更新日 2004年 4月12日 20時37分









「ねぇ…、ルリちゃん」


夕暮れ時。

二人きりの病室でミスマル・ユリカは静寂を破った。

火星の後継者の乱から一ヶ月。

古代火星人の遺産、三年前にユリカ達初代機動戦艦ナデシコのクルーが宇宙へ捨てたボソンジャンプ演算ユニット。

捨てたはずのソレに一月前まで火星の後継者に融合させられていたユリカは、順調に生命力を回復していった。

最も、遺跡に取り込まれた時から年齢も、記憶も、何もかも変わっていない彼女。

延々夢を観ているだけだった彼女は、生命の危機とはその時から無縁だったのかもしれない。


「なんですか? ユリカさん」


ユリカの問いかけに答えたのは、連邦宇宙軍第四艦隊所属、ナデシコ級第二世代宇宙戦艦・試験戦艦ナデシコB艦長のホシノ・ルリ少佐。

目の前の人物、ミスマル・ユリカにとって妹と呼べる彼女は、奇しくもユリカと同じく『ナデシコ』の名を冠した戦艦の艦長となっていた。

その艦長は、現在は療養という名目の半自宅謹慎処分となっている。

原因は、火星の後継者の乱の際見せた、宇宙戦艦ナデシコCでの火星全土に及ぶハッキング。

火星にあるありとあらゆるネットワーク、通信手段、電子機器をたった一人で掌握したその力を、連邦宇宙軍は恐れた。

彼女を実の娘と同等に思っている連邦宇宙軍総司令、ミスマル・ユリカの実父、ミスマル・コウイチロウでも下からの突き上げを抑える事は難しかった。

かといって、娘だと思っている彼女を『脅威』の二文字だけで処分する事などできるはずも無い。

そこで、総司令という力をもってして最大限に下からの突き上げを抑えた結果、ホシノ・ルリ少佐の謹慎処分が決まった。

もっとも、謹慎処分の前提として処分の下っている間に彼女が『脅威』足り得ない事を証明するか、彼女の力を抑える為の配置換えの行うかを内部会議で検討する事になっている。

最もどこかの研究所に送られるか、他惑星調査団と銘打たれた人類以外の知的生命体を探すなどというプロジェクトの研究員、事実上地球圏からの永久追放などの処分などあり得ないだろうと思いコウイチロウは承諾したのだ。

