一人女の子がいる。

俺から逃げて、逃げて、逃げて、逃げて…。



捕まえた。



ムリヤリ押し倒し、口にハンカチを詰めて塞ぐ。

両手を縛り、脚をムリヤリこじ開ける。

上着を破り、その小振りだが柔らかい乳房を強く揉む。

彼女は泣きながら声にならない声を出して叫ぶ。

下着を降ろし、彼女の秘部を弄る。

そして、自身のモノを無理矢理入れる。

後は、ただ腰を突き動かす。

彼女はただ黙って涙を流す。

いや、うわ言を繰り返していた。

「……兄さん……兄さん………にいさん…。」

彼女は、俺の知っている人間。

彼女は、朝倉音夢という名前だった。














「うわあああああああああああああっっ!!!!!!」

その日の目覚めは、まさに最悪だった。

「はぁ………はぁ………はぁ……。」

目覚めは最悪、体中汗をかいていて最悪、その上…。

「にいさ〜ん、おきてますかぁ〜?」

これだ。

「ああっ!! おきてるっ!! おきてるからはいってくんなぁ!!」

俺は今は顔を合わせたくないのできつめに言った。

「兄さん? なにかあったんですかぁ?」

「なんでもねぇ!! なんでもねぇからはいってくんなぁっ!!」

「なによそれ〜っ!! わかりましたっ!! はいりませんよ〜っ!!」

タッタッタッ

階段を降りる音が聞こえる。

「………かったる。」

一息ついて呟く。

「…全く、なんて夢見ちまうんだ俺は。」

夢は人の願望を表すとも言う。

確かに、俺が見てきた他人の夢は実際の事もあり、願望、妄想めいたものもあり、多種多様だ。

夢の全てが願望だとは言わないが、確かに願望の夢は存在する。

しかも、だ。

普段俺は自分の夢を余り見ない。

それが、たまに見た夢がよりにもよってあんな夢だとは信じたくない。

「……溜まってるのかな、俺。」

気を取り直し、さっさと制服に着替える。

「…音夢の事だから、どうせ待ってるんだろうな。」

独り言を呟き、階段を降りる。

案の定、リビングには音夢がいた。

「…おはよう、音夢。」

「はい、おはようございます兄さん。」

音夢が顔をあげて俺に笑いかける。

ドクン

今朝の悪夢を思い出し、嫌悪感や背徳感が込み上げてくる。

とてもじゃないが音夢の顔を正視できない。

リビングのテーブルに置いてある菓子パンを数個掴み、そのままポケットへと積める。

「俺はもういく。お前は好きにしろ。」

それだけ言ってリビングを後にする。

後ろで案の定騒いでいる音夢の声は無視する事にした。

振り返れば必ずあいつの顔を見なければいけない。

それは、今日の俺には拷問だ。


















「よう、朝倉。どうかしたのか?」

「…お前には関係ない。」

杉並の声を無視して俯く。

「おい、朝倉。お前朝倉妹と何かあったのか?」

杉並が鋭い指摘をする。

だが、一方的に何か会ったのは俺なわけで。

「いや、別になにもねぇよ。」

「そうか、さっきから朝倉妹がお前の事を落ち着き無く見ているからな。」

「…お前は音夢のストーカーか。」

「ふっ、この俺がそんな愚考を犯すわけないだろう。」

「あぁ、そうか。とりあえず今日はお前と話をする気分じゃない。」

「そうか、それはしょうがない。折角最新の『ヌー』を持ってきたんだがな。」

「俺はそんなもん興味ねぇ。」

「そうか、残念だ。それでだな朝倉。」

「お前、俺に絡んでイライラさせて何が面白い。」

「面白いぞ。イライラした朝倉が心配する朝倉妹に何をするか見物だ。家庭内だったら誰も見ていない。陵辱、強姦、なんでもありだぞ。」

その言葉にまたあの悪夢を思い出し、思わず杉並を殴る。

だが、その拳はヤツには当らなかった。

「なるほどな。」

「…なにがだ。」

「お前、嫌な夢でも見たんだろ。しかも極上なヤツだ。」

「…エスパーかお前は。」

「まぁ俺にかかればこんなもんだ。あえて言うならお前の拳は曇っているっ!!」

「…そうか、そんなに態度に出てたか。」

「あぁ。恐らくこの教室の人間は全て判っているぞ。しかもだ。お前はさっき来た白河ことり嬢にまで同じような態度を取っていた。これは白河ファンクラブの人間からすればまさに蛮行。殺されてもおかしくないぞ。」

