行動を起こす人がいた。

「はーい、げんこーはんたいほー。」
私を叩いた生徒の襟を掴み、アルクェイドがそう言う。

「ア、アルクェイドさま…。」
「よっ、アルクェイド『先生』。ナイスタイミングだな。」
「まぁねー、ていうか志貴、どこから気付いてた?」
「ん? 廊下に出た所から。」
「そっかー、じゃぁ初めから気付いてたんだ。」
「まぁな、じゃなかったらこんな行動取らない。」
私は叩かれた頬を押さえて、アルクェイドに言う。
後ろに誰かいる気配は感じていた。
まぁこの学校で私の後をつけるなんて事する人間はアルクェイドぐらいしか思いつかなかった。
最も、初めから感じ取る微弱な『魔』の気配だけでも二人の内どちらかだと判断できたのだが、弓塚が黙って後をつけてくるとは思えなかった。

「ふーん、じゃぁ判っててわざと殴られたって事?」
「あぁ、表に引きずり出したほうが後々ラクだろう?」
「なるほど、志貴さんもなかなかの策士ですねー。」
そういって微笑む琥珀さん。
琥珀さんに『策士』と言われて喜んでいいのか悪いのか少し迷う。

「それじゃぁあんたたち、ちょっと職員室まで来てもらうわよ。
もちろん拒否権はないから、そのつもりで。」
なかなか教師らしい態度で後ろにいる生徒に言うアルクェイド。
やはりアルクェイドに任せて正解だったようだ。

「それと、一応翡翠と琥珀、志貴も来てね。貴女達から詳しい事情を取り調べないとこういう時はいけないみたいだから。」
「はい、かしこまりました。」
「了解しました。ですがアルクェイドさん、『取り調べ』はちょっと違うかと思いますよ。」
「えっ、そうなの? じゃぁこういう場合ってなんて言うの?」
「そうですね、恐らく『尋問』でしょうか?」
「…琥珀さん、明らかに間違った知識を植え付けようとしてません?」
「あら、バレちゃいましたー?」
あははー、と笑う琥珀さん。
この状況で尋問なんてシャレにならん事を言ってはいけないと思うんですけど…。

「じゃぁとりあえず、いくよ。」
「はいはい…。」
取り囲んでいた生徒達は項垂れながらアルクェイドの前を歩いていく。
私達はその後ろをテクテクとついていった。
途中、アルクェイドが生徒達に向けて話す。

「しかしあんたたち、志貴を本気で怒らせなくってよかったねー。」
「へ…?」
「だって、志貴が本気で怒ったら妹より怖いよー。
私だって怖いもん。多分私が世の中で一番怒らせたくないのは志貴だねー。」
「…………。」
なんか、私を叩いた生徒が明らかに震えているんですが…。

「おい、アルクェイド。お前そんな事言ってその子達怖がらせるんじゃないよ。」
「へ? 別に怖がらせようとした訳じゃないわよ。私は本気でそう思ってるから言っただけよ。
だって志貴が本気で怒ったら私殺されちゃうかもしれないし。」
「バカッ!! そんな事する訳ないだろっ!!」
「なに言ってるのよ。この世の中で私を殺せるのなんて志貴ぐらいなんだから。」
「あはー、私も志貴さんは秋葉さま以上に怒らせたくないですねー。」
「確かに、私の周りでも姉さん以上に怒らせたくない相手は志貴さま唯一人です。」
「……三人とも、それぐらいにしてくれ。見ろよ、彼女達脅えちゃって…。」
見ると、話を聞いていた生徒達はすっかり脅えて、身を寄せ合いながら歩いている。
まぁ殺すとか殺されるとか想像してるのかもしれないが、いい気分ではない。

「大丈夫ですよ。こんぐらい怖がらせておけば今後私達に近づいて来ないでしょうから。」
そう私の耳元で囁く琥珀さん。
やっぱり貴女は凄い策士だと思います。


その私達は少しの事情聴取を受け、そのまま寮へと帰宅した。
後から聞いた話だと、彼女達は一週間の自宅謹慎処分となったようだ。
「まぁ、志貴に殺されなかっただけラッキーだよねー。」
とはアルクェイドの談だ。
よほど私を殺人鬼にしたいらしい…。