そういった経緯で、彼女は姉と夕暮れの病室に居るのだった。


「………アキト、今頃何してるんだろうね」


ユリカから久しく出ることの無かった『家族』の名前に、ルリは否が応にも反応した。

だが、それも一瞬の事。

すぐに平静を取り繕い、彼女の問いかけに答える。


「さぁ……。何をしてるんでしょうね、アキトさん」


自分の思い通りに言葉が出た事に安堵する。

本当は、軍からの情報で今彼が何をしているか判っている。


テンカワ・アキト。

三年前にミスマル・ユリカと共に死亡したはずの彼は、今も生きている。

一ヶ月前の事件で壊滅したと思われていた『火星の後継者』の残党と各地で戦っている彼は、同時に数多のコロニーを壊滅させたテロリストだった。

だが、軍内部でそれを知っているのは極一部、テンカワ・アキトという人間を知っている数人のみに留まっていた。

だが、コロニーを壊滅させた幽霊ロボットは実在している。

軍はその幽霊ロボットを指名手配して現在も追っていた。

捕まれば恐らく、極刑は免れない。

知らない数万人の人間と、たった一人の大切な人。

その考えはルリ以外の人間も凡そ同じで、関係者は誰も彼の事を口外する事は無かった。


ふっ、と視線を感じてアキトの事に思いを馳せていた自分に気付く。

元を辿ると、ユリカが自分を笑顔で見つめていた。


「ねぇ、ルリちゃん」

「……なんですか?」


そのままの笑顔で話し掛けてきたユリカを怪訝に思いながらも問い返す。



「ルリちゃんは、アキトの事、好き?」



即答出来なかった自分に、ルリは自身の中で後悔し、自身に対して憤慨した。














ネルガル重工の所有する地球に点在する秘密ドック、その一つに白亜の戦艦は停泊していた。

ユーチャリス級戦艦『ユーチャリス』。

ネルガル会長経由で横流しされたそれは、最後の補給の為ここに停泊していた。

最も、秘密ドックという性質上長く停泊している訳にもいかず、残り数時間の滞在の予定だ。


「整備は、まだ終わらないのか?」


船体に取り付き作業を続ける機械を眺めながら、テンカワ・アキトが問い掛ける。


「我が儘言わないでくれよ。ボロボロにしてくれたのはそっちだよ? 全く」


アキトの放つ雰囲気に臆される事も無く軽口を叩く。

現・ネルガル会長であり、度々アキトの手助けをしてきた男、アカツキ・ナガレは肩を竦めながらアキトの隣に並んだ。


「……済まないな」

「そこで素直に謝られても困っちゃうんだけどねぇ」

「なるべく早く終えて、ここから出たほうがいい」


アカツキの少し困ったような言い方に反応せず、アキトはユーチャリスを眺めながら忠告する。

その言葉にやはりアカツキは肩を竦めながらも同意した。


「やっと上昇しだしたネルガルの会長が、宇宙規模のテロリストと仲良くお喋りなんて大スキャンダルはシャレにならないよね、ホント」

「統合軍の動きも慌しい。俺を捕まえて世間の目を逸らしたいのだろう」

「今は大変だもんねぇ。クリムゾンも動いてるし、君の周りは敵だらけだよ?」


二人の会話通り、クリムゾン・グループと統合軍の目はコロニー潰しのテロリストに向けられていた。

火星の後継者の乱の際、三割もの離反者を生んだ統合軍と、『火星の後継者』のバックボーンについていたクリムゾン。

双方の利害は一致し、金銭の流れも元々存在していたお陰でお互い手を組み世論を払拭しようと躍起になっていた。

幸い、幽霊ロボットとおぼしき機動兵器とその母艦と思われる戦艦は今だ『火星の後継者』残党と共に目撃されている。

それを使えば世間の目はそちらに向けられると踏んだのだろう。

恐らく、世間はその通りに動くだろう。

だから余計、幽霊ロボットと白亜の戦艦の所在を知られるわけにはいかない。

それを踏まえてアキトは先程の忠告をしたのだった。

だが、目の前の男、ネルガル会長であるアカツキはアキトを少しでも引き止めようとする。

仲間・友人に対して冷徹に徹しきれない男だからアキトも信用できるのだが、現在のような状況ではそれが仇になりやすい。

それが判っているのだが。


「…少し休んでくる。準備が出来たら声をかけるよう伝えてくれ」

「判ってる、今の内にゆっくり休んでおきたまえ」

「あぁ」


アキトは彼に強く言えず、その場を後にするだけだった。














「アキトは私の王子様、でもアキトは私だけの王子様じゃないんだよね」

静かな病室にユリカの声が響く。

その聞き手となるルリは、ユリカの顔をじっと見つめていた。

「ね、ルリちゃん。ユリカに隠してる事あるでしょ?」

「えっ……」

いつもと変わらぬユリカの態度と唐突すぎる質問にルリは狼狽を表す。

そしてその言葉に、つい膝に抱えているハンドバックに視線を送った。

淡い青色の小さなハンドバック。

シンプルなだけのそれを見て、ユリカは自分の予想が正しかった事に思わず顔を綻ばせた。

「ねっ、ルリちゃん。何を隠してるの?」

「な、何も隠してません…」

力無い自分のした反論に、ルリは思わず苦虫を噛み潰したような顔をする。

これでは自白しているのと同じだと、自分を咎める。

そんな彼女の心の内を知ってか知らずか、ユリカは彼女にやはり問い掛けた。

「お願い、教えて。それは…ユリカに関する事? それとも、アキトに関する事?」

ユリカの的確な質問に、心の中でだけ動揺を表す。

だがこの秘密は、ルリの中では絶対に言うべきではないと思っている事柄だった。

それを知る他の人物にも、ルリから口止めを前もってしてある。

そこまで徹底するほどに、その秘密は言うべきではないとルリは判断したのだった。

だが、現在ではそれが正しいのかどうか分からなくなっている。

「お願い、ルリちゃん。…大事な事なんでしょ?」

そう、ユリカの言う通り大事な事なのだ。

それを自分の考えだけで隠しておいていいのだろうか?