「…白河、来てたのか。」

「なにぃっ!! 今の発言で、全ての白河ファンを敵に回したな。加えて朝倉音夢のファンまで敵に回している。どうするなお前。」

「そんなもん、遠慮なく殺させてもらう。」

「…はぁ。お前、一人で悩むのは良くないぞ。そこまで殺気立たれるとこっちまで参ってしまう。どんな夢を見たんだ?」

「…言える訳がないだろ。」

「ほう、そうか。俺はお前の口から聞きたかったんだがな。では俺が答えてやろう。キーワードは陵辱・強姦だ。」

「…だからどうした。」

「まだ言うか。お前の見た夢は、ソレだろう。しかも登場人物がお前にとって極悪なまでの人間。それはたった一人しかおるまい。」

「…お前は本当にエスパーか?」

「多分、それは外れだ。そんなものあったらとっくに世界を牛耳る事になっている。」

「そうか、安心したよ。」

「はぐらかすな。俺から一つ言わせて貰うならだ。それは願望でも何でもないと思うぞ。だが、お前の心の内なんか俺には分からんから断定はできんがな。」

「…そうか。わかったよ。」

「そういう事だ。」

丁度チャイムが鳴り、杉並は自分の席に着く。

俺はさっきからチラチラ見てくる音夢の顔を見る。

だが、やはり今朝の夢が浮かんできて、俺は嫌悪感を抱きながら顔を顰めるしかできなかった。









「兄さ〜ん、いますよねぇ〜?」

夕方、学校から帰ってきて俺は真っ先に自分の部屋へと逃げ込んだ。

「ああ、どうかしたのか?」

返事はするが顔を合わせない。

「いえ、別に…。兄さんがいるんでしたらいいんです。」

そう返事をする音夢は、一向に部屋のドアから離れる気配がない。

「…あの、兄さん?」

「…なんだ?」

「今日…、なにかありましたか?」

心配そうな声で聞いてくる音夢。

だが、そんな声を聴くたびにあの夢が脳裏をよぎる。

「なんにもねぇよ。」

「嘘です。何かあったんでしょう?」

「なにもねぇって言ってるだろ。」

「兄さん!! 嘘はつかないでください!!」

「何も無いって言ってるだろうっ!! 俺の事なんかほっといて部屋へ帰れっ!!」

「……わかりました。今夜のご飯は私が買いに行きます。兄さんは部屋で待っていてください。ドアの前にお弁当を置いておきますから。」

「…ああ。」

それっきり、音夢は喋らずに自分の部屋へ戻った。

声が泣声になっていたから、恐らく部屋で泣いているだろう。

それを分かっていても慰める事もできず、自己嫌悪に埋もれるだけ。

「………かったる。」

大体、なんでこんなに悩まないといけないのか。

それも全て今朝の夢が悪い。

今朝の夢が余りにも鮮明すぎたから。

夢の音夢があまりにも悲しそうだったから。

「…兄さん、買い物に出てきます。」

「…ああ、わかった。気をつけていけよ。」

「…わかりました。」

タッタッタッ

階段を降りる音がする。

時計を見ると時刻はもう夕飯時だ。

食欲なんてものは湧かない。

「……………かったる。」

大体、今朝の夢が悪い。

あれは最悪だ。

なんで音夢があんな目に会わなくてはいけないのか。

「………音夢『が』、あんな目?」

日本語がおかしかったら教えてくれ。

自分がする場合は『を』だよな。

他人がする場合は『が』だ。

今朝の夢、誰の視点だったんだ。

「…………俺じゃない。」

そう、俺じゃない。

俺は見ているだけだった。

今朝の夢の印象があまりにも酷かったから。

早く忘れてしまえ、と思っていたから。

自分の夢なのか、自分が見た他人の夢なのか、判断できていなかった。

「…学校の人間か。」

