「ごちそうさまでした〜」

「はい、ありがとうございました。また来てね〜」

割り勘で勘定を払い、喫茶店を出る。

制服を着た梢ちゃんの健康的な笑顔にほにゃっとした気分。

でも、その横のアンテナが煩かった。

「相沢は二度と来るな! バーカ!」

「うるせぇよ! バーカ!」

ほにゃっとした気分を思いっきり邪魔されて勢いで返す。

すると、当然向こうも返してくるわけで。

「人の彼女見てニヤケてんじゃねぇよスケコマシ!」

「なんだとこの腐れアンテナ!」

「やんのかコラ!」

「やんぞコラ!」

そのまま勢いに乗ってお互い掴みかかろうとした所に、後頭部への強打が炸裂!

「店先で騒ぐのはやめて……」

背後からのチョップに、もんどりうつ俺と北川でした。
















そのまま俺達は商店街をプラプラ。

特にやる事も無く、ウィンドウショッピングに洒落こむ女性陣。

たった一人の男な俺は、疎外感を感じながらもその光景をぼーっと見てるしか無かった。

目の前できゃいきゃい言いながら店先を覗きこむ女性陣を見て、ほぅ、と溜息をつく。

「……見てるだけの何が面白いのかねぇ」

「うむ、全くだな」

唐突にどっかから何かが沸いてきた。

「何故ここに居る杉並」

「何、ヌーが売っている書店は無いかと探していた所でお前を見つけてな」

「なるほど」

やっぱり探していたのかコイツは。

というか、あの本は売っている書店を探してまで読みたいような内容か?

俺には理解出来ん。

つーかコイツ、純一達と一緒に出なかったっけか

「お前、純一達は?」

「あぁ。女子の買い物という脅威に恐れをなした俺は戦略的撤退を謀った訳だ」

「ようするに、ついていけなくて逃げた訳か」

「うむ。どうせついていっても荷物持ちにされるのが関の山だからな。今頃朝倉は両手に大量の荷物を抱えていると思われる」

女子の荷物持ちという末路を辿った純一。

いとあわれ。

なんて事を考えていたら、前方を歩いていた女性陣を見失ってしまった。

これはヤバイ。

途中で逸れたなんて事になったら、ブーたれられてしまう。

「なぁ、杉並。前方の女性陣はどっちへ行った?」

「ん、あれじゃないか?」

そう言われ、杉並が指差すほうへひょいと視線を向けると。

ゲッ、何か楽しげに談笑している膨れ上がった女性陣。

そして、その傍らにある大量の荷物。

そしてその脇に地べたも関係無く座り込む汗だくの男。

彼の名は、朝倉純一と言った。

「……哀れなやつ」

傍らからの杉並の呟き。

その声には、同情、哀れみが思いっきり含まれていた。

その哀れみを受ける純一を無視し、凄い勢いで談笑している女性陣。

なんていうか、見事に風見学園組はこっちの学校の人間と溶けこめているようだった。

一人、教師が混ざってるけど。

俺達二人は女性陣を眺め、純一を生暖かい目で見守りつつその場から少しずつ、距離を取っていった。

何故かと言うと、純一の二の舞にはなりたくないから。

ま、当然の事だ。

ここは悪いが、純一に生贄になってもらおう。

「頑張れよ、純一……」

「朝倉、貴様の死は無駄では無い」

はらはらと二人して涙を流す(ふり)。

ぐいっと目元を拭ってから、俺達は頷くと後ろへ振り返り逃走を開始しようとした。

が。

「おや? 杉並と相沢じゃないか。お前達も買い物か?」

さようなら、元気な俺。

こんにちは、暦先生。


















「ぐぉぉ〜……。じゅ、じゅんいち……、もうちょっと、持て……」

「ば、ばかやろ。そっちこそ……、もうちょっと、持ちやがれ……」

両手に大量の袋を下げ、箱を両手で持つ。

約女子10人分の荷物の量は伊達じゃなかった。

つーかこれ、ぜってぇ買い過ぎ。

「あっ、舞ー。あのお人形も可愛いねー」

「……ライオンさん、可愛い」

「ほら、美咲ちゃん。あの洋服似合いそうじゃない?」

「えっ、でも……。あぁいったカジュアルなのは、眞子ちゃんのほうが似合いそうだけど……」

あーあー、そりゃアンタ達はお金持ってるでしょうねーっ!