今のルリの中ではいろいろな想いが犇きあっていた。

目の前の姉からの懇願に対して、『言うべき』か『言わざるべき』か。

その思考から今度は『言いたい』のか『言いたくない』のかという自身の影の部分まで思考を馳せる。

ユリカなんて関係ないのかもしれない、本当は自分がただ言いたくないだけなのかもしれない。

『あの人』との秘密を、伝えたくないだけではないのか。

自身の頭の中、想いを整理して、ルリは重い口を開いた。


「……ユリカさんが、辛い思いをするかもしれません」


詭弁だ、と自嘲した。

ただ責任を彼女に押し付けただけだ。

自分を責める彼女を知ってか知らずか、ユリカは曇りの無い笑顔でルリに言う。


「知らないほうが、ずっと苦しいと思うんだ、私」


ルリはその言葉を聴いて、ハンドバックから決意と共に一枚の紙を取り出した。












「アキト……」

割り当てられた部屋で待っていた少女が、入って来たアキトに気付き寝ていたベットから身を起こす。

「まだ終わってないから、寝てていいよ」

アキトはそう言いながら羽織っていたマントを椅子にかけ、起きた少女の隣に腰掛ける。

彼女の名は、ラピス・ラズリ。

三年前、『火星の後継者』と関わりのあったクリムゾン所有の研究所でアキトが発見したIFS強化体質の少女だった。

自身を救ったネルガルのSSと共に襲撃したそこに、彼女は一人、隔離されていた。

薄暗い個室の中に居た彼女は、アキトに導かれるまま今もアキトと共に存在している。

『もう一つの瑠璃』の可能性として。

声をかけられてラピスは、静かに首を横に振りベットを降りた。

「……ジュース、飲む?」

「あぁ、ありがとう」

アキトの言葉に首を縦に振って、ラピスは備え付けの冷蔵庫の中から二つの缶を取り出す。

烏龍茶とオレンジ・ジュースを手に、ラピスはアキトの隣に腰掛けるとすいっと烏龍茶を差し出す。

それを、普段はほとんど浮べない淡い笑顔で受け取り、アキトはプルタブを開け口に烏龍茶を流し込んだ。

頭をいじくられてから味覚なんてものは無い。

だが、流し込んだ烏龍茶の薫りは微かに味わえた。

これも、ラピスが五感をサポートしてくれているお陰だった。

彼女の身体と自分の身体は、遺跡から採取されたナノマシンの効果により感覚をある程度共有する事が出来た。

だが、その共有(リンク)は、あくまで脳の電気信号が一部正常に伝達されるようになっただけのもの。

完全に消えている味覚は戻る事は無かった。

だが、それ以前の状況に比べたら遥かにマシだ。

アキトはラピスには、感謝してもしきれない恩があると思っている。

それほどに、ラピスとのリンク前の状況は辛い状況だった。

烏龍茶を飲みながらそんな事を考え、缶のプルタブと格闘しているラピスを眺めていた。

やがて諦めたのか、ラピスは缶のプルタブが開かないままスイ、とそれをアキトに差し出した。

アキトは黙ってそれを受け取り、プシュッとプルタブを開けてラピスに差し出す。

「……ありがと」

「どういたしまして」

アキトが簡単に開けたのを見て少し拗ねたようにお礼を言ったラピスに、アキトはクスリと笑って返事を返した。















「そっか…。これは、ルリちゃんが持ってるべきだよ」

そう言ったユリカの顔は、隠し切れない寂しさで埋め尽くされていた。

「でも、ユリカさん…」

「いいの。ルリちゃんが渡されたんだから、それはルリちゃんの。でしょ?」

手渡した紙切れを突きつけ、ユリカは無理矢理ルリにそれを握らせた。

だが、紙を手放す時に、少し躊躇いがあったのにルリは気付く。

「…やっぱり、これはユリカさんが持っているべきです」

そう言って顔を上げたルリに写ったのは、ユリカの笑顔だった。

「ダ〜メ。それはルリちゃんの。直接渡されたのはルリちゃんなんだからっ」

「ですが……」

「いいの、ユリカは今度もっといいもの貰うから」

そう言ってユリカは手を放し、ポスッとベットの枕に頭を沈めた。

そのまま病室の天井をぼーっと見つめる。

ユリカなりの受け取り拒否の姿勢だった。

仕方無く、ルリはハンドバックの中に先ほどの紙切れを仕舞い込んだ。

それをチラリと確認してから、ユリカが口を開く。

「ね、ルリちゃん…。その紙は、アキトの大事なものだから、絶対無くさないでね?」

「……はい、判ってます。これがどれだけ大事なものか」

ルリはそう言って、ハンドバックを見つめる。

その中に仕舞い込んだのは、アキトから託されたラーメンのレシピ。

ユリカとの結婚をコウイチロウに承諾して貰う為、アキトの全てを込めたラーメンの全てだった。

それがどれだけアキトの想いを詰めているか、計り知れない。

「五感がボロボロになって、料理が出来なくなって、絶望して……。
 それでも捨てる事が出来なかったラーメンのレシピ。それはね、今までのアキトの全てなんだよ」

「……はい」

天井を見上げながら呟くユリカに、ルリが弱く返事を返す。

「それを託されたのはルリちゃんで、ユリカじゃないの。…意味、判るよね?」

柔らかく問い掛けるユリカの言葉に、ルリは俯いて返事を返した。

「……判りません。これは、たまたま私がアキトさんと逢ったから」

「たまたまで、アキトはそんな大事なものを渡さないよ」

「でもっ! これはユリカさんがまだ遺跡に取り込まれていたから私に」

「だったら、ユリカが遺跡から開放された時に逢いに来て、渡してくれるんじゃないかな?」

