「そろそろ、違う街へ行こうと思う」

 夕食時、ユウの放った言葉に一番驚きを表したのは、向かいで食事を取っていた娘だった。

 王国が設立され僅か六十年という若い国である新都『カーレオン』。

 現国王である三代目国王・ジョエル=ハイゼン=ド=カーレオン。

 その娘である第一王女シンティア=ラ=フォン=カーレオンは、ユウの言葉に驚き、口に運ぼうとしていた小さな野菜の切れ端を刺したままのフォークを、ガチャンと皿の上に取り落とした。




 もう今年で21になろうかという長女の失態に思わず顔を顰める国王。

 だが、そこへ更に第二王女であるメルティナ=ラ=フォン=カーレオンが慌てた姉のフォローをしようと傍らに置いていたハンカチを差し出そうとした所、その上に偶々乗っていたグラスが引いた勢いで舞い上がり、中身の水を自身へぶちまけてた。

 それに更に慌てる長女、そして水浸しの次女。

 あわあわと沫を食っている二人に、国王は額を押さえてうめく事しか出来なかった。






 幸い水は少量で、長く美しい金髪が少し濡れた程度で済んだメルティナは、従者からタオルを受け取り自ら部屋の隅で身嗜みを整える。

 ちなみに今年で19を迎える。

 シンティアは自分の落としたフォークについた野菜が服に付着しているなどという事も無く、国王に咎められ、王妃に無言の重圧をかけられるだけで事は済んでいた。

 貴族達を交えた公式の場で同様の失態をしていたなら、国王と王妃からのお咎めは何倍にも膨れ上がっていただろう。

 だが、今目の前に居るのは従者を除けばユウ一人。

 彼が城に滞在するようになってから、姉妹揃って事あるごとに英雄の少年に興味本位から話し掛け、ちょっかいを出し、冷めた彼に相手して貰っていた。

 そんな彼に失態を見られた事など、数えるのも面倒な程あるのだ。

 だが流石にこの場での失態は恥ずかしかったのだろう。

 二人の姫君は顔を赤くして、目の前で半分呆れた顔をしているユウからの視線を受け流すしか出来なかった。







 場を何とも言えない空気が包んだ頃、ゴホンと一つ大きな咳払いをした国王が口を開いた。

 「―――違う街へ行くと言う事は、どういう事かね?」

 王の声に乗り重圧が、ユウへと放たれる。

 だが、それをユウは涼しい顔で受け流し、サラリと返事を返した。

 「別に、そのままの意味だよ。ここいらの遺跡と呼ばれる所はあらかた調べ終えた。余り有力な情報は無かったがな―――。それで、元々行く予定だったカノンへ向かおうと思う」