確かに夢の中で音夢は「兄さん」と言っていた。

初音島は確かに小さいが、それでも知らない人間は多い。

だからより確実に考えるなら自分の生活範囲の人間の夢だと考えるべきだ。

俺と音夢、それと夢を見た人間が共通する生活範囲と言えばやはり学校しかないだろう。

しかも、あそこまで強烈な願望だ、かなりの音夢ファンかもしれん。

ふと、時計を見る。

音夢が出てから一時間はとっくに過ぎていた。

往復30分で済むはずなのに、遅すぎる。

「…………かったりぃ!」

いてもたってもいられないので外へ出る。








コンビニにはいない。

店員に聞くととっくに買って店を出たと言う。

心配になって探し回る。

学校。

桜並木

住宅街。

商店街。

桜公園。

どこにもいない。

クタクタなので公園で一休み。

「…かったりぃな。」

茂みからガサガサ聞こえる。

意識はそこへ集中。

自然、足音を気にしながら茂みへと入る。

案の定、男が三人、それと音夢がいた。

今朝の夢と同じだ。

いや、一つだけ違うのは。

まだ、手遅れじゃない。

「てんめえぇぇぇぇぇぇっ!!!!」

恐らく曇っていない拳でブン殴る。

一人。

二人。

三人。

みんなブン殴る。

恐らく、今まで生きてきた中で一番の怒りをそいつらへぶつける。












男達は逃げていく。

殴る俺の手を音夢が抱いて止めたから。

動けなくて、俺は奴らを逃がした。

「……兄さん……兄さん……兄さん…。」

俺に抱きついて泣き出す。

「…大丈夫か? その、まだされる前だったか?」

「うん…、服は破かれちゃったけど…下着とかは大丈夫。まだされる前だったよ…。」

「…そうか。」

「…うん。助けてくれて…、ありがとう、兄さん。」

「…かったりぃ。」

「…ふふ、兄さん困ってるね。」

「…ああ、大いにな。」

「そっか…。私のせいだね。」

「ああ…、そうだな。」

「じゃぁ、お礼、しないとね。」

音夢の唇が近づく。

それに自分の唇を重ねる。

触れるだけのキス。

どちらともなく、唇を離す。

「…かったる。」

「ふふ…、恥ずかしいんでしょ。」

「ばっ! …うるさい。それで、飯は?」

「あっ、その…。ごめん。」

「ああ…、一緒にコンビニ行くか。」

「うん…、あ、でも。」

音夢の上着は破かれていた。

とりあえず自分の着ている上着を一枚渡す。

少し寒くなるが我慢だ。

「あ…、兄さんの匂いだ。」

「バカ…、そんな事いいからいくぞ。」

「あん、もう…。恥ずかしいんでしょ。」

「う…、うるさいな、本当に。」

「ふふ…。兄さんの事ならなんでも分かりますよ。」

「…お前は俺のストーカーか。」

「ストーカーって、酷くないですか?」

「じゃぁなんだよ。」

「それは…恋人。」

「…妹じゃないのか。」

「義妹だけど…恋人、でしょ?」

「…………かったる。」

「また照れてる。」

「いちいちうるさいぞっ!!」

「もう、子供じゃないんだから…。」

「どっちがだ。」

「ほら、もうコンビニ着きますよ、急いで。」

「なんだそれは…。確かに腹は減ったがな。」

「でしょ? だから急ぎましょう。」

音夢と笑顔で腕を組んで歩く。

「…かったる。」

こうして、またいつも通りの二人に戻る。

変わるのは簡単だけど、戻るのは大変なもんだ。

「ほら〜、はやく〜っ!」

「わかったから、そんなにはしゃぐなっ!」

でも、この状況は、いつまでも続いてくれる。

それが、二人の願いだから。

そう、それは永遠に…。