「それは……、アキトさんは、テロリストで指名手配されていたから逢いに来れなくて」

まるで自分を扱き下ろすようなユリカに、ルリはフォローに回る。

だが、ユリカはそれを気にする様子もなく、クスリと一回笑ってからルリに微笑みかける。

「ごめんねルリちゃん。ちょっと意地悪したくなっただけ。ルリちゃんだったら慌ててユリカの事フォローするんだろうなぁって思って」

悪びれた様子も無くしれっと言い切ったユリカに、ルリは何故か焦燥を覚える。

何となく、普段のユリカと違和感がある。

こんな物の言い方は、普段のユリカならしないだろう。

そう、何となく思いながら、ルリは口を開いた。

「何で、そんな事するんですか」

「多分、嫉妬してるんじゃないかな? ルリちゃんに」

「……えっ?」

間髪入れずはっきりと言い切ったユリカの言葉に一瞬呆けて、ユリカの顔を見てルリは焦燥感の正体に気付いた。

目の前の彼女は、自分に対して『姉』ではなく『女性』として話をしている。

普段のユリカならば『嫉妬』なんて言い方をせず駄々をこねるような、拗ねるような言い方をする。

それが、ルリの知っているユリカの『嫉妬』だった。

それが、今は明確に言葉に表し、駄々をこねたりもせず静かにこちらを見つめている。

恐らく言葉通り、本当に嫉妬しているんだろう。

『ユリカ』の王子様から大切なものを受け取った、目の前の『女性』に対して。

そう考えると、ルリは静かに震え、脅え始めた。

自分は彼女に嫌われてしまったのではないかという思いが身体中で蠢く。

そんなルリの気持ちを悟り、ユリカが口を開いた。

「あっ、でもユリカ、別にルリちゃんが嫌いになっちゃったわけじゃないよ? だからそんな顔しないで、ね?」

その温かみのある笑顔と声で、ルリの震えは嘘のように収まった。

そしてユリカにか細い声で「はい」と答えた。

その返事を聞いて、ユリカは一つ頷くと言葉を続ける。

「さっきはあぁいう言い方しちゃったけどね、実は前からなんだよ、知ってた?」

「えっ? ……何が、ですか?」

再びの、突然の問いかけにルリはまたもや問い返す。

本当に判っていないルリに、ユリカは当時を思い出すようにして言葉を返した。

「うん。ユリカね、三人で一緒に暮らしてた頃とか、ナデシコで艦長さんしてた時から、ルリちゃんに嫉妬する事があったんだ」

「な、なんでそんな…」

ユリカの突然の告白に、ルリは両目を見開いて問い返す。

だがユリカは相変わらずの笑顔で、驚いているルリに返した。

「ルリちゃん、判ってなかったんだねぇ。アキトってね、ルリちゃんを見る時の眼が凄く優しいの」

「それは…、私が子供だからじゃないですか。それにアキトさんは誰にだって…」

ルリがそこから言葉を続けようとすると、ユリカが首を振ってそれを止める。

「確かにアキトって優しいけど、ルリちゃんは特別なんだよ。ユリカもアキトにとっては特別なんだけどねっ」

「私は、そんな事…」

「ルリちゃんが違うって思ってても、ユリカにはそう見えたの。きっと、アキトだってそう思ってるよ」

そう言ってルリの反論を押し留め、ユリカは宙を見て続ける。

「だからね、私は昔からルリちゃんに嫉妬しているのでした。ごめんね、ユリカの事嫌いになっちゃった?」

告白を終えて笑顔を向けてきたユリカの言葉に、ルリは首を横に振り答える。

「そんな事、ユリカさんを嫌いになるなんて、あるわけないじゃないですか」

「そっか、良かった。ありがとうルリちゃん」

ルリはユリカの言葉に笑顔で再び首を横に振る。

「お礼なんて、いいんです。それが当たり前なんですから」

「う〜ん、そうなのかなぁ」

「そうですよ」

そう言って、ルリは笑顔を向ける。

ユリカも笑顔を向けてルリに話した。

「じゃぁ今度は、ルリちゃんの話を聞かせて?」

「えっ? …いきなりなんですか?」

再びのユリカの話の展開についていけず、またしてもルリはキョトンとする。

だがユリカは、当然のように言葉を続けた。

「ルリちゃんもさ、ユリカに嫉妬したりとか、した事あったでしょ? ねぇ〜」

「なっ…、そ、そんな事言えませんっ!」

先程までの態度とは打って変わって楽しそうに聞いてくるユリカに、ルリは顔をプイッと背けて拒否を示す。

だが、ユリカはそれで諦める事は無かった。

「ねぇ〜、聞かせて? お願い、ルリちゃん」

こうなると、ユリカはテコでも動かない。

何が何でも聞き出そうとするのは明白だった。

もう既に、洋服の袖がユリカに握られている。

「………はぁ」

ルリはそう一つ溜息をついてユリカに話した。

「……それは、ありますよ。でもユリカさんに嫌われたくないから言いたくないんですけど」

「嫌いになんかならないよ。ルリちゃんはルリちゃんだもん」

「でも、ですね……」

ルリがそう言ってなんとか諦めて貰おうとした所へ、ユリカが割って入る。

「ルリちゃんは、ユリカの事が信じられない…?」

逃げ場を無くしたルリは、覚悟を決めてユリカに話すしか無かった。














何をする訳でもなく、アキトとラピスはぼーっとジュースを飲んでいた。

いや、正確にはぼうっとTVを見ていた。

現在やっているのは夕方から放送しているニュース番組。

その日、地球で起こった事件事故、芸能の話題やその他様々なニュースのメニューが表示される。

その中から一つのワイドショー的な番組をラピスがチョイス。

そこでは今若者に大人気の「メグ姉」ことメグミ・レイナードがテレビクルーに囲まれて会見をしていた。