 『元々行く予定』という所で、国王の肩が僅かに揺れ動く。

 確かにユウは五年前、事の顛末を説明している際元々カノンへ赴こうとしていたと言っていた。

 そして、いつかその時が来る事を、確かに国王は知っていたのだ。




 食事を終えたユウを静かに、ただ静かにその眼でじっと見つめ、ふぅと軽く溜息を吐く国王。

 所詮、自分は彼に滞在中の仮住いを提供しただけの身。

 彼が旅立つと言うのなら、自身の我侭で引き止める訳にもいかぬと、国王は諦めを表した。










 だが、只で転ぶ訳にもいかない。

 身柄を引き受けただけの自分にも多少の権利はあるだろうと、国王は口を開いた。

 彼に、ユウとの縁をこれで断ち切る積りは毛頭無いのだ。

 「カノンでの居住はどうするんだね?」

 「別に、適当な宿でも探すか、家を買う………訳にもいかないか。やはり適当な宿を―――」






 ユウがした発言に、国王は自身の口元が思わず厭らしく歪んだような気がした。

 すかさずユウの発言に割り込み、口を挟む。

 「では、あちらでの仮住いもこちらで提供しよう。カノンには貴族の滞在用に居留地に屋敷が立てられてある。そこを利用すればいい」




 この王から進言に、ユウは少なからず驚きを表情に出す。

 しかし、それも一瞬の事、それからは何やら一人で熟考を重ね始めた。

 不意に訪れた沈黙。

 国王は自身のした発言にどのような返答が返ってくるかの予測をし、最悪のパターンまでのシミュレーションを重ねる。

 そして、そんな二人を見守る美しい姫君達も、気が気では無かった。

 テーブルの下、膝の上で硬く握られた両の拳はじっとりと汗をかき始め、その瞳は二人の男を半ば睨みつける様にしていた。




 やがて、ユウの熟考は終わり、俯き顎に添えられていた手が離れる。

 同時に国王も身構え、どのような答えが返ってきてもすかさず切り返せるようシミュレーションしてあるパターンを思い浮かべた。

 そして、二人の姫は固唾を飲み静かに、事の顛末を見守る。 

 緊迫した空気が辺りを包み、静寂が空間を埋めつくす。
















 そして、ユウの発した言葉は―――。


















 <半月後  ――カノン王国周辺>




 ガタガタと悪路を走る馬車は大いに揺れ、大きな音を立てカノン王国へと向かっていた。

 その盛大に揺れる馬車にはたった二名の乗客。

 先日、カーレオンからカノンへ移る事にしたユウと、そのお目付け役でありジョエル国王の友にして様々な面での師匠、元王家専属家庭教師にして参謀であるハイト=メルデウス。

 このハイトがユウと同行する迄には様々な経緯があるのだが、ここでは割愛とする。

 ユウとしても、カーレオン所有の居留地を勧められた時に彼等の意図には気付いていたので、ハイトの同行に異論を唱える事も無かった。





 彼等二人を乗せた馬車が悪路を一通り抜けると、後は草原が広がる大地だった。

 草原の先には高い塀が長く続き、まるで何人をも拒むかのように威圧的な雰囲気を醸し出している。

 この塀の先に、カノン王国が王城を中心に広がっている。

 視界の先に広がる塀にユウは、懐古にも似た視線を向けていた。








 「……どうかなさいました、かな?」

 向かいに座るハイトは、そんな目をしたユウに意味有り気な視線を向けつつ、微笑みながら問い掛ける。

 外の景色は次第に塀を大きくしていき、着々と馬車がカノンへ近づいている事をユウに教えていた。

 「……何、少し物思いに耽っていただけだ」

 分かっていて聞いてくる目の前の狸に、ユウは苦笑と共に告げる。

 その目の前の狸がにっこりと微笑んだ所で馬車は速度を落とし、窓の外に聳える積み上げられた岩石の壁が、カノン王国が目の前である事を二人に告げていた。






 








 入国手続きも程々に、馬車は再び動き出し、その脇では何人もの兵が馬車に敬礼を向けていた。

 そう遠くない昔に起こった人魔大戦以前から国から国へ旅をする者など珍しくも無い世の中だったのだが、ここカノン王国だけは別だった。

 『信仰の街』が表す通り、カノンという国は宗教国家に近く、王家を初めここカノンの民は全員ある神を崇拝していた。









 それは遥か遠い昔、今カノン王国がある土地に舞い降り、数多の『魔』を屠り地を清めたという世界の造物主『ネティート』。

 その造物主は清めた土地に人を置き、その者達にこの地を護り、信仰を糧として国を創るよう命じた、らしい。

 そして、命じられた者達はカノンで信仰の元となっている『ネティート教』を設立し、彼等の中で一番ネティートへ敬虔な祈りを捧げていた人物がカノン王国を創ったと言われている。

 故に、彼等は国ぐるみで統一宗教を信仰し、それを糧に生きてきたのである。



 だが敬虔な信仰により、カノン王国は他の宗教が国に入ってくる事を嫌い閉鎖的な国家作りを行い、他の宗教、彼等からする異教を廃絶しようと過去幾度も争いを起こした事があった。