代議士と資産家と病院長の娘達ですもんねーっ!

そりゃー可愛い娘だし、パパもお小遣い一杯あげたくなっちゃいますよねーっ!

「わっ、猫さんだよっ! これ欲しいよー」

「名雪……。あなたまた猫系買うの? もう五個目よ?」

「うぅ…、お小遣い……。う〜、でも欲しいよ〜」

「来月まで我慢するのね。あら、これいいわね……」

多分この中では一番良心的な二人、香里と名雪。

でも君達、さっき夏物先取りで洋服結構買ってましたよね?

洋服って、かさばると結構重いんですよね?

「う〜ん、今家のストックが確か2リットルありましたよね……。もう1リットル買っておくべきでしょうか……」

「あっ、桜餅だっ! うたまる、買って帰ろうか?」

「にゃ〜」

「うわっ、おじさ〜ん。バナナ一房90円てほんとですかぁっ!」

色気より食い気かコノヤロウ!

アイスと和菓子とバナナヲタクめっ!

積載量過多で潰れてしまいますよ!

商店街という所がこれほどの脅威になるとは思いもしなかった!

「は、早く……。早くこのデッドゾーンを潜り抜けなければっ」

「死ぬ…、そろそろ潰れて圧死してしまう……」

ちなみに杉並は、暦先生に俺を差し出してとっとと逃げ出しやがりましたよ、えぇ。

狡賢さでは、アイツにだけは勝てない。

「に、兄さん達……。ちょ、ちょっと持ちましょうか?」

ここへ麗しの我らが妹。

朝倉音夢嬢が優しい声をかけてくれた。

多分、良心回路が働いたんだろう。

何たって、コイツの買った洋服が多分一番重いんだから。

といっても、これは純一の分も含まれている訳だが、それでも多い。

だが、ここで本当に音夢に手伝わせたら男がすたる!

「ははっ、大丈夫だ朝倉。こいつら二人ならまぁ持っていけるだろう、なぁ?」

「は、は、は……。そ、そうですね、暦先生」

「お、女に重い物を持たせるなんて、お、男じゃないっすよね……」

―――言えない。

暦先生が怖いから重い荷物を持っているなんて誰にも言えない。

つーかアンタ、雑誌ぐらい自分で持ちやがれコノヤロウ!

「ウチの旦那もそうやって、いつも私の荷物持ってくれるからねぇ。そんぐらいの甲斐性は最低限必要だろ? 男としては」

「そ、そうっすね……」

ち、ちくしょー!

きっと暦先生の旦那だって、きっと暦先生が怖いから荷物を持たされてるに―――。

「何か言ったか? 相沢、朝倉」

「い、いえ〜。な、なんにも言ってないっすよ、ねぇ純一君」

「だよねぇ、祐一君」

「「はっはっはっはっはっ」」






明日の筋肉痛は、覚悟しておこう―――。













結局、俺と純一は暦先生に見張られながら重い荷物を担ぎ、自分の肉体の限界に挑戦しながら水瀬寮へと帰ってきた。

ゾロゾロと玄関を潜って行く女子共に置いて行かれつつ、俺と純一は靴を脱ぎ捨てスリッパも履かないままリビングへと突入した。

「うおぉぉりゃぁぁぁ〜〜〜!!」

「こんっっちくしょぉぉ〜〜〜っ!!」

最後の雄叫びを上げ、二人でリビングに入ると同時に、手に持った荷物を全てぶちまけた。

それはもう、盛大に。

「きゃぁぁっ! 荷物、荷物が〜!」

「ちょっと! 人の荷物何放り投げてるのよっ!」

「……ぐしゅぐしゅ、ライオンさん」

結構勝気な人間が多い女子は当然、ブーイングをかましてくる。

だが少数派ながら、ここで優しい一言をかけてくれる女神達。

「祐一、おつかれさま〜」

「純一君、ありがとう」

「兄さん達、本当、頑張りましたねぇ……」

「あはは〜っ、お二人共力持ちでしたねぇ〜」

水瀬家長女を筆頭に、鷺沢さん、音夢、佐祐理といった、一纏めにすると天然ボケメンバーだった。

前はここにあゆも加わっていてもおかしくなかったのだが、あの野郎最近学習しやがって流石に七年も眠っていた癖に起きた途端高校二年生の学習要項をクリアして堂々と同じ教室で勉強を開始するような―――。