どうやら恋人が居るという噂で会見をしているらしい。

会見ではメグミは恋人の存在を否定しているが、テレビクルーはしつこく食い下がっている。

どうやら現在のメグミは、芸能の世界では話題性がバツグンのようだ。

「………大変だなぁ、メグちゃん」

すっかり気の抜けているアキトがTVを見つつ烏龍茶を飲みながらそんな事を呟いた。

その呟きを聞いて、ラピスが問い掛ける。

「……知り合い? アキト」

「あぁ、教えてなかったか。元ナデシコクルーの一人だよ」

「そう……」

ラピスはアキトの返事を聞くと、すぐにTVについているコンソールを操作してチャンネルを変える。

どうやら興味が無くなったようだ。

しばらくラピスがチャンネルをコロコロと変えていると、アキトのアカツキから渡されていたコミュニケが鳴り始めた。

すぐにコミュニケのウィンドウを開きアカツキからの用事を聞く。

「なんだ?」

アキトのコミュニケはアカツキや月臣、ゴートなどのネルガル内の知り合いの緊急コード以外は受信しない設定になっている。

これが鳴った時は何らかの事が起こった証拠だった。

それを知っているラピスは、少し心配そうな顔でアキトを見つめる。

『今、火星から連絡が入ってね。といっても火星では半日前送信の通信なんだが』

「何があった?」

アキトがアカツキに聞くと、一瞬黙ってからアカツキが話した。



『……イネス・フレサンジュ博士が消えたそうだ』



「……今からラピスとそちらに行く」

『頼むよ。どうやらボソン・ジャンプ絡みだからね。上の会長室に居るから』

「判った」

アキトはそう言ってウィンドウを切り、ベットから立ち上がると椅子にかけてあったマントを肩にかける。

同時にラピスも立ち上がり、準備を終えたアキトの隣に寄り添うように近づいた。

「……行くぞ、ラピス」

「うん」

ラピスの返事を聞くと、アキトの周囲から淡い光が生まれる。

光は次第に眩しさを増し、部屋全体を照らす。

アキトはその光の中でラピスの肩に手を回し、抱き寄せると小さく呟いた。


「………ジャンプ」


その瞬間、光は七色に輝き、二人を溶かすようにして消し去った。






日が沈む頃になり、繁華街は逆に喧騒に包まれていた。

後継者の事件以後、街にはこれまで以上の警備体制が施され、当分の間は軍によるテロリストへの警戒が強い。

そのお陰で、首都圏の治安は良くなり、繁華街に繰り出しやすくなった為だ。

だが、そんな中でもルリは顔色が冴えなかった。

「はぁ……」

原因は、病院でのユリカとの会話。

ユリカの自分への気持ちとアキトへの気持ち。

そして自分のユリカへの気持ちとアキトへの気持ちを二人で散々語り合った。

基本的にユリカに誘導されルリが語るというパターンだったが、自分の心の内を曝け出してしまった事には変わり無い。

結果的に、ルリはユリカに事実上のライバル宣言をしてしまったのだった。

「……何を考えているんでしょうね、私は」

軽い自己嫌悪の中、一人呟く。

両手に持つハンドバックを胸に抱えなおし、ギュッと抱き締めながら再び溜息。

その様子に、夜の繁華街に繰り出している若者や中年、果ては警備に当たっている軍の人間が溜息を吐く。

『電子の妖精』と呼ばれ軍のマスコットキャラ、ほぼ客寄せパンダ状態のルリは夜の繁華街でも人気だった。

街頭にあるCMを流す為のウィンドウには、十分に一度はルリの顔が映る。

それは軍から要請され、ただナデシコB内での仕事ぶりを映しただけのものだが、そのプライベート映像にも似たそれがヒットした。

そのお陰でルリは半ば民衆のアイドルとなり、宇宙軍に新人が多数入る事になった。

だが、この結果がルリにもたらしたのは、ファンからの熱烈すぎるラブコールだった。

軍に居た元々の電子の妖精アン・オフィシャルファンクラブのアララギ大佐一派の活動は激化の一途を辿り、新規会員の数も鰻昇り。

中には金になるからと、ナデシコB勤務の職員と裏取引をして盗撮までされる始末だった。

そのような現状なので、普段のルリならば自分への視線に敏感に反応する。

だが、今のルリは自己嫌悪と戦い、思案に暮れる。

その思案顔が持つ人を惹き付ける力に気付いていなかった。

トンッ、と後ろから肩を叩かれる。

それにハッと気付き、慌てて後ろを振り返る。

「こんな所で何をしているのよ? ホシノ・ルリ」

振り返った先には、見知った顔があった。

「あ………エリナ、さん?」

エリナ・キンジョウ・ウォン。

大会社ネルガルの会長秘書であり、元ナデシコでの同僚の女性だった。

彼女は腰に手を当て、はぁ〜と一つ息をつく。

「えぇ。全く、さっきから何度も呼びかけているのに気がつかないんだもの」

「あっ、すいません」

突然現れたエリナにいきなり叱咤され、思わず頭を下げる。

再び頭を上げ、眼に映った光景はエリナの後ろに控えていたモアイ顔のアップだった。

「……久し振りだな、ホシノ・ルリ」

モアイが喋った。

「きゃぁぁっ!」

思わず飛び退き、身を固める。

良く見ると、そのモアイは元ナデシコクルーでネルガルのSSをしているゴート・ホーリーだった。

「あっ、ゴートさんだったんですか…」

「むぅ…、スマン。驚かせたようだな」

「………くっ、フフッ、プッ」

ゴートと気付き驚いた胸を抑えるルリの言葉にゴートが頬をポリポリと掻きながら詫びを入れる。

その後ろで、エリナは必死に笑いを堪えようと頑張っていた。