 それと同時に彼等は造物主『ネティート』が清める前にこの土地に住んでいた『魔』、魔族や魔獣、亜人族を『悪』とみなし、徹底的な排他行動を行ってきた。

 街からは徹底的に亜人を排除し、混血を処断する。時には王国の外にまで出向き亜人族の村を滅す事もあった。

 全ては、造物主『ネティート』への信仰の為に。



 だがその滅ぼすべき亜人族・魔との混血達の中で力ある者達がある時手を結び、カノン王国の軍勢や思想、信仰から身を護る為に国家を設立し、また力無き者は他の国へと避難していった。

 その者達が設立した国で、現在も残っているのが水の都『ファロール』、風の里『ウィンガルド』。

 彼等が助けを求め逃げていった国の中の一つが、当時軍事力でカノンを一歩上回っていた炎の国『ラマンディア』であった。

 

 国となり力をつけた者達と、自国より力ある国に逃げていった者達に対し大昔からカノンの民は敵対感情を持ち、その摩擦は最近まで続いていた。

 ファロール、ウィンガルドの者達は当然カノンに対し根強い敵対心があり、ラマンディアの民もその強引なまでのカノンの信仰、国家としての政策に良い顔をしない。

 そんな歴史の中、国家間の摩擦に対し疑問視した者達が国を出、新たに作り出した国がアンベリアルであり、カーレオン等であった。

 彼等は様々な方法でその摩擦を解消しようと試みる。

 アンベルアルでは軍事力を強化し、自国に力で対抗する事が無駄だと悟らせ、その軍事力にモノを言わせて互いに歩み寄らせようと画策し、カーレオンでは他国との情報交換、貿易などにより国家間の関係を強固な物とし、互いの国が作り出す利益を判らせ、互いが平等な生命である事を認識させようとしていた。

 ちなみに、手段こそ違えど目的は同じという事で、この二国の仲は常に良好である。

 



 これらの行動によりファロールを筆頭に摩擦を起こしていた三国はその剣呑な雰囲気を沈下させるが、カノンへの影響は余り芳しい物ではなかった。

 だがそれでも、他国の軍事力と情報収集能力に恐れを見出したカノンに、他国に住む異端者・亜人等の『悪』に対する国外への敵対行動を停止させる事には成功した。

 しかし、同時にカノンは国への入り口を完全に閉じ、鎖国という形で自国を護るという行動を起こした。

 これには他の国家も驚き、今まで続けてきたカノンに対する国家間摩擦の解消作戦に、両手を挙げて終止符を打つしか無かった。




 
 そのまま時は流れ、国家間摩擦に対する解決も見出せないまま『スメラ人魔大戦』は唐突に起こった。

 突然の事態に他の国々はもはやカノンどころでは無く、長い時の間に些か揉め事を起こしていた国も手を取り合い、魔王軍と勇敢に戦っていた。

 だが一つ、二つと国は滅び、大小合わせて二桁の国が滅ぶ頃にはスメラの大地に住む民は不安に支配されていた。

 そんな中、カーレオンは鎖国されたカノンにまで魔王の軍勢が攻撃を開始した事を知った。

 情報によるとカノンの兵士は力こそあれど鎖国による情報不足により魔王軍を侮り、それ以上の力で反撃を受けかなり疲弊しているという事だった。

 この事態にカーレオンの知将であり政治家を輩出するメルデウス家の者がとある事を進言した。



 それは、カノンの危機を軍事力に秀でているアンベリアル、及びラマンディアへ打診し、彼等にカノンへの助力を進言する事だった。

 これに成功すれば過去から現在に渡り悩んできたカノンに対する摩擦問題も良い方向へ向かい、同時にカノンの民を護り、カノンの誇る軍事力も対魔王軍へ向けられる事になるのではないか、と。