「うぐっ、何か酷い事言われてる気がするよっ」

チッ!

カンのほうも鋭くなりやがったかこの元タイヤキ食い逃げ犯めがっ!

「はぁ……はぁ……はぁ……」

何てこと、こんな荒い息で言えるはずも無く。

目の前の荷物の山からタイヤキを探しつつうぐぅうぐぅと鳴いているあゆを半目で睨む事しか出来なかった。

「あらあら、大変でしたね二人とも」

リビングの床に這いつくばっている俺達に優しく手を差し伸べてくれる秋子さん。

すっかり顔色も良くなったようで、いつも通りの穏やかな笑顔で俺と純一にあらあらと声をかけてきてくれた。

だが、それにも俺達は返事をする事も出来なくて。

「み……、み、ず……」

「はい? ミミズですか?」

「……ハァ……ハァ……。」

「じょ、冗談ですよ? すぐにお飲み物をお持ちしますね?」

あぁ、そんな冷や汗かいた笑顔も素敵です、秋子さん。

でもちょっとだけ、ほんのちょっとだけ冷たい視線を向けた俺達を許してください。












「あら、それでは暦先生は、倉田さん達の担任なんですね」

「えぇ。ほとほと相沢の関係者には縁があるようで」

のほほんと紅茶を飲みつつ会話をしている秋子さんと暦先生。

俺と純一は、その傍らでぐったりと座り込んでいた。

「あ〜っ、憑かれた……」

ほんと、幽霊に憑依されたかのような身体のダルさが俺達を今、襲っている。

このダルさの原因である女性陣は、思いっきり知らん顔でティータイムへと洒落込んでいた。

それと同時進行で、今日買った洋服やアクセサリーなどの品評会。

全く、やはり女が多いときゃいきゃい姦しいなぁ。

「本当、お疲れ様でしたね二人とも」

「ま、これも女に囲まれた男の定めだと思って多少は我慢するんだな」

なんていうか、役得と思うには些か重労働すぎだ。

両手両足パンパンだし。

「……祐一。俺達、かなりぞんざいな扱いをされている気が」

「言うなっ! 泣きたくなってくるから!」

「あらあら……」

「ま、まぁ大変だったな、お前達……」

お父様、お母様。ついでに小母様小父様。

貴方達の息子は、本当に逞しく成長していると俺は思います。



ガチャ。

「おや、同士達よ。随分とへたっているな」

「「てめぇ一発殴らせろ杉並ぃ〜っ!」」

裏切り者は粛清するのみ。


















杉並をとりあえずブン殴ってから純一の部屋でゲームを楽しむひとときが過ぎ。

気がつけば夕食の時間となっていました。



ぴ〜んぽ〜んぱ〜んぽ〜ん(右上がり)



『みなさん、夕食が出来あがりましたので、食堂までお越し下さい』



ぴ〜んぽ〜んぱ〜んぽ〜ん(右下がり)