その様子に驚いた自分が恥かしくなり、ルリは少し頬を染めてからエリナに聞いた。

「それで、何の御用ですか? お二人とも」

ルリが問い掛けると、笑いを堪えていたエリナが笑顔になり返事を返す。

「ここじゃ何だから、少し付き合ってもらえるかしら?」

エリナはそう言うと、路肩に止めていた黒塗りの高級車を指し示した。

「………判りました」

二人の様子を眺めてからルリは返事を返し、二人に先導されて車に乗り込んだ。


黒塗りの高級車に乗り、数百m走ると車を降ろされ、違う車に乗り込む。

「………どこに連れて行くんですか?」

「ちょっと、ね」

エリナはそれだけ返事をし、今度はタクシーを捕まえて乗り込ませる。

途中でゴートが抜け、それでも何度もタクシーを乗り継ぐ。

ルリもその行動の意図する事が判り、黙ってついていく。

最後に乗り込んだタクシーには、見知った人間が居た。

「………お客さん、どちらまで」

「何をしているんですかゴートさん」

「いいから早く出しなさいよ」

「了解」

突っ込まれそれだけ返事を返し、ゴートはタクシーを発進させた。


三人を乗せたタクシーは、街から大分離れた湾岸沿いの廃工場へ辿り着いた。

二人をそこで下ろし、ゴートはタクシー会社に車を返す為、街へと戻っていった。

黙って先を歩くエリナに、ルリも黙ってついていく。

ボロボロの業務用エレベータに乗り込み、それが稼動してからエリナが口を開いた。

「……今、アキト君がこの地下に居るわ」

「えっ!?」

突然の言葉に、ルリは大きな声で驚く。

実際、今までの行動でルリはエリナが話す内容はアキト絡みだろうと予測していた。

それはアキトがどこに居る、アキトは今どうしている程度の話だと思っていた。

だが、エリナの言葉は予測の遥か上を行っていた。

そのエリナの行動に、ルリは今後どのような話か来るのか予測が出来なくなる。

そんなルリを苦笑して見つめながら、エリナが再び口を動かす。

「それと、イネスが行方不明になったわ。今日の事らしいけど」

「…行方、不明? イネスさんが?」

何が言いたいのか判らないエリナに問い返す。

エリナは黙って頷くと、続きを話す。

「火星にある遺跡の調査中に、突然ボソンジャンプしたらしいわ。ただ、そのジャンプは彼女の意思で起こったものではないらしいの。CCも持っていなかったようだしね」

「……CC無しでのジャンプですか?」

「えぇ。原因は不明。どこに行ったのかも判らないわね」

エリナの説明に思案を巡らせて、ルリが問い掛ける。

「……私に、アキトさんと一緒にイネスさんを探せ、という事ですか?」

ルリの問いかけに、エリナは首を横に振り返事を返した。

「そんな事じゃないわよ」

「じゃぁ、何ですか? わざわざこんな所にまで連れてきた理由は」

エリナの意図が読めないルリは、ストレートに聞く事にした。

その言葉に、エリナは苦笑いを浮べて答える。

「……一応、これからアキト君は火星に調査しに行くんだけど」

「まぁ、そうでしょうね」

「彼女が発見出来なかった時は、彼の余生を一緒に過ごしてあげて欲しいの」


「…………は?」

突拍子も無い発言に、間抜けな返事だなと、ルリは自分に向けて心の中で呟いた。







「…………強制的なボソンジャンプ、だと?」

アカツキの居る部屋で火星から送られた映像を見て、アキトは呆然とその映像を見ていた。

映像には、遺跡調査の為他の研究員に指示を出すイネスが映っていた。

そのイネスが遺跡へ近づき、器具を取り付けて解析を始める。

その途中、事が起こった。

椅子に座りキーボードを叩いているイネスが突然ボソンの光を放ち始めた。

慌てた他の研究員がイネスに焦って呼びかけるが、彼女はそれを苦笑で受け止める。

『……また、かしら? ちょっと貴方、記録してるカメラどこ?』

イネスは慌てている他の研究員に呼びかけ、カメラの位置を聞く。

その研究員がカメラの位置を教えると、他の研究員に対して指示を出し始めた。

『この記録はキチンと取っておきなさい。恐らくこれは、A級ジャンパーによる遺跡への介入ではなく、遺跡からA級ジャンパーへの介入と』

段々と光の増す中で、凛々しく指示を出すイネス。

その姿もボソンの光で見えなくなった時、イネスがカメラに向かって呟いた。

『……待ってるわよ、お兄ちゃん』

瞬間、輝きが増し、後にはイネスの姿は無かった。

ピッ、と音が鳴り映像がそこで消えた。

「…という訳なんだが、どう思う?」

椅子に座ったままクルリと振り返ったアカツキは、目の前のアキトに問い掛ける。

「……三年前に、同様の現象を見た事がある。その時ジャンプした人間も、場所も同じだ」

「イネス君が、三年前にも強制ジャンプをしていたという事? そんな話聞いてないけど」

アキトから聞いていない事を言われ、アカツキは少し不愉快を表す。

その顔を見て、アキトは少し苦笑を浮べて返した。

「言えなかっただけだ。何せその時にイネスは古代火星人と接触しているからな」

「………タイム、スリップという事かい?」

「誰も信じないだろう? 古代火星人と接触したなどと言ったって」

アキトの思わぬ言葉に、アカツキの思考が固まる。

その様子を眺めながら、言葉を続けた。

「六年前、になるかな。第一次火星会戦の際俺のジャンプに巻き込まれたイネスは、その時古代火星人の生きる時代にジャンプした。
 その後イネスはまたジャンプにより、今度は俺達がナデシコで戦っている時の火星に辿り着く。その時に俺は過去のイネスと接触した」