 この提案を国王及び政治家達は承認し、すぐさま行動に取りかかった。




 カーレオンは自国としての考えを合わせて打診し、暫くした後、アンベリアルからは即答にも近い返答が返ってきた。

 だが、ラマンディアのほうでは政治家達が再三の協議を行い、亜人や混血の割合が多い国民達の感情を刺激しないよう行動を取っていた。

 その間にもカノンは疲弊していき、合流したアンベリアルの兵士達も、次々と倒れ、アンベリアル自体も切迫した事態となってきた。

 そこへ来て、ようやくラマンディアはカノンへの軍隊派遣を決断し、既に合流しているアンベリアルの兵士達と共に、カノン防衛戦を展開する事となった。




 ようやくラマンディアから出た決断にカーレオンは一息つく間も無く次の行動へと移る。

 次にカーレオンは魔術士と、それによる癒し手を豊富に輩出するファロールへ兵隊を剣や鎧などの戦略物資と共に派遣。

 それと引き換えに、ファロールからは数多い癒し手を借り受け、その者達を自国の兵と共に食物等の生産量が多いウィンガルドへと派遣した。

 そのままカーレオンの兵と魔術師は魔術の多大な力を頼りに戦う力の無いウィンガルド防衛網を展開。

 代わりにウィンガルドはその恩恵への返答として自国の民と共に食物等の物資をファロールから来た多数の魔術師、癒し手をカーレオンへと派遣したのだった。



 これにより、カーレオンにはウィンガルド、ファロールからの物資、人手が集い、その何割かをアンベリアル、ラマンディア、そして統合軍が激戦を行っているカノンへと派遣した。

 カーレオンのこの行動は思いの他功を奏し、癒し手の不足がちだったラマンディア、食う物も食わず防衛戦を行っていたアンベリアルは一旦ではあるが、見事巻き返しを行う事が出来た。

 それはカノンも同じ事で、歴史的な鎖国により物資が元々豊富では無いカノンは食物も、武具等も不足がちであったのがこれにより救われ、国としての士気を高める結果に繋がった。




 このカーレオンによる一連の行動はやはり多大な影響を及ぼし、カノンでは他の国家からの援助、援軍により行われた自国防衛により多少の意識改革が起こり、鎖国政策は終焉を迎えた。

 それと同時に、カノンは自国の誇る神聖魔術の担い手と、少数ではあるが軍隊を各国へ派遣。

 問題解決を意図していたカーレオン・アンベリアルを筆頭に、国民に亜人を多数抱えるラマンディア、大部分が亜人で設立されているファロールとウィンガルドも少数ならばとカノンの軍隊を受け入れ、共に戦う事となった。




 こうして大陸での国家間情勢は以前より良い方向へと向かったのだが、魔王軍との大戦の状況は、決して好転しては居なかった。

 カノンの軍隊が他国へ助力を始めたからといって魔王軍の進攻が緩む訳でも無く、逆に攻勢は激しくなり、各国での戦火は激化の一途を辿った。

 やがて資源は尽き始め、国は疲弊し徐々に戦況は悪化していく。

 そして、当時最たる軍事国家であったアンベリアルが瓦解してきた所へ、例の『アンベリアルの奇跡』が起こったのだった。




 そして魔王軍は討伐され、大陸に久方振りの平穏が訪れた。

 だが、国を治める者達にとっては、ここからが正念場だったのだ。



 まずは疲弊した自国の民を労い、同時に叱咤し士気を挙げ国としての復旧作業を開始。

 それと同時に各国と連携を取り、互いに礼を述べ合い随分と変わってしまった大陸の情勢を加味してこれから先の事を考えなければならない。

 何より、例のカノン王国の問題は魔王軍襲来時には良い方向に転んだように見えたが、今後もその関係を維持出来る確証は、現状では無かった。

 戦時中は有耶無耶の内に行われた鎖国解除だが、今再び鎖国をしないとも限らないし、現在のような状況で再びそれをされてしまったら、カノンに対する他国の風当たりは以前より増してくるだろう。

 改めて浮き彫りになった問題が、再び各国の政治家達を悩ませる時が来たのだった。






 そしてそれはカノンの政治家達も形は違えど、全く同じ問題で頭を痛めていたのだった。

 自国が未曾有の危機に瀕し、救いの手を受け入れる形で鎖国政策を解除してしまったが、果たしてこれで良かったのだろうかと国王を筆頭に日々悩んでいた。

 