「……わからん! あの人が何をしたいのかがわからんっ!」

「なんつーか、すんげぇ寮だな。つーか寮? 寮というカテゴリーに収めてしまっていいのか?」

「むしろ、どこぞのホテルと言われたほうが説得力はあると思うぞ」

男三人、今さっき起きた寮というイメージ崩壊の危機に自己防衛する事数回。

結果は、土砂災害を起こし三人でマウントポジションを奪い合う事になってしまった。














食堂に入れば入ればで、ズラリと並び、二列で席に付く女性陣。

つーか何か知らんが暦先生や香里・栞・舞・佐祐理さんまで席についていた。

まぁきっと秋子さんの事だから

「えぇ。ご一緒に夕飯でもどうですか? とお誘いしただけです」

「そうだとは思ってましたけどね。ついでに人の顔見て質問を先読みするのは勘弁して下さい」

「あゆちゃんの時と同じような顔してましたから」

どうやら秋子さんは人の心理状況を読むのがやはり得意らしい。

今更な事だけどな。

ちなみに俺達男三人は、やはり女子達の間に割って入るのは遠慮し、人口割合のお陰で肩身が狭く隅っこのポジションをGETしていたのであります。

純一はちゃっかり鷺沢さんの隣をGETしてるけどな、コンチクショウ。

つーか一番端っこの大皿まで手が届きません。当然だけど。

長テーブル二つを一つづつ置いているこの食堂。

なんていうか、こういう風景は本当に寮の食堂って感じがする。

とここで、食堂の光景に関心を示していた俺を他所に、もう一つのテーブルの席についていた真琴がガタリと立ちあがった。



「それじゃ〜、おててをあわせて、いただきま〜すっ!」



『いただきま〜す』

―――ここは保育園かおい。

そんな心のツッコミも意味無く、楽しそうに号令に従うあゆや名雪。

無論、この中に舞と佐祐理さんが入っていないはずが無かった。

秋子さんも嬉しそうに手を合わせいただきます。

他のみんなも少し恥ずかしそうにいただきますをして、一斉に箸を動かしていた。

あれ? ていうか――。

「……天野は?」

箸を動かしながら出た俺の小さな囁きに、目の前に座っている秋子さんが反応する。

「美汐ちゃんでしたら、何やら家で夕食の手伝いをしないといけないらしくて、誘ったんですがご一緒出来ませんと断られちゃいました」

ほぅ、と頬に手を当てて溜息。

秋子さんはこういう事に関して本当に残念そうにするから、断りにくい所があるんだよな。

その罪悪感に苛まれながらも断る天野、流石だ。

ちなみに俺は左テーブルの一番上座隅っこ。

その横には杉並、その隣が純一だ。

で、目の前には秋子さん、その隣が暦先生で、その隣がことり。

純一の隣は先程言った通り鷺沢さんで、その向かいには眞子が着席している。

そして、鷺沢さんの隣ではわんこ、美春が楽しそうにバナナを貪っていた。

こいつの交友関係が音夢だけでないとは知っていたが、まさか眞子を通じて鷺沢さんとも仲良くなっているとは思いもしなかった。

後日この事を美春に聞いてみると『杉並先輩や朝倉先輩、相沢先輩の対処法に関する議論を通じて仲良くなったんです』などとのたまいやがった。

こいつら、実は普段そんな会話しかしてないんじゃないのか?



対する右テーブルの上座は家主であり、寮母の娘である名雪と真琴。

名雪の隣には、真琴の隣だと色々忙しくなるのであゆが着席。

そして当の真琴の隣には、お世話好きな佐祐理さんが座っていた。

当然、佐祐理さんの隣は舞で、その隣には意外にも萌先輩が。

あゆの隣は栞、その隣は当然香里であり、その隣にはこれまた意外なさくら。

んで、さくらの向かいには音夢。

まぁ幼馴染って事でさくらと音夢はいいんだろうが、この二人、悪い事に香里と仲良くなってしまったのだ。

天才肌同士、結構良好な感じなようである。

この三人に結束されてしまうと、こちらとしてはイロイロと大変だ。

なんて言うかもう、イロイロと。









しかしこう、一箇所に全員が集まると凄い壮観と言うか、なんと言うか。

ぶっちゃけ、美女やら美少女が多くて、凄い事になってるなぁと感じました。

そんな事を考えながらもぎゅもぎゅ白米を食べていると、向かいの秋子さんが一言。



「これから、楽しい毎日になりそうですね」



ある意味大変ですけどね。

なんて苦笑しながら答えた俺に、秋子さんは本当に楽しそうに「そうですね」と答えてくれました。








いや、そこで肯定されてもどうかと思うんですよ、秋子さん。