「……それで?」

アカツキが問うと、アキトはコーヒーを一口含んでから口を開く。

「その後、再びジャンプ。この時の現象が先ほど俺が言った現象だ。
 そして、そのジャンプでイネスが到着したのが、その時から二十年ほど前の時代だった。そして、現在に至る」

「………まるでパズルのような話だね。君達二人しかこの事は?」

「他の人間に言ったのはお前が初めてだよ」

アキトの返事にアカツキは黙って答える。

それを確認してから、アキトは話した。

「……あの時と同じ現象だとしたら、イネスはタイムスリップした可能性が高い」

「時空間跳躍か。確かに、その可能性が大いにあるね」

アキトの憶測に同意して、アカツキは思案に入る。

タイムスリップだとすれば、イネスを見つけるのは困難なのは間違いない。

現代に現れる可能性が無い訳ではないが、アキトの話からすると何千年も前に跳んでいる可能性もある。

どの時間に跳んでいるかなんて誰にも予測は出来ない。

アキトを火星に向かわせて調査すれば何か起こるかもしれないが、アキトもA級ジャンパー。

もしかしたら、アキトまで強制ジャンプによってどこかへ消えてしまうかもしれない。

そこまでアカツキの考えが至った所で、アキトはコーヒーを一口飲んでから席を立った。

「火星へ向かう。それしかないだろう」

「………いいのかい? それで」

「かまわないさ」

アキトの答えに、アカツキは悩む。

アキトの口ぶりから、恐らくアキトも自分と同じ『アキトもジャンプしてしまうかもしれない』という可能性を考えた結果だろうと思う。

アキト自身がそこまで考え出した答えを、自分が却下してもいいものだろうか。

だが、イネスが見つからないとなるとアキトの余生は途端短くなってしまう。

恐らく半年を持たずに死んでしまうだろう。

ならば、イネスが見つけられる可能性が少しでもあるほうを選んだほうがいい。

アカツキは無理矢理そう結論付けて、アキトを一瞥した。

「じゃ、火星に向かってくれるかな?」

「あぁ…。済まないな、アカツキ」

アキトの詫びに、アカツキは苦笑いで答えた。









「これは………」

目の前に止まる白亜の戦艦を見上げ、ルリが眼を見張る。

そこにあったのは、『幽霊ロボット』と共に居る戦艦ユーチャリス。

これだけで、アキトが居るという事実が表されていた。

ルリが整備されているユーチャリスを呆然と眺めていると、エリナが声をかける。

「何をしているの? こっちよ」

それだけ言うと、エリナはスタスタと目の前を進んでいく。

「あっ…、はい」

ルリがそれについていくと、一つのコンテナの前に辿り着いた。

「これに入りなさい」

「………はっ?」

突然の物言いに、ルリは多少怒気を含んで返事を返す。

だが、エリナはそれにまるで『呆れた』と言わんばかりに溜息をついて答えた。

「貴女、ユーチャリスに普通に乗り込めると思ってたの?」

「ユーチャリス…、あれですか」

エリナの言葉に、ルリは後ろに佇む戦艦へ振り返る。

それを見て、エリナは言葉を続けた。

「そう、あれがユーチャリス。オモイカネ級AIの入った、貴女が使ったナデシコCと同じ、ワンマンオペレーションシステムが搭載されているわ。最も、あちらのデータのお陰でナデシコCが出来たわけだけど」

「………彼女、ですか」

ルリはエリナの話を聞いて、少しだけ接触した一人の少女を思い出す。

桃色の長い髪の毛と、自分と同じ金色の瞳。

ナデシコCでのハッキングの際、説得しようと語りかけ、失敗した一人の少女。

『アキトは私の全て』と言ってのけた少女は、確かラピスとアキトに呼ばれていたのを思い出した。

あの時の彼女とのやり取りを思い出し、知らず苛立ちが沸いてくる。

いつもアキトの側に居て、行動を共にしているだろう少女に、嫉妬しているのかもしれない。

ルリのそんな考えをおかまいなしに、エリナは言葉を続ける。

「言った通り、オモイカネ級AIの入ったあれの警備は厳重。不審者なんて起動中に忍び込むのは無理。かといってアキト君に直談判したって結果は見えているでしょう?」

「100%拒否するに決まってますよね」

「その通りよ」

そこで一旦区切り、エリナは続ける。

「そこで、起動していない今の内に、ユーチャリスの中の光学カメラによる探査を避けれるこのコンテナに入って忍び込んで貰うわ。密閉されてしまうけれど、真空状態になる訳ではないから安心して」