 徹底的な亜人族や混血、異教の根絶運動を行い、時には争いの火種を振りまいてきたカノン。

 挙句鎖国政策を打ち出し、自国への神の救いと、他国への神による浄化を待っては見たものの、現れたのは魔王を名乗る魔族とその軍勢。

 その力を見誤り、国を挙げて対抗するも戦況は押されている所に、他国からの軍隊が援軍として駆けつけてきた。

 だがカノン国内ではその援軍に対して状況も考えずに批判的な意見が国民は元より、国を治める政治家の多数からも出ていた。

 


 しかしそれも仕方が無い事ではある。

 国を支える政治家、その全員が貴族であり、半数は『ネティート教』でも力ある地位にある司教や司祭なのだ。

 彼等は幼い頃から教団へと入り、ネティート教の教えと政治を同時に教わってきた。

 そして、大きくなると教団の幹部となるか、政治家として国を動かす役目に就くかを選択する。

 だが事実上、国を中心に置くか、ネティート教を中心に置くかの違いしか有り得ず、またどちらにしても国の政治に関わる事には違いなかったのである。

 そうやって、彼等は国が設立された当初から政権を維持し、動かしてきた。

 例外として、ネティート教の法王は直接政治家として政に口を出す事は禁じられているが、国を治める王家を始めとした幹部達が全て教団の人間なので、実際に握っている権力は王家とほぼ同等である。



 だが状況が悪化していく内、次第にカノンの民は批判的な意見を翻し、受け入れようという好意的な意見へと変わっていった。

 『これは神が与え賜うた救いの手。ならばその手を跳ね除けるのは自らを貶める所業ではないか?』

 他国からの援軍をこう考るようになった民は、すぐさま援軍を受け入れ、共同戦線を張る事にしたのだ。




 そうして魔王軍と戦うも事態は泥沼化するのだが、その内に、アンベリアルで例の奇跡が起こったのだ。

 アンベリアルで起こった奇跡以降、数々の魔王軍敗走の報せがカノンには届くが、どれも全て他国での出来事。

 そして戦争はカーレオンの地を最後に、自国では奇跡が起こる事も無く、終了してしまった。




 終わってみれば、他国から国を護る為に行ってきた鎖国政策は解除され、国は戦火により損害を受けている。

 他国では起きた奇跡が王国丸ごと敬虔な教団である自国では奇跡は起こらず、あまつさえカーレオンでは最後の奇跡を起こした『神の御使い』がそのまま滞在すると言う。

 そしてカノンには、他国からの使いが数多く訪れ、解除された鎖国政策を復活させるな、と騒ぎ立てる。

 ネティート教の法王と司教達は口を揃えて『異教徒達との交流は教団の教えに反する、すぐに鎖国を再開するべきだ』と言い出したのだ。

 彼等としては、他国で起こった奇跡が自国で起こらなかった事が、とても不満だったのだ。



 そんな中、カーレオンから会談の報せが国王宛てに届いた。

 そしてその報せは同時に、ネティート教法王宛てでもあった。

 報せの中身は、今現在存在し、生き残っている全ての国の有力者を集めた会談を、魔王軍終焉の地であるカーレオンで開きたいというものだった。

 この報せを受け取った国王達はすぐさま会議を開き、政治家達を集めて長い話し合いを行った。

 そこで出た答えは結局、国王と法王、その他多数の政治家、司教と共にならば会談に応じるという条件付のものだった。

 



 カノンの提示した条件に、カーレオンを含む全ての国は今までよりは目に見える進歩だと思い、応じる事となった。

 そして、カーレオンで初めて、全ての国の首脳が集まった会談が開かれた。
 







 会談のメインテーマは当然、今後の各国の復旧作業と国交正常化について。

 復旧作業についてはそれぞれの国の代表が自国の状況を報告し合い、他国のものに援助を求めたいのならばその場で交渉を行うというものだった。

 報告を聞くと、現状、一番復旧作業が捗っていないのが奇跡が初めに起こったアンベリアルであった。

 あの奇跡の後も、魔族は終結まで恒久的な攻勢を行い、結果、一番被害の大きな国となってしまったのである。

 物資、人員共に苦しい状況となり、本来ならば他国へ手助けを行えるような状況ではなかった。

 だが、他の国も苦しんでいる状況であるのは判っている為、今回この会談に参加したのだった。



 そんなアンベリアルに、カノンを除く他の国々は同情の意を表明、すぐさま物資の補給を行う事があっさりと決まった。

 これには当のアンベリアルの代表、国王共に驚きを見せた。

 ファロールからは数多いだろう怪我人の為に、癒し手の派遣を。

 ウィンガルドからは食料と、荷物の運搬などに使用する作業用の牛や馬を。

 ラマンディアからは、足りないであろう人手を。

 カーレオンからも、ラマンディア同様に人手を派遣する旨を伝えた。



 それに対しアンベリアルは感謝の意を表明し、同時に諸国の中で一番秀でている金属の加工や、建物の施工に関する技術者を多数、各国に派遣する事とした。

 更にアンベリアルは、自国に対し何の表明もする事も無かったカノンに対し、人手不足である事を伝え、技術者を派遣する事を条件に人手を貸して欲しいと申し出た。

 これには今度は諸国の人間が驚き、当事者であるカノンの政治家達が一番驚きを表していた。

 だがこれは、アンベリアルのカノンに対する国交正常化の為の一つの策だった。




 そして当のカノンの政治家は、アンベリアルの者に承諾の意を表し、受け入れる技術者に関する条件を少々つけた程度で合意した。

 ネティート教の教えの中には当然、宗教らしく『助けを求めている者には救いの手を伸ばせ』というものがあった。

 これがあった為、カノンの宗教家は法王を始め拒否する訳にもいかず、政治家達はアンベリアルが差し出してきた技術者という『人質』がある為の安心感、更に彼等の持つ技術に魅力を感じ、合意となった訳である。



 アンベリアルとカノンが合意に達した所からは、話が早かった。

 大戦により、お互いが手に手を取り合い共に魔王討伐に向け激戦を生き抜いたという気持ちもあったのだろう、各国は友好的な雰囲気で会談を進めていた。

 

 ファロールは、これといって目立った損害は無いものの、国民の不安感情、ファロール政府に関する不信感が高まり、暴動などにより日に日に内情が不安定になっているという精神的なものがあった。

 これに対してはラマンディア、及びカーレオンが兵士を多少派遣する事にし、暴動の鎮圧、並びに街中の警備をさせる事となった。

 代わりにこの二国はファロールから癒し手と魔術士を多数派遣して貰い、薬の技術と魔術に関する知識を自国に広めてもらう事で合意した。

 現状では、ファロールとウィンガルドの亜人、混血の持つ魔術と薬学の優れた知識が必要だと思った為だ。





 そしてラマンディアは被害が相当なものではあったが物資、人員共に足りており、特に国民の暴動等も起きていないという報告があった。

 これには各国の首脳陣も羨望を混ぜた喜色を浮かべる。

 それに少々伐の悪いものを感じ、慌てて人員や物資の足りない所があったら自国から派遣すると表明する事となった。

 
 