「酸素供給とかはどうするんですか? コンテナが荷崩れを起こしたら? というか殺す気ですか?」

「ちゃんと手配してあるわよ、酸素ボンベ」

「そういう問題ではないと思います」

なんとかなるという臭いしかしない作戦に、ルリは思い切り呆れた目でエリナを見つめる。

だが、エリナはその視線を涼しい顔で受け止めながら問い返した。

「じゃぁ、他に何か良い手があるのかしら?」

その言葉に、ルリは暫し考えてから答えを出した。


「……とりあえず衝撃吸収の為のクッションと、時計。あと灯りと外の様子が伺えるカメラなどの機材も積み込んでください」


急遽コンテナの中身を充実させるべく、数人の整備員がおつかいに出る事になった。







隣の部屋で待っていたラピスと合流し、三人でユーチャリスの整備終了の報告を待っていた。

そこへ、エリナから通信が入る。

ピッ

『会長。整備と物資搬入、終わりました』

「ご苦労さま、すぐに向かうから待っていてくれたまえ」

『わかったわ』

それだけ答えて通信を切り、アキトへと向き直る。

「さて、行こうか」

「あぁ。…行くぞ、ラピス」

「うん」

飲みかけのジュースを一気に呷ってから、ラピスはコップをコトンと机に置いて立ち上がる。

それを見てからアキトも立ち上がり、三人は部屋を出て行った。



密閉された真っ黒な空間に、パチリと灯りが燈る。

ルリはクッションに座り直し、コンテナに取り付けられた可動式マイクロカメラを作動させた。

場所はどうやら貨物室。

外の様子は全く伺えなかった。

「……これじゃ、意味ないじゃないですか」

こんな場所に運んだエリナに一人文句を言って、ルリはカメラを消す。

次につけたのは、オモイカネが作動していない内にブリッジ取り付けた盗聴器。

そこからも、何も聴こえなかった。

「……とりあえず、アキトさんが来るのを待ちましょうか」

ルリは受信機をつけたまま、広いコンテナの中でクッションを抱えて寝転がった。



「世話をかけたな」

アキトの言葉に、アカツキは苦笑で返す。

そこへ、エリナが割って入った。

「どうせお金を出す事しか出来ないんだから、別にいいわよ」

「そりゃないんじゃないかな…? エリナ君」

エリナの辛酸な言葉に二人で苦笑を浮べる。

「それで、どの程度調査するんだい?」

「……一ヶ月程度は、火星を回ってみたほうが良いだろう。まずは消えた極北遺跡に行く」

アキトの言葉に、聞いたアカツキは頷いて返した。

「定期的に連絡はして頂戴ね。火星の後継者や統合軍が狙っているんだから」

「判っている」

エリナがアキトの言葉に満足気に頷く。

それを見てから、アキトはラピスへと振り返った。

「……行くぞ、ラピス」

「はい」

声をかけられたラピスは返事を返し、アキトの横に並ぶようにして歩いていった。

「……何かあったらすぐに連絡を入れてくれよ」

「あぁ…。また一月後だ」

背後からかけられた声に振り返らずに答えて、アキトはユーチャリスへと乗り込んでいった。




艦内に入り、一直線にブリッジへと向かい、早々に発進準備を開始した。

「ラピス、発進準備」

「了解」

正面のオペレート席に座るラピスに声をかけてから、アキトは艦長席とも言える位置に腰かけた。

ラピスはオペレート席に座り、IFS端末にアクセスを開始する。

それを見てから、アキトが艦長席のコンソールに手をついた。

「オモイカネ、起動」

「了解、艦内オールグリーン。生体反応無し。相転移エンジン始動準備、核パルスエンジン始動準備」

アキトの言葉にラピスが続けると、二人から淡い光が漏れ出した。

そして、アキトの座る艦長席のコンソールから光るボールが二つ浮かび上がる。

それは何個もの小さなウィンドウが繋がっているものだった。

「艦内の管制権を委託」

「了解、チェック」

「ウィンドウボール、展開」

「了解、ウィンドウボール展開」

その声と共に、ラピスの周囲に複数のウィンドウボールが現れ、ラピスの放つ光が淡く輝いた。

「相転移エンジン、始動」

「了解、相転移エンジン始動します」

ラピスの声と共に、ブリッジのメインモニターが外の景色を映した。

その横にあるサブモニターにはオモイカネの『エンジン、始動します』というメッセージ。

一瞬、軽い起動音を艦内に響いた。

「…相転移エンジン、核パルスエンジン始動確認。ユーチャリス、発進できます」

発進準備完了を告げるラピス。

そこへ、アキトが再び指示を出す。

「アカツキに通信を開いてくれ」

「了解、オモイカネ」

アキトの指示を受け、ラピスがオモイカネにアクセスするとメインモニターにアカツキの顔が映し出された。

「これからボソンジャンプで火星圏までジャンプする」

『了解。気をつけてくれよ』

「フッ、判っているさ」

『それは結構。みんなで仲良く帰ってきてくれるのを期待してるよ』

「イネスが見つかれば、な」

そう言って、お互い苦笑いを浮べる。

「では、ジャンプに入る」

『あぁ、よろしく頼むよ』

「通信切断」

「了解」

アキトの声に反応して、ラピスが通信を切る。

一息ついてから、アキトが再びコンソールに手をついた。

「これからボソンジャンプに入る。目標・火星圏デブリ帯。ディストーション・フィールド出力は?」

「フィールド出力30%。ジャンプ後エンジン出力70%、フィールド出力60%に設定します」

「了解。オモイカネ、ジャンプオペレートよろしく」

『了解』

オモイカネの返事と共に、二人の側で浮いているウィンドウボールが激しく回転を始める。

光を伴い回転するウィンドウボールと共に、アキトの身体も輝きだす。

『完了、イメージングOK』

オモイカネのアナウンスに、アキトは目を閉じる。

「ジャンプフィールド形成…。目標・火星圏デブリ帯」

目を閉じ、イメージングするアキトに呼応するように、メインモニターに映された外の映像が歪み出した。

その歪みが激しくなり外の景色が判らないほどになると、アキトが呟いた。


「……ジャンプ」