 そして、今回の会談の焦点とも言える、カノンが報告を行う。

 彼等もラマンディアと同様の報告をし、被害はあったものの、自国とアンベリアルからの技術者の派遣により、何とかなるだろうと報告を行った。

 そして最後に、カノン国王はカーレオンの首脳陣に対し、奇跡を起こした『神の御遣い』である者を、カノンに招き入れたいと申し出た。

 これに対し、カーレオンを含めた他の国々の者は別に驚きを表さず、むしろカノンがそう言うのは判り切っていたという顔で、カノンの国王を見ていたのだった。



 カノンからの申し出に、カーレオンのジョエル国王は『本人には伝える』といった旨を表明するに留まる。

 これに対しカノンの者は難色を示し、是が非でもカノンへ迎え入れたいと念を押す。

 だがジョエルとしてもこれに快く頷く訳にもいかず、結局この場では本人の意向に任せるべきだという意志を伝えるだけに留まった。





 そして、最後に今回の会談の開催国、カーレオンの状況を報告する番となった。

 カーレオンは人員は足りているが食物が不足がちである事を報告。

 すぐさまウィンガルドへ物資の補給を嘆願し、代わりに貴金属や通貨で対価を払う事を表明した。

 それをウィンガルドは承諾、だが貴金属は受け入れず、通貨のみでの支払いを要求した。

 これにはウィンガルドなりの訳があり、貴金属は国の半分を自然で埋めるこの国では流通しにくく、利益となりにくいという事だった。

 これをカーレオンは承諾、通貨での支払いを快諾したのだった。




 そして最後にカーレオン国王、ジョエルは各国の首脳陣へと訴えかけた。

 これを機に国交をより深め、互いに発展の道を歩むべきではないだろうか、と。




 当然これは、カノンと、摩擦を過去起こしていたウィンガルドやファロールへのメッセージであった。

 ジョエルの訴えに、アンベリアル、ラマンディアの首脳は同意を表明。

 そしてウィンガルドとファロールの首脳は、ただただカノンの首脳陣の出方を待っていた。




 そこへ、カノンの法王、及び国王が発言をする為、起立する。

 そしてこの二名は、この場で各国首脳に鎖国政策の完全なる解除、及びに国交正常化に対する最大限の譲歩をするという事を約束したのだった。






 この突然の表明に各国首脳は驚きを隠さず、声を挙げ驚愕する。

 それを軽く受け流し、カノン国王は傍らに位置する政治家の一人から一つの書状を受け取った。

 実は彼等は、この会議に出席した後から内密に話し合いを行い、この政策転換と譲歩する条件を協議していたのだった。




 そして、カノン国王が読み上げた書状の内容は、以下のようなものであった。

 鎖国解除に伴い、カノンは各国との貿易を求めるが、その仲買人をカーレオンに引き受けてもらいたいという事。

 他国からの移民、旅人の受け入れも行うが、亜人、混血等の者達は宗教上の理由により国内への進入を許可する事は出来ない事。

 亜人、混血の国外への討伐行動は完全に停止させるが、国内への進入が判明した際には、宗教上の理由によりその限りではないという事。

 他にも他国への布教活動に関する事などが書かれたそれを全て読み上げると、カノン国王は各国の首脳に意見を求めた。




 突然の事態に戸惑っていた各国の人間は、混乱する頭をひとまず冷やし、読み上げられた条件の事を考え、次々と質問を始めた。

 布教活動に関する事。

 国内で判明した亜人、混血に関する事。

 他国との貿易に関する事など。




 その次々と出てくる質問にカノンの首脳は丁寧に応対し、答えを返していく。

 結果、この場は一気にカノンの外交問題を筆頭に、各国との貿易関係について今一度話し合いが行われる事となった。







 会談の場での話し合いが終わった頃には、いくつかの条約が締結されていた。

 ラマンディア、ファロール及びウィンガルドとは亜人・混血と宗教上の問題があり難しい交渉があったものの、貿易交渉は上手く纏り、カノンは歴史上初めて管理貿易を各国と行う事が完全に締結された。

 だが、やはり最大のネックである宗教上の問題により、亜人・混血の受け入れは旅人であろうとも行われる事は無い。

 しかしカノンは国外への宗教上如何を問わず、自国が他国からの攻撃により危機に晒されない限り鎖国、または敵対行動を取らない事を約束。

 多少問題はあるがカノンが締結した条約は歴史上最大限の譲歩であり、各国はこれに喜びを表しつつ、締結された条約を旨に、会談は終了を迎えた。




 

 

 互いの国の発展と、今後の歩みよりによる完全な和平関係を結ぶべく気持ちを新たにし、各国は戦後復興に力を注ぐ事を